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2021年2月 5日 (金)

あんたはえらい



お勤めしていた頃の同期で仲良しだったMちゃんがついに職を退いた。
昨年12月末のことだ。

以前から退職日には大きな花束を持って行こう!と
同じく同期のKちゃんと相談していたのに
このご時勢ですので「お疲れさまでした」のお食事会も流れたままだ。

女性は職場の花と言われ、どんなに能力の高い人でも
男性の補助業務をし、研修などのスキルアップの機会も与えられない。
そんな時代に社会に出た私たちの世代だった。

いろいろあっただろうけど、よく頑張りました。

 

同い年で、気が合って、遊んで遊んで遊びまくりました 


彼女の結婚式に出席した時、私は大きなお腹をしていたわ。
披露宴会場で出産しちゃうぞ。なんて言ってた。

彼女には子どもがいない。
「持たなかった」ではなく「恵まれなかったんよ」と言っていました。
「ほら、そんな夫婦がよく犬を飼ったりするじゃない?わたし、あれだけは嫌だなあと思っていたのよ」
と、言いながら現在レトリバー2匹との4人家族です

だから仕事を続けて来られたし
私の知らないことを経験し、知らない思いもし、知らないものを得た。
とにかく、ほんとにほんとにご苦労さん。
私もKちゃんも心の底からあなたを尊敬します。


昨日の夕刊トップに
(最近一面記事は企画ものばかりなんよ)
「定年はない 未来がある」という見出しで
90歳「最高齢の総務部員」ギネス世界記録 という記事
64年間大阪の商社で働いてこられた女性がパソコンを前にしてにこやかに微笑んでおられる。

どっひゃ~。Mちゃん。負けてるやん!
現役シニアは右肩上がりに増えているそうだ。
高年齢者雇用安定法の改正により四月から高齢者雇用(就業機会の確保)が企業の努力義務になる。

いつまで年寄を働かせるねん ととるか
働ける機会があって良かった ととるか
ねえ。厚生労働省さん。

あたしも、仏の道をのんびり歩いている場合じゃない気がしてきたわ。

 


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コメント

おたまさん、こんばんは。

友人が退職の日を迎えたのですね。イケイケどんどんの女性の中におたまさんもいらしゃったことでしょうか?
あの当時は職場の花を言われても実質は当てにされていない女性も多かったと感じました。
私は共働きの両親をみながら育ちましたので、仕事において男女の差をつけたことがありませんでした。
オリンピック委員会のトップの差別発言が問題となっていますが、そもそも引退したような方をトップに添える事態が日本の間違いだと思うのですが・・・

生き甲斐の為、社会への恩返しのために年老いても働ける場所があればいいのですが、生活のために働かざるを得ない場合はしんどいですね。

投稿: omoromachi | 2021年2月 5日 (金) 21時13分

★omoromachiさんへ
私もずっと働きつづけたかったのです。
自分の職場では少数派でした。
私は結婚しても子どもが出来ても働くのが普通だと思っていました。しかし
第一子の出産育児で相当職場に迷惑をかけているという負い目の中で(職場の人には優しくして貰ったけれど)やっと授かった第ニ子を流産してしまいました。
子どもがゐるからと言われたくなくて仕事頑張りました。無理した自覚があります。
アタシ、何してるんだろ・・と思いました。

男女等しく教育を受けてきたはずなのに社会に出たとたん男女間の差別を大きく感じました。女性には「のびしろ」がないのです。
初任給から賃金格差がありました。

心身共に疲れました。
もちろんそうやって頑張って来られた先輩方もおられたけれど・・・
あの大変な保育所探しから始める気力がなく、職場の後輩に負担を掛けるのが申し訳なく、その他の条件も重なって、次男を出産する手前に敗北感でいっぱいのなか退職しました。
(その後彼が3歳になって新たに職につきましたが)
私の中では「世間に負けた」という気持ちが強いです。だからMちゃんは本当に立派だと思います。

今では男女雇用機会均等法ができ、色々なことが整備された(かの)ようですが、やはり「男社会」であることに変わりはないようです。
お医者様になろうとお勉強したくても最初から「女」は狭き門だなんて、まかり通っているのですから。
モリさんの女性に対する「意識」には
何の申し上げる言葉もありません。論じたくもありません。
(とりとめない話をきいていただきすみません)

投稿: おたま | 2021年2月 5日 (金) 22時28分

おたまちゃんよりも少し昔のパコです、あの当時の女性は仕事に就いても「腰掛」と言われたものです、どうせ2,3年で辞めるだろう、結婚までの社会勉強みたいなものさと。なので男性社員の補助的な何時交代しても良い様な仕事ばかり、結婚しても続けるというのはそれはそれは並大抵の苦労が伴ったと思います。中山マサ氏が初の女性閣僚として厚生大臣になられ大変に話題となったものです。今では隔世の感ですね。

投稿: パコ | 2021年2月 6日 (土) 00時31分

★パコちゃんへ
思い出したら色々腹が立ってきたわ
折角、悟りの道に入ったのに!
就業前の机拭き、お茶くみ。「太陽にほえろ」再放送を観ていたら可愛子ちゃんが喜々としてやっていますね。
私にとっての壁は身内(女性)の意識変革だったかもしれない。と思います。
「おたまちゃんは現代っ子やなあ」と言われながら結構可愛がってもらったし、勉強する機会も与えてもらったし、当時珍しい出張にも行かせて貰えた。
周りは紳士ばかりやったし・・
と良いことだけ思い出しましょう。

旅先で出あったスイス人男性に「電通新人女子社員の過労自死」について「想像すらできない驚愕の出来事だ」と「日本という国はどないなってますねん」と問われたことがあります。
時代が変われば変わったで、やっぱりこの国は変だ。
あ。また怒ってる( ´∀` )

投稿: おたま | 2021年2月 6日 (土) 10時02分

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