俳句・吟行

2019年4月 1日 (月)

三月の俳句・自句自解


 


今年は月末にその月の俳句を載せようかなあ。なんて考えていた。
のに。4月にはいってしもた。
3月。怒涛の3月だったよ。青天の霹靂。
ココログの仕様変更のことではありません。あたしのプライベート。
きっと前世の行いが悪かったんだと思う。やれやれ。
ま。それも今日で(というか、数時間前)ひとまず片付きました。

そんなわけで、今月俳句が全くできていません。
でも、いちおう3月の俳句をUPしておこうと思います。
偉いぞおたまちゃん。がんばれ~。
写真の貼り付けの練習にもなるしね。

  ⚾

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「強東風に忘れしことを又忘れ」

強東風は「コチフカバニホヒヲコセヨムメノハナ~」のコチの強いversionね。
「ツヨゴチ」と読みます。もうすぐ春だなと感じる風なんだけど「強」だから寒さが身に沁みるのです。
ぼ~っと生きてるから、こんな風に「ぴゅー」と吹かれた日にゃあ。
そりゃあもう忘れますよ。いろんなこと。しかたありません。

「忘れる」ことは、なんて素晴らしい!
私ね、年をとって良かったな。と思うのは「忘れる」ことが出来ることなんです。

今、深いこと言いましたよ。ついて来てくださいよ。

Dsc02223  春が来ると寺や神社の境内に苗木市がたつ。テントの脇にこんなかわいい梅の小枝がズドンと言う感じでバケツに入れられていた。これは苗木ではなく、苗木を買ってくれたお客さんへの プレゼント。
 お昼どきになると、テントの中からいい匂い。七輪で干物を焼いておられた。
 七輪は暖をとるのにも使える。春はまだ浅く。寒い。
 季語は「苗木市」

 

「テントより昼餉の煙苗木市」

・・・・・・

残り三句はまた明日(以降)書きます。


画像の回り込み(写真を左に寄せて右に文字を入れる)をやってみたけど
メチャ不細工です。改訂前は簡単に出来ていたのだけどね 💢

「怒り」マークを24フォントの赤色で指定してやったぜ ⇑ ⇑
どうだ!

本日ここまででいっぱいいっぱいですわ。

 


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2019年2月28日 (木)

二月の俳句・自句自解



俳句というものは外に出してしまえば好き勝手に読んでいただければよいわけで
自分の句を説明したりするのは余程の大御所しかなさらない。
でも、いいのいいの、記録して記憶して置くだけだから。ぺろり。
グダグダ言わずに 行ってみよ~といふわけで二月

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(大阪市浪速区新世界にて)

    「霾や下駄屋に終わるアーケード」

わいは、そんなアホやないわい!
立ん坊人生味なこと。通天閣も立ん坊や。
浪花男は通天閣を見上げては闘志を燃やす(らしい)

霾る(ツチフル)は黄砂が降ってくること。
春の訪れを黄砂で感じるのは関西以西だけか?

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    「女子会のだらだら終わる花菜漬」

もう、お漬物だけになってしまったのに、しゃべる。
じゃあ、そろそろ・・と、立ち上がっては、まだしゃべる。
お店の出口で、エレベーターの前で しゃべり続ける

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    「春暁の山の端に月ケトル鳴る」

ケトルの句だからケトルの写真。
花菜漬けには漬物の写真だ。
「ふ」  なんて言わないでいただこう。
「写俳」などというクオリティを目指しているわけではにゃい。
と、保険をかけておく。
写真は我が家の「ローズ」と「マリー」

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    「二人ゐて違ふ物芽に踞みけり」

男なんてシャボン玉
自分が何をどうしたいのかを優先させればいいんだよ。
と、ややお疲れ気味の人に先輩気取りで言ってみる

「ゐる」という事が大切。距離が大事。なんてね。

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「竹の秋」という季語がある。
「秋」なのに「春」の季語だ。
凋落を思わせる私の大好きな季語。

「竹の春」という「秋の季語」もある。
こちらにはキラキラした透明な空気を感じる。

季語は楽しく奥深い。

「春光」は、本来は春に射す「光」ではなく
春の景色そのもの、全体をいうそうだが、近年は「光」を詠むことも増えているらしい。

定義に事実が勝る?
どこかで聞いたようなハナシ。

この句はあくまでも「春の景色」
まばゆく、明るく、柔らかい人だった。
五年前の葉桜の頃に亡くなった。Mちゃん。

    「春光や話すに首を傾ぐ癖」


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2019年2月11日 (月)

理由がひとつになった。



寒い(さむい)事を寒い(さぶい)って言うんです。私。
メチャ寒い(さぶい)ときは、さぶっ!って言います。
男らしいでしょ

北島・・・・さぶっ! 祭りだ祭りだ。男の祭りだ。

今朝は山も野原も屋根も道路も一面に雪が積もっていました。
昨日から冷えてたもんね。

今日は、坂上二郎さんに野球拳で負ける気がしない。
ほど着こんでいます。

らっきょ。人間らっきょ。らっきょ未亡人。
お手洗いが面倒くさいので、紙パンツ買って来ようかと思っています。

嘘やで。真に受けないで~。

昨日は京都の有料老人ホームへ移られたH子さんを訪問しました。
今月の吟行です。訪問は今回で3回目です。
H子さんは句仲間。ホームに行かれて7年と数か月になります。
その時にプレゼントしてもらった屏風は我が家の宝になっています。

一回目に訪問した時はわー~きゃ~すっごい~と
行き届いた施設のすばらしさや豪華さに驚きました。
でも、経済的にも年齢的にも自分とは無縁やな。

と、思っていました。

ところが今回、経済的な条件は変わっていないけれど「年齢的」なことに違和感を感じなかったの。自分でもビックリ!
だって、入居者の方の中にはとても、お若く見える方がちらほら。
皆さん。お洒落です。
いったいあたしは何歳なんや!(人に嘘ばかりついてるから自分でもわからん)
このホームに入っても全然違和感NASA宇宙ステーション。

かようなホームに入れるわけないんだから
どうでもいいわ(なぜか怒ってる)

H子さんとっても喜んで下さって、
ワイワイがやがや押しかけたのに歓待して下さいました。

 「パン屑の少し重いか雀の子」 H子

相変わらず、心優しい句です。
兼題は「芽」
「硝子の花」を初めて知りました。今球根を育てているそうです。

H子さんは少しお耳が遠い。
今までは要約筆記で私が通訳していたけれど
句仲間が「声で筆談」というアプリをチャカチャカとダウンロードしてくれて
まあ・・スマホって本当に便利です。

「五句」と言ったのに「僕」とか「極」とかになる。
それは、コチラのせいね。

お互いの「元気」を確かめ合ってとても良い句会になりました。
ホームの梅は3~5分咲でした。


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2019年1月30日 (水)

一月の俳句・自句自解



Img_4182_2山を切り拓いた住宅地には、いくつかの池が点在する。
季節になると鴨がやってきて、季節になると帰ってゆく。
友人宅へ向かう道すがら

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      どの道も鴨池へ出る冬日かな 

黒いキャスケットに真っ白のシャツ。
カホン奏者の彼はギターも弾くらしい。清潔感溢れる青年は美しい。

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  弦の音の凍つる「シクラメンのかほり」

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誕生日には必ず一句は作っておきたいと思う。
それも出来るだけ明るい句を。

ご近所の友人から林檎をいただいた、思わず唇を寄せたくなるような赤。

      誕生日冬林檎煮るワインの香

.

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今年の初参りは四国徳島の太龍寺。
好天に恵まれ、良い初旅であった。

   初旅の山に影置くロープウェイ

.

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   検診の結果良かりし冬薔薇

年末に受けた自治体の検診で引っかかった。
保健婦さんが暗い顔をしてやって来た。
精密検査の結果は掲句の通りだが、子どもたちに心配をかけてしまった。
次回は黙っておこう。オオカミ少年と思われるのは嫌だ。

冬薔薇(ふゆそうび)、深紅をイメージする方が多いようだが
私は「白」


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2019年1月16日 (水)

注目のジビエ料理とは



トンと昔のこと(でもないか)
あれは去年の11月15日のことじゃった。
じい様とばあ様が五・六人。裏の林をさまよっていただよ。

集団で山に置き去りにされた?
馬鹿こくでねっ
おらだちは徘徊 吟行をしてただよ。

今日はやけにバタコが通る。
バタコといってもジャムおじさんの助手ではないぞ。
バタコ(バタバタともいふ)は昔はオート三輪車のことを言ったもんだが、あたまの切り替えのヘタなウチラは今でも軽四の事をバタコといふのだ。

その軽四輪トラックが狭い林道を砂利や砂を蹴散らかして猛スピードで山へ入っていくんだ。
決まって、助手席や荷台には犬が乗っかっている。

犬ったって、値札つけられてゲージの中でふてくされているような犬じゃねえ。
みんな凛々しいんだ。絶対にショップの店頭ではお目に掛かれない、和犬の見るからに雑種。決まって中型犬だね。

それらが揃いもそろって口輪ををはめている。

まるで出走直前、ゲートになかなか収まってくれない競走馬みたいだ。
目は血走り、吐く息荒く(たぶんやで)チョー興奮状態。
自分の仕事をちゃんとわかってるんだね。
騎手(バタコのおっちゃん)も前のめりでハンドル握ってるよ。

今日は15日だっけ!
カズオちゃんが大きな声をあげた(まだボケていない)

そうだ。今日(去年の11月の話)は狩猟の解禁日だ。

アタシが住む辺りは、フツーに
ガードレールに猿が座っているし
ウリ坊が側溝を全力疾走してるし
鹿が交通事故に遭ってるし
熊の目撃情報も掲示板に貼ってある。
キジが田んぼまで出てくることもあるし
⇑ 以外にも鴨・うさぎ・野鳩などを食べさせてくれる店もある。

だから

マダムが「最近注目のジビエにはまっていますのよ」なんて小指を立ておっしゃられても
ビビる必要はないのだ。

自分の領地で狩猟をした上流階級の冬限定のごちそうをフランス貴族でもない日本人がジビエ。ジビエともてはやすのはなーんか腹立つ。

俳句には「薬喰い」という力強い季語がある。

何を怒ってるんだろ自分。

Img_3959宅地開発で山もずいぶん狭まった。35年前は猟銃の音を耳にしたし、子どもたちにも山に入るなと、よく注意したが今は「しかけ」が主流らしい。

  「遠吠えや一戸に一個木守柿」

  「軽トラに犬乗せ猟期来たりけり」

  「山へ入る猟師のエンジン音猛る」 おたま

猪肉屋の店主は「通はオスがエエって言わはりまっせ」というが
あれは、オスが余ってくるからそういうのであって、
あたしはやっぱりメスのほうが美味しいと思う。
お母さんが倒れた横で子どもがうろついていたら子どもも連れて帰る。
路頭に迷うからだ。

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Img_4174手前のヨカちゃんの事ではない。

⇐こっちこっち。
この子達は猟期が終わる3月になると山へ帰される。


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2018年12月17日 (月)

俳句で振り返る今年



気ぜわしい気ぜわしいと言いながら12月も半ばを過ぎました。
予定をコツコツこなしています。
何とか元気にあと2週間を強行突破して正月に滑り込みたいです。
「忙しい」を作っているのは結局自分なのだから誰にも文句は言えません。
来年から生き方変えます。

 ほんまでっか!!


あ。さて・・
今年も不熱心だった「俳句」
課題の「恋」の句も作れなかった。
妄想で俳句を作るのって邪道じゃね?
いまさら言ってもしかたないわね。
負け犬の遠吠え。ワオ~ン

《熱燗》

おでん屋の棚に古りたる燐寸箱

 熱燗や肘の触れあふほどの距離

 熱燗に切りだす別れ話かな

一応今月は出してみる


と、いふことで一年を振り返ってみました。

 

子らの来てしぐれ明るき誕生日

  遺されてバレンタインの日なりけり

  軍縮を語らひながら蓬摘む

  音ほどに高く上がらず紙風船

  存問の着信しきり梅雨出水

  荒梅雨や机の端を蟻がゆく

  夏の蝶リフトの足にまとはれる

 弁慶の幕間の熱衣かつぎ

  マスターは元教師らし秋の雨

  秋深しカレーの匙に映る顔

 雨降れば流れる橋や雪蛍

 またWHAMの歌が流れてクリスマス

おそまつさまでございました!


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2018年10月 2日 (火)

俳句・灯火親しむ



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  「頁繰るマニキュア灯火親しめり」 おたま

 

手元の歳時記によれば「灯火親しむ」は「秋の灯」の傍題でもあり、独立した季語でもある。
本来「燈」であるが、現在は「灯」を当てる。とある。

レトロ感のあるこの季語で一度作ってみたかった。
爽やかな夜の空気。心静かな読書。
先月今月と予定がたてこみ、現実にはなかなか実現できないでいる。


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2018年9月13日 (木)

コスモス



      

   「コスモスや死ぬ順番を違えずに」 おたま

逆縁ほど辛いものはない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

アナーキーなテイストで迫ってみました(自分で言うか)

コスモスって苦手です。
優し気で。弱々し気で。はかなげ。そしてその実態は
可憐を装いながら強靭なんです。
おバ○な男がこんなのに掛かりやすいんだわ。

いえ。べつにコスモスに痛い目に合わされたわけでは無いのですがね。

コスモス⇒風⇒揺れる⇒少女

お腹いっぱいになるほど、この手の俳句を見ます。
「風」「揺れる」という当たり前から脱却したいものです。
(個人的な意見)

コスモスは明治以降に日本に入って来たそうで、日本古来の日本人の情緒からは少し離れているような気がしています。
そんな事アタシ一人がわーわー言っても外来の物はどんどん入ってくるわけで
そうそう。新刊の角川の歳時記(第五版)に、ついに皇帝ダリアが載っていましたよ。

で。なんの話でしたっけ。
コスモスね。

一度、ブログでコスモスのことを書いたことがあります。

    「吾を待つ母コスモスの畦に立つ」 

その時↑の句を載せたような記憶が・・・
彼岸でワタシを待ってるお母ちゃん。
気ぜわしいわ。(博多弁ではせからしか~)

もうちょっとこっちで遊んでるよってに。

「りぼん」「なかよし」「少女」「少女ブック」「少女クラブ」だったか・・・
女の子のお兄さんか知り合いが刑務所に入ってるのね。
刑務所の小さな窓からコスモスが見えます。
女の子の読む雑誌にしてはディープな内容だったわ。
お兄さん、何をしでかしたんやろ。

今月の兼題はコスモス。
う~ん。

  「コスモスに隠れては見ゆ乳母車」 

揺れると言わずに揺らせてみる。 なんちゃって。

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2018年9月 9日 (日)

とかく女の好きなもの



とかく女の好きなもの 芝居 浄瑠璃 芋たこなんきん
かの井原西鶴さんもおっしゃっているやうに

       「芋」 

お好きざますわよね。奥様

「芝居 浄瑠璃 芋たこなんきん」
あらやだ。ぴったり当てはまりますわ。あたくし。
なんきんは、それ程でも・・だけど、まあ美味しくいただきます。


それでですね、西鶴さんも同じお考えなのかどうだか判んないですが
俳句で「芋」といえば 里芋 のことなのです。

奥様のお好きな 焼きいも(さつまいも)は 「藷」
真綿さんがマクドでビッグサイズをお求めになる
フライドポテト(じゃがいも)は 「薯」
なのであります。

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  「馬鈴薯の花この先は行き止まり」 おたま

ね。ばれいしょは「薯」でしょ?(小さくオヤジギャグ挟んでおります)
馬鈴薯の花は確か夏の季語だったです。(写真は5月中頃)

そして、秋に収穫される「薯」・「芋」・「藷」はもちろん秋の季語です。


我が、「イモ」の句を掘り出してみました(いもほり)

長薯の丈と初孫比べけり
   (ぐっ坊がうまれて嬉しかったのねきっと。長薯はこの字を使うみたいです)

ふる里は遠きがよろし藷食べて
   (室生犀星の本歌取りだわよ。)

駐車場すみに園児の甘藷畑
黄帽子の子ら一列に藷を掘る

   (子どもとサツマイモはよく似合う。うんとこしょどっこいしょ)

お四国のサービスエリアの走り藷
   (八十八か所巡りしているときどれだけお接待をうけたか!)

一升瓶廻してをりぬ芋煮会
   (近年はここら、西国でも河原の芋煮会を見かけます)

猪はやも出たと回覧芋の露(季語が動く)
芋の葉や旧道添ひの廓あと
芋の秋子が子を連れてやって来る
(でへ。つきすぎ)

芋の葉・芋の露・・詩情のある季語でちゃんと作ってみたいです。
そのうち いつかきっとね

弁慶の幕間の熱衣かつぎ
  (最近は奥村彪生さんの幕の内がお気に入りです)

明日帰る子に薄味の芋茎かな

芋茎(ズイキ)大好き。この夏四~五回は炊きました。
芋茎も秋の季語になっています。


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2018年8月 7日 (火)

天の川



今月の句会。兼題は「天の川」
初秋の季語です。

初秋 !!

今日。8月7日(今年は旧暦6月26日)は立秋ですねんよ。
そして月遅れの七夕であります。
朔(新月)に向かっているのできっと天の川が綺麗に見えると思います。

当地では天の川、よく見えますよ。
夫が亡くなった年。平凡氏と山の上にあるゴルフ場の駐車場に天の川を観に行った事があります。周囲に街灯のない観察の穴場です。
かれは3歳くらいから不思議なほどに星が大好きでした。

天の川を挟んでベガとアルタイルが光っていました。
デネブと結べば夏の大三角形。

南に低く光るのはさそり座α星のアンタレス。
人間でいうたら物凄いお年寄りやねん。もう死に近づいている・・

星の見え方。伝説・・

「星の事よう知ってるし、ピアノは弾けるし、女の子にもててかなわんやろ」
と言ったけど返事はありませんでした。
きっと、暗闇で鼻の穴を膨らませていたにちがいありません。

    

   「天の川母の煮しめの味濃ゆし」 おたま

母も母の作った煮しめの味も遠い遠いものになりました。
お菜っ葉を炊いただけ、魚を焼いただけ、サッと作ったあえ物・酢の物。
なのに実家に帰った時に出してくれるものはなんでも美味しかった。

この句、「天の川」でなくても他の季語を持って来ても成立する。
「季語」が動く。といいます。
「天の川」がピタッとはまればいいのですが、我ながら微妙

   「講義いま最後の皇帝天の川」 おたま

今中国史の勉強会は元の追撃に徹底抗戦の構えを見せていた南宋軍が遂に海の藻屑と消えたところです。幼い帝は丞相に背負われて海に身を投げます。南宋の滅亡でした。

歴史とは人の死の積み重ねやなあ。としみじみ思います。

この句ね。「講義」と「講座」で迷っています。
講義だと学生さんみたいで多くの学生は天の川の夜には勉強しないですよね。
講座なら老人大学みたいでエエ感じやん?講座にしとこ~っと。
「いま」がもひとつかもね。

グダグダ考えて迷宮へ。これも又楽しい(負け惜しみ)

と、いうことで、「天の川」これくらいにしといたる。

は~~~っ


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