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2021年5月14日 (金)

感染家族にはがき



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久々のSNS(サザエさん懐かしの昭和)シリーズです。

プンプン怒っているのはノリスケさんのようですね。
ノリスケさんは出版社にお勤めです。
キチンとした背広ではなく、ベレー帽が文筆家っぽい。
電車のダイヤが乱れたわけをマスオさんが説明しています。
コチラは丸の内にお勤めです。通勤鞄にソフトをかぶりウールのコート。ヘリーボーンのズボンがお洒落です。

きっと、東京駅でしょう。だって「8番ホーム」のある大きな駅ですもの。
当時、8番ホームからはどこへ行く電車がはしっていたのでしょう。
1952年(昭和27)9月30日の掲載です。

 

わたしが、そうそう、そうだったわ。と「昭和」を感じたのは
柱の横に置いてある筒状の容器です。ホーローだったか陶器だったか、真っ白で蓋には丸い穴があいていました。

分った奥様は「昭和っ子」

コロナウィルス感染拡大で戦々恐々としているわたくし達ですが
同様の歴史が少し前の時代にもありました。「伝染病」です。

1919年には結核予防法ができて、駅のホームに痰壺(タンツボ)を置くことが義務つけられます。
1930年(昭和5年)肺結核で亡くなった人は12万人に上るそうです
漫画が描かれた1952年頃も結核はまだまだ怖ろしい病気だったのです。

 
明治から大正期の伝染病・予防法についてはいまでは信じられない施策が多くあります。

ネズミを交番に持ち込むと買い上げてくれるシステムがありました。

家に伝染病患者が出たとします。
関係当局がやってきてその家を完全に煮沸(?)し
コレラ・チフス・ジフテリア・・・等の病名を書いて門戸に貼り付けます。

 
昨日の夕刊に、新型コロナウィルスの感染患者への差別や偏見に関する記事が大きく取り上げられていました。
「みんなにあやまれや。ええか。卒業式でるなよ。すぐ帰れ」
広島の感染者家族の元に送られてきた一枚のハガキ
なんと愚劣な行為だと怒りました。

怒るのは簡単な事です。自分は差別はしないぞと誓うのも簡単です。
難しいのはそれを差別と気付くかどうかなのだと思います。
自分のいう事、することは正しいと信じてる。

その信じる正しさの根拠が、どこから来るのか
連日、ニュースで見ない日はない都知事さんの「お願い(自粛要請)」を見ながら
外出する人・悪い人。営業する店・悪い店。
感染するのはお上のいう事を聞かなかったからだ。
「みんなを危険にさらして、面倒かけて、お前ら、常識なしじゃから心配だ。おまえら義務を果たさんかった、だからあれこれ言われるんじゃ」

広島のはがきを書き写しながら、気分が悪くなってきたのでやめます。

 
少なくとも門戸に貼り紙をして、お上が個人を特定するということは無いわけですが
そこらへんは、繊細な配慮がなされていますが
SNSなどで個人・学校・勤務先名が公表されたりするのはわけないことです。

自分は正しく生きたいと思いますが、正しいってなんでしょう。
少なくとも辛い思いをしている人への想像力だけは持ちたいと思います。

 


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コメント

伝染病を出した家が貼り紙されるのは知りませんでした。大掃除終了の紙は貼られてたような記憶が…。結核は忌み嫌われたのですね。ギボンヌ姉妹も戦中戦後に結核の恐怖にさらされて叔母は若い頃に発症。サナトリウムの恋ってやつで叔父と結ばれたそうです。ギボンヌも古稀を過ぎて間もなく感染が発覚して長期入院。でも軽い症状だったので病棟では一番自由な患者でした。結核に感染するのが恥だと思ってたのに後年「結核病棟にいた数か月は楽しかった」とのたもうた(;一_一)私だって毎日見舞いに行って危険にさらされたのに…。公費で治療代はタダ!かけてた医療保険はがっぽりもらえて退院後に旅行に連れて行って貰ったけど…。コロナで怖い目にあってるけど「あの頃は大変だったねえ」と言える日が早く来ますように。

投稿: ばんび | 2021年5月14日 (金) 13時16分

★ばんびさんへ
そう言えば「衛生掃除」ってありましたね。
町内いっせいに溝浚えや畳をあげて干す。町内同時にやらないと効果が無いのでしょうね。「大掃除休暇」を取って参加しているおじさんもいました。企業こぞって応援してたのですね。
「胸の病」って美男美女と決まっている。
おば様たちも。さぞや・・・
怖い病が医学のおかげで怖くなくなっている。日進月歩に未来を託して^^

投稿: おたま | 2021年5月14日 (金) 19時04分

おたまさん、こんばんは。

駅の構内の痰壺は聞いたことはありましたが、サザエさんにも描かれていたとは・・・高校を卒業するまで駅を経験したことがない(沖縄では戦後鉄道は廃線なったままでした)私にとっては見たことがありませんでした。

コロナ感染症に関して、ルールを守らないために感染するケースもありますが、当然そうでないことが多くあります。 「感染=悪」ではありません。

自粛に対するイライラ感が募る中で、自分こそが正義であるような幼稚な考えを持った方に遭遇することがあります。 「感染=悪」→「不正義」→「許せない行為」→「我こそが懲らしめてやらねば」と自分自身が正義者の代表だと勘違いする人々がいます。

冷遇や差別された人が自分より弱い立場を差別をしたり、他人を誹謗中傷することで、脳内で快感を得ることが判っています。

自分の行為が他人と入れ替わっても許容される範囲かどうかを常に考えて行動する必要が個人にも社会にも求められているのかも知れません。(すみません、長くなってしまいました😅)

投稿: omoromachi | 2021年5月15日 (土) 23時36分

★omoromachiさんへ
SNSなどで他国を悪しざまに言う人達に対して嫌悪感とともに「不思議」に思っていました。他を誹謗中傷することは人間の持っているどうしようもない「業」のようなものかと思っていましたが、医学的に脳内の仕組みが証明されているのですね。スゴイ!

明治・大正期の「伝染病の家に貼り紙」のように極端ではなくても、差別や中傷を生む構造を政治やマスコミが作り出している事例は色々と感じます「他府県の人間は来るな」という発表が初めて大阪に出たときは正直驚きました。今では「そう言うのも」致し方ないと考える人が多くなっています。

困難な時こそ人としての真価が問われるはずです。冷静によく考えて行動したいとおもいます。みんなで賢くなりたいです。

投稿: おたま | 2021年5月16日 (日) 17時38分

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