ちびたま時代

2019年6月 6日 (木)

誰かヨウコさんを知りませんか?



今朝の朝刊「武士のサムライ」の文化文芸欄に
「人生の贈り物」という10回のシリーズものがあります。
今、バレリーナの森下洋子さん。

あたしが牧美也子や渡辺まさこの少女バレー漫画によだれを垂らしていた頃の、あこがれの天才少女です。
必ず、お金持ちの意地悪娘と貧乏な可愛い子が登場するのよね。
金持ち娘は札びらにものをいわせ、主役の座・オデット姫を勝ち取ろうとする。
しかし、しょせんそいつ金持ち娘は「黒鳥」の役がまわってくる。

え?違ったっけ?そんな話ばかりだったよね。

以下は2010・3・7に書いた、前ブログのコピーです。
タイトルは「少女雑誌2」

Mrg196305193

左は大原永子(のりこ)さん。そして右はバレー界の
至宝、森下洋子さんです。
なぜ、菜の花畑に海なのか意味が解りませんが、この本持っていました。(カラー劇場というのが時代を感じさせます)
おたまの計算によると、森下洋子さん15歳くらいです。

この、週刊マーガレットに「三人の天才ようこ」という特集がありました
もうおひとりは

Photo 佐藤陽子

天才少女バイオリニストとして,当時ソ連へ留学中。
大人になってからは、池田満寿夫氏のパートナーとしてTVにもよく出ていらっしゃいました。

・・・

そして、残るもうひとり・・・
もちろん名前は「ようこさん」です。小説を書く少女だったと記憶しています。
とても賢そうな女の子でした。この方、今どうなさっているのでしょう。

ご存知の方は。「あの人は今」おたま係りまでご連絡お待ちしています

以上コピーでした

(話が横に逸れるけど、他人のブログ記事を完全コピーして、自分のブログにあげているケースがあります。
私の場合、自分で気付いたのが1件。人に教えて貰ったのが2件ありました)

それでもって、本日の本題です。(忘れるところやった 

この3番目の「ようこさん」のことをどなたか、ご存じではないでしょうか。

怖ろしく昔の事なのにそのようこさんが強く印象に残っています。
写真のお顔も覚えているし、こけしを抱いたポーズや美智子さまから褒められたエピソードなども覚えています。
どんな女性になっておられるだろうな・・ってよく考えていました。
あたしより、ちょっとお姉さんのはずです。

マーガレットの創刊号から50号くらいまでバックナンバー揃えていました。
その中の一冊に載っていたと思います。

以上、あの人に逢いたいシリーズ(シリーズかい!)でした。
ご協力よろしくお願いします。

  

ヒマか?

うん・・・・。

     


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2019年2月14日 (木)

おため 御多芽



「一度見始めたら何となく癖になる」のが韓国ドラマ。
特に面白いわけでも好きな俳優さんが出ているわけでもなく
たまたま、お昼ご飯の時間だったり、おやつの時間だったりに何気に流れている「おっさんチャンネル(サンテレビ)」

お昼間、家に居るときだけなのであらすじも飛び飛びなんだけど

韓国ドラマを見ていると胸がキュンキュンすることがある。
子どもの頃の風景がよみがえることがある。
私は韓国人ではないけれど、そこで暮らしていたのではないかと思うことがあるの。
時代か?九州という土地柄か?

子どもが、じゃんけんをしている
チョキは親指と人差し指を出すピストルのカタチ。

意地悪な子が棒の先で地面に線を引く。
ココからこちらに来てはいけないという。
線くらい足で消せばいいのにそれが出来ない女の子。

ケンケンパ。ケンケンパ。
地面に描かれた四角い升目は、子どもの頃に遊んだのとまったく同じだ。
なるべく平べったく丸い石を探したっけ。

しもやけの足の小指を木綿糸でクルクル縛って、燐寸の火であぶった針でチクチクやると、真っ黒の血が出てくる。
お医者さんごっこでやったようなぼんやりした記憶。

自転車の籠から栗の実が落ちて、主人公の女の子が拾う。
ジャンパーの前を引っ張って袋のようにして・・。
カンガルーの袋のような即席のポケット。

ああ。そうだったわ
子どもの頃、お使いによく行かされた。
ご近所に何かを届けたりした。
おすそ分けはご近所付き合いの日常茶飯事だったのだろう。

そこのおばさんは、「はい。 おため」と言って
お菓子を紙に包んでくれたり、私のスカートの裾を袋のように持たせて
中にお蜜柑を入れてくれたりした。
私は昔のサザエさんに出てくるワカメちゃんのエプロンみたいなのが欲しかった。
あれなら、「おため」が沢山はいる。

おため 漢字で御多芽 と書くらしい。

Img_4254
結婚の祝儀などを貰ったらその場で包んで、金額の一部を返す、関西の風習。
とウィッキペディアに出ている。
確かに御祝儀返しにおためを渡すが、さすがに現金で返したことは無い。
半紙や昔なら匂い紙(チリ紙)をノシで包んで形ばかりのお返しをするのである。

この風習が広く、こどものお駄賃(足代)として残っていたのではないか。
母は関西の人間だったので「おため」と言う言葉は耳に馴染んでいる。

今の暮しの中で、どこかの子どもがお届け物をしてくれることもなければ
そもそも、近所に子どもがいない。


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2018年12月11日 (火)

クリスマスの思い出・美しい祈り



(昨日の続きです)

受胎告知から降誕までを4つのエピソードにわけて脚本を書きました。
私はとっても熱心に土曜日の昼からはマドレーに刺繍などを習い。日曜学校(昼)と、月曜学校(夜)に通い、誰よりも熱心に神父様やマドレーや信者のおじさんおばさんの話を聞いていましたので、

脚本なんて、お茶の子さいさい(常套語)だったのです。

書いたものを、マドレーの一番偉い人(幼稚園の園長先生も兼務されていた)に見せると
片言の日本語で(外国の方でした)
「こたまちゃん。この本をよく読んでもういちど書き直していらっしゃい」
と、分厚い本を渡しながら、おっしゃいました。

何がアカンねん!どこがアカンねん! とは当時のワタクシ思いもしませんでした。

それは、「エリザベート訪問」の場面でした。

大天使ガブリエルにより受胎告知を受けたマリアが叔母エリザベートを訪ねます。

えっ!アタクシまだ夫と契りを交わしてもおりませぬのに
「貴女はすでに身ごもっている」
ケンシローみたいなセリフをデカい羽根を背負ったガブリエルって人が言うんだけど。
んなアフォなことがおますやろか・・
あの時、ガブちゃん。確か言うてたわ。
「貴女の叔母さんのエリザベートも身ごもったで」って。
んなアフォな!叔母さんいったい幾つやねん。とっくに閉経してはるのよ。すごいおばあさんなんよ。・・・・

そんなわけで、マリアは叔母エリザベートを訪ねます。
そこで二人は奇跡を確信し神の祝福を感謝し
マグニフィカートという美しいお祈りを捧げるのでありました。
(そうそう、エリザベート叔母さんのところへも「マリア懐妊」の情報ははいっていたのよ)
という場面です。Img_3131_2

いやあ。5年生の女の子にはキツイ設定ですわ。
書き直しを命じられて当然よね。
妊娠のプロセスって言うものが全く分かっていないんだから。

いやいやいや・・おませなわたしのこと、
「んなアフォな!」とか書いていたのかもね。
もう忘れちゃったですが、きっと不都合なことを書いていたんだわ私。

とにかく、お二人は無事にイエス様も洗者聖ヨハネも懐妊なさり
次の場面に進むことが出来たのでした。

マグニフィカート 私は確か、「マグニーフイカト」と読んだ。
それについては訂正はなかったわね。
どのようなお祈りなのか、知りたい気がしています。


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2018年12月10日 (月)

クリスマス劇の思い出




雪がチラチラ 降って来る
だれも通らぬ 寂しい夜道
マッチはいかが? マッチはいかが?
凍える声で 呼んでいく
私は少女の マッチ売り

小学生の頃、熱心にカトリックの教会に通っていました。
クリスマスになると、子どもたちでお芝居をするんです。
 歌はうろ覚えなんだけど「マッチ売りの少女」
今考えると、最悪のシチュエーションだわね。
クリスマスの夜のお話にしては悲しすぎる!気の毒すぎる少女!

二番は確か・・
素足が凍って 疲れ果てて軒下に身を寄せるとつららとつむじ風が・・
三番で・・
少女は空に昇っていく。お星さまのところへ・・・

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少女の役をやった6年生のたみちゃんが、本当にかわいそうで
ボロボロのお洋服で、裸足・・・
観客のこどもたち、みんな泣いたわよ。

その後(クリスマス後)もたみちゃんに会うと、
「たみちゃんって絶対に幸せになれないんだ・・」と思っていました。

たみちゃん今頃どうしてるのかなあ。

自分が高学年になると、確か5年生の時。
受胎告知から聖夜までを4つのエピソードに分け
其々の場面を再現する劇をやりました。

ワタクシ「こたま」が、脚本を書き
ナレーションもやりました。
何の疑念も抱かず・・・

結局、クリスチャンにならなかった「こたま」は「おたま」になり
そのエピソードに「んな。AFOな」という心がどこかにあります。

ああ。いやだいやだ。汚れた大人になってしまったもんだ。

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とはいうものの、

クリスマスの、いつもとは違う厳かな
御ミサや
クリスマスを迎える温かい雰囲気は、いつまでも記憶にのこっているものです。


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2018年8月25日 (土)

天神の町の岩田屋デパート



サザエさん一家の話をまだ引っ張っておりますが

サザエさんってね、お見合い結婚なんです。
子どもの頃みた映画では江利チエミさん扮するサザエさんが
お見合いの席で、もじもじもじもじと畳に「の」の字を書いています。ついには畳がボロボロに。
マスオさん役は小泉博さん(シリーズでは川崎敬三さんの時もあったような記憶があやふや)。ワカメちゃんは少女スターの松島トモ子ちゃんでした。

どこかのお家のお座敷でお見合い。
映画ではそうだったんですよ。

ところが原作は違うらしいですね。
福岡市は天神の岩田屋の地下食堂でお見合いをしたようです。

いま、よく天神(てんじん)っていいますが、こたま(おたまの幼名)の記憶では
(てんじんのちょう)というほうが馴染み深かったです。

岩田屋は博多一番の人気のデパート。
呉服町の大丸。中州の玉屋。とテンジンノチョウの岩田屋。と三つのデパートがありました。
で。地下食堂と言うのがあったのでしょうかね。
そこが、記憶にないんです。

上の階に大食堂がありました。ここのお子様ランチを、たま~に食べさせて貰うのです。ちょっとおしゃれをしてね。
隅っこのほうに特別のお部屋があり、ついたての向こうで結婚披露宴をやっていました。
お子様ランチを食べている脇を花嫁さんが通ることもありました。

岩田屋の歌 歌えます。(出だしは忘れた)

 ・・・・タンタンターミナル テンテン天神の町でお買い物
    いろはにほへと イロハのいの字
    岩田屋のいの字は いちばん大好き
    たんたん楽しいな 岩田屋へ行こう

岩田屋ってもう無いのかな。

Img_2750
岩田屋屋上にて。 五年二組 こたま
(白黒写真だよ)

おもちゃ売り場は「見るだけ」と自分にいいきかせ、
屋上の遊園地が楽しみでした。

ガラスの陳列台の中のロールケーキみたいな反物を店員さんが取り出して、ケースの上にサーと転がして柄を見せます。
丁度、こどもの目線にそれがあり、ウットリと見ていました。
当時のお母さんはフネさんほどではないけど、お出掛けの時など着物をよく着ていました。


てんじんのちょうに出来た11階建ての天神ビルが建った時は
こたま、ぽっかんと口をあけて見上げたものです。
天神ビルの前から市電に乗ると遠くのボタ山がだんだん近づいて見えました。

げ!怖ろしい昔!


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2018年8月 9日 (木)

待ちに待ちたる運動会



三日前の夜から吹く風が変わってきました。

昨日のヤクルトレディとの会話は「涼しいですね」
39℃を経験し、34℃を涼しいと感じるこの体!
人間(生命体としてのヒト)って素晴らしい。

運動会ですがね。(話かわってる)

昨日、句会場に「青蜜柑」が配られました。
青蜜柑は初秋の季語です。
超早生の温州ミカン。小ぶりで少しだけ酸っぱさがあります。

どなたかが、「これを食べると運動会を思い出す」と言いました。
そうね。「栗・柿・青蜜柑・・・」

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で。話題は運動会へ

運動会のはじめと終わりに歌を歌いませんでしたか?
ま~ちにまちたる うんど~かい」って

福岡市だけだったんだろうか。誰も知らないといいます。
だから、期待も希望もされていないけど歌って差し上げました。
皆さま大感激です。
歌声にではなく、あまりの「文語調に」です。

一番はうろ覚えですが二番はカンペキに歌えます。
帰宅してYouTubeで調べると。ありました。

歌は0.26~始まります
「はじまり」だけしか歌っておられませんが
1.30~「おわり」の歌詞が載っています。

それでですね。こたま(おたまの幼名)が歌っていたのと少しちがうんですよね。
「はじめ」はあまり覚えていなくて自信がないけど
「おわり」は

日頃の錬磨 この功顕著
優勝の劣敗 審判すみて
凱歌の声は 天にもひびく

ではなく

日頃鍛えし その甲斐ありて
勇気凛々  意気なお高く
凱歌の声は 天地に響く

なんです。

良い歌でしょ?
正々堂々いで出で示さん!
凱歌の声は天地に響く~~ですよ。

運動会なんてねあ~た。勝つか負けるかです。競技なんだから。
競争させない運動会なんてまやかしだ~

勝ってナンボや~
インつけ!
大外いっきにまくれ~~~(専門用語わかりにくい?)

運動会で利権をむさぼろうとするのは誰や~
どこの国や~~
もっとせなあかんことあるやろ~~
そっちに金つかえ~~

このクソ暑いさなかにオリンピックかいっ!
連日。命にかかわる暑さやぞ~
熱中症の責任誰がとってくれるんや~~

話かわっています?

ああ。まだまだ暑い夏。


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2018年8月 8日 (水)

ああ!夏休みの作品展



「なつやすみのとも」って、
ちっとも「友」じゃなかった。仲良くなれなかった。
8月31日に泣きながら誰かのそれを写させてもらう。
友だちの友だちは皆、ともだちだ。

お天気調べは、親が新聞を溜めておいてくれた。
まとめて書く。
この事にどんな教育的効果があるのかと子ども心に思っていた。Img_0951

ワタクシ、たった今気づきました。
次男坊明星氏のことをずーっと「いい加減な小学生」だったと思っていましたが
な~んや。私にそっくりやったんや。

Img_0952

9月1日。始業式から帰ると、母の作った「夏休みの作品」が出来上がっていた。
近所のママ友と作るものだから信ちゃんもひろちゃんも私も同じものだよ。

大きな画用紙に布の端切れを貼って風景とか人物を描き込んで
誰が見ても子どもの作品には見えないけれど、夏休み展覧会で賞をもらった。
三人の作品が並べて張り出されている。
先生も嫌味な事をするもんだ。 

Img_0955

ある年、母は「墨絵(?)」の大作を完成させた。
大きな「たらい」に墨をポトンと落とし、少しかき回した後、半紙でさっと写し取る。
エエ感じや。
これを見ていたひろちゃんのお母さんが家に帰って、
今度は墨だけではなく赤い絵の具もポトンと落とし、その上大きな障子紙に写し取ったので、それはそれは立派な芸術作品になった。この時も二人とも賞をもらったっけ。

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まさかの絵日記も親の手になる。
筆跡はごまかせないので母は「絵」担当である。
行きもしていない蝉取りとか。
ある日は、うちわを片手に大の字になって昼寝をする我が子を描く。
本人に自分の寝姿など描けるはずはなく、どう考えても第三者が描いたものであるがおかまいなしである。
これを見たひろちゃんと信ちゃんの母親が同じ絵を描いたので
三人の○月×日/きょうはおひるねをしました。の
同じページがあったはずだ。

ああ。遙かなる夏休み!
なんという親でなんという子だったんだ。

それを思えば、9月1日の朝に3分間で絵を仕上げていた明星君は立派だったと
我が子ながら、思います。


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2018年5月 4日 (金)

おじいさんについて語り合う



ガチャピンとおじいさんについて語り合った。
おじいさんは大体において「良い人」だ。
花さかじいさんにも、小太りこぶとりじいさんにも意地悪なおじいさんは出てくるが、あくまでも良いおじいさんを際立たせるためのバーター(抱き合わせ)である。

そして、おじいさんといふものは「摩訶不思議」である。
あのひと一体どこのどなただったんだろう・・と、今にして思ふ。

(ガチャピンの場合)

彼女の実家は中国地方のとある神社。
写真を見せてもらったことがあるが、大きなお宮さんである。
子どもだったので事情は分からないが、お宮の離れのようなところにおじいさんが住んでいた。どうも病気だったらしい。おじいさんに三度の食事を運ぶのが子どもたちの仕事で、彼女はそのおじいさんが好きだったので他の兄弟よりたびたび運んだそうだ。
たまにはおじいさんと一緒に竹ぼうきで境内を掃除した。
掃いても掃いても木の葉がひらひら落ちてきた。
ある朝、おじいさんが亡くなっていた。
今思うと、あのおじいさんは今で言う、ホームレスの人だったような気がする。
身寄りのない人の世話をするお父さんだったので、そんな風に思うのだそうだ。

どこからかやってきてしばらく一緒に暮らして、自分にとても優しくしてくれたおじいさん。
ガチャピンにとっての不思議な不思議なおじいさん。

(おたまの場合)

一つ年上のスミちゃんの家は八百屋さんだった。お兄ちゃんが一人いて、弟が二人いた。
兄弟の居ない私はいつもスミちゃんちの二階で遊んだ。近所の子どもたちが大勢出入りしていた。あのころ子どもが沢山いたんだな。
店の奥に部屋がありそこがスミちゃん一家の居間である。
居間の店に近いところに一人用の小さな座卓と座布団が置いてあり、いつも決まった時間にそこに座っているおじいさんがいた。
お酒を出していたようだ。おじいさんは決まって蟹の足をしゃぶっていた。
そして、私はなんと決まっておじいさんの胡坐のまんなかにすっぽりとおさまり、おじいさんが箸でつくつくとほじくりだした蟹の身を口に入れてもらったり、時々はこっそりとコップ酒をなめさせてもらったりした。幼稚園に行く前だったのでたぶん4歳?

スガのおじいちゃん。と呼んでいたのでそれが名前だったのか。畳屋さんだったのかふすま屋さんだったのか。どこのどなただったのか。
自分に優しくしてくれたスガのおじいちゃん。

縁もゆかりも血のつながりもない赤の他人のよその小さな子に
優しくするなんて、きょうびの時代。まずないだろうな。

だから「おじいさんって不思議な存在だ」とおもう人間ももういないだろうな。

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2018年4月24日 (火)

黒い傷跡のブルース



たぶん。おそらく。いや絶対に
私は変わった子どもだったのだろうと思う。

昔、自分は、本当は大人だったんだ。
だんだんだんだん年齢が減ってきて、今の8歳という自分は歳が減ってきている過程なのかもしれない。などと思っていた。

この頃の自分にとって最も怖いことは「永遠」ということだった。
終わりがないということ。
死にたいと思っても自分が死なない。ということだった。
(肉体は滅んでも魂は生き続けるという意味)

死なない。死ねない。永遠に生き続けなければいけないことが
怖ろしくて恐ろしくてたまらなかった。
ああ。終わりにしたい。と思っても終われない。

やっぱり。変なこどもだ。
死ぬのが怖いのではなく、死なないのが怖いなんて。

何しろ子どもだったので。
その考えに至ったというそもそもをすっかり忘れている。

そして、そのころ
自分がこどもなのに
「もし自分に子どもが出来たら、それが男の子だったら、是非ともトランペット吹きになって欲しい」と思っていた。

春駒Ⅱが絶不調なので身軽にしてあげようと色々触っていると
mp3てなファイルがあって曲がいっぱい入っている。

「好きな時に好きな曲が聴けるからな」といって多分、明星氏が入れくれたのだ。
聴きたい曲リストを彼に渡したことがあったけ。
ところがどっこい。肝心のファイルの開け方がよくわかんなくて開いたことなかったんだ。

「黒い傷跡のブルース」

暗い暗い暗い とことん暗くて泣けちゃうcry cry cry

ああ。そうだったのかとおもう。
この曲だったんだ。たぶんラジオから流れていたのだろう。
アタシは小学校の低学年だった。

こどもだもの。テナーサックスとトランペットの違いなんてわからない。
ラッパ。ラッパならトランペットと思ったに違いない。

今聞くと、演歌だにゃ。

この曲。本国アメリカではサッパリだったのが日本で火がついたそうだ。
日本人好み。

小さなJapanesegirlおたまもラジオに耳をくっつけて聞き入ってたのだろうな。

ああ。暗い。

やっぱり変わった子だった。
うんと大きくなって、人間が時間や命の概念について考え始めるのが8歳くらいだときいたことがある。ちょっと納得した覚えがある。


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2018年2月26日 (月)

おらおらでひとりいぐも



深い事情はよく分からねども
Googleポイントというものを頂戴した。1000円分だ。
うれしいよ。
世間の片隅にひっそり暮らすこんな未亡人に誰が1000円も下さるというのだ。

使い方を周辺の人(真綿嬢)に聞いて
有料アプリというものを入手することにした。
水原秋櫻子の歳時記がエエなと思ったら1350円だった。

アタシのスマホは明星氏が契約して明星氏が月々の支払いをしてくれているのでいくらかかっているか知らない。
その上、1000円は賄えるとしても「後、350円足らんから払うといて!」とはいくら生みの親でも言えたものではない。
つーか。手続き(操作方法)がわからない。なんと、うぶな女だ。

「書籍」の最初に出てきた「おらおらでひとりいぐも」(935円だっけ?)を購入した。
芥川賞受賞前から新聞の書評欄で取り上げられているのを知っていた。

関心を引いたのは何と言ってもタイトルである。

教科書ではなかったと思う。
たぶん・・謄写版で刷ったプリントが配られた。

机の端から順番にワンセンテンスずつ読まされた。
多分、4番目くらいだった、私の時に教師はそのまま続けて読むように言った。

長いんだ・・これが・・
方言がはいっている。
「ああ トシコ・・」

クラスにトシコが居た。ちょっとみんながクスッと笑い、私も笑った。
そしてこの言葉に出会う

「ora ora de hitori egumo」

前身の毛穴が開いたような感覚。それを覚えている。
教室中がシンとしていた。

今、まさに死にゆこうとしている「ワタクシの妹」
賢治の悲しみが理屈ではなく迫って来る

なぜ、この部分だけがアルファベットなのか!

風の噂ではトシコは5人の子どもを産んだらしい
(クラスメイトのほうのトシコね)

今頃どうしてるんかな・・
などと思いを馳せながら、この初めての電子書籍を読んでみよう。


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