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2021年3月24日 (水)

廃墟の女王・旧摩耶観光ホテル



神戸市の「旧摩耶観光ホテル」が国の登録有形文化財になる
という新聞記事を見た。

以前から「廃墟の女王」と呼ばれマニアには垂涎の場所で、テレビで取り上げられていたこともあった(その時は心霊スポットとして)

新聞によると女王のプロフィールは次の通り
1961年開業。6年後に豪雨災害で休業。
その後合宿施設などに使われた時期もあったが93年頃閉鎖

実は、私はここに宿泊したことがある。
今から、何と半世紀近く前である。
「その後合宿施設などに・・」の時期だ。
先輩(女性)に連れられてきたのだが、一緒にゐたのがどういう人達なのか、何の活動をしていたのか全く知らない。
ただ、10人くらいの若者の中で先輩が唯一の女性だったので好奇心の強い口の堅い(?)私が誘われたような気がする。
決して非合法なグループではないと思うのだが
先輩は詳しく教えてくれなかったし、私も聞かなかった。

摩耶山の中腹にあるその建物は、当時も寂れてはいたが使用に耐えていたわけで、
その外観の面白さや内部の装飾の豪華さ見事さに圧倒された。
「大正時代の大金持ちの別荘」だと聞いた。
建物全体が客船のような造りで、船窓には碇(イカリ)の意匠。部屋もそれぞれ〇等〇号室と表示されていたように思う。

たった二人の女子には最上の部屋が用意されていた。
記憶にあるのは部屋の中心にあるベッドのすばらしさ。こんな美しいベッドに寝るのは勿論、見るのも初めてだった。
管理人さんが「明日はこのベッドでシーツ一枚だけを使って女性ヌードの撮影会がある」と言っていた。
そして、窓から見える夜景は息をのむ美しさだった。
「よく、六甲の夜景は100万ドルっていうでしょ?摩耶の夜景は一千万ドルだよ」

食事を出してもらったと思うのだがよく覚えていない。
ただ、食事の後にレコードで古い曲を聴いた。
広いダンスホールで。だったかもしれない。
翌朝はさらにケーブルカーで山頂へ行った。
光りの下で見る、グループの人達はとても素敵だった。

4・5年前、数十年振りに先輩に再会した時、この摩耶観光ホテルの話題がでた。
「廃墟マニアの人気スポットになってるらしいよ」

「そうそう。おたまちゃんと一夜をともにしたなあ・・」
先輩は遠い目をしたが、それ以上の話はしなかった。

・・・・・・

青春の日々ははるか、とおくとおく。
先輩も色んなものを乗り越えて(たぶん)今日にいたる。
そして、私も(たぶん)

 


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ちびたま時代」カテゴリの記事

コメント

そのニュース読みました、へえ~~廃墟がね~とそれが不思議だったのですが・・・。心霊スポットと言われても納得する建物でした。夜景が素晴らしかったとの事、でも一体何の集まりだったのかしらね、まさか1千万ドルを探しに(宝探し)じゃあないでしょうし、気になる・・・わ。

投稿: パコ | 2021年3月24日 (水) 11時43分

★パコちゃんへ
このブログを書いてから調べてみました(先に調べんかい!)
「摩耶観光ホテルについて」というブログに大変詳しく書かれてあります。
阪神電鉄の関連鉄道会社が1929年(昭和4年)に竣工したそうです。
私が泊まったときも結構、廃墟化していましたがそのブログにあるように竣工当時の家具・調度品はそのままでした(それが凄かった!)
で、学生ゼミやサークル合宿についてのみ開放されていたようです。
あの頃の2・3歳上ってすごくお兄さん、お姉さんに思えたものです。だから黙って話をきいているだけでした^^なんか難しい話をしてはった・・・

投稿: おたま | 2021年3月24日 (水) 12時22分

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