« 所感雑感・二月 | トップページ | 読んでくれたら嬉しいわ »

2019年2月28日 (木)

二月の俳句・自句自解



俳句というものは外に出してしまえば好き勝手に読んでいただければよいわけで
自分の句を説明したりするのは余程の大御所しかなさらない。
でも、いいのいいの、記録して記憶して置くだけだから。ぺろり。
グダグダ言わずに 行ってみよ~といふわけで二月

313_016
(大阪市浪速区新世界にて)

    「霾や下駄屋に終わるアーケード」

わいは、そんなアホやないわい!
立ん坊人生味なこと。通天閣も立ん坊や。
浪花男は通天閣を見上げては闘志を燃やす(らしい)

霾る(ツチフル)は黄砂が降ってくること。
春の訪れを黄砂で感じるのは関西以西だけか?

Dsc04556

    「女子会のだらだら終わる花菜漬」

もう、お漬物だけになってしまったのに、しゃべる。
じゃあ、そろそろ・・と、立ち上がっては、まだしゃべる。
お店の出口で、エレベーターの前で しゃべり続ける

Img_4332

    「春暁の山の端に月ケトル鳴る」

ケトルの句だからケトルの写真。
花菜漬けには漬物の写真だ。
「ふ」  なんて言わないでいただこう。
「写俳」などというクオリティを目指しているわけではにゃい。
と、保険をかけておく。
写真は我が家の「ローズ」と「マリー」

026


    「二人ゐて違ふ物芽に踞みけり」

男なんてシャボン玉
自分が何をどうしたいのかを優先させればいいんだよ。
と、ややお疲れ気味の人に先輩気取りで言ってみる

「ゐる」という事が大切。距離が大事。なんてね。

Img_2181
「竹の秋」という季語がある。
「秋」なのに「春」の季語だ。
凋落を思わせる私の大好きな季語。

「竹の春」という「秋の季語」もある。
こちらにはキラキラした透明な空気を感じる。

季語は楽しく奥深い。

「春光」は、本来は春に射す「光」ではなく
春の景色そのもの、全体をいうそうだが、近年は「光」を詠むことも増えているらしい。

定義に事実が勝る?
どこかで聞いたようなハナシ。

この句はあくまでも「春の景色」
まばゆく、明るく、柔らかい人だった。
五年前の葉桜の頃に亡くなった。Mちゃん。

    「春光や話すに首を傾ぐ癖」


サイドバーのバックナンバーをクリックすると全記事がご覧になれます。
2009/9~2013/8 の記事はコチラです⇒http://nurebumi.cocolog-nifty.


|

« 所感雑感・二月 | トップページ | 読んでくれたら嬉しいわ »

俳句・吟行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 所感雑感・二月 | トップページ | 読んでくれたら嬉しいわ »