書籍・雑誌

2017年8月19日 (土)

寒村の恋・「老いを照らす」瀬戸内寂聴より


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「読む?」と言って友人が置いて行った本。
瀬戸内寂聴著「老いを照らす」

坊さんの説教かぁ。
「老い」や「死」に関するテーマかぁ。
と、積ん読カテゴリーにあったのを、この盆休み、ちびっこから逃れるため早めに自室にこもることが多く、たまたまベッドの中で開いてみた。

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瀬戸内寂聴(晴美)の文章は簡潔で読みやすい。
頭のいい人は無駄口をきかない。易しい言葉で深く伝える。
この人の小説より、評伝物が好きだ。上手いと思う。
本の中に、大杉栄とその周辺の人物について書き続けていたとある。
「美は乱調にあり」「諧調は偽りなり」・・・
私が20歳前後に読みまくっていたものだ。

余談だが、後年、大杉栄と伊藤野枝の遺児であるルイズさんにお目に掛かったことがある。美しい目の人だった。物ごころ付いたころからずっと公安が貼りついていたことなどを静かに話された。
(当時のミーハー気分を思い出し今深く反省している)

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話を戻す。
元気の良い内容に軽く読み進んだ本の最後の最後で、ページをめくる手を止めてしまった。

懐かしさで鼻の奥がツーンとした。

そこには多彩に交誼を結んだ人の一人として、荒畑寒村が登場し「寒村90歳の恋」のエピソードが書かれていた。
90歳の時40歳の女性に恋をし原稿用紙20枚の恋文を一日三度送り
彼女と行きたいために90歳にしてアルプス登山を敢行する。

貴女(瀬戸内)が僧侶だから話せるのだと泣きながら彼女への思いを打ち明けられた。
とある。

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もう四半世紀以上も前の事だが、半年ばかりの間、ある社会運動家の事務所兼住居に出入りしたことがある。御本人は1980年ごろに亡くなっておられたが、そこは、時代がまるで1960年代で止まっているかのような雰囲気で、教科書や本でしか知らない(ミーハーの私にとってはワクワクするような)事柄が濃密に詰まっていた。

荒畑寒村の染筆が掛けてあった。
「わ!アラハタカンソン!」

実はそのとき、長年その方の秘書のような事をされていた女性から件の「寒村の恋」の話を聞いたのだった。

彼女は「お使い」で度々、東京の寒村先生を訪ねた。
ある時先生から相談をされる。「一人の女性を好きになったのだが、どうしたらいいか。思いを打ち明けたいが、もし嫌われたらどうすれば・・」というまるで少年の悩みである。
本に登場する「恋」のことである。

寂聴さんによると「貴女が僧侶だから・・」とおっしゃったと言うが、寒村先生は年に数度しか会わない顔見知りの若い(当時30代)女性にもあふれる思いを打ち明けておられる。

彼女のその時の回答は「言っちゃえ!言っちゃえ!」だったそうだ。

「老いてなお、熱烈な恋に身を焦がすその姿には、「恋と革命」の時代を生き抜いてこられた革命家の気骨、パワーを感じました」(老いを照らす)

彼女も全く同じ感想を言っておられた。加えて「あんなにピュアで魅力的な人を知らない」と。
本の中では触れていないが、お相手の女性の情報も少しお聞きした。

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思いがけない時に思いがけないことで記憶の扉が開く。
私の30代終わりから40代の始め。
何でも知りたがりで、キョロキョロしていたあの頃。
吸収できたのか実になったのかそれは疑問ではあるが
何だか、楽しくていきいきしてたぞ。じぶん。
と思ふ。


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2017年8月 9日 (水)

たくさんの日々


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年寄りと申しますのは同じ話を何度も致しますね。
い~え~。あなた様の事ではございませんわ。

ひとつ前に書いた「海の響きをなつかしむ」の話をどこかに書いていたかも知れない。
そんな気がして「前ブログ」の「チビたまカテゴリー」を見てきたのだけど、どうも無さそうなので、今日書きます。
前に読んだで~という方は知らぬ顔して、もいっぺんお付き合いください。どうせ、暑さついでです(関係ないけど)

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4年生だった。・・もうすぐ5年生になるという春の日。
学校から家に帰ると玄関先で二人の修道尼と母が話をしていた。
当時、私が熱心に通っていたカトリック教会のマドレーでは無かった。
この方たちは数冊の本を携え、それを売りに来ておられた。

「このお話の主人公は中学2年生なので、貴女より少しお姉さんだけど・・」と一冊を取り出され、母はそれを買ってくれた。

Img_0771すっかり古くなり
汚れてしまった。

表紙をあけると
少女だった私の字で大きく
5年2組 ○○おたま

と名前が書いてある。

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中学2年の女の子の春夏秋冬がさりげなく穏やかなエピソードを挟んでつづられている。
まだ見ぬ「14歳」へのあこがれだったのか、コンビーフの缶詰をスーツケースに入れてベルリン経由でパリに家出を企てる彼女の小さな弟に共感したのか・・
たぶんその美しい文章に惹かれていたのだと思うけれど・・

兎に角、わたしはこの本を大人になっても妻になっても母になっても引っ越しを繰り返しても、大切に手元に置いていた。

そしてこの作者が他にどんな本を書いておられるのか、どんな人なのか知りたいと、強く思っていたがその機会はなかった。

今ならパソコンの検索一発で出てくるのだが、
それどころか名前の読み方さえもわからず、これはうんと、大きくなってからだが、もしかしたらこの人は女の人かもしれない(それまでは男性だと信じていた)そして今では主婦になって、もう小説など書いておられないのかも知れない。などと思った。

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挿絵も大好きだった。

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40年の月日が流れ、図書館から借りてきた一冊の本
小沢昭一著「俳句武者修行」の中で「小長谷清実」という文字を見つける。
俳優・小沢昭一は「変哲」という俳号を持つ俳人でもあり、本では道場破りよろしく、あちこちの句会に出席する様子がエスプリの効いた文章で書かれていた。
其の中の一つ、詩人ばかりの集まりである、ある句会のその日の参加者の中に小長谷さんがおられた。

ああ。この人は「詩人」だったのか。やはり男性だったのか。そして(変なハナシ)ご存命だったのか。図書館にあった本で調べると日本現代詩人会に所属しておられた。
色々な思いが巡り、私は「現代詩人会」の住所に手紙を出していた。

「落手しました」と長いお手紙をいただいたのはそれから間もなくであった。

この本はまだ、学生だった頃に大学の先輩であった「いのうえひさし」氏にすすめられて書いた、ご自分にとっては初めての本であったこと。
手元には、数年前に神田の古書店で見つけた一冊があるだけで、書いたことさえ忘れていたこと。
40年もまえに読んでくれていた小さな女の子がいたこと。
その事に驚き「オロオロと途方に暮れています」と書いてあった。

私はこの時の嬉しさを夫・ひっちゃんに話した。
彼はうんうんと頷き、「おたまちゃん。良かったなあ。ほんまに良かったなあ」と一緒に喜んでくれた。

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手紙と一緒に現代詩人叢書集や、ちょうどその年に出された絵本を贈って下さった。
小長谷さんは大学卒業後「電通」に勤務され、1970年「希望のはじまり」1977年「小航海26」でH氏賞を受賞されていた。
そして、詩集「わが友、泥ん人」で現代詩人賞を受賞される。
新聞記事で知った私は我が町の地元のお酒を送った。

御礼状が来て「酔っぱらっているので重複して出しているかもしれない」と書いてあったが、確かに2枚の葉書が来た。
そして、詩集「わが友、泥ん人」を贈呈していただいたわけだが
私が嬉しかったのは、本の最後に「著作集」が記載されており
沢山の詩集名のあとに子どもの本(絵本をたくさん出されている)、その子どもの本の先頭に
「たくさんの日々」が加えられていたことであった。


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2014年1月14日 (火)

淡路恵子さん


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淡路恵子さんを果物に例えると「レモン」のような気がする。
(ちなみに栗原小巻さんは水蜜桃)

noteあ~らあらあら アヤコ 
 い~は色気の イクコ
 う~は浮気な ウタコ
 え~はエッチな エツコ

小学校のころ、こんなテレビ主題歌を歌っては親に睨まれたものだ。
歌っていたのは「男嫌い」の4姉妹の一番末の弟。「坂本九」
役名は「おさむ」だったと思う。

この二番目の姉。イクコを淡路恵子さんが演っておられた。
アヤコ役は越路吹雪。ウタコ・岸田今日子。エツコ・横山道代。

「エッチ」という言葉を初めて聞いたのもここだったと思う。
HENTAIの頭文字で「変質者」の意味なんだって。と聞きかじる。

今「エッチ」と言えば「性交」の意味に使われているが、おたまはこの言い方が大っきらいだ。
「エッチする」なんてどんな日本語やねんannoy
ちゃんと「性交」「情交」といいなさい!
隠語でも「目合う」(まぐわう)までは許そう。

話が横道にそれたようだ。落ちつけ。おたま。

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淡路恵子さんには清涼感があった。
レモンのように。

けだるく、物憂く、艶っぽい役柄であってもすかっとしたものを持っておられた。

同世代には山本富士子をはじめ岸恵子・岡田茉莉子・香川京子・有馬稲子・南田洋子・若尾文子・司葉子・・・綺羅星のごとく美人女優達がいる。
その中にあって淡路恵子は「正統派」の美人とは言い難いが、その個性的な魅力は誰にも代えがたいものであった。

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戦後のジャズ界に「天才」といわれた「守安祥太郎」というジャズピアニストがいる。卓越した理論。超絶の演奏技法。
もし彼が生きていたら日本のジャズミュージックシーンは今とは全く違っていたかもしれない。と言われている。

  「そして風が吹きぬけていった」植田沙加栄(1997講談社)

天才ジャズピアニスト守安祥太郎の評伝である。
「世界的」になった秋吉敏子がぼろぼろに書かれていたりする。有名ミュージシャンが実名で出てきておもしろい

守安祥太郎は残念なことに31歳で自死する。

自死の理由は音楽上・生活上の悩み・・とウィッキペディアにあるが
上記の評伝では「失恋」が遠因ではないかと・・・書かれている。

そして、彼の恋した女性が「淡路恵子」であった。

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淡路恵子は20歳でジャズ歌手のビンボウ・ダナオ氏と結婚をしている。
守安とは10歳ほどの年齢差があった。

SKDの舞台で鍛え上げられた肉体と個性的な美貌。
10代の彼女は非常に魅力的だったに違いない。

上記の本は安原顯(編集者)のラジオでの紹介で知った。

これも今ウィッキペディアで知ったのだが淡路恵子と安原顯は同じ高校(どちらも中退)に在籍していたようだ。不思議な縁。
おたまが好きだった「ヤスケン」も今は鬼籍の人です。


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