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2022年7月13日 (水)

おさななじみのおもいでは



どれくらい前になるのだろうと思ってメールボックスを開けてみた。
2018年の夏、私はその人にメールを送っている。

「突然のメールで失礼いたします」と。

 

何かを買ったり、小さな旅の費用にしたりしていたが
子ども達からもらう年玉が結構貯まり

形で残るモノ。そうだ!パソコン用の小さなデスクを買おうと思った。
撫でてみたくなるような、新品なのに使い込んでいるような、そんなぬくもりのあるものがいいなあ。

Dsc03455


ネットサーフィンをしているうちに
あるデザイナーズチェアのページにたどり着き、作家の名前に目を止めた。

「ん?」が確信に変わっていく。

私は13歳で福岡から大阪に引っ越した。
20歳の頃、大阪で一度再会したことがある。彼は金沢の美大に通っていた。
7歳で出会った幼友達。
何通か手紙を交換した。
内容は他愛のない事だったと思うが、色鉛筆でささっと引いた線。詩のような文章。デザインのような文字。
彼の手紙がとても美しくて、私は少し怖気づいたのかもしれない。交流はそれで途絶えた。

「貴方はHちゃんではありませんか?」

私の問いに驚くほど速く返信があった。
「そうです。H坊です!!」と

彼は家具デザイナーになっていた。
学校を出て、ある著名なインダストリアルデザイナーの元で修業をし30代半ばで故郷へ戻った。
今はデザイン事務所をやりながら学生たちに教えている。YouTubeをあげているので見てくれという。
そこには7歳から全然変わっていないHちゃんがいた。


近況を教え合い、昔話をする

その中で我々は7歳より以前に会っていたのではないかということになる。
私は幼稚園に入園する前の半年ほど保育所に預けられた。
大人ばかりの環境を親が心配したようだ。結局泣きわめいて手に負えないのでやめさせられるのだが。
Hちゃんはその保育所に通っていた。姉の大事なモノ(首飾り)を持ち出し、好きな女の子にプレゼントして、親からこっぴどく叱られた。その女の子が「私」ではなかったか。と言うのだ。
いいやあ。そんないい思いをした覚えはないけどねえ・・・
昔すぎてわからない

そして、20歳のころ大阪で会った記憶はあるけど、どういう経緯で会えたのかがわからないという。
それはね・・
それも昔すぎてわからない

夫の法事をしたときの家族写真を送った。


「〇ちゃん(私の事)が幸せそうで良かった」

ありがとうHちゃん!

 

いつか逢うことがあるかなあ・・
大病の後遺症でリハビリ中だというYちゃん。貴方の従弟。覚えてるよ。
元気いっぱいの男の子だったYちゃん。
いつもニコニコしていたHちゃん。

2人が酒を酌み交わしてる場面をみたい。
懐かしい博多弁を聞きたい。
あそこの公設市場の復元図を三人で描いてみたい
下駄屋。お菓子屋。漬物屋。魚屋。貸本屋・・・

 

 


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