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2021年8月 6日 (金)

八月の記録⑥



 

 「原爆忌犬は鎖に繋がれて」

       (作者不明・ご存じの方教えて下さい)

 

8月になったので戦争の事を書こうとおもいます。
と言っても、私は実体験としての戦争を知りません。

戦争を知っている年長者の下で大きくなりました。
その人たちに直接に聞いたことを書き留めておきます。

 

内地防衛で臨時招集され、鉄道設置訓練のため千葉で6ヶ月を過ごした。
広島に移動したのは1944・9月。木造二階の中学校を兵舎にして訓練に従事していた。
1945・8・6の朝、太陽を背にし、中隊長から訓示を受けている最中であった。
後方で飛行機の音。パシッと耳元で風船の割れたような音がした。

気が付いた時は、溶接の火のような中で地面を這っていた。
熱い、ともかく熱い。数十秒は意識もはっきりしていた。
しばらくして、ほこりが収まったが、自分の位置がわからない。
校舎が無くなっていた。爆心地から2キロの地点であった。

シャツの背中の部分がボロボロになっており、衛生兵がドラム缶のグリスを塗ってくれた。
3~4人で北のほうへ逃げ、農家へ入って休憩した。キュウリ、ナスの葉がしおれていた。
広島全市が燃え上がっていた。


隊の方向へ歩いて帰る道中。老若男女、皮がむけてその皮を地面に引きずった行列が続いていた。
太田川の堤防に運ばれた死体が米俵のように積まれていた。すべて黒焦げ。男女の別も分らない。その中でうごめく人もいた。

一ヶ月間、隊内で残務整理をし、8月除隊。
背中のやけどの跡は16年間消えなかった。
(k・k  1926生男)

 

 

「コンクリートに木の影の折れ原爆忌」
                      おたま

 

 

                  また明日。


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