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2019年3月11日 (月)

3.11 原発事故から・・



 あらためて
震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
そして、被災に遭われた皆様へ心からお見舞い申し上げます。

Nanntei

Photo_3バナーはどちらもNANTEIさんの作品です

この夏、もう一度、フクシマへ行って見ようか。という計画が持ち上がっている。
予定は未定だが、関西に住む自分達に今の「フクシマ」がどう見えるのか、机上では解らないことを現地で確かめたいという思いが(前回訪問した)みんなの中に強くある。

 

 「夏草へ線量計を近づける」

 「除染物茂りの中に積まれたる」

 「慟哭の海岸線背に大夏野」

帰還困難区域を囲むバリケードそれは
賠償や支援に大きな差をつける分断の象徴のように見えた。
そのことはフクシマに行き、現地の人の話を聞き、差別的なタテカンをこの目で見なければ、知りようもないことだった。

震災による哀しみ苦しみのうえに、
政府や県がさしのべなかった、あるいは放置した、または線引きをしたことによるフクシマの人々への過酷な扱い。

避難指示の解除を最優先にすすめる政府のいう「もとの暮し」が
今、どういう状況なのか、やはり一度行って見たいなと思っている。


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コメント

ぜひ行って見てきてください。
私もココ友さんの旧宅跡がどうなったか、堤防工事やかさ上げで海岸線がどうなったか見に行こうと思ってます。

投稿: ばんび | 2019年3月11日 (月) 11時46分

ばんびさんへ
フクシマレポートで浪江町の写真を載せたのですが覚えて下さっていますでしょうか?
三年前の時点で流されずに残った家屋の大方は基礎部分を残し解体されていましたが、戻る人のない家は法的に手を付けることが出来ずそのままでした。あれから3年。
海岸線は本当にどうなっているのでしょうね。
浪江町は強制避難区域から外れた(避難解除準備区域)です。
そういった区域は報道で知ることが出来ます。
我々がほとんど知る機会のないのは「帰還困難区域。住居制限区域」です。
原発事故から5年もたった当時でも帰還計画はもちろん除染計画も手つかずのまま放置されていました。
原発で家を出た人たち(もちろん自主避難区域の方たちもです)すべてにてをさしのべるべき政府や県。東電がなにをどうしたか、二年前に行った、帰還困難区域をのぞく避難指示の一斉解除が具体的にどれほどの責任あるものだったかを、やはりこの目で確かめたいです。

投稿: おたま | 2019年3月11日 (月) 12時45分

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