旅・おでかけ

2022年6月 9日 (木)

小雨降る日・その2・古い映画



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(きのうのつづき)

映画館に到着したのが上映開始20分前でした。
チケット買って席を決めて
いや~ん。お腹ペコポンやん!

シネマに隣接する小さい小さいカフェで
「ホットドッグ、何分かかります?」
綺麗なお姉さんが
「5分!そこから5分で召し上がって下さい」とおっしゃる。
飲み物は中で飲めるようにとカップに入れてくださった。
本人より、お姉さんがあせってくれる。エエひとや

しかしねえ。出来立てのホットドッグって熱いでっせ。
ι(´Д`υ)アツィー 熱々の


畏れ多くもミッチー(美智子妃殿下)ならこんな喰い方はせんわな~。と思いながらパクパク。
第一、こんなシネマに来はらへんし。そもそも、あたし、ミッチーじゃないし。
などと思う間に完食。熱々の紅茶を片手に上映5分前に中に入りました。


なんだ。この清々しい達成感は!

イースターパレード(1948・米)日本公開(1950)
フレッド・アステアとジュディ・ガーランド主演で世界中に大ヒットしたミュージカル映画です。

古い!私まだ生まれておりませんがな!
なにしろフレッド・アステアは1899生。19世紀の方ですねんよ
ジュディ・ガーランドもウチラの世代ではライザ・ミネリのお母さんという認識です。

でもね。この映画
アタシが長いこと生きてきた中で「一番楽しかった
今、喋ってたと思ったら急に歌いだすんやもの(それがミュージカルっていうものね)
圧巻はフレッド・アステアのdance・ダンス&タップ
BTSのpermission to dance 踊れそうな気がしてきたわ(失言)

映画の内容・感想は又の機会に書きませう。

 

イースターパレード

 


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2022年6月 8日 (水)

小雨降る日・その1



出先で時間を潰さなきゃいけないことがあって
どうしよっかなあ・・10:00~17:00の間です。

家に帰るのはおっくうだし
エミリーは電話一本で付き合ってくれるだろうけど
他愛ないおしゃべりで半日過ごすのももったいない気がした。
今日はKENZOのお洒落な傘を持って出ていることだし。

で。またまた菖蒲園です。
今回は北摂のとある公園。俳句作っちゃうもんね。
初めてのバスに乗って車窓をキョロキョロ眺めるのも楽しい。

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のり子先生がよく言うてはった。
「俳句をしているとね、一人で出かけても変じゃないんですよね」
深窓の奥様だったのり子先生らしい発言。懐かしい人。

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何処も、今が見ごろみたいです

 「飛び石と合はぬ歩幅や花菖蒲」

 

広い園内は私以外に、マダムの4人組。散策の男性が2名ほど
空模様のせいかしら。人がいない。
こんな日が菖蒲を見るのに持ってこいなのに・・

近くに「厄神」さんがあったのを思い出しスマホで調べると、ここから300メートル。
行って見ることにしました。
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綺麗に掃き清められたお寺の中が清々しい空気で満たされていました。
縁起では伝承期(神話の時代)の開創とのことです。そんなに古いんだあ。
(誰か見てたんか?という私はバチアタリ)


「厄除け」で有名なお寺ですが訪れたのは初めて。
早速お参りいたしましょう。
本堂から厄神堂。護摩堂。お大師さまの像にもご挨拶。
行く先々に私より数分前にお参りされた方(さっきすれ違った女性)のお蝋燭と線香があがっていました。
いいねえ。こんな静かなお参り。
五臓六腑が清められるわ。ごしごし。

私自身は除けてもらいたい厄もない(みたいだ)し
よしんば、あっても持っておいて自分であたためてやるぜ。

なので
「日日の暮しをお守りください」と平凡氏と明星氏の安寧をお願いする。
そうそう、G坊とヨカちゃんもお忘れなくとお願いする
ついでに真綿嬢も頼んでおく。


まあ。姑ってこんなものよね。

さ。この後どうしよう。映画でも見るか。とスマホで検索
あ。コレいいやん。ここからバスと電車で・・間に合うかな
お昼ご飯はどうする??
兎に角、いざバス停へ・・・

 

 


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2022年4月21日 (木)

春の旅・刃物のまち関市



(昨日のつづき)

今回の旅の最大のお楽しみ(G坊にとって)は
関市にある「鍛冶伝承館」で刀の鍛冶や研磨を見学する事でした。

渋いでしょ
今、刀剣ブームだそうですね。トーケンジョシ(刀剣女子)に交ざり、実際のお仕事を見せてもらいます。

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関市はその名の通り関所があった町。
大きな街道が通っていたのですね。

〽関の五本松 ハァ ドッコイショ
私、この関は此処の事だと思っていました。
その関は島根県なんだって!(私だけが初めて知った事実)

 暫しも休まず槌打つ響き 飛び散る火花よ走る湯玉

(四捨五入したら)100歳の私でも本物の「村のかじや」さんはしりません。
よって、実際にふいごが使われているところを見るのは初めてでした。
たたら製鉄の技術が古い道具によって連綿と続いています。
物を作るという人間の技と知恵に感動しました。
作業は五感を駆使して行われます。
炎を目で見て、熱さを肌で感じて、槌音をきいて・・
あとで槌を持たせていただきましたが持ち上げる事すら出来ませんでした。

G坊、大興奮の余韻を抱えながら次は「刀剣美術館」へ
タイミングよく見学者は我がファミリーだけだったので、館主さんとG坊。ほぼ二人の質疑応答^^
G坊、大満足でした。

「包丁を買っていただきましたぁ~~」と真綿嬢。
彼女、前々からウチの「河内守國助」がうらやましかったんです。

「誰が、研ぐの?」
「郵送したらこちらで研いでくださいます」

いや~絶対、ステンレス包丁のほうが楽やで・・と言いたかったけど
嬉しそうなのでやめておきました。

 

てなことで、ざっくりと「春の旅」のお話でした。
あ。そうそう、長良川に沿って延々と続く満開のさくら並木
堪能いたしました。

 

 


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2022年4月20日 (水)

春の旅・大垣城・岐阜城



(忘れた頃に つづき)
二つのお城へ行きました。
一日目は大垣城。二日目は岐阜城です。

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(大垣城)
私、大垣といえばなぜか「近江絹糸」が思い浮かぶんです。
なんでやろ・・
お城の歴史はどこも、築城・争奪戦・落城・再建・・
この大垣城もそんな歴史を繰り返してきました。
近代では昭和の初めに国宝に指定されるも空襲で焼失。
二重の堀を持つ当時の姿にどれくらい近づいているのかな、
可愛く優美なお城でした。
その昔、朝鮮通信使が通った道に当るそうで、歴史資料が陳列されていました。
日本が鎖国していたって習ったけど、ちゃうんやね。
陳列品から華麗な行列を想像して色々と妄想
Img_7934(岐阜城)
なんで、そんな高いところにお城をつくるねん 
このお城、新幹線からも見えますね。
途中までロープウェイでいきますが、そこから結構登ります。
徒歩7分とありました。
誰の脚力が基準なんだ 
お母ちゃんゆっくり上るから先に行って!といいました。
うん。といいながら途中で4人で待ってくれています。
もう、私の事は放っておいて 

G坊は、戦国武将になるのが夢なのですが
今回、「この子、どんだけ好きなんや」と思い知りました。
歴代城主・歴史・爪の先ほどのエピソードを次次話してくれます。
ほぼ、添乗ガイド。何を聞いても答えます。
しかしそこはG坊。「ほんでな・・」を多用
今の時期は吸い取り紙のように何でも覚えるのですね。

4~5歳のころは恐竜図鑑を丸覚えしていましたが、たぶんすっかり忘れてるんだろうな 

戦国武将の次はアイドルだったりして・・ふふ

 

「好き」ということは「才能」だ
って、イチローさんだったかな?言っていました。
私にはなかったなあ・・・
              (つづく)

 

 


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2022年4月12日 (火)

桜情報を貰う



今、六甲山中腹ではソメイヨシノが満開だそうです。
我が町も負けてはいられません。里のほうは落花してしまいましたが少し北へ上がれば・・

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今が盛りです。
コロナ禍から2年ご無沙汰していた「温泉施設」へ行ってきました。
びっくりした!リニューアルされていました。
コロナで閉まっているのかと思っていましたが工事中だったのね。
入浴料¥210が¥300に値上がりしていました。
その代りガタピシのキャビネットに脱衣かごではなく、鍵付きロッカーが設置されていました。
風情は無くなった  
職員さんに「もう。天井落ちて来ない?」ときいたら
「こらっ!」と言われました。
客は私一人。のんびり。「黙浴」と大きく描かれた注意書きが張られてる。
一人で誰としゃべるねん!


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ソメイヨシノと枝垂桜が同時に満開を迎えています。
職員さんの話では昨年。一昨年と全く咲かなかったらしい
どういうことでしょうね。

昨日。友人から「〇〇(その温泉施設)凄いよ。行っておいで」と連絡があったのでした。
ずっと閉鎖していると思っていたので嬉しかった。
で。凄かったです桜

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見かけた人間は2名。川でフラダンスの練習をするマダムとそれを撮る(たぶん)夫さん。
はあ~~~。のどかだわ。

 

もう少し北へ上がったら、あと4.5日は桜。見られそうです。

 


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2022年4月 7日 (木)

春の旅・かかれぇ~・オーッ!



奥様!昨日の写真見て頂きました?
おまいう(すでに死語になった、お前が言うな)ですわね。

ここで言う「おまい(おまえ)」とは
石田三成さん。
人望がないから関ケ原で負けたんでしょ?
ゴミのお持ち帰り、ちゃんと実践していましたか?

小早川のお坊ちゃまも島津の旦那も貴方を信頼してはいなかった。
でも私は信じています。貴方は真面目で几帳面で真っ直ぐな人だったと。
旗印を見ればわかりますもの。
「大一大万大吉(だいいちだいまんだいきち)」です。
「一人が万人のため、万人が一人のために尽くす。そうして天下は太平になる」
それがあなたの理想だった。素晴らしい 
なのに、何がいけなかったのかしらね・・・

結局人は人のために動くのだと思う(アタシの結論)
意気に感ずれば若干のだめんずでも「あんさん遊びなはれ。酒も呑みなはれ。あてはあんたについていきます!」と日本一を応援するものだ。
石田さんは頭が良すぎてわかりにくかった。
高邁な理想を説くよりわかりやすい見通しを説明してあげる方が人は納得するわ(あくまでも私の考え)

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関ケ原・石田三成決戦の地。右下は島左近陣跡

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いざ!出陣じゃ!
関ケ原の戦いに「真田」親子は参加していません。上田合戦で忙しかったからね。
でも人気の赤備えは(関ケ原にも)用意してある( ̄m ̄〃)ぷぷっ!
G坊。旗竿はいいの?と問えば
「地位の高い者は持たないねん」といいました。さよか。
                    (つづく・かも)

 

 

 

 


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2022年4月 6日 (水)

春の旅・いざ出陣じゃ!



(続き)

旅行前夜、お茶を飲みながら平凡氏に「参加費」を渡しました。
「え~~っ!要らんよぉ~そんな・・」と言いながら
右手を出しました

 

こういふとき、真綿嬢はといえば「きょとん」としています。
口は挟みません。「あらまあ」とか思っているのでしょうか
百戦練磨、四捨五入すれば100歳のワタクシですが、いまだこのヨメだけは掴めません。
天然ほど恐ろしいものはございません。

まあ。これで大きな顔をして参加してやります。
お土産は自分用しか買わないもんね。

嫌ですわ。お金の話ばっかりしています
別に惜しくはないんです。
ただ、息子の性根を叩き直したい。根性を入れ替えさせたい。
・・・って、よく考えたら彼は一言も何も言ってはおりません
私が一人で暴れまくっている(心の中ね)
兎に角、ガソリンは私が満タンにしました(まだ言ってる)

で、旅行ですが。
とっても。楽しうございました。
ただ、山城はきつかった。
なんでこんな山のてっぺんに城を築くねん 

2年以上も遠出をしておりません。
週に一度はストレッチ教室に行きますが、それ以外は1日の歩数「300歩」以内でくらしています。
体力がまるでございません。は~~は~~は~~
ヨカちゃんにも負ける始末。深く反省。

 

とっくに帰ってきておりましたが
あ~た。戻れば当地は桜満開。我が家の猫額お庭にお日様がさんさんと当たって雑草が目立つ目立つ。チコさんからメールがあり「俳句はよ出してや。しめきりやで!」とのこと。すっかり忘れておりました。
てなことで、もたもた・・と日々をすごしておりました。
しっかりしよ!

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2021年10月19日 (火)

座禅体験・わたしの煩悩



通信句会が続いていましたが、やっと吟行ができました。
と言っても、うちら根性無しなので地元をウロウロ。
電車は自信ないです。未だ。

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創建650年
6万坪の敷地を擁する曹洞宗のお寺です。

60,000坪でっせ。
2坪の家庭菜園でカイワレ大根作ってる奥様に想像できます?
駐車場なんて300台も車が止められるんです。

この日は私ら3台だけやったけど・・・

 

曹洞宗。永平寺が本山ですわね。
修行僧が黙々とお掃除してはるのをテレビで見たことがあります。
一家に一人は欲しいわね修行僧(めっ! )

私の住む地域はやたらお寺が多いんです。
うちのお抱えお世話になっているお寺さんもぼやいてはった。
人口減で無住寺が増えて、今3か所も管理しておられます。

そんな「寺過密エリア」でも曹洞宗の占める割合が凄く大きい。
(うちは浄土真宗ですが)
歴史を紐解くと理由がわかりますが、話が長くなるのでカットね。

 

小坊主ちゃんが巨大化してた。
(話、一気に飛んでいます)

毎年、おたま家こぞってお正月のお餅撒きに来ていた35・6年前。
健気にお手伝いをしていた当時6・7歳の小坊主さんが
「あ~た。修行してる??」と口には出せないけど・・
(体躯)含めて
立派なお坊さんになっておられました。
まあね。達磨大師も絵で見る限りは太ってはるもんね。

 

それでも3年間永平寺に行ってったんですって。
〇〇宗は2か月。〇〇宗なんて3日でいいんですよ。ええなあ~

などと。イッツジョークかどうかわからないけど

 

座禅体験。書こうとしたけど明日にするわ。
緊急出動要請があったのでね・・ああ忙し。

 


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2020年12月10日 (木)

ぎょうれつにならびましたばい




WHOが「フィジカル(身体的・物理的)ディスタンス」といいませう!と推奨しているそうですが
すっかり「ソーシャル(社会・社交の)ディスタンス」という言葉が定着しましたね。
行動が根付いているかどうかわが身をもって検証したいと思います。

 

コロナ感染拡大第三波直前のある秋の日のスナップです


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京都・某所。 
いやね、私は行きたくなかったのですよ。

「行列の出来るラーメン屋さん」なんて!!!

でも、な~んかね・・
モヤモヤしながら、フラフラとついて行きました。
なにに。もやもやしたか?ですと?
そんな事言うたら、このワタクシが小さい人間に思われそうなので言いません(キッパリ)
早く言えば損得勘定で?
とにかく、行列にならびましたばい。

手前のニューヨークヤンキースの帽子をかぶっているのがグッ坊です。
退屈してうるさいので、スマホで「プロ野球乱闘総集編」を見ています
そんなものを子どもに見せていいのでしょうか!?
(後ろの両親に問いたいです!)

ヨカちゃんが陰に隠れているので載せます。この日のヨカちゃん
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あ。

間違うた。

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こっちです。

大きくなりました。

 

 

45分位並びました

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こちらが
ミシュランの☆星を
獲得した

ラーメン様でございます。

感想につきましては差し控えさせていただきます。

私が言いたいのは、並んでも食べたい人のお心を推し量るのが非常に困難であったという事です。

わからん。わからんですばい。
若い人の考えることは・・
あ。わたくし希少な中高年でございました。

ラーメンが特に好きなわけでもなく。食べたいわけでもなかったのに行列をした自分自身に
メッ!
であります。

 

 「嚏してマニキュア爪を食みだしぬ」
(クサメシテマニキュアツメヲハミダシヌ)季語/嚏・三冬



は・・はくしょん(大魔王)
だ・・だれかがウワサをしている・・平凡夫婦か??


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2020年11月17日 (火)

嵯峨野案内 小倉山のふもと



当節、「紅葉見物」など困難極まりない奥様に京都の紅葉をご案内いたしまひょ。
当方、自称(ス)トリップアドバイザーHISの回し者・おたまでございます。

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奥様!アチラに見えますのが京都は嵯峨野にございます
「落柿舎」です。
俳句をちょこっとでもかじっている者としては一度は訪ねたい庵であります。

正面に可愛いお山がみえますでしょ?
あれが有名な五山の送り火(鳥居形)のお山どっせ。

・・・・

嵯峨や宇治は京都やあらしまへん!
と、京都のお方は、お云いやすのんどすどすどっせ。
「都」はあくまでも「川」と「川」に挟まれたあたりだけ!やと。

いにしえはこの意識が更に強かったんでっしゃろな
若い頃は都でブイブイいわせてた高貴なお方が、齢を経て、好んで隠遁生活に入られたのがこの辺りとか(知らんけど)
そんなあこがれのエリア。元々はそんなお方の広大な邸宅だったそうですが、時代を経て時は元禄・江戸時代に向井去来という方がこの小さな庵を入手します。
去来はご存じのとおり俳聖芭蕉の高弟で不動産物件を手に入ると、ちょうど奥の細道から戻っておいやした芭蕉先生が喜び勇んでたんびたんび遊びに来てはります。


二つのお屋根がみえるでしょ?右が本庵。左が次庵となっておりまして、次庵では申し込めば「句会席」として利用できるのですよ。
この、手前の空き地ね。何も建物が建たないようにこうして管理してはるのでしょうね(とあたしは思う)

嵯峨の落柿舎をはじめて訪ふ
こゝならん柿の葉のちる竹の門 (五升庵蝶夢)

ささ。中に入ってみませう

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やはり、ここは「秋」に来るべきどすえ。
壁に門の柿の木の影が・・・ここで一句!(無理したらあきまへんえ・おたまはん)ハイ。無理でした。
すっかり落柿舎のシンボルになった蓑と傘がかかっています。
本来は「只今、庵主は在宅していますよ」という目印です。

頂いた季刊誌「落柿舎」を読みますと、この庵の北に去来の墓があるのですが(行かなかったわ)
傍らにある「井戸」は西行法師が出家した草庵跡と言い伝えられているそうです。
去来が生きた時代の400年位前になるのかしらね(知らんけど)
西行は芭蕉のあこがれの人でもあった(知らんけど)
そして、そのドラマチックな生涯は乙女(おたま)の胸をキュンキュンさせます。
男前だったに違いない。間違いない。(今日の話から大きくそれた) 

 

 「薄紅葉仰げば揺るるイヤリング」
  (ウスモミジアオゲバユルルイヤリング)

 

 「時雨来て廂借りたる直指庵」
  (シグレキテヒサシカリタルジキシアン)

 

 

以前、嵯峨野に来た時に作った句ですねんにゃわ。
調べたら2009・11月。
同道したのり子先生もいまは鬼籍・・・


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