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2021年8月12日 (木)

八月の記録⑫



 

 「祖母のみが知る英霊や盆の月」

       (作者不明・ご存じの方教えて下さい)

 

8月になったので戦争の事を書こうとおもいます。
と言っても、私は実体験としての戦争を知りません。

戦争を知っている年長者の下で大きくなりました。
その人たちに直接に聞いたことを書き留めておきます。

北支(北支那方面軍)へ往った。(注・支那という言葉は今では使われない)
到着して真っ先にやらされたことは「肝試し」だった。


「きもだめしをやる」と言われた。
1グループ30人が横一列に並んだ。
目隠しをされた中国人捕虜が手を括られ、ぞろぞろと入って来た。
明らかに、非戦闘員(民間人)である。
横一列に並んだ中国人に一人ずつ向き合わされて、我々は立った。
その距離20メートルほどだったろうか。
銃剣を構え、獣のような声を挙げて向かって行った。
目隠しを外された中国人は最期までキッと睨み返していた。

銃剣をかまえたまま、失禁するもの。失神してしまう者もいた。
「肝試し」とは「人殺し」であることを初めて知る。

集落を襲っては進撃していった。
女を犯し、食べ物を奪い尽くし、村を焼き尽くした。
その後には必ず、日の丸を建てた。
(制圧・掃討作戦)

ついには、日の丸が無くなり、仕方がないのでシャツを脱ぎ、そこらへんに転がっていたチャンコロ(中国人の蔑称)の腕でグリグリと日の丸を描いた。

この事は、家族には話していない。(M.S 1922生男)

 
「八月の記録」は今日で終わります。

今回載せた12人の方は一人を除き、皆さん鬼籍にはいられました。
戦争は人間が人間でなくなることだと学びました。

戦争体験を直接、この耳で聞けた最後の世代かなと思います。

読んで下さってありがとうございました。

                  


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コメント

書いて下さってありがとうございました。
日本が戦争をして負けたことすら知らない若い人たちにも読んでほしいです。人間とはなんと愚かで悲しい生き物でしょう。人としてのまっとうな精神をずたずたにしてしまう戦争の怖さ、避けられたはずなのにと今なら思えるのですが…。
もうかなり前の事ですが、粗大ごみを出す日ではないのにカートに積んで大量に捨てていくお爺さんがいたので、今日は粗大ごみではないですよと言ったら「みんな出しとるじゃないか、わしは戦争へ行って人を殺してきたんだ。お前なんか殺すのはわけないぞ」と凄まれました。人を殺したことをそんな風に鼓舞するんだと情けなく思いました。お爺さんにとっての戦後は荒んだものだったんじゃないかと思います。

投稿: ばんび | 2021年8月13日 (金) 14時19分

★ばんびさんへ
読んで下さってありがとうございました。
そんなおじいさんもおられるのですね。
私が聞いた方々は、きっと個々に胸深く納めておられるのでしょうが戦地での出来事を極めて淡々と話されました。
辛いでもなく、自慢でもなく・・淡々と。
コチラが絶句するような内容でも淡々と。
罪悪感も後悔も懺悔も無いように(私は)おもえました。決して責めているわけではありません。
それしか道が無かったのだから・・

ネット社会になり様々な情報が入り乱れています。今回書いたことは間違いなく自分の耳で聞いたという思いがありますが、さて、自分は次の世代に伝えるべきなのも無いのが怖いです。

投稿: おたま | 2021年8月13日 (金) 20時29分

貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
読んでいるだけでも辛いのに、直接お聞きになった時はショックだった事でしょうね。
どのような形でも、戦争下ではこんな事も起きていたのだと言う事を伝えていく事は大切だと思います。
現役の小学校教員時代、10回6年生を担任し、そのうち8回修学旅行で広島に行きました。広島に行く学校が少なくなっている京都市では珍しい事です。(なぜ少なくなっているのかはまた別の機会にお伝えしたい!)
その際何回か被爆者の語り部さんのお話を聞く機会があったのですが、ある方は「平和のためにあなた達が出来る事は、ふるさとと友達を大切にする事です。」と小学生にも分かりやすく言ってくださいました。
戦争で起きた事は、修学旅行で学ばなければ一生知ることのない子どもたちも少なくないと思います。その子たちには「この学習を通して学んだ事を出来るだけ多くの人に伝えることがあなた達の一生の宿題ですよ。」と伝えてきました。
私もダンボ先生や親から聞いた戦争の話を子どもたちに伝えることが私達世代の仕事だと思ってきました。
今NHKで「映像の世紀」を再放送していますね。放送された時にはそれ程感じなかったのですが、今見ると現在の日本(世界もかも)が戦前の状況に似てきているように思えるのですが。
安易な解決策を売りにする政治家に騙されないようにしないといけないと思います。
長々と失礼しました。

投稿: わんこ | 2021年8月14日 (土) 18時41分

★わんこさんへ
ブログ読んで下さってありがとうございました。
ダンボ先生は、ココ(このブログ)に平和や戦争の事を書くと敏感に反応を示して下さいました。平和の大切さが体に染みついた世代の方ですものね。
その教え子であるわんこさん。そうなんですよね私たち世代はそんな大人、空気の中で大きくなったのです。

かなり以前ですが、ブログには政治的な事は書かないでおこうと決めました。
自分の考えが100%伝わらない。伝えることの難しさを感じたからです。
でも、平和や非核という人類普遍の課題について、思想、イデオロギーなんてカンケーネーと思います。
京都は革新的な府政を敷いて来られたというイメージがあります。それは昔々の物語なのでしょうか。
私「15の春は泣かせない」世代なので京都の小学区制がうらやましかったです。

政治が教育に介入し、物言えない体制を作る過程を門外漢ながらみてきました。
今、特に、若い人の中に口汚く隣国をののしる人を見ると悲しくなってしまいます。
彼らは「愛国」という言葉を口にします。
それがファッショの始まりであるという事、諸刃の剣であるという事に気づいてほしい。

戦争を知っている世代の下で育った自分には「戦前と同じ状況」と思えてなりません。

歴史から学ぶ。とても大事なことだと思います。その歴史が政治によりゆがめられることの無いように祈るばかりです。

何だか、まとまり無くてすみません。

投稿: おたま | 2021年8月14日 (土) 20時26分

おたまさん 書いて下さって有難うございます。涙が止まりません。 アメリカでは戦死者よりも戦争から帰ったきた兵隊さんの自死がはるかに多いのです。

投稿: Chiblits | 2021年8月18日 (水) 00時00分

★Chiblitsさんへ
読んでいただきありがとうございました。
地獄を見てきた人には全てがわかってしまったのでしょうね。自ら命を絶っても、まちがいなく「戦死」だと思います。

どんなに立派な大義を掲げても、人と人が殺し合う事が戦争です。
殺し合いに意味など全くありません。
戦争は愚かだとみんな言います。愚かだとわかっているのに戦争は無くならない。

紛争を解決する手段としての戦争は永久に放棄すると、高らかに謳った九条もゆがめられ満身創痍ですが、これを手放してはいけないと私は思っています。

投稿: おたま | 2021年8月18日 (水) 07時42分

おたまさん、ありがとうございます。<(_ _)>
>たんたんと書く
記録ですね、しっかり読ませて頂きました。

反感と敵対心を持って自国を主張し、技術や種苗までも断りなく持っていってしまう近隣の国とのお付き合いは今後どうなるのでしょうね。
九条を死守して平和が続くと良いのですが。。。。

投稿: 熱烈 | 2021年8月18日 (水) 20時23分

★熱烈さんへ
捻れてこじれた関係の修復はとても大変な事だと思います。
江戸時代中期の朱子学者、雨森芳洲アメノモリホウシュウは
「外交とは対等の立場に置いてなされるもので、相手への敬意と己に対する矜持無くしては成り立たない」
と言っています。今から300年近く前にこのような人物が我が国に居たことを誇りに思います。
国土と民を蹂躙された隣国の怒りは十分に理解できますが、今のままでは正しい外交の為の入り口にもたどり着けませんね。
いつかきっと両国に芳洲のような人物が現れると信じて・・

投稿: おたま | 2021年8月18日 (水) 21時05分

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