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2021年5月24日 (月)

わが家の車史



あたしが美しい10代だった頃(遠い昔・・ほっといて!)

男の子たちはこぞって「テントウ虫」スバル360マツダのキャロルに乗っていた。
あの頃は不思議にも思わなかったけれど、当時は16歳から(高校生でも)車の運転ができたのよ。

1968年に廃止された「軽免」に間に合わなかったベベちゃんは18歳になると免許証を取得。
当時華々しくデビューしていたホンダのN360に乗った。
女の子の運転がまだ珍しかったころです。
少し大きくなって、セリカのGT イスズベレット ケンメリのスカG
車は若者のあこがれの時代だった。
 

私も、ひっちゃん(夫)も運転免許を取るのは早かったけれど、車は持っていなく、
ひっちゃんは「車で女の子を釣るのは邪道だ」と言ってました(明らかな負け惜しみ)
もし生きてゐたら「預金通帳をヒラヒラさせて女性に声をかける紀州のドンファン」の事を、羨ましがっていたとおもふ。

私達をよく可愛がってくれたWさんが
「おまえらも、所帯を持ったんやから、車の一台も持たなあかん」といって
古い軽自動車を(どこからか?)調達してきた。
それが、スズキのフロンテだった。ボディはねずみ色 
価格は一万円。車内に100円玉が一個転がっていたので正確には9900円ということになる。
これが、我が家の初代マイカーです。

嬉しくて、あちこち行ったような気がする。
その内、「なんか変な匂いがする・・」「煙が出てる・・」となり、
それでも2・3年乗ったけれど(乗ったんかい!)
平凡氏が生まれ保育所の送迎に車が必要不可欠となり、ちゃんと購入したのが
当時CMで流行っていた「真っ赤なアルト」
後部荷台に、籐のゆりかごを載せた。平凡氏はゆりかごに寝かせると爆睡した。

アルトの次に買ったのがスズキ・ジムニーだった。
4WDって何なん?のワタクシたちが悪路走破するつもりもないのに
「乗ってみたい」だけの理由で選んだ。
敢ていうなら「荷物ようけ(たくさん)乗る」

今、ジムニストと言われる愛好者の間で一年待ちの超人気車種なのだそうだが、40年(近く)前は
ハンドルは重い。お尻は固い。燃費は悪い。そらそうや、こんな大きなボディに、かいらし過ぎるタイヤやもん。そらしんどいわ。
平凡氏の車の記憶はジムニーかららしい。変な思い入れがあるそうだ。

夫が通勤で車を使いだし、いすゞのジェミニいすゞのアスカと乗り換えた。
特に「街の遊撃手」ジェミニは、若き日のあこがれ、いすゞベレットの面影をどことなく残したフォルムが私も好きだった。
が。この頃、セカンドカーとしてホンダ・トゥデイが我が家にやって来たので、それ以降の夫の車はほぼほぼ運転していない。
トゥデイがやって来た日のことを4歳だった明星氏はよく覚えていて「これ、お父さんに買ってもらったんやなあ・・」とよく言った。

このトゥデイはまあ、本当によく乗った。大好きだった
チョークを引いてエンジンをかけた。
加速していくときのギアのハマる感覚。トルクエンジンの音の変化と共に体が持って行かれるような微かな浮遊感も好きだった。
坂道のサイド合わせ、フット合わせが好きで、坂道で信号待ちにあうと「\(^_^)/ヤッタ」と思ったものだ。

夫はその後、縁があって日産車に二回乗り換えている。
私は14年間のトゥデイとの付き合いのあとに天から降ってわいたようなハナシで叔父さん(母の弟)にキャロルを買ってもらった。
この話は長過ぎるので割愛。
キャロルが国道のど真ん中で「プッツン」とエンストしたのは夫が亡くなって一年未満だったと思う。
夫が親しくしていたディラーのY氏のところで初めてのオートマ車に乗り換え、今の筋斗雲は二台目である。
高額なものを一人で契約したのは初めての経験で「夫の死」を実感した。

 

つらつらと思い出すままに数えてみたら、9900円のフロンテから始まり全11台(もしかしたら抜けがあるかも)
わが家の車の歴史である。

・・・・・・

今日は筋斗雲(愛車)を車検に出す日。
ディラーのY氏が午前中に取りに来てくれて二泊三日ののち帰宅予定。

「代車?」
「いらない。いらない・・」と夏井いつきさん風に手を振る。

ほんまに、車に乗らんようになった。
明星氏に「免許証そろそろ返納しいや・・」と言われている。

返納の話をよくするので、Y氏が「どうです?最後の車・プジョーというのは」と勧めてくれるが
「そんな元気。ありますかいな!」と元気よく答える。

 

Y氏とのご縁を書いた記事


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コメント

愛知県民としてはトヨタ車が一台も出てこないのがちょっと寂しいかもです。ええのですけどね。別にトヨタから何も貰ってないし。
車史11台ですか。何年の間に?と考えないでおきます。免許取ったのは20歳になってからでしたがずーっとぺーパードライバーでした。義母の病院の送迎のために教習所へ1週間通って運転を思い出し、AT車なら何とか乗れるようになっても車は義母のカローラでした。坂道、バック大嫌い。運転も好きじゃないのです。義父の送迎は自前の軽自動車でしたが、もっといい車を買ってやるといつも言われてました。亡くなってからやっと普通車を買ったけど…。
散歩コースの餃子作ってた小さな町工場に黒いプジョーがあるのですが、いつもノラ猫が日向ぼっこしてます。ひっかき傷がいっぱいだけど、ご主人は猫好きなので気にしてませんでした。ご主人が亡くなってもプジョーはまだそのままで、猫も時々屋根に乗ってます。

投稿: ばんび | 2021年5月25日 (火) 13時05分

★ばんびさんへ
そうなんですよ!なぜかトヨタ車には縁がなかったですね。
あの世界のTOYOTAなのにね。
フィアットで大産業都市になったトリノでイタリア人のおっちゃんに「フィアットはもうあかん。斜陽だ。でも日本は大丈夫だ。だってTOYOTAがあるから。素晴らしい」と熱く熱く話し掛けられたことがありました。
ごめんね。乗ってなくて・・・
わが家の車は実用第一だったので「走ればいい」くらいの基準で乗り換えました。
もっと楽しめばよかったわ。
いまの車は音がしないですね。エンジン音を楽しむなんてありえなくなりました。
一度だけポルシェに乗せてもらったことがあります。車の事よく分からないけれどエエ音しました^^
プジョーねえ・・もうええわ。
でも。可愛いよね。

投稿: おたま | 2021年5月25日 (火) 14時35分

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