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2019年4月

2019年4月29日 (月)

じゃばら


 


「ありがとう   平成! おめでとう   令和!」というミニコンサートが
近くの商業施設のフリースペースでありました。
ありがとう!おめでとう! 心から思っています。ホンマです

バンドネオンの実物を初めて見ました

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 (画像はウィキペディアより)
 左右どちらもボタン。これが鍵盤なのね
 アコーディオンより小ぶりです。

160pxbuenos_aires__bandoneon_tango_playe  


 じゃばらを開いたり閉じたり・・
そこはアコーディオンと同じです。

アコーディオンといえば横森良三さんですね
たった一つの楽器で何でも伴奏しちゃうんだから、
アコーディオンも横森さんもすごいと思いながら「NHKのど自慢」を見ていました。

 

ところで「じゃばら」ですが「蛇腹」なんですね。
誰が名付けたのかNHK「日本人のおなまえっ!」に聞いてみたいです。

谷折・山折・谷折・山折        
提灯・扇子・ストローの折れ曲がるところ・・
みんな「蛇腹」です。

あたしの中の「蛇腹」ナンバーワンは何と言っても
写真館の写真機のほら。レンズと機械をつなぐアレ
写真屋のおじさんが黒い布をかぶるとなんか、あの「蛇腹」の中にはきっと不思議な秘密めいたものが入ってるんだと思っていましたわ。
 

先週だったかしら、ポカポカ陽気の日にワタクシ生まれて初めて
「冬眠から起きてきたヘビ🐍君」に出会いました。
ヘビねえ。好きと言うわけではないけどギャッ!と騒ぐほどではない。
彼(彼女)も寝起きだったので、動きの鈍いこと。
穴から出て来て窪みのところでとぐろを巻いて日向ぼっこをしていましたよ。

「蛇穴を出づ」というのは春の季語です。
「蛇穴を出でてしばらくぼんやりす」 おたま

とりあえず、作っときました 

さて、コンサートですが、やはり生演奏はいいですね。
ギターとクラリネットが加わり「エルエスキナーソ」「ホテルビクトリア」という120年前のアルゼンチンタンゴ。
皆さんご存知、ピアソラの「リベルタンゴ」。アンコールは葉加瀬太郎の「情熱大陸」でした。

情熱大陸があんなにカッコイイ曲だと初めて知りました。
いつもF君(知り合い)のへったくそなギターで聞かされています。
ぜ~んぜん違う曲に聞こえました。

ささ。今からキュウリの蛇腹切りで酢の物でもつくろうかな

      


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2019年4月28日 (日)

元号が変はるといふこと




この際?せっかく?だから「元号」関連に触れておく。(お好きにどうぞ)

私は元号の持つ重要な意味は諡(し・おくりな)でしかないと思っている。
諡。誤解を恐れず言えばウチラ庶民でいう「戒名」? ちゃうか(;^ω^)
天皇一世でひとつの呼び名。裕仁天皇が昭和天皇になり、明仁天皇は平成天皇になる。
元号は単に一人の天皇が「天皇」の地位に在った期間を示す「呼び名」でしかない。

 
五月一日から時代が変わるのか?
時代とは経済構造・社会構造の変化の特徴を括ったモノをそう呼ぶのであり
天皇の在位期間を「時代」という観念に横滑りさせる考え方に、どことなく居心地の悪い違和感を覚える
天皇の代替わりを「時代が変わる」ってみんなそうおもってるの?

・・・・・・・

なんちゃって。そんなこと言うてるのはひねくれ者の私くらいのものやと思う。
でも・・この数か月なんで世間は「改元」でそんなに張り切っているんやろ。

わからんわ。

Img_8946

 

私はほぼ西暦しか使わないから(このブログでは併記することがある)
「れいわ」なんて書くことないやろな。 と思っていたら
結構早くその字を書く機会にぶち当たった。
「句会」である。
二つのうちの一つの句会で、借りている部屋の事務局から
この際?せっかく?だから「新元号」を使った俳句をつくってもらい、短冊を張りだして展示したいと言ってこられた。
言うてる意味がわからんわ!

云うとくけどあたし、非国民でもなんでもない。若干歴史好きのおばさん。
人が張り切ると腹が立つタイプの人間でもありまっしぇん。

プンプン(なんで怒ってるんやろ自分)


句会で新元号を使ったとてもいい句が出句されました。
思わずメモに書き留める。私は生まれて初めて「令和」と書きました。。

聴覚障害の人達がお花見をしているのね。手話ボランティアのF子さんが「令和」の手話を教わる場面を詠んだ句です。季語は「花筵」



 
こうやって新元号は巷に飛び交い、浸透していく。
この際?せっかく?だから 「令」を漢和辞典で調べる。フムフム。
「ある方向に導くための絶対的な構造。~せしめる。~させる」
ふ~~~
もう決まっちゃってるんだから、いいんじゃない?
どうせ、私、使わないと思うし。外務省も公文書は西暦一本で行くと言ってるし。

Img_0400

   

1989年5月から7月にかけて「あなたにとって昭和とは」というテーマで幾人かの人を取材したことがある。
対象は「昭和と共に生きてきた人」。当時63~64歳の男女。
「平成」という新しい「時代!!?」を迎えた直後の事である。

次代に送るには惨めな歴史だった。
知識・意識の浅さ。その事に自分自身問いかけをしてこなかった。

自分の戦地での体験を6年生の孫にどうしても話せないという男性だった。

・・・・・

天皇制が続く限り「元号」はあり、元号を時代の節目として実際に感覚としてとらえるのがこの国に住む人間なのだろう。
ならば、「時代送り」の今、ちょっとだけ真剣に「時代」を振り返るのも大切な事なのだろうと思う。
時代・社会・真実を見極める力を私は持っていたのかと。
次代に胸を張って伝えられるのかと。

      


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2019年4月27日 (土)

3.19の乱 も~いやや~ 覚書




 

・・・・・・

アタクシこう見えて「女」です。
「女」ですものごたごたグダグダ申しません(キリッ  )

が。

本日からさかのぼること39日前。2019・3・19
私共、ココログ利用者にとってドデンするほどの改訂があり、私は3.19騒乱と言っています。
そりゃもう、奥さん。ぐっちゃぐっちゃ。けふに至る。
文句も言わずサクサクなさっている方もいらっしゃいますが

覚書で書いておきます。《都度(思い出したら)追加ありそう》

 使えていた機能が使えなくなった。

1)記事投稿に絵文字が使えなくなった。
  全く使えないのではありません。
🌀🌁🌂🎽🎾🎿🏀🏁📟🚃🚄🚗🚙🚌🚢🏠🏢🏣🏥🏦🏧🏨🏪🅿🚥🚻🍴🍸🍺🍔👠🎤🎥🎠🎧🎨🎩🎪🎫🚬🚭📷👜📖🎀🎁🎂📱📝📺🎮💿👀👂👣👟👓🌑🌔🌓🌙🌕🐶🐱🎄📲📩📠💴🆓🆔🔑🆑🔍🆕🚩#⃣1⃣2⃣3⃣4⃣5⃣6⃣7⃣8⃣9⃣0⃣🆗💓💔💕😃😠😞😖😵🎵💠💋💡💢👊💣🎶💤💥💦💧💨🎬👝👤💺🌃🔜🔛🔚

  以上が使えます。私のPC(ブラウザはIE)では小さなモノクロの絵文字が見えています。
量も以前の半分程度かな。
  私が使っていた     等のとっても可愛い絵文字は、拾い集めて来て前ブログの2ページ目にストックしてあります。 
今のところそれをコピーして使っています。
そこまでやるか!やりますとも。女の意地です 

2)コメント欄に絵文字が使えなくなった。
  こちらも記事同様の絵文字が使えていたのですが無くなりました。
代わりにスマホの絵文字があるではないか。ココログサイドでは提供しないよ。といふことだそうです。

3)(公開以前)のコメント編集ができなくなった。
私のブログのコメント欄は「承認後公開」という方法をとっています。
ブログを始めた頃「未亡人」と言うワードに食いついたドスケベな輩から「あほちゃうか」というコメが入ったためでした。
その後不愉快なコメはほとんど記憶が無いのですが
たとえば、私的な内容が含まれていたり、これは内緒ねというとき、コメントの一部を伏せたい場合があります。
以前は、「はいはい合点承知 」と出来ていたのですが、今回の改訂で「公開済み」のコメントしか編集が出来なくなりました。
一度、人目にさらすんやで・・・
意味ないじゃん!と思ふ。

え~?変わった?


4) 記事作成においてコピー&ペーストが出来なくなっている。

5) 公開した記事を一旦下書きに戻し編集し直して後日公開する。
(まさにこの記事がそうなのですが)
その場合。最初に公開した日にちではなく。最終公開日にセットされてしまう。
(この対応についてはサポートさん(@NIFTYではない)が対策を教えてくれていたようなので、見て来よう。
それにしても面倒だわ。)

(本日はここまで・・また追加しておこ~っと!)

それにしても、何やね。
世間様のブログ離れが目立ってきたもんね。@niftyも撤退前提の今回のリニューアルかいな?
などとひがんでしまふ。ゴールデンウィーク突入日。

皆さま良い休日をお過ごしくださいね。

       


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2019年4月24日 (水)

永遠のミューズ・京マチ子

 



「京マチ子映画祭」に行ってきました 

京マチ子さんは1924年(大正13年)生まれ。現在95歳。ご存命です。
ワタクシの( ̄∇ ̄;)ハッハッハ母は「きょうまっちゃん」の大ファン。アンド
OSK(大阪松竹少女歌劇団)のファンでもありました。
何を思ったか、おばあちゃん(母のハハ)が付き添い、受験。(おばあちゃんも何を考えてたんやろ)
そして見事!
落ちます  

京マチ子さんはご存じのようにOSKの娘役スターとして華々しく活躍後、銀幕へデビューされるわけです。
ちなみに母の話によりますと、OSKに比べて宝塚少女歌劇団なんぞ〇でもなかったとのこと。
贔屓の引き倒しでしょうが、実際のところ人気実力ともに差があったと他のお年寄りからも聞きました。
昔の事やから、ほんまのところは判りません。好みの問題やと私は思うのですが。

Img_4583

《浅草紅団》

1952年 大映 モノクロ
監督/久松静児 原作/川端康成「浅草物語」

あらすじ)
浅草で一座を張る、紅龍子(京マチ子)は女剣劇のスター。薄倖の少女時代から今の立場になるには人知れぬ苦労が御座いました。
愛する人は戦地から帰ることはなく、しかし「必ず戻る」との思いを生涯のの支えにする覚悟です。(泣けるわ)
さて、かたや浅草レビューの人気歌手マキ(音羽信子)は街の顔役、中根(岡譲治)から借金の返済を迫られております。
中根はどん底の龍子を拾い上げて育てた養父。まあゆうたら龍子には義理があるのね。
返せないならへっへっへ体で返してもらおうか・・皆まで言わずとも誰もがみんな知っている。スケベ親父、最初からそのハラなのであります。
実は、マキには島吉(根上淳)と言う恋人がおり、彼は中根の子分にけがを負わせて身を潜めていたのだけど、一年振りに浅草に舞い戻る。
もちろん、恋人マキ、奪還のためです。
どうでもいいけど「島吉」です。シマキチ。昭和な名前。今どきレッサーパンダにもこんな名前つけないやろ。
龍子、養父に言われるまま悪の手引きをするのですが、
義理は義理。てやんでぃ!あたしゃ浅草っ子だよ!とマキ&シマキチの純愛チームに加担。
そして、大詰めで龍子とマキは母違いの・・なななんと姉妹であることが判明・・
顔役中根は、やたらポケットからピストルを出す刑事に捕まりめでたしめでたしジ・エンドであります。

みどころ)
なんといっても、京マチの劇中劇。凄艶な若衆・股旅姿・はたまた芸者姿での立ち回り。
劇だからね歌舞伎の要素も取り入れた立ち回りのあでやかな事!!!
そして100万ドルのえくぼ音羽信子さんの可憐すぎる歌姫 も負けちゃいませんぜ。姐さん(って誰やねん)
大阪松竹少女歌劇団 VS 宝塚少女歌劇団 夢の競演ってところやね。
映画ラストの正月興行シーンは見ごたえがあります。ファンサービス100点満点。

 

私ら子どもの頃、女剣劇といえば「大江美智子さん」早替わりで有名だったわね。
白黒テレビの舞台中継を見ていた記憶があります。ウィッキに寄れば(1919~2005)お亡くなりになっていました。

「根上淳さん」男前だったのねえ。昔の俳優さんってどうしてこんなに男前なんでしょ。
顔立ちが「しっかり」してはる。
今、イケメンといわれる若手男優がうっそ~と言うぐらい仰山台頭してきているけど
確かに「半分青いの律クン」佐藤健さんは美しいよ。だけど・・・
昭和の男優とタイタイで勝負できる存在感のある二枚目はちょっと思いつかないですわ。
どいつもこいつも み~んなよう似てるから名前と顔がおぼえられへん。

 

その他の出演者・・マキの経営する店の妹分に「宮地晴子」テレビ台頭時代によくNHKドラマに出ておられた。声に特徴があった。
「杉狂児」龍子の一座で働く人。私にとって徹頭徹尾、終始一貫「杉狂児」
「潮万太郎」浅草の老舗の若ボンという体でマキさんの追っかけ。ほんまに当時の浅草にはこんな人がおられたのだろうか。
五時夢の岩下尚史さんかとおもいましたよ

 

といふことで、京マチ子さんの魅力楽しめる一本でした。
昔の浅草をご存じの方は懐かしい風景が満載だとおもうのでお勧めですよ。
ちなみに原作となった川端康成の「浅草物語」で当時浅草への観光客が倍増したそうです。

Img_4584  Img_4585  

お母ちゃんが生きてたら見せてあげたかったわ。
ちなみに母は「京まっちゃん」の一歳下でした

        


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ギョーム連絡:パコちゃんへ。一度テストコメントを入れてくださいませんか。設定し直したので。
       拒否ならばすみませんがmailお願いします。ニフに連絡します。

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2019年4月 1日 (月)

三月の俳句・自句自解


 


今年は月末にその月の俳句を載せようかなあ。なんて考えていた。
のに。4月にはいってしもた。
3月。怒涛の3月だったよ。青天の霹靂。
ココログの仕様変更のことではありません。あたしのプライベート。
きっと前世の行いが悪かったんだと思う。やれやれ。
ま。それも今日で(というか、数時間前)ひとまず片付きました。

そんなわけで、今月俳句が全くできていません。
でも、いちおう3月の俳句をUPしておこうと思います。
偉いぞおたまちゃん。がんばれ~。
写真の貼り付けの練習にもなるしね。

  ⚾

Dsc02240

「強東風に忘れしことを又忘れ」

強東風は「コチフカバニホヒヲコセヨムメノハナ~」のコチの強いversionね。
「ツヨゴチ」と読みます。もうすぐ春だなと感じる風なんだけど「強」だから寒さが身に沁みるのです。
ぼ~っと生きてるから、こんな風に「ぴゅー」と吹かれた日にゃあ。
そりゃあもう忘れますよ。いろんなこと。しかたありません。

「忘れる」ことは、なんて素晴らしい!
私ね、年をとって良かったな。と思うのは「忘れる」ことが出来ることなんです。

今、深いこと言いましたよ。ついて来てくださいよ。

Dsc02223  春が来ると寺や神社の境内に苗木市がたつ。テントの脇にこんなかわいい梅の小枝がズドンと言う感じでバケツに入れられていた。これは苗木ではなく、苗木を買ってくれたお客さんへの プレゼント。
 お昼どきになると、テントの中からいい匂い。七輪で干物を焼いておられた。
 七輪は暖をとるのにも使える。春はまだ浅く。寒い。
 季語は「苗木市」

 

「テントより昼餉の煙苗木市」

・・・・・・

残り三句はまた明日(以降)書きます。


画像の回り込み(写真を左に寄せて右に文字を入れる)をやってみたけど
メチャ不細工です。改訂前は簡単に出来ていたのだけどね 💢

「怒り」マークを24フォントの赤色で指定してやったぜ ⇑ ⇑
どうだ!

本日ここまででいっぱいいっぱいですわ。

 


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