歌舞伎・映画

2020年4月24日 (金)

おすすめ映画「タイピスト」



  

  「キャラメルや映画館てふ春の闇」
(キャラメルヤエイガカンチョウハルノヤミ)季語/春の闇・三春

 

 

今年に入ってしばらくたったころ
まだ、世界中がのどかだったころ

見たい映画が何本か上映されてましてん。
八千草薫追悼特集
ダウントンアービー
題名を忘れたけれど、ゴッホの生涯を描いたもの
北欧映画で雪原だか氷原だかをず~っとさまよう映画
この最後のが一番見たかったけれど叶いませんでした。クスン。


あの時(1月・2月)行っておいたら良かったのか
既に(大阪の)市内感染は始まっていたのか・・・

話は飛ぶけど

Dsc02939

昔むかしのそのむかし
ワタクシがお嬢さんだったころの仕事(職種)に今では絶滅したものが結構あります。
エレベーターガール・エスカレーターガール
きれいなお姉さん粒ぞろい。顔だけでなく、声も天使みたいだったわね。
採用条件「容姿端麗」がまかり通っていた時代。
電話交換手
外部の男性によく言い寄られる友人が言うてましたわ。
声で顔を想像されるのは非常に困るって。
タイピスト
クラークケント(スーパーマン)のオフィスの入り口に如何にもデキそうな女性が座っていませんでした?
「秘書」って言葉とタイプライターがアタシの中ではセットになっています。

そうそう。タバコ屋の看板娘も加えておこう。エトセトラ・エトセトラ

 

話は映画にもどります

「タイピスト」2012/仏
去年の秋、機内でみました。
タイピストに憧れる女の子が世界最速早打ち(最速と早打ちは同じことか)大会で優勝
彼女がすっごく頑張るのよ。ちょっと恋なんかも絡めちゃって。と、お話はいたってシンプルなのですが

ご注目は舞台が1958~1959年のフランス。
ファッションがいちいち、可愛い。
ウェストキュッとした花柄ワンピースに真っ赤なドレス。
当時の女の子の体型とか振舞いってどうなっちゃってるの?
誰にでもくびれたウェストがある!


きっと言葉遣いもエレガントなんでしょうね(フランス語わからんけど)
建物。内部の調度品。重箱の隅まで素敵 
街を走る車。駐車している車が信じられないくらい可愛い 
↓YouTubeの「次」をクリックすると
いろんなタイプのタイプライターが出て来てすっごく楽しいです。


ぜひぜひ。
むかし女の子だった(そんなことすっかり忘れている)奥様にお勧めしたい映画です。
気持ちアゲアゲで、免疫力を高める。大事です。

最近、近くのビデオショップが二軒、閉店しました。
ま。借りたとしてもウチは「見る」機能が無いんですけど。
YouTubeなんかで何でも見られるからなの?
あたくし、一生涯、レンタルビデオというものを未経験のまま絶命するんだわと思いました。

この度の外出自粛要請にあたり、松竹様のご好意により
無料配信(期間限定(けち!))の歌舞伎を見せていただきました。
有難とうございます。

 



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2020年1月28日 (火)

大當り伏見の富くじ・松竹座初春歌舞伎



 

     「鳥居から鳥居へ移り寒鴉」
    (トリイカラトリイヘウツリカンカラス)季語/寒鴉・冬

1301-008

 

初春歌舞伎を観てきました。
「大當り伏見の富くじ」
番付にはご丁寧にも「熱いご要望にお応えして再上演」とありました。

まじめなところ、どこのどなたが、どのすじが「要望」を出したのかご尊顔を拝したい。そしてじっくりとお話を聞かせていただきたい。


2012年2月。当時39歳の市川染五郎が歌舞伎に新風を!
(それを”歌舞伎喜劇”と銘打って)と大きな意気込みで取り組んだ演目です。
今回二度目の上演となるわけですがこの間、8年もの時を経たというのは決して「熱いご要望」が煮えたぎっていたわけではないのではと、ワタクシ睨んでおります。決して手放しの評価ではなかった。少なくとも私の中では。
はい。幸か不幸か 初演と今回。二度も見る羽目になってしまいました

前回の観劇についてはコチラ(おヒマならお読み下さいませ)
(まあ、ここでも怒ってますので、嫌ならやめておいてね)

松本幸四郎と名を改め、もはや前回のような花形の果敢なチャレンジでは済まされず。どのよう花の開き加減をみせて頂けるのか期待していただけに残念です。

私は伝統を守ることだけが歌舞伎だと思っているわけではなく、若い方の挑戦はたのもしく、アニメやファンタジーであっても、新しいものを受け入れるのにやぶさかではありません。

しかし。この幸四郎さんおっしゃる所の「歌舞伎喜劇」は全くの理解不能です。
やはり「喜劇」というものをどこか誤解されているのでは?とおもいます。


どうしても嫌なのは「笑わせる」という事、その「笑いを取る」取り方があまりにも稚拙であるという事です。
役者のいちびりを客は笑います。瞬間瞬間の笑いを役者は「笑わせている」と思っています。
しかし、それが本当の笑いではないことに気付いてほしい。


しびん・ウンコ・・お下系では笑えません。巻き巻きウンコをキャッチボールすれば、客はどんどん引き、白けていき。不快になる。
確かに笑っているお客さんもいます。
あれは熱演している皆さんに合わせてるんです。気を遣っているんです。
高いチケット代だして役者に気を遣うなんてあたしにはできません。


松竹の舞台でヨシモトのネタ披露も見上げた根性だとおもいます。が、これでもかとちりばめられた小ネタも全てどこぞのお笑い芸人さんのパクリやないですか。全然面白くない。


松竹新喜劇に伴心平という役者さんが居られました。
藤山寛美さんの芸があまりに面白いので、役どころを離れて舞台上で思わず笑ってしまう方です。
客はいつしかそれを期待する・・・客がいわゆる「楽屋落ち」を容認する。
お笑いに対して、そんな懐の深さが関西の土壌としてあります。
しかし、そこまで到達してからの話なんです。
この演目では歌舞伎役者の皆さんが身内ではしゃいでるとしか思えなかった。


「鳰の浮巣」という話はよくできていると思います。落語ネタも取り入れ情感もドラマもある内容です。
世話物としてキチンと練られた脚本で一度観てみたいものだと思います。

でも、目指しておられるのは「歌舞伎喜劇」なのですよね。
和事のおかしみやくすぐりではない。抱腹絶倒。

気合十分は解りますが。私の感想は「すべってるで」です。

 


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2019年7月24日 (水)

松竹座七月大歌舞伎・恋しくば尋ねきてみよ・・



よく考えれば、歌舞伎カテは今年に入って初めてであります。
初春から観るには観てるのよ。
ブログにUPできない。 なんでや~。食指が動かない。
でも、記録やし書いとこ。

 

先ずは夜の部「芦屋道満大内鑑」あしやどうまんおおうちかがみ
ご存じ「葛の葉」です。

前回観た「葛の葉」は、え~と資料を紐解きますれば・・
な・なんと1991年(平成3年)の中座。
げ!27年前(おたま18歳)じゃん!


先代雀右衛門の葛の葉。富十郎の安倍保名。となっております。
そんな昔かなあ・・。いえいえ、2000年(平成12年)に福助鴈雀(現・雁治郎)で見ておりましたわ。
も~長いこと生きてるから、時間の経過がぐっちゃぐちゃです。

 

(お話を紹介します)
奥様、占いはお好き?揺れる女ごころなど阪急電車の網棚に忘れてきた?
そんな貴女様には占いなんか無用よね。あたしもそうよ。自分の事は自分で決めるわ。
でもそんなヤカラばかりだと、安倍保名(萬太郎)の商売は上がったりね。
そう。彼は占い師。といっても当時の占い師って天文学者みたいなものじゃなかったのかしら(知らんけど)
その保名さん。話せば長くなるので端折るけど、悪漢に追われ大けが。
恋人・葛の葉(時蔵)に介抱され、夫婦となる。
あれから6年・・五歳のバンビーノ(のちの安倍晴明)と仲睦まじく暮らして居るのでありますが
そこへ「も~やっと、みっけ!ずっと探してたのよ」と本物の葛の葉姫が
雷が落ちたらどないすんねん!みたいな銀の花簪にあでやかな真っ赤なお着物で登場。
げげげ・・じゃあ。今あちらで機織りNOWのあの女は・・そなたはどなた?

 

このお話、今回もそうなのだが「芦屋道満大内鑑」の「葛の葉」の部分。いわゆる「狐の子別れ」のみが演じられることが多い。
歌舞伎の面白さ(曲書き・早替わり)ケレンが入り、子別れの切なさにピンポイントを絞りコンパクトに演出されている。
コンパクト過ぎて、道行の4人奴。あれはどこの誰やねん?となってしまう。
話を知らない人には「降ってわいた」ような登場は否めない。
単純に「子への情愛の狐の母さんの話」なら、もう「道行の場」いらなくね?
まあ。美しいからあった方がいいけどね。でもやるならもっと狐の神通力をみせて欲しかったわ。
通り一遍なんだもん。

広く多くの人に、飽きずに見てもらいたい意図もわかる。
しかし、どうなんだろ・・その前後の話。事情、時代の背景など一遍の作品として完結したものを見て初めてこの芝居の悲劇性に身を寄せることが出来る。道満も悪右衛門も出してこそである。
葛の葉が狐である意味とは・・人ならぬものが子を絶たれるとは・・そのことを深く深く理解できるのではないかと思った。

恋しくば尋ね来てみよ和泉なる信田の森の恨み葛の葉

大阪府和泉(いずみ)に信田(しのだ)の森がある。
そういえば、うちの祖母はきつねうどんの事を「しのだ」って言ってたっけ。

 

時蔵 美しく、古典的ではあるが、先代雀右衛門の粘っこい情愛の域には遠いと思った。キッチリと美しく演じておられるのだが。
萬太郎 時蔵次男。平成生まれの31歳。おっとりと品があり声もいい。芝居はまだまだだと思うが従兄の隼人君よりまし良い。鼻筋がやっぱり、萬屋だわ。お楽しみリストには、入れないけどお取り置きはしておこう。がっばてね。

あたし。何様? 


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2019年6月14日 (金)

「兄消える」


 


この映画、小学生の男の子と40代の女性が出ているのですが
この二人以外は出演者ほぼ、オールドピーポー(old people)
そして、観客も見事なまでに「中高年」「超高年」でした。
なんてったって、火葬場の煙を見上げるシーンから映画が始まるんですから 

「兄消える」(2019・5公開)監督・西川信廣

(これから見る人はスルーして下さいね)

長野県上田市で鉄工所を営む男(高橋長英)は真面目にコツコツと工場を守り独身のままに76歳になった。
老老介護で100歳の父親を見送り、周囲に「これからは自分の為に好きなように生きろ」と言われている。
そんな彼の前に40年も行方の知れなかった80歳の兄(柳沢愼一)が現れる。
訳アリの女を連れている・・・

この映画を観たかった第一の理由が「柳沢愼一」さんです。
今年86歳になられるそうです。

我が家にテレビが来たのが1959(昭和34)皇太子と美智子さんの、ご成婚パレードを見るためでした。
それまでは町内には(電気屋さん以外は)散髪屋さんにしかテレビが無かったのだけど、店が閉まったお客さんの椅子にちょこんと座ってテレビを見上げていたのを覚えています。そのころ、いわゆるテレビ創世記に柳沢愼一さんはよく出ておられました。
よろめきドラマでスターになる池内淳子さんと結婚。そしてスピード離婚。
アメリカの人気ドラマ「奥様は魔女」のダーリンの声もやっておられました。


2005年。夫ひっちゃんの亡くなった年だからよく覚えているんだけど。
「メゾン・ド・ヒミコ」という映画を観ました。
主人公(オダギリ・ジョー)の恋人である元ゲイバーのママ(田中泯)が作った「ゲイのための老人ホーム」を舞台にした、
切なくて、温かくて、ハッピーで素敵な映画でした。
この映画にゲイの元教員と言う役で柳沢さんが出演しておられたのです。
子どもの頃に夢中で見ていたテレビに出ていた人です。驚きました。
計算すると、当時72歳ですね。良い味を出しておられました。

ま。そんなわけでこの映画を観に行って来たのですが、
スラリとしたスタイル。役柄とは言え小粋なファッション。劇中でチラッと見せる元ジャズ歌手の力量。
名ボードビリアンの軽妙で洒脱な味わいは変わっておられませんでした。

今の、お笑いの人と違い、昔の喜劇人は「芸人」という呼び名にふさわしく「芸」を持っておられたと思います。
なんてったって、86歳ですからね。
多分アフターレコーディングかなと思う箇所はありましたが、
自由で気まま(ある意味好き勝手)でありながら寂しさと優しさを抱えた人物にぴったりだったと思います。
映画を観て来てウィッキペディアを覗いたら、柳沢さんは「福祉活動家」として長年にわたり生きて来られたようです。

高橋長英さんが素敵でした。
無口で、朴訥としてピュア。男は無口がええなあ・・。
老人を演じているのか、本当にこんな老人になっちゃったんだろうか高橋長英さん。

銭湯の浴槽でアダムスミスを語るところが如何にもな江守徹さん。
これは文学座からのプレゼントだと思いました。
(西川監督は文学座の演出家)

そして、もう一つ、あっと驚く特別出演。
エンドロールの画面の中で振り向いたピンクのスーツの女性!
高橋長英さんのお見合いサイトに応募してきた「雪村いづみ」さん。
共鳴できる二人になれる予感をのこすラストシーンもおしゃれでした。

あ。この映画見たいなあ。

と思っても私の場合、そそられるものがマイナーなのか
大抵の場合、上映期間がすぐに終了してしまいます。
例えば、田中泯主演の「ほかい人」またどっかでやらないかな。
(この映画も信州が舞台?門付けをし、泊めてもらったお礼に「俳句」を一句置いて帰ったという。実在の漂泊の俳人がモデルです。)


そんなわけで、ぴゃっと行って来て良かったです。終演の前日でした。

映画は映画館で見るのが好きどす。

(私の見間違いかもしれないけれど、劇中歌の作詞がトシコ・ムトーさんだったやうな)

    


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2019年4月24日 (水)

永遠のミューズ・京マチ子

 



「京マチ子映画祭」に行ってきました 

京マチ子さんは1924年(大正13年)生まれ。現在95歳。ご存命です。
ワタクシの( ̄∇ ̄;)ハッハッハ母は「きょうまっちゃん」の大ファン。アンド
OSK(大阪松竹少女歌劇団)のファンでもありました。
何を思ったか、おばあちゃん(母のハハ)が付き添い、受験。(おばあちゃんも何を考えてたんやろ)
そして見事!
落ちます  

京マチ子さんはご存じのようにOSKの娘役スターとして華々しく活躍後、銀幕へデビューされるわけです。
ちなみに母の話によりますと、OSKに比べて宝塚少女歌劇団なんぞ〇でもなかったとのこと。
贔屓の引き倒しでしょうが、実際のところ人気実力ともに差があったと他のお年寄りからも聞きました。
昔の事やから、ほんまのところは判りません。好みの問題やと私は思うのですが。

Img_4583

《浅草紅団》

1952年 大映 モノクロ
監督/久松静児 原作/川端康成「浅草物語」

あらすじ)
浅草で一座を張る、紅龍子(京マチ子)は女剣劇のスター。薄倖の少女時代から今の立場になるには人知れぬ苦労が御座いました。
愛する人は戦地から帰ることはなく、しかし「必ず戻る」との思いを生涯のの支えにする覚悟です。(泣けるわ)
さて、かたや浅草レビューの人気歌手マキ(音羽信子)は街の顔役、中根(岡譲治)から借金の返済を迫られております。
中根はどん底の龍子を拾い上げて育てた養父。まあゆうたら龍子には義理があるのね。
返せないならへっへっへ体で返してもらおうか・・皆まで言わずとも誰もがみんな知っている。スケベ親父、最初からそのハラなのであります。
実は、マキには島吉(根上淳)と言う恋人がおり、彼は中根の子分にけがを負わせて身を潜めていたのだけど、一年振りに浅草に舞い戻る。
もちろん、恋人マキ、奪還のためです。
どうでもいいけど「島吉」です。シマキチ。昭和な名前。今どきレッサーパンダにもこんな名前つけないやろ。
龍子、養父に言われるまま悪の手引きをするのですが、
義理は義理。てやんでぃ!あたしゃ浅草っ子だよ!とマキ&シマキチの純愛チームに加担。
そして、大詰めで龍子とマキは母違いの・・なななんと姉妹であることが判明・・
顔役中根は、やたらポケットからピストルを出す刑事に捕まりめでたしめでたしジ・エンドであります。

みどころ)
なんといっても、京マチの劇中劇。凄艶な若衆・股旅姿・はたまた芸者姿での立ち回り。
劇だからね歌舞伎の要素も取り入れた立ち回りのあでやかな事!!!
そして100万ドルのえくぼ音羽信子さんの可憐すぎる歌姫 も負けちゃいませんぜ。姐さん(って誰やねん)
大阪松竹少女歌劇団 VS 宝塚少女歌劇団 夢の競演ってところやね。
映画ラストの正月興行シーンは見ごたえがあります。ファンサービス100点満点。

 

私ら子どもの頃、女剣劇といえば「大江美智子さん」早替わりで有名だったわね。
白黒テレビの舞台中継を見ていた記憶があります。ウィッキに寄れば(1919~2005)お亡くなりになっていました。

「根上淳さん」男前だったのねえ。昔の俳優さんってどうしてこんなに男前なんでしょ。
顔立ちが「しっかり」してはる。
今、イケメンといわれる若手男優がうっそ~と言うぐらい仰山台頭してきているけど
確かに「半分青いの律クン」佐藤健さんは美しいよ。だけど・・・
昭和の男優とタイタイで勝負できる存在感のある二枚目はちょっと思いつかないですわ。
どいつもこいつも み~んなよう似てるから名前と顔がおぼえられへん。

 

その他の出演者・・マキの経営する店の妹分に「宮地晴子」テレビ台頭時代によくNHKドラマに出ておられた。声に特徴があった。
「杉狂児」龍子の一座で働く人。私にとって徹頭徹尾、終始一貫「杉狂児」
「潮万太郎」浅草の老舗の若ボンという体でマキさんの追っかけ。ほんまに当時の浅草にはこんな人がおられたのだろうか。
五時夢の岩下尚史さんかとおもいましたよ

 

といふことで、京マチ子さんの魅力楽しめる一本でした。
昔の浅草をご存じの方は懐かしい風景が満載だとおもうのでお勧めですよ。
ちなみに原作となった川端康成の「浅草物語」で当時浅草への観光客が倍増したそうです。

Img_4584  Img_4585  

お母ちゃんが生きてたら見せてあげたかったわ。
ちなみに母は「京まっちゃん」の一歳下でした

        


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ギョーム連絡:パコちゃんへ。一度テストコメントを入れてくださいませんか。設定し直したので。
       拒否ならばすみませんがmailお願いします。ニフに連絡します。

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2019年1月18日 (金)

ボヘミアンラプソディ



Img_4093ここのところ、登場回数の多いヨカちゃんでぃ!
ヨロピコ。

2歳4か月、面白盛りです。

彼女は両親を名前で呼びます。
父親を○○(名前)さん
母親をココさん

ちなみに私はコッコさん
ぐっ坊はオイーチャンです。

ところが最近突然「ママァ~」と叫ぶようになりました。
ママ=母なのでココさんは「は~い」と返事をします。
ところが私にも「ママァ~」と呼びますし、あらぬ方向を向いて「ママァ~」といいます。

あかんでヨカちゃん。変やで。
変なのは顔だけにしときなさい。

そのわけが遂にわかりました。
ヨカちゃんは歌を歌っていたんです

 Mama just killed a man 
(お母さん。たった今人を殺しちゃったよ)

確かに ママァ~の後にジュッキアメンと言っています。


11月に映画「ボヘミアンラプソディ」が公開されてから
一体何人の人に「絶対に見ておいで」と勧められたでしょう。
早々と平凡氏も真綿嬢も交替でレイトショウを見に行き、強く薦められました。

音楽に関心を持ち、好きになり、よく聞くというのは10代後半くらいではないでしょうか。
クイーンが登場したころはすっかり大人になっていた私は能動的に彼らの音楽を聞いた覚えはありません。

ところが画面から(はい。年末に映画館へ行ってきました)流れてきた
キラークイーンに肌が粟立ち「ひえ~。そうだった」と
なんと、乳飲み子の平凡氏を預けていた保育所の周りの風景やお昼寝ふとんを持ち帰る自分の姿が立ち上がって来たのです。

怖ろしや。音楽で一瞬に当時に戻れるなんて・・
カーラジオから流れていたのか台所のカセットラジオだったのか・・。

映画館に行く前日にたまたまNHKでフレディマーキュリーのドキュメンタリーをやっていました。
「ボヘミアンラプソディ殺人事件」といタイトルだったかな?

ペルシャ系インド人という血。英国という保守世界でタンザニアからの政治難民が生きるという事。独自の宗教観に根差す厳格な家庭。からかわれる容姿、そしてセクシュアリティで悩み続ける彼のアイデンティティへの希求と葛藤

これらが「ボヘミアンラプソディ」だって言う人が多いけど・・
そのドキュメンタリーの中では

(母親の話)「どうしてこんな怖い詞を書いたの?」
「何となく・・・感じだよ感じ・・・」
と彼は言っていたそうです。

映画ではホモセクシュアリティで葛藤する様子が多く描かれていたけど、前日にこの番組を見ておいて良かったなと思いました。

以前にもこのブログで書きましたが日本で海外音楽のプロモーションビデオを最初に流したのはKBSのデデさんの番組です。1970年代半ばでしょうか。
残念ながら大人になって多忙を極めていた私は「動く」クイーンを見たことがありませんでした。
しかし曲はさすがほとんど耳に馴染んでいました。
(でも、I was born love you は映画で出てこなかった。なんでやろ)

今回、この映画を見てフレディの闘う(って私が勝手に言ってるだけやけど)高音のすばらしさ。品があってキラッキラする力強い歌唱に改めて酔いしれました。
そしてクイーンってさ、こんなにきれいなハーモニーだったんだなという事も知りました。

何といっても、後半20分の圧倒的なライブ・エイドは凄いです。

友人は3回見たそうです。私が行ったときは平日満員。30代40代が多かった。男女半々くらいかな。

ヨカちゃんがうたってるよ

I don't want to die

ガリレオ ガリレオ

ママァ~~ レッミゴ~

「自分とは何か」ヨカちゃんがもがき苦しみ葛藤する日が
果たしてあるのでしょうか・・・・


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2018年10月29日 (月)

松竹座・十月大歌舞伎・右團次襲名



昨日は6時起床。
朝のお仕事を済ませたら急に眠くなり、9時から12時までお昼寝(朝寝)
もうこれ以上寝てはならぬ。と頑張ってお散歩したり、ご近所マダムとお茶したり・・
夜。21時からEテレで吉右衛門の「夏祭浪花鑑」をみました。
う~ん。関西人としては浪花情緒たっぷりの方が好き。吉右衛門の団七は重厚過ぎる。
団七といえば、先代勘九郎は良かったな。スカッとしていて浪花気分もあった。仁佐様ももちろん良いけどね。でもカンクロちゃんの団七、キレッキレでよかったなあ。
今回、雀右衛門のお辰に菊之助のお梶。
これって、入れ替わってたらいいのに・・・。などと、一人ツッコミしながら鑑賞。
終われば23時15分じゃん!
大慌てで就寝。

で、目覚めたら朝の10時です

やになっちゃう。
まだ体内時計の調整が出来ていないみたい。
頭ぼんやり。

この際。
10月頭に見てきた「松竹座・10月大歌舞伎」の記録をしておきます。
市川右近改め、三代目市川右團次の襲名披露興行でした。

まあ。アタクシ歌舞伎ミーハーすずめのおたまが何に驚いたかって申しますと
奥様!あの市川九團次が出演していたのでございますよ。
そそ。前名を四代目坂東薪車。
アタクシの大好きな竹三郎さまへ後足で砂をかけトンズラしたアイツですわ(若干の罵り言葉。お聞き苦しいと思いますがこれでも押さえてるつもり)
ぬけぬけ。おめおめと・・よくまあ関西へ
確かに長身で見栄え良く。芝居も堅実。華もある。
が。人としてどうなん?
手薄なブレーンに弱り切ってた海老蔵がホイホイ拾い上げた気持ちもワカランではないが、それって竹様に対してどうなん?成田屋宗家のお坊ちゃまは何でもありなん?
ああ。なんか腹立つ。(原辰徳、不倫騒動で一億円もまる暴に渡してたんやね。関係ないけど)

今回、彼の関西出演は、この度三代目右團次を襲名した市川右近がなぜに澤瀉屋を出たのかというアタクシの週刊誌的好奇心をぶっ飛ばす出来事でございました。

申し訳ございません。ワタクシとて人の子。腹も立てれば屁もしますわ。
内容に御不快な点は御座いませうが、ご容赦下さいませね。

ささ。お芝居の内容です。
夜の部「雙生隅田川」(ふたごすみだがわ)

二代目猿之助(前・猿翁)が舞台にとりあげ、歌右衛門がその品格と肚芸で現代歌舞伎の名品にまで仕上げた「隅田川」がベースになっています。
そう言う意味では「澤瀉屋」ゆかりの作品といえるでしょう。
そこへ歌舞伎界の革命児といわれた「(新・右團次にとって)心の父・当代猿翁」の歌舞伎への変革と多様性を、まあてんこ盛りにしたこの作品。

はっきし(り)言って。わしゃ疲れた。
見せるし魅せるせるし、たぶんはじめて歌舞伎をご覧になる外国のお客様も満足して劇場を出られたと思うけど。
これでもかというケレンをけなすほど私はガチガチの古い人間ではないけれど、どういう舞台が無形の文化として残るのか・・なんて考えてしまったよ。

まあ。楽しかったです。

右團次の愛息・新右近ちゃんの素晴らしい高音が印象に残りました。


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2018年10月 7日 (日)

訃報・朱旭(ヂュウ・シュウ)



夕刊に、主に絵描きさんが今までに「グッときたムービー」の一場面を描くコーナーがある。同時にその聞き語りを記者さんが文章にする。

今週は「初恋の来た道(2000年)」だった。
・・・まっすぐな想いや素朴な気持ちは何よりも強い。
思い出したときに、胸に美しいものが広がるというか、透明な空気や風で満たされる感じが大好きです。

と、ある。
透明な空気や風!まさにその通り。
すっかり忘れてしまっている何かをもう一度思い出させてくれるはず。

30代から40代半ばまで中国映画をよく見た。
中国語を習い、中国の貧しい村に住む子どもたちへの就学援助にも少しかかわった。はじめは中国語の勉強になると思った。
のめり込んだのは、そんなことより中国映画は何よりも
「ああ。見てよかった」と思わせる映画が多かったからだ。

チャン・イー・モーの純愛作品群。
「初恋の来た道」「あの子を探して」「サンザシの樹の下で」「妻への家路」
これらの映画でヤン・ツィイーやコン・リーのような魅力的な女優さんを知った。

「紅いコーリャン」「黄色い大地」「青い凧」のような深い思索をもたらす問題作も見た。
見た翌日、日本での上映が禁止された作品もあった。

「トゥヤーの結婚」「山の郵便配達」「胡同の理髪師」「北京好日」・・・
派手な映像ではないのに心に残る。
生きる苦しさ。尊さを伝えて味わい深い。そんな珠玉の作品ばかりだ。

そんな中国映画の中でもどうしても見たかったのに見ていない映画がある。
「心の香り」(1992)である。

この4半世紀のあいだに見るチャンスは3回あった。(10年置き位に)
1度目は何となく見逃し、二度めは入院中、三度目は旅行中の上映だった。

その主演・朱旭(ヂュウ・シュウー)さんが9月15日に亡くなっておられたとニュースで知った。
88歳。中国の演劇関係者は専門の学校で学んでおられるからだろうか、見るものを惹きつける演技力は素晴らしい。
日本ではNHKドラマ「大地の子」の主演上川隆也氏演じる陸一心の養父役で広く知られることになった。

「心の香り」
真綿嬢が色々探してくれたがDVDになっていないようだ。

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2018年7月15日 (日)

大阪松竹座七月歌舞伎・高麗屋襲名興行



(クソ暑苦しいなか、ようお越し
  今日のボロ具・ブロ愚は 長いです。体力のない方はUターンしてね)

七月初めに大阪松竹座「七月大歌舞伎」へ行ってきました。
高麗屋の襲名興行です。

昼の部はまず舞踊「廓三番叟」(くるわさんばそう)
安定の孝太郎と踊り巧者壱太郎
二人による目出度くも、それでいて浪花らしいはんなりさのある演目での幕開けでした。

引き続き、菅原伝授手習鑑より「車引」(くるまびき)
これまた慶時には欠かせない華やかな舞台。
又五郎の松王。梅王に鴈治郎。そして鴈雀の桜丸という、今の歌舞伎界を引っ張る中堅どころの勢揃いで見ごたえあるりっぱな「車引」でした。
ちなみに杉王丸は種之助クン(オバチャマ応援してるよガンバ!)

さてさて、お次は「河内山」
松本幸四郎改め二代目松本白鸚の河内山宗俊です。

現代劇・テレビ・翻訳劇・ミュージカルと新劇の世界ではキラッキラに輝くこのお方ですが、はて?歌舞伎の舞台では納得させられたものが無いというのがワタクシの率直な感想です。
口調良く、音吐朗々・・しかしどこか違う。抵抗を感じる。
妙に深刻なんです。しんどいねん。
思うに、頭が良すぎるんやと思います。皮肉に聞こえますか?

目出度い襲名興行に水を差してはいけません。
次、行きます。
(河内山のあらすじ知りたい方はコチラ

私が、市川染五郎改め十代目松本幸四郎(以下染五郎と書きます)を初めて見たのは
今はない道頓堀中座の開演一時間前の楽屋口の横の電信柱の影からでした。
怖いですねえ。(今やったらあんなとこによう立ってません。暑いし・・。若かったんですねえ)

洗いざらしのジーンズに少し撚れたTシャツ。細い細い男の子がやって来ました。
当地大阪、初上陸初お目見え。当時19歳の染五郎です。
今から27年前の夏のことでした。

この日の舞台をよく覚えているのは座席が凄く良かったからです。
「左一番」。この席で仁佐衛門さまの荒川の佐吉に大泣きしました。
800席ばかりの小さな小屋の「左一番」!ものごっつい臨場感ですわ。

この時染五郎は絵本大功記の武智十次郎と、もう一本にも出ていますが、記憶に全くございません。当時ブログもやっていませんでしたので記録にも残していません。

で、当時の染五郎については言葉が悪いですが「海の物とも、山の物とも」が大方の歌舞伎ファンの見方だったのではないでしょうか。

14歳で舞台ハムレットの主演に抜擢されたときは「やっぱりね、パパの道(翻訳劇)に進むのね」と思われ、
しかしながら歌舞伎でみせるひ弱で健気な演技が年頃にも見合って、「真女でいけるんじゃね?」とおもわれ、
たまには「つっころばしもいいかもね」などという具合。
いいじゃん。義経で。それで当ててもそれはそれで素晴らしいよ。

いずれは弁慶役者になどとだれが想像したでしょう。


ここで少し「勧進帳」にふれておきましょう。
(今日のblog 長いって言うたでしょ

脚本・演出・地唄・・全てにおいて優れる、THE歌舞伎ともいえる「勧進帳」
ストーリーはご存じのとおりで、端折りますが
幕が上がると正面に松羽目の舞台。五色の幕。
雛段に長唄。下段には裃のお囃子方。
もう。これだけでワクワクです。
それはなぜか。今から始まる地の長唄が名曲中の名曲と知っているから。

歌舞伎の「歌」や~。

(細かい話をしたら終わりそうもないのでひとつだけ)
私は前々から疑問に思ってることがあります。知っておられる方がありましたら
ここ⇓(下にテロップ流れる)まで

弁慶が一世一代の張ったりをかまして勧進帳を読み上げますね。
この時富樫が覗き込む所作があります。
今回の仁佐様はハッとして小さく納得の演技だったとおもうんです。
勧進帳は何度も見ていますが、この時弁慶、とっさに巻物を隠し束に立って「あかん!バレてもたんとちゃうやろか」と言うふうに上手を見上げる。今回はそこが無かったような。見落としたのか?
私の疑問と言うのは、この時点で富樫は「義経一行と見破っていたのか」
ならば、そのあとの、耳打ちからの「しばし待たれよ」が不自然でしょ。
覗き込んで白紙とわかったものの、そこまでの確信がなかったのか・・

そこらあたりがもやもやもやもやしてますねん。

ま。そんなわけで、
弁慶幕外の飛び六方ですわ。
幕がスーと引かれ、自分でもようわからんのですが期待感と不安感が入り乱れ「やってごらんなさい」って少し意地悪な気持ちもあり~の。

いいのよいいのよ。あの富十郎だってソビエト公演のとき(ほんとにお気の毒な事情で)尻もちをついたのだから・・・

富十郎と言う戦後最高の実力をもってしても弁慶になる道のりは長かった。
一門一家に収まり切れない天才には腕の振るい様の無いのが歌舞伎の世界なんだ。
私は富十郎の壮観な舞台を観て歌舞伎ファンになった。

染五郎ちゃん。良かったね名門で。
ささ。やって御覧なさい。飛び六方
(やっぱり。意地悪)

いえね。
今回の舞台。期待以上の予想の埒外の良い弁慶だったのですよ。
仁佐衛門・富樫の胸を借りてのびのび頑張ってね。くらいに思っていたワタクシ
嬉しく裏切られました。

熱演でした。好演でした。胸がジンとしました。
力感あふれる素晴らしい弁慶でした。
細かいことを言えばきりがありません。
ワタクシも何様でもありませんし・・

富樫の力量に支えられた幸運も含めて、彼の度胸の良さと芸に打ち込んできた結果のたまものであると私はおもいます。
うん・及第点やで。ってアタシ何様?

(長々とご無礼しました)


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2018年1月22日 (月)

坂東玉三郎を考える



今日こそは行こう!と思っていたのに
シベリア大陸から-60℃の寒気団がやって来るというニュースにビビって
結局、ストーブの上で蕪と鶏肉を煮込んだりしている。

案の定みぞれが降って来た。
これでいいのだ。間違いない。ほんまか?後悔していないか?

大阪松竹座新築開場二十年で初めて「初春」を欠席した。
今年は坂東玉三郎の舞踊公演である。
舞踊ってむつかしいんよね。
特に玉三郎のような心理主義の踊りは知的素地がスカスカのあたしなんか
「きれいやなあ」とポカンと口を開けてみているだけでいいんやろかとおもってしまう。

そんな理屈いわんと。目のお正月を楽しむだけでよかったけど
ちょっと、勉強してから見たい・・なんて思ってしまった。

しかしっ!お臀部がもぞもぞする。

やっぱ。明日行こうかなあ。

人は玉三郎を「天才」という。
傑出した美貌と技芸で女形としての地位を築きあげた。
しかし、万人が認める第一人者で在りながら、彼は歌舞伎界の頭領には成りえない。
だからこそ、歌舞伎以外の世界に目を向けたのではないか。
ひたすらに一本道を歩き通し頭領の位置に押しあがった歌右衛門にはなれないのだ。

歌舞伎ファンとしては純粋に歌舞伎の芸の道だけを進んでほしい(もったいない)と思ったこともあったが、そんなこと心配しなくとも彼は「美しい才能に恵まれただけの人」ではなかった。
努力と深い洞察と哲学者のような論理的な思考を持ち合わせた、やはり「天才」なのだと思う。

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NHKEテレ「にっぽんの芸能」特集回
「伝心~玉三郎かぶき女方考~」を見た。再放送も見た。

「京鹿子娘道成寺」が玉三郎の解説でほぐされてゆく。
芸の神髄を惜しげもなく伝えてくれる。

恋をした女の「恋のバリエーション」という見方しかしていなかった私は。顔面真っ赤!恥ずかしい。思わずテレビの前で正座しちゃったよ。
特に、恨み・・それは男への恨み、恋をしてしまった自分への恨みだけではなく、「時間」への恨み。誰にも平等に与えられた時間への恨みだという解説に感動で立ち上がれなくなった。
老子だよ。「道」(タオ)を語る老子だよ。玉三郎さん。

ゴーン。ゴーン。
玉三郎だけに聞こえる鐘の音。
鐘に恨みは数数ござる
そうなんだ。鐘って時間だったんだ。

恋に落ちる。ということ。
それは「恋をする」という事とは違う「落ちる」ということ。
といいながら清姫の手拭いを肩口から落として見せる。
そっか!「恋は引力」かあ。φ(..)メモメモ

透明感のある気高い踊り
やはり、見られるうちに見に行っておこうかな。

今年一年。生きる張り合いが出来ました。
今後。年間数回の放送が予定されているそうだ。
四年前から既に40演目の収録済み。

NHK。恨み言いたいことは数数ござるが
やっぱり。エエ仕事しはるわあ。

惜しむらくはウチ、録画機能がないんよね。


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