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2020年3月 5日 (木)

たこフェリー



  

   「甲板に立ち飲む珈琲春の航」
  (カンパンニタチノムコーヒハルノコウ)季語/春の航・三春

 

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女の厄年は数えの十九だっておばあちゃんがよく言ってたっけ。
確かにアタシの数えの十九は最低だった。
でも、あとになって思えば自分の至らなさが大いに起因していると納得(?)している。

大殺界だか暗剣殺だかの大嵐がやって来たのはもっとずっと後のことである。
八方ふさがりでトンネルの先が見えない
迷いの森の中に必ず光が差すと、そう信じて過ごしていた。

2005年3月いまごろの句
「俳句は日記」と先日書いたけれど、たった十七文字で瞬時にあの時の心情に立ち返ることが出来る。
しんどかった。とにかくしんどかった。

 
明石と淡路島を結ぶ「たこフェリー」に乗った。
例え目と鼻の先であろうと、あっという間に到着しようと「春の航」である。
海は広いな大きいな。
三半規管の弱いS子さんを船室に残し、甲板に出た。

なぜ、二人で淡路島の温泉に入りに行くことになったのか、もう覚えていない。
ただ、鉛のように重い心身を抱えた傍らにS子さんがいてくれた。

 

あの日のこと
S子さんはなにもかも忘れちゃった。
忘れん坊さんになってしまったS子さん。
そして、皆に親しまれていた「たこフェリー」も今は無い。

俳句だけが残る。

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(画像はwikkipedhiaよりお借りしました)

 


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コメント

例の「狂うず船」で淡路島・・・
ちゅうわけはないわな。
明石はワシが生まれたところです。
だから標準児。
でもって淡路島には弟が居た筈。
母親はワシを生んですぐに天国だったから、
てて親は後妻さんを貰ったわけ。
そのてて親も爆撃で亡くなったものだから、
後妻さんは実家の淡路島に戻り、
そこで子供を産んだと聞いたです。
なぜか祖母がその淡路島まで連れていってくれたとです。
四・五歳の頃やったから、
なーんも覚えとらんばってが・・・
その母違いの弟とは絶対逢ったらいかん。
祖母からは厳しく諭されておりましたばい。
なぜだか、今もようわからんとですけんが。

妹なら、何か知っとりゃせんかと思うてな~

投稿: NANTEI | 2020年3月 5日 (木) 12時27分

★NANTEIさんへ
大人の事情で子どもは生きていますので
大人になった昔の子どもには解せぬことばかりです。
兄ちゃんは明石産のタコだったと以前伺った記憶があります。
兄ちゃんってアタクシの南米のペンギンっぽいお友達と似たような境涯だったのですね。
で、見知らぬ兄弟がいるというところはアタクシとも似てる。
アザラシとペンギンと人魚姫・・・

アザラシの弟ならアシカか?
アシカの方が芸達者だからきっと人に愛される立派なアシカ。いえ人になられたとおもいます。
淡路島は日本のユートピアです
玉ねぎ長者で豊かです。驚くべきことに食料自給率が「100%」なんです。
島内いたるところでソーラーパネルが海に向かってキラキラしています。
名物はタコせんべいです。
上沼恵美子。渡・渡瀬兄弟。大地真央・・
多くの芸能人を輩出
瀬戸内少年野球団の記念碑の在る公園は広すぎる。阿久悠(こんな字だった?)もちろん淡路の出身です。
以上、知る限りの情報盛り込みました。
あと、明石の水道料金、めちゃ安いです。

投稿: おたま | 2020年3月 5日 (木) 21時22分

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