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2018年11月

2018年11月30日 (金)

ボルドー&異郷バスク㉕グッゲンハイム美術館



ビルバオは人口35万人。行政区としては100万人の大都市です。
海。川に近く重工業都市として発達してきたのですが、これがダメになるのですね。
ところが「芸術」でアート都市として再生を果たします。
バスクの県は個人や財団のお金持ちに提案し依頼します。
「お金をちょうだい」って。
それが見事に実を結んだのが今のビルバオです。
デザイナーや建築家たちが集まりビル・地下鉄・空港・橋をアートへと変貌させます。
再生都市として世界一成功した例といわれています。

Img_3805
街の象徴「グッゲンハイム美術館」↑は10:30amのオープンなので
まず、海抜250mの展望台へ行き街を見渡してみましょう。
いかにも鉄鋼の街らしいです。素材はチタン。メチャ薄いんです(知らんけど)
アルミやブリキとの違いが判らないのでこれ以上の説明はできない。ごめんちゃい。
Img_3639ココから見る夕焼けや夜景はきっと素晴らしいでしょう。
BILBOBILBO・・・
長く続くこのなんつーか(仕切?)は夜にはライトアップされます。(アートや!)
BILBOバスク語でビルバオはビルボと呼ばれます
でも、今は朝やねん。うっすら朝霧
大きな川が見えます。かつて、両岸は工場群で埋め尽くされていたのでしょう。今はアーティスティックな美術館が遠目にも堂々の存在感。
フニクラで下へ下ります。今回の旅、2度目のフニクラです。
色んな乗り物に乗りたいの。お子ちゃまかっ!
Img_3653Img_3645Img_3652

3年前まで青い(模型)車両が100年間も走っていたようですね。
赤いピカピカのフニクラにはトリップアドバイザーの高評価シールが貼ってありました。
駅中に(知ってる人は知っている)摂津国絵図みたいな昔の鳥瞰写真がありました。
この丘、かつてはホテル・スケートリンク・遊技場などがあって、賑わっていた模様。
Img_3658中腹にビルバオの典型的な高級住宅
Img_3660はい。到着です。ここが乗り口ね
工場の休日には大勢の家族がこのフニクラに乗って一日を楽しく過ごしたのでしょうね。100年前の人に話を聞いてみたいです。

グッゲンハイム美術館
現代アートに興味をお持ちの方は是非HPなどでご覧ください。
私のつたない写真では素晴らしさが伝えきれません。と言うか、はっきり言ってアートがワカラン。豚に真珠。馬の耳に念仏。おたまにアート。
Img_3679とりあえず入りましょう
この期間はポルトガルをテーマにした企画展をやっていました。

Img_3696大勢の作家による手作りの共同作業。素晴らしい作品群は日を改めて(忘れたころに)UPします。

Img_3694
Img_3713
渦を出る人。入る人もアートの一部

Img_3729卵を抱く蜘蛛
ココと、六本木/東京ともう一か所(忘れた)にあるそうです。

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水面に映ることも計算されているのね。
日本の女流アーチストによる「霧」の演出が一定時間になると始まります。

Img_3736
さて。これはなんでしょう?
男女(いや。おっさんと、おっさんか?)が立っているだけでアートだ
実は後方の木。先月だかにオノ・ヨーコさんのイベントがあり、その時に使用された「木」なんですって!
Img_3735コチラは男性の欲望を凝縮したエンゲージリング。
タイヤのホイールと、上は酒の空き瓶かな?
あたしゃ、こんなでっかいダイヤラモンドで釣られてみたいよ。
食いつき、いいわよ。

(はあっ。今月中に終わらんかった・・・


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2018年11月29日 (木)

ボルドー&異郷バスク㉔ビルバオ到着



19時。ビルバオのホテルに到着です。最終宿泊地。ここで2泊します。
ホテルは大きくて近代的。☆☆☆☆です。

Img_3611Img_3615 Img_3616
Img_3613シンプル・モダンというのでしょうか。
最初は殺風景だと思うけど2泊目にはメチャ快適になっている不思議。
ここで初めての経験です。
バスタブが無くシャワーの下に受け皿みたいなのが(1畳くらいある)どうやって使うねん。洗濯できひんがな。
近代ホテルはビデもありません。


19時、こちらはまだ宵の口。シエスタの習慣の国って夜が長いのですね。荷物を置いて早速街の探検散歩。出来たらBarにでもはいりましゅ。
Img_3620八百屋さんはハロウィン仕様。
果物を買ったり・・・

Img_3623美味しそうなパン屋さんで
顔よりデカイ。ハート型の源氏パイの親分みたいなのを買ったり・・・

Img_3757_2
19時まだまだ宵の口。この方たち旅行者ではないです。
皆さん。地元民。

Img_3621
この時間になると、こんな街かどスペースがご老人の集いの場になるらしい。
違和感なく溶け込むJapanese

Img_3870
ようやくビルバオの街に夜がやってきました。
この方たち地元民(さっき、言うたか!)

Img_3628
ぶらり歩きでホテルに戻ってきました。遠くに教会の尖塔がみえます。
今から私の一人部屋に集合して酒盛り ミーティングです。

旅日記、明日で終われるかな?


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2018年11月28日 (水)

ボルドー&異郷バスク㉓夕方の漁村散歩



Img_3552庭先で二匹のワンコとご婦人が遊んでいた。
窓枠に干してあるのは「唐辛子」
バスクの名産です。
マカロン屋さんの二階の軒にも一杯干してありました。(なんだか遠い昔)

ゲルニカを出て1時間ほど海沿いを走ると・・
Img_3555

「海に浮かぶ絶景の教会」と申します。
バスクの観光案内には絶対に写真付きで載っていますね。
「スペインの絶景スポット」と言われています。・・・・でもね
誰も、その名を覚えられない
「サン・ファン・デ・ガステルガチェ」

素晴らしい眺望日和。万里の長城みたいな道が続いています。でも、あ~んなところまで行けない。(行く気が無い)信仰心ないのが悲しい。みんな急に足腰痛いと言い出す。
Img_3558あ~んなところに・・
左の岩の上

鐘をつくと願いが叶うらしい。
遠くから鐘の音が聞こえてきました。人生で一番美しい音色だったわ。(いやほんま)


ベルメオ村という小さな漁村に立ち寄りました。
Img_3575

今は観光地になっているらしい。たぶんマリンスポーツでだろうな。

Img_3582
のんびりおさんぽ。夕方の漁村はのどかです。Img_3588_2

赤い木枠窓に赤い車。日本車だわ。関税がかかるので日本の車は高級車。ヨーロッパで車売るのは難しいですね。

Img_3601夕方のお散歩をする人を眺めながら、ゆったりとteaタイムです。
Img_3591 Img_3590
店内にはこんな美味しそうなパンが・・なんだ!このウニのカップは!

珈琲1.5€≒200円 よろしいのですか?そんなにお安くて!
しかも一人一人に違った可愛い絵を描いてくれました。ありがとうお兄さん。
Img_3600Img_3597

この子達は双子ちゃん。
お人形さんを入れると三つ子ちゃんだとママが笑う。

本当に良い村だったわ。


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2018年11月27日 (火)

ボルドー&異郷バスク㉒ゲルニカ写真



昨日は女子会でした。(メンバー:おたま・真綿・ヨカ)
夫を出張に送り出し長男を小学校に送り出し、付属品みたいなヨカちゃんの手を引いて改札口から出てきたヨメ真綿嬢、上機嫌でございます。
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鋼鉄の胃袋を持つ真綿嬢のお誕生日のランチ会でした。
怖かった・・・。


ヨカちゃん一応、髪を横分にしてもらっています。


あ。さて、旅日記。グダグダ言わずに、ちゃっちゃと終わらそ!
と思います。あわただしい年末です。頑張るもん!
ゲルニカでの写真をUPします。
Img_3466
バスク議事堂内部。ここがバスクの中枢であることがわかる。
Img_3480教会としての歴史もあったようで、入り口には聖水。
バスク十字の文様

Img_3467議長席。
いたるところに、シンボルであるバスクの木が描かれています。

Img_3485庭に出ると撮影クルーが・・。政党の集まりがあるそうです。
赤いネクタイの人は政治家っぽい。だいたいネクタイからしてね。
我々がここを出るとき長い並木道のはるか向こうから5・6人の人が横一列に歩いて来た。まるで絵のようだ。
美女が一人交ざる。特に真ん中の背の高い若い男性が半端ないオーラー。
Gメン75かっ!案の定、カメラマンたちが駆け寄っていた。
どなただったんだろうね。
現在のゲルニカの木は4代目(前ブログに写真あるよ)
Img_3504
コチラが初代です。
樹齢600年って言ったかな(ゴメンあやふやです)

この木の下に人々は集い、話し合い、決定し、暮していた。
Img_3498


その様子が一階ホールに。ステンドグラスの天井に美しくえがかれていました。

Img_3487
議事堂の隣にはバスク美術館があります。
ここで15分ほどのビデオを見せてもらいました。
このビデオが凄く良かったです。コンパクトに判りやすくまとめられ特に音楽が良かったです。
英語ですが私にもわかりやすかったです。
Img_3978⇐パンフ貰ったのでネットにアクセスして、もいちど見ようと思ったけど
上手くいかない。悲しい。HPものぞいてみたんだけど。

Img_3515最後にゲルニカの絵に戻って記念撮影。
絵の大きさがわかるかなと思いまして・・

昼食は街の中心部にて。それがすご~く美味しかったのです
しかも何故かワイン。チャコリ・水・コーヒーがついてる(バスクではこのパターンが多かった。え?飲み物代要らないの?って感じでした)
それもそのはず2011年にミシュラン☆貰ってたお店だったようです。

では。ゲルニカを出て寄り道をしながら、最終宿泊地ビルバオへ

オニバー 


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2018年11月25日 (日)

ボルドー&異郷バスク㉑ゲルニカの意義



ピレーネのふもと主要な河川がビスケー湾に流れ込む地にゲルニカはあります。
バスクの中心部です。
フランスの思想家ジャンジャックルソーは「地上で一番幸せな人々が住んでいる」と言っています。「聖なる樫の樹の下に集う農夫たちがみずからを治め、その行動はつねに賢明なものであった」

ゲルニカとはバスク語で「聖なる柏(樫)」と言う意味だそうです。
この地を治める者はゲルニカの木に向かってバスクの特権を宣誓するという習慣がありました。この伝統は今でも引き継がれ、バスク自治州の首相はその就任に当たり、宣誓をこの木の元で行います。

Img_3481
ゲルニカはバスクの伝統と自由を象徴する、まさに聖地だったのです。

1分で分かるスペイン内乱(by おたま)
1930年頃のスペインって王様の国でしてん。もちろん政治的権力も握ってはります。
ところが王様自ら王制を放棄するのです。
平たくいうたら、も~ヤンピ!嫌になったんやろね。飢饉で経済は大混乱。市民は戦争始めるし、地方選挙でずっこけるし・・パリで奥さんと示し合わせてマルセイユに脱走しはりましてん。名前?アルフォンソ13世です。

さ。その市民戦争ですわ。スペインvsスペイン 。政府の責任を追及する内乱ですわね。
(日本人が間違えやすいのは政府と反政府の概念。ここ真逆と思おう)
ザックリいうたら

共和国(政府)側・・共産主義・自由主義・・人民戦線
反政府側・・・・・・・・軍国・国家主義・ファシズム・右翼的要素

ゲルニカは共和国側につきます。カソリックまでもコチラ側に。
バスクナショナリズムの色彩濃いゲルニカは独立の可能性を探ったのです。
民族として全く異なり、独自の言語文化を持つバスク。自分の国を持ちたかったという独立と自治へのあこがれとして当然だったと思います。

方や、反政府側のボスは中学校で習ったでしょ?フランコ将軍ですわ。
後に長期に渡り独裁政権をとったお方です。
そしてこの、フランコがナチスドイツと深く結びついていたことが「ゲルニカ」の悲劇につながります。ドイツが反政府側についたメリットはサルでもわかるわね。

(いややわ。どないしょ。1分過ぎてしもうたやないの)

ココで、わたくしが言いたいのは日本との関係。歴史の流れです。
遠いスペインの事やと思うたらあきません。地球は丸いんです。昔の話やと思うたらあきません。今日は昨日の続きです。

ゲルニカの街が破壊された1937年は昭和でいうたらえ~っと11年かな?
昭和10年代という先行き暗い日本の社会背景に思いを馳せましょう。
このとき、かの地スペインでナチスドイツがどんなことをしたかを知っていたら知らされていたら・・・ロイターが日本にも打電してくれてたら・・(いや絶対してるとおもうけど)
戦争の恐ろしさとナチスが少しは解った…と思います。

ゲルニカの爆撃で「戦争」の形が大きく変わりました。
無差別攻撃はそれまでにもありましたが、
大型爆弾で建物を破壊する⇒機銃掃射で個人を殺戮する⇒焼夷弾の雨を降らせる

大型の爆撃機と大量の爆弾を使えば短時間で一つの街を消滅できる
ナチスドイツによる戦略的で都市型の大型爆撃はこのゲルニカが最初だったという事です。

この十年後には日本で同じことが起きるとは誰も予想していなかったのかしら。

後にフランコ軍はこういっています。
「若い空軍を試す絶好の機会を与えた」と。

お金があれば武器を作り、武器を持てば試したくなる。愚かさの極みだと思います。
世の中には武器を使いたい人。実際に使った人がいるのです。

バスクの人はヒロシマ・ナガサキそしてベトナムの事をよく知っています。
無差別大量殺りくを経験した同じ地球人として我々もゲルニカの事をもっと知らねばと思いました。

(以上は歴史家でも何でもない「おたま」の申す事でございますから、詳しい方、変なところは鼻でせせら笑っておいてくださいませ。

Img_3448(ピレーネ山脈から切り出した石はこの黄色が特徴だそうです)

・・・・・・・

まあね。フランコが勝利して、彼の死までは、バスクの人達は長い受難の道を歩むことになります。
そんな時、各家庭に飾ってあったのはピカソの「ゲルニカ」の複製だったと言います。
そして、フランコの死まで、ピカソはこの絵を決してスペインに渡さなかった。スペインには帰らなかったそうです。

有名な話です。ピカソがドイツ将校から

「ゲルニカを画いたのはあなたか」と問われ

「いや、あなたたちだ」 と答えています。


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2018年11月24日 (土)

ボルドー&異郷バスク⑳ゲルニカへ



バル巡りでとってもいい気分

Img_3425酔い醒めのコーヒーを飲む。

Img_3426清潔な雰囲気の店。

お腹いっぱい。
もう、買い物はエエな。
ホテルに戻って洗濯しよ!
Img_3402夜ご飯は・・・・・。
な~にも考えられない。
お腹いっぱい。

お腹こわしたときの為に持参していたアマノの鮭雑炊を食べとこっ!。
一個をたけもっちゃんにプレゼントして、Kゑちゃんはパンを買って来て、Sちゃんは午前中にスーパーで買った日清食品の「SOBA」(味付けはコチラ風)パッケージには安藤百福氏の似顔絵が描いてありました。凄いなJapanese food
集まって晩さん会をしていたら、隣の部屋から、町で買った葡萄とミニトマトの差し入れ・・・おいちかった。
他のメンバーは外で得体の知れない「寿司」を買ってきた。おいしかったって!
こうして、サンセバスチャン最後の夜は更けていくのでありました。

翌日。予想気温9℃~18℃ エエ感じや。ついにセーターを着る
一日中気持ちのいい観光日和。
この日はサンセバスチャンを発ち、今回の旅行で最も印象に残った「ゲルニカ」
あと、小さな可愛い漁村ベルメオ村に立ち寄りながら最終の宿泊地であるビルバオへ入ります。ビルバオで2泊(まだ2泊します)の後帰国予定です

ゲルニカはバスク地方の小都市です。正確には?グェルニカと発音されるようです。

20世紀を象徴する絵画として名高い天才パブロ・ピカソの「ゲルニカ」
美術オンチのワタクシでも教科書で知っています。「泣く女」「太陽」「傷ついた牛馬」・・・
意味は解らないが「息が詰まるような絵」として強烈に印象に残っています。

Img_3513
街には壁画が再現されていました。
「スペインは白と黒。光と影。で表せる」と言う言葉を聞いたことがあります。
ふと思い出しました。

小さな町でした。駅舎も鉄路も当時のままだそうです。
当時の情景をイメージしながら街歩きのスタートです。
Img_3440 Img_3444
少し傾斜を進むと街のシンボル花時計のひろばです。
ココをぐるりと回り議会場や美術館のあるエリアへ



当時・・1937年4月26日。この日は市場の立つ日でした。4:30PM ナチスドイツから派遣された軍団コンコルド。73機の編隊は3時間15分にわたり街を爆撃しました。
3回の波状攻撃です。史上初の大規模な無差別爆撃は子どもや尼僧の上にも容赦なく爆弾が落ちてきます。
Img_3510サンタマリア教会の鐘が鳴り響き空襲警報を告げます。

この時の町の人口は約7000人。
発表する側により死傷者の数は大きく異なります。
それはいつでもどこの国でも同じ事。
手元のパンフには死者1654人。負傷者1800人とあります。

翌27日になっても街は燃えていたといいます。
そして二日後の28日一人のジャーナリスト(第一報はロイター通信)によって、やっと報道が発信されます。
それまでは国際調査は阻止され「バスク軍自らが火を放った」などの噂が流布されるのです。

パリに居たピカソの元にこのニュースが入ります。
彼に在ったのは怒りだったのか嫌悪感だったのか、

凄まじい集中力でこのゲルニカを制作します。
現在、原画はマドリッドのレーナソフィアに移っていますが(ようやくスペインに戻ったという経緯があります)個人的には、この街に(ちょっと無理だろうから)せめてビルバオのグッゲンハイム美術館に置いてほしいと思います。

バスクの民がなぜ内戦と言う異常に加わったのか。
ゲルニカという地がバスクにとってどんなに特別な地であったのか
バスクの人にとってピカソの「ゲルニカ」は自らの抵抗と解放のシンボルであるという意味においても。
(この事とナチスドイツの関与については明日触れたいと思います)

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2018年11月23日 (金)

ボルドー&異郷バスク⑲バル巡り



アタシの夢と希望
早く旅日記書き上げて、ブログ休む。めっさ短いブログにする。

この日は、ゆっくりとサンセバスチャンの街歩きをしました。
天気予報はのち 気温9℃~20℃ エエ感じや。少しずつ下がってきている。ヒートテックの出番があるかも・・・
エンジェルの友人京子さんが勧めてくれたのがココ
Img_3322
プレチャ市場。
地元の人しか行かない地下の市場内のBarは午前のみの営業で残念ながら立ち寄れなかった。 スーパーマーケットでは、まなこギラギラでお買い物を楽しみました。
Img_3337新鮮な魚介類は見ているだけで楽しい。写真には写っていないけどアンコウがペタペタと並んでいて面白かった。「よくわからない」香辛料とお菓子とチーズを買う。

Img_3342Img_3346
旧市街地区の素敵な石造り建築を眺めながら、皆さんははショッピングモードに入る。
敬虔なアタクシはサンタマリア教会へ(京子さんの話では地元民はここを大聖堂と呼ぶが本当のカテドラルは別の場所だそうだ)

Img_3351サンタマリア教会を出たこの景色がなぜか面白かったのでシャッターを切った。
なんだこりゃ?中高年ばっかり・・好奇心満満。あとで、あのデモ行進の人達だと判った。


そろそろお腹も空いて参りました。
名物のピンチョスを食べられるレストランが沢山あります。
Img_3382
さあ。どのお店にしましょう。
日本を発つ直前にTVで米倉涼子さんがここでバル巡りをされていたそうで、気分はみんな米倉涼子。
誰が女優やねん!
( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
まだ一軒も入っていないのに酔っぱらってるよ。
Img_3366Img_3384
どの店も混んでるわ。こんなステッカーが貼ってあると安心する権威主義のアタクシ達。

バル巡り一件目はここ
Img_3369
Img_3372ワタクシはチャコリと蛸をオーダー。

お客さん!海老屋で蛸かい!
なら、蛸を置くんじゃねえよ

おいち
これで5€≒650円だったかな

Img_3373
使ったナプキンはどんどん足元に捨てていくこれが。ココ流。
ピンチョスとは小さなパンに軽食を載せて串で刺したものを言いますが、日本で言う小鉢もののようなのや、パンに載っていないのもありました。

Img_3394
二件目はココ。サーモンとオリーブと青唐辛と誰かさんのお皿をつまみ食い。
飲むのはあくまでもチャコリです。おいち
Img_3388 Img_3390
たしかここでも4€≒500円程度 さ。次行ってみよ~
Img_3393店の前で一杯ひっかけてるおじさんと。
「どこから来たんだい?」
「日本!」「知らんなあ」
Img_3403

道交法なんてないのね。どの店の前もこんな感じです。
旅人は少ない。みなさんジモティっぽい。

Img_3418_2ファミリーもここでお昼を済ませちゃう。

一家に一わんこ

Img_3407
え~っと。何件目だっけ・・・。さすが美食の街。どの店も美味しいピンチョスを出してくれる。飲み物をオーダーすれば、あとは「コレ」って指をさせばいいだけだから簡単。

Img_3409 Img_3410
どなたですか?コーラなんか頼んでいるのは・・
店の中はすごい活気で我々はジモティに習い外で立ち飲みしました。
酔いがホロホロと回ってきてヨカ気分じゃ。ここも確か4€程度。

Img_3377
何軒くらいあるのかしらね。名物バール通り

Img_3414
ま。今日はこのくらいにしといたるわ!

(写真見てびっくりした。チャッカリお土産かってるやん!)


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2018年11月22日 (木)

ボルドー&異郷バスク⑱聞け万国の労働者



Img_3297美人社長クリスチーヌが寄越してくれたドライバー・ホセさん。
ありがとう!茶瓶さんやけどイケてはる。
彼は我らの事を
「シエント シンパシア」と言ってくれた。
とても親しく思うとか共感するみたいな?知らんけど。
日本語でどういうの?
虫が好く?ちょっとちゃうか。

そして、今日の話はその「共感」です

この旅行で3回のデモに遭遇しました。

Img_2869_2
(ボルドーにて)
フランス語だから(他の言語でも)読めないけど、どうも年金者のdemonstrationらしい。
ウチラも日本の年金者だよ!(厳密にはそうでないメンバーもいる)
道のこちら側で拳を突き上げると。「オーッ!」なんて呼応してくれる。

Img_3354
(サンセバスチャンにて)
Img_3357バスク民族の旗・バスク十字が見える。
赤・バスク人
緑・ゲルニカの木
白・神
バスクのシンボルです。
コチラのデモも年金者の要求のよう。
1080€≒145,800円というのは月額という事なのでしょうか。


そして最もシンパシーを感じたのがコチラ
女性の労働条件の改善要求!
Img_3309サンセバスチャンの市庁舎
(昨日の朝通ったときは、前の庭園で市民の皆さんが楽しくダンスをしていました。)
今朝は何やら、太鼓やホイッスルやラッパの音が騒々しい。
裏(正面入り口)へ廻ってみますと

Img_3314
女性のみのデモンストレーション。
スペイン語バスク語・・辛うじて英語で「女性労働は不安定な雇用だ」と直訳。
ドノスティアと言うのはバスク語でサンセバスチャンと言う意味です。
ホームヘルプサービスがなされていないみたいなことが書いてあるようです。
Img_3316ミゲル!こんな時に居て欲しかったよ。
(本領発揮のチャンスだったのに)
それでも厚かましく中に入って話をする。
わっれわっれ(ウチラ)わあ~長い時間をかけて、働く女性の権利をコツコツと勝ち取っていった世代である。そしてそれは道半ばである。人ごとではない。

ここで賢い人やったら、バスクにおける女性労働者の現状なんかについて調べるのだろうけど、私。無責任な旅人。「がんばって!」とハグし合って別れる。

本日のタイトル。「メーデーの歌」
デモもストも階級闘争もプロレタリアートなんて言葉も死語にゃのかしら。
永き搾取に悩みたる 無産の民よ 決起せよ

思えば遠くに来てしまったなあ。


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2018年11月21日 (水)

ボルドー&異郷バスク⑰ミシュランレストランで食事



「アタシ一人、こんな贅沢していいんかなあ・・・」
Kゑちゃんがポツンと言った。
       「いいのよ!」
周りに居た数名が鼻息荒くいっせに答える。

Kゑちゃんは今年、定年退職をした。
「今までず~~~~っと頑張ってきたんやもん」
「この(今日)ために働いてきたと思いなさい!」

Kゑちゃんの言う「こんな贅沢」を今から経験します。


Img_3254今回の旅の「目玉」。
メ~~~~ンイベント
美食の都サンセバスチャンのミシュランレストランで食事です。
ディナーは手が出ない。ドレスももっていない・・
なので、ランチ。でもみんな、力いっぱいお洒落をし、ウェストゆるゆるで挑みました。

Img_3277景色もご馳走!
MIRADOR DE ULIAは丘の上にありました。眼下には先ほど散歩したコンチャ海岸が見えます。

ココの採用基準は絶対に「容姿」だわねと囁き合うほど男前のスタッフに出迎えられ。お食事の始まりです。

Img_3259Img_3257
おーし。おーし。赤も白も出番を待ってるぜい。

Img_3258
パンをサービスしてもらうだけで緊張。三種類の中からチョイス。

先ずはチャコリ(微炭酸ワイン)で乾杯です。いつものようにではなく、エレガントに微笑みあうだけ

Img_3260
いや~。訳わかんないっす。  拡大してみる
Img_3262
きれいやなあ

Img_3264Img_3267
Img_3268







Img_3261さすが!
フレンドリーで丁寧で上品なサービスをしてくれるスタッフ。

今、ミシュランレストランはフランスを抜いてスペインが大人気だとか。

前菜2個と聞いてたけど↑じゃないよね。とワインをお替りして待つ。

Img_3269 Img_3275
私は終始一貫チャコリ。赤はリオハ。この地はシェリー酒(ジュレスヘレス)も名産です。
待っていました!前菜二個の登場です
Img_3270













Img_3273
上)カラメリーゼしたフォアグラ  下)カニのパンナコッタ
たぶん人生最大のフォアグラだよ。
どんどん行っちゃうよ。次メインです。

Img_3278


Img_3283
メルルーサにアヒル・・・説明が大雑把になって来た。
メインが出た頃にシェフの登場だ~~。忙しいのにJapaneseの為に出て来てくれました。たぶんオーナーシェフ。

Img_3279せっかくなので記念撮影
Img_3281

シェフ。とっても嬉しそう。
あたしゃ。それよかデザートが気になる。
聞いていたのはチョコレートのアイス添え

皆はカフェだけどteaを頼みました。テーといいます。
精神をリラックスさせるためのマンサニーチャ。
興奮したからね。

Img_3289
Img_3290死ぬほど美味しかった。

このぱっきぱっきの金のスウィートですが、マテリアルはフレークだよ!きっと。
明日、スーパーで買おう~っと。
イヤイヤ。売ってないよと大騒ぎ

みんな若干酔っ払い

Kゑちゃんへ
私たちって「遊ぶこと」「お金を使う事」はいけないことみたいなところがあるじゃない?
今日サンセバスチャンのフツーの人の日曜日をみて思ったけど、ほんとに楽しそう。
暮しを楽しんでいる。ぜんぜん気負いがない。
私たちは現役時代にそれがなかった。下手だった。

ミゲルに「日本人は遊ぶことにも頑張るのよ」と言うと笑われた。
「客よりシエスタ(お昼の休憩時間)が大事ってわからん」と言うと
「日本人はお金が一番だからじゃないか?」と言われた。
言うよね~~。
私も頑張って遊んでるところがあるかもしれない。復讐みたいに。
Kゑちゃん。「私だけいいかなあ・・」なんて言わずにあそぼ!
ご褒美。ご褒美。(ほら。もう理由づけしちゃってるサガ)
旅行中、家族にラインするの止めなさい!以上。


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2018年11月20日 (火)

ボルドー&異郷バスク⑯犬は喜び海辺を走る



友だちの友だちに「是非ともお散歩してみてね」と言われていた、
コンチャ海岸
Img_3199
お嬢さんが通る。日曜の朝。14℃~23℃
泳いでいる人もいます。ミゲルに言わせると「冷たいはずだ!」
Img_3228
海岸線をワンコとお散歩の人達。
Img_3223あちこちに人とワンコの為の水場
人は足を洗い。ワンコは水を飲む

Img_3233ヨット・ボート・カヤック
海で遊び

Img_3245
地上で乾かす。

私ら、ヒートテックにセーターを持ってきたんやけど・・・

Img_3216
ウォーキングのチームがやってきました。
凄い人数です。みんな思い思いに日曜日を楽しんでいます。
コレ、日本だったら幟やら旗やらお揃いのTシャツやらで大層なんやろな。
さり気ないってカッコイイわ。

Img_3236
ゆっくり散歩しながらミラマール宮殿までやってきました。
中ではテレビクルーが撮影をしていたよ。

は~まったりした良い日曜日だわ。
Img_3247ミゲルとメンバー。
実は母と息子ほど年の開き。
見えないよ!

Img_3246
談笑中の仲間

ささ。そろそろ時間かな?行くとするか
実はこのあと、今回の旅、最大のお楽しみが待っているのです。
ミゲルは今から美味しいパン買って家でワイン飲みながら最高の時間を過ごすそうです
(奥様は仕事で旅行中らしい)


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2018年11月19日 (月)

ボルドー&異郷バスク⑮サンセバスチャンの日曜日



Img_3190ただいま、こちらのホテルにて絶賛宿泊中(3泊する)

サンセバスチャンは人口19万人。スペインバスクの中でも大きな都市です。
数年前、エンジェルがここから絵葉書を送ってくれた時、一体どこにあるんやろうと世界地図を広げて確認しました。その程度の認識だったアタクシです。

サンセバスチャン大好きのエンジェル’s 友人が「サンセバスチャンの歩き方」を教示してくれました。地元民しか知らないバールやオリーブ屋さん。バスの乗り方。
大変参考になりました。ありがと~。

サンセバスチャンはサンチアゴへの巡礼の中継地であり、海洋貿易のハブ港でした。1813年の独立戦争(ナポレオンVS英国)で焼失ののち再建。そののち王室や貴族の高級リゾート地として発展してきました。勿論。あのハプスブルグ家がらみだわさ。

最近日本でも有名になってきているのは「バル巡り」
ここ。どこやねん!みたいな日本の小さな町に「バル巡り」ポスターを見て
「ほんとにJapaneseったら~」と愛しいような恥ずかしいような気になる。
ええねんで。それで・・・真似しゴンボでええねんで。でも全然ちゃう(違う)かったで。

貴族保養地⇒美食の街のちいさなバーで出すものは矢っ張り美味しいので食べ歩きの文化が出来上がります。
バル巡りの発祥地で本場バル巡り。それはそれは楽しかったです。写真は後日UPする。

本日は日曜日です。
午前中の予定は

モンティグルドの丘に登り街の景色を眺める。
コンチャ海岸をミラマール宮殿の方までぶらり散歩をする。
というものです。
こんなまったりした予定なのにガイドを手配していた。
やって来たのはMrミゲル42歳。エエ感じの人や!
「おお。Japanese!それでいいのか?ニコニコ散歩するだけやで!」と気を遣ってくれる。
「ええねんええねん。私らこんなんがエエねん。大満足や
Img_3202
ミゲルはここが腕の見せ所とフニクラの駅でチケット代を値切ってくれた。
(結局無料!で交渉成立)

と言うのも、日曜日の町のスポーツイベントで予定駐車場が使えなかったからだ。
朝、ホテルを出て丘を目指すと道が次々閉鎖されていく。日曜日のレースがあるからって・・うちら、どうやって行くねん!モンティグルドの丘へ・・・

Img_3192 Img_3193
まず、ローラースケートチームに遭遇。結構オヤジだ。がんばれ~
お次はImg_3195自転車。
あと、マラソンレース。15キロのマラソンを3か所でやる。
これがフツーの日常茶碗飯の日曜日の光景だそうだ。

なので通りが閉鎖されますよというのは特別な事でもない。
腕章付けたひとが先導するでもなく、役場の人が旗振るでもなく
ごくごく自然発生的(見た感じはね)


Img_3201どやさ!レトロでしょ。1925年前後に建てられた(知らんけど)フニクラの駅
公営だったけど、今は家族経営らしい。切符のモギリのハンサムな兄ちゃんは顔にものを言わせてココの入り婿になった(そんな情報要らんねんけど)左の家は一族が住んでいる(知らんけど)

兎に角@9ユーロが浮いて我々は頂上へフニクリフニクラだよ。

     笑うた! 最高やった!

生駒山上遊園でも今更見ることはできないかも・・

Img_3213
客は居る。
Img_3210
子ども相手でも手を抜かない装飾。是非とも拡大して細部を見ていただきたい。
右の塔は灯台だったらしい。
Img_3209
ミゲルは「僕らの言葉でこれをヴィンテージという」と言うけど、うちらでもそう言うわ!

Img_3206私ら遊具を見に来たわけではないけれど、余りの素敵さに
「ビスケル湾の真珠」と言われる景色を楽しむのを忘れたよ。

ミゲルは「Japaneseホントに楽しんでくれているのか?」と何度も聞いてくれる。ほんまエエ人や。

ではエンジェルの友人が一押しの海岸の散歩へ丘を降りることにいたしましょう。すごく良かったですよ。
ミゲルにはぶらぶら歩くだけで・・ガイドの腕が発揮できず申し訳なかったけど・・・


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2018年11月16日 (金)

ボルドー&異郷バスク⑭海辺のセレブリゾート



Img_3145バイヨンヌ。言うても、おフランスやからね。
お土産は買うでしょ。(昨日のブログで友を罵っておきながら)

バスクのサッカーチームの公式のお店がありました。
(サッカーチームの話は後日お土産話の時にいたしませう)
グッ坊へユニフォームのシャツを買ったよ。(誰かが日本で孫が祖母を殺害したニュースの話をする。ブラックな奴だ。放っといてくれ。グッ坊に限って・・・あ。グッ坊は6歳です)

バスク織の店。伝統の靴エスパドリーユの店・・・・・

この日の我々の合言葉
「買ってしまった後悔より買わなかった後悔の方が大きい」S子


さて、次は日没に合わせて夕日を追いかけるの巻きだ~
夕日なんかどこでも見られるがな!派 と
いえいえ。ここの夕日を見てからケッコーと言え!派
ご意見は色々御座いましょうが、とにかくオニバー

Img_3160ピアリッツは19世紀以降、王族貴族の集う高級過ぎるリゾート地です。英王室も定期的にいらっさるし、ロシア貴族の為の正教会やナポレオン三世の奥様(あの霧の山に登った人ね)の為の離宮などが御座いますのよ。
まあ。奥様!この辺りったらセレブ過ぎる建物ばかり・・海岸ドライブだけでも目が疲れる。
遙かあちらにちょこんと見えますのが「海辺の聖母」処女の岩に立っておりますですよ。
其処へオレンジの夕日が沈むざます。普通なら感動すべきだ。
「セイボ?歳暮はまだ早い」などと寒いギャグの我々。こんなところに連れてくるんじゃなかった。何の値打ちも無い。

Img_3172_2お嬢ちゃん達。そんなところまで登ってはいけませんよ。
マリア様に蹴っ飛ばしていただきますよ。

我々は夕日を見に来たけど、このピアリッツのお昼間に街あるきしてみたいです。きっと可愛いお店が沢山あるはず。
(また、おみやげかい!)

Img_3177
夕日を見た後ディナーは海辺のレストラン。↑のお隣にあります(教会が上手く入らなかったのでこちらの写真を使用)
近くで採れた新鮮な天然魚介をてんこ盛り。

Img_3181Img_3183

オマール海老
手長海老・牡蠣
ムール貝・・・

ワインがすすむ。すすむ。そして感激の苺タルト
Img_3184
物凄いボリウム
苺がめたんこ美味しい。

Img_3182突然ですが、勝手に無断でこっそりとメンバー紹介。

あだ名は「研究者」
リアルでも研究者
アルコールは一切飲まない。

ワインを注ごうとするウェイターさんに
「分解酵素がないから!」ときっぱり。
断り方が理系である。

Img_3185
今日はスケジュール一杯だった。やっとサンセバスチャンのホテルに到着。
私は変わらず、無駄なダブルベッドのおへやです。

クリスチーヌとはここでお別れ、ドライバーさんの交代です。
男前を回してや~。社長の権限で
ああ。明日が楽しみ。


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2018年11月15日 (木)

ボルドー&異郷バスク⑬バイヨンヌのピンクリボン



バイヨンヌはフランスバスクにあり人口4万5千人ほどの小さな都市です。
ただいま我々の旅はスペインとフランスを行ったり来たりしています。夜露死苦。
Img_3119なんだか賑やかな曲が聞こえてきたので行ってみますれば・・・

Img_3122昨日あたりから気になっていました。ホテルのスタッフや商店の人がみなさん胸にピンクリボンバッジをつけておられるのです。

何という事でしょう

Img_3144きっとピンクリボン運動の期間中なのですね。
アメリカは10月第三週ときいたことがあります。
乳がんは自分で気付ける癌です。早期発見の大切さは耳にしていますが啓発運動にかかわったことはないです。このようなイベントなどの売り上げの一部を財団や研究に使ってもらう。企業や市民や政府が協力し合う。街をあげての「ピンクリボン
意識の高さが伺えました。
スポーツクラブ。サッカーやバスケやラグビーのチームのサポーターも全員ピンクリボンのTシャツを着用するようですよ。
・・・・・・
正面に見えるのが私でもわかるゴシック様式
セントマリア大聖堂。


Img_3129世界遺産に登録されています
ので UP

Img_3128
↑14世紀のオリジナルっていうのよ。
触ってもいいって・・・
外国っておおらかですね。

サンティアゴ・コンポステーラのにわか巡礼者おたまは勿論、礼拝に行きましたが、ウチラのメンバーは買い物優先!罰当たりだ。チョコレートに目がくらんでいる。

Img_3148Cazunavと並んで有名なチョコレート店Daranatzに飛び込む輩たちメンバー
左の緑色の物体は今まさにワタクシのお口に飛び込もうとしているマカロン
ポールヌフ(通称チョコレート)通りにて

このバイヨンヌでの午後の半日、現地ガイドさんに付いてもらいました。やって来たのは「こんなところに日本人」女性でした。

Img_3088この人は関係ないです。ただの通行人さん。
Img_3083
バスク風味よりフランス風の街と言われるバイヨンヌですが、やはりバスク建築の赤や緑の木枠の家が美しいです。

ウチラの仲間で最も「吾、人に関せず」のSちゃんがこの短時間に「こんなところに日本人ガイドさん」の人生をこっそりと取材していたので可笑しかったです。Img_3086

バスク博物館を案内してもらいました。民族資料館みたいな感じですね。
我々バスクビギナーにとってはバスクの事がコンパクトにザックリ勉強できてとても良いところでした。
Img_3111 Img_3112
旅日記⑦で教会の隣にあった「駐車場やで」と勝手に決めつけたあの場所は
実は「ペロタ」の競技場だったことがここにきて初めてわかりました。
ペロタは壁打ちテニスのようなもので、テニスの起源と考えられているそうです。
正式なオリンピック競技だったこともあるそうです。写真右は蔓のようなもので編んだラケット。

バスクのどの村にも教会とペロタの競技場があった。ペロタは元々「祭祀」だったそうです
日本の相撲と同じやね。奥が深い。興味のある方は「バスク・ペロタ」で検索してくろ。

は~あ。長くなったのでこのへんで。


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2018年11月14日 (水)

ボルドー&異郷バスク⑫ピレーネ山脈霧の中



古城ホテルでテンションがあがり過ぎ、もたついてしまいました。
Img_3046では出発です。オニバー
モザイク掛け過ぎて誰が誰やらわからへん。
まあ、出発の雰囲気のみね。

天気予報予想気温14℃~22℃
今日は再びフランス領へ入り登山鉄道で
ラ・リューヌ山頂からの景色を見に行く。昼食後、
バイヨンヌという大きな街を見学してから、
ビアリッツという海辺の高級リゾート地で夕日を見て来いという指令に従う。そんなとこ若いアベック(古っ!)の行くところやで・・まあ見ておいでと・・・
そして、夜も更けてサンセバスチャンに入るといふ、山あり谷あり海ありのスケジュールです。

Img_3081_2Img_3054Img_3061


可愛い駅に可愛い列車がやって来る。中はこんな感じ
1924年当時のままの電車だよ。動くんか?
此の登山鉄道が出来る前はもちろん歩いて登る。
標高905mのラ・リューヌ山。
ナポレオン三世の奥さんが登ったのは1859年だっけ・・・。
昨夜泊まったお城。あそこ辺りの貴族。別荘族がこぞって登山。景色を楽しんだんだって!フニクリ・フニクラ楽しいな。

Img_3063木製電車。可愛い

Img_3065

向こうの電車とすれ違う
野生の馬や野生の人間(登山者)に手を振りながら
フニクリ・フニクラと35分間乗車
そして山上

Img_3066

霧やん!
な~んも見えません。
ピレーネ山脈のふもと、ビスケー(バスク)湾を一望するはずだった。

しっかたが無いので
Img_3068山頂カフェで茶をしばき
降りる電車を待つ。さっき乗ったところはフランスだけどここ、山頂はスペインなんだよ。

Img_3072
チケット
往復14€だったかな?
人数に満たないのに団体扱いにしてくれた。

Img_3074ふもとはこんなに晴れているのに・・

Img_3075しっかたが無いので
駅前ランチレストランでは
サングリアをいっぱい飲みました
(一杯とちゃうよ)

バスク風のチキンにバスク風ソースをかけて
あと、バスク風のケーキ。写真はあるけど。ま。いいか。


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2018年11月13日 (火)

ボルドー&異郷バスク⑪PARADOR DE HONDARRIBIAその2



その2です。
かおる(兼高)。キョロキョロし過ぎてちょっとくたびれちゃった。

Img_3035_2食堂に面した中庭
幾たびも包囲戦を経験したであろう城壁。
「おとーさまコワ~イ・・おたま姫」(さっきまでかおるだったのに)
Img_3026打って変わり、こちら明るい朝食レストランです
Img_3027きれいな方でしょ?
クリスチーヌボルドー三日目からサンセバスチャン到着までを担当してくれたドライバーさんです。
実は彼女このバス会社の女社長(人手不足なのか?)
エレガントなんだけど運転は確かな男前!
Img_3029色んな種類のハムやチーズが出るのだけど
朝食ベジタリアンのアタクシはこんな感じ。この棒みたいな揚げパン(チュロス)が凄く美味しかった。

最後に、お部屋の様子も記録して置こう。

Img_2984今回の旅は一人でお部屋を使います。無駄なダブル仕様。
Img_2983
部屋の窓から見える景色。対岸はフランス/アンダイエ
あそこから敵が攻めてきたのね・・
怖~い~(もう。ええっちゅうねん)
Img_2985
一人では広すぎるお部屋
天井にはクラシックなファンが回っています。

Img_2982
アメニティは全てのパラドールで統一されているようです。(知らんけど)


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2018年11月12日 (月)

ボルドー&異郷バスク⑩PARADOR DE HONDARRIBIAその1



Img_2979エントランスには大きな燭台と、なにやろね?宝箱?
左端に進入禁止のマーク。宿泊客だけがカードで出入りできます。
Img_3014

ここは、まだエントランスの続きなので外部の方もお茶や軽食くらいなら出来るようです。

写真は中二階の踊り場から撮影。

では中に入りませう。

Img_3025ようこそ。ワタクシのカルロス5世城へ。
ご案内役の兼高かおるです(古っ!)
Img_3037
壁にはオンダビリアの紋章
左の壁、これ古典的な武器(槍)みたい(知らんけど)
椅子の上にはアタクシのバッグが置きっぱ(ごめんちゃい)

Img_3011_2中二階には中会議室
中世風のシャンデリアと素晴らしいタペストリーの数々

Img_3015
圧巻のバスク織のタペストリー

Img_3001階段をまた少し昇るとまた別のお部屋
更にその隣には
Img_3008
大会議室。こちらのバスク織も素晴らしい。

もう訳が分からんので、その1とその2に分けてUPでぃ!




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2018年11月10日 (土)

ボルドー&異郷バスク⑨元要塞のお城に泊まる



いちいち可愛いアイノアの村からオンダビリア
本日の宿泊は楽しみにしていたパラドール。

パラドールとは「国民宿舎」という意味ですが日本でいう「公共の宿」とは少し違います。
国の古い史跡(お城や教会など)がホテルとして利用されているのです。
ポルトガルではポサーダと言い、昨年は尼僧院に泊まりました。
古い時代の雰囲気がそのまま味わえます。

宿泊料金は決して高くありません。
ただ、予約がなかなか取れないのです。だから我々はラッキー
頑張って予約を取ってくれたKちゃんに感謝です。
では、その全貌をおめにかけませう!(ナレーション・加藤みどり)

Img_2969あれに見えますのが
PARADOR DE HONDARRIBIA
お城って高いところにあるのね。
Img_2973
専用車は上まで登れない。我々はエレベーターを利用しました。
歩いて行けるんだけどね。

(むこうに見えるのは海ではなく海のようなビタソア川の河口)
この門をくぐるとなんということでしょう。

Img_2975
小さなアルマ広場を真ん中にお城と古い教会と可愛いバスク建築・木枠のお家
この写真はお城(ホテル)を背に撮りました。
Img_3040
ブルーの窓はホテルのようです。
Img_3045
四件並んだ一番左が今夜のディナーレストラン
ついでに中の写真もUPしときましょ。
Img_2993 Img_2994
Img_2995店内メタンコ可愛い。
お食事は地下の部屋へ。

スペインバスクに入ってからはRIOJA(リオハ)の赤。一本やり
だって美味しいんだもの。
もしくは、微炭酸のチョコリ。
(じゃあ。二本やりか!)
ラベルが可愛いのでパチリ。

お料理も美味しかったけど店のご主人夫婦がとてもいい感じの方だった。(ドリンク・フリーにして貰ったから言うわけではない!)

奥様!イベリコ豚ってご存知?あなた様のことではありません。
イベリコ半島の豚ざます。
この店でグリルが出たのです。美味しすぎる。
アタシが知ってるJAPANで食べてるイベリコ豚って・・どゆこと?
全然ちがいますねん。味を表現するのは難しいけど、兎に角ぜ~んぜん違ったよ。
もう、あたしは日本で買うアレをイベリコ豚とは呼ばないと心に誓ふ。

Img_3000食事を済ませ外に出ると、おやまあきれいなお月様。
手前は美空ひばりさんとタメのM子さまと優秀な女執事Y子さん。
結構旅行者もいらっさるようです。
バスクはヨーロッパの人達に大人気のリゾート地。

えへっ。私らパラドール泊まりだもんねえ~~~ええやろ!

どうでもいいけど、早う中に入れ!ですと??
OK。 OK。

Img_3047
元々は980年に作られた要塞。
堅牢な外壁には砲弾の痕も残っている

では内部は明日キサスキサスキサス


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2018年11月 9日 (金)

ボルドー&異郷バスク⑧セプエデ?と微笑んで



旅行の前に一つだけ覚えておきたいスペイン語があって
友人のエンジェルに教えて貰いました。
「写真を撮ってもいいですか?」
これをとっても上品にエレガントに言うには?
「Me Permite una foto?」 メ ペルミッテ ウナ フォト?

早速使いました。

Img_3067(ラ・リューヌ山山頂にて、おたまちゃん嬉しそう)
彼らはミュンヘンから来た学生さん。スペイン語はスペイン語を使う人に使え!っちゅう話ですわでも一応話は通じて(どんなふうに?)、自分達のサンドウィッチを「食え。食え」と言ってくれる。

スペイン語が出来る仲間のS子ちゃんに言わせると「、おたまちゃんは誰が見ても相手より年上なので(どういう意味や)そんな風にエレガントに丁寧に言わんでもええ。(年寄に謙譲はいらん)」
Se puede ?  セ プエデ (よろしいですか?) 又は
コン フントス (コンはwith ね。)これだけで一緒に写真を!って通じるからと言われた。

だからそれ以降はもっぱら Se puede?とニッコリ。


それでは ワタクシの「セプエデ?」集を

1(於:サール)
彼らは今から登山です

2(於:バイヨンヌ)
く~っ。可愛い

3(於:ビアリッツ)
大好きなシェパード

4(於:サンセバスチャン)
大きなハスキー

5
(於:サンセバスチャン)
秋田犬。USA経由でこの方の元へやって来た。
名前は「おはな」 おはなの「お」はとても素敵な「お」で、エレガントに言うときにつける「装飾語」である。とS子ちゃんが熱心に説明したが判ってもらえたかしら。
「さわってもいいよ。おやつもあげてごらん」と滅茶苦茶触らせてもらった。

6(於:ゲルニカ)
Se puede?
ちょっと待ってね
と、ワンコの頭を整え、ついでにご自分の頭もなでつけて撮らせて下さった。

7
(於:ビルバオ)
可愛い兄妹と。

9(於:ビルバオ)
展望台にて朝の散歩

・・・・・・・・・・・
おまけ。この子達には特に断りを入れず撮らせてもらった。
10
ラ・リューヌ山中腹の野生の馬

8
眠れぬ夜には君たちの事を思い出して数えてみるよ~~~


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2018年11月 8日 (木)

ボルドー&異郷バスク⑦フランスで最も美しい村



昼食を終え、次に向かう「いちいち可愛い村」アイノアです。
昔は「ピレーネを越えるとそこはアフリカ。あいつらは腕時計を持ったこともない」と言われるほどの田舎でした。19世紀になり鉄道が敷かれるまでは川の交易が行われていたそうです。

フランス南西部の豊かな農地。
そこに中世の雰囲気の残る「フランスで最も美しい村」に選ばれたアイノアがあります。
メインストリートが一本あるだけの小さな村でした。
ここは、バスクの中のナバーラ国にあり、人口は7000人を切っている。
のに ミシュラン☆レストランがある!

Img_2948
Img_2947Img_2949
バスクの木枠の家を「カセリオ」といいます。
入り口に建てた年と持ち主の名を彫った看板・表札が掲げられています。
バスクカラーの赤と緑が美しい。
サンティアゴへの巡礼者たちもこの村で宿をとり疲れを癒しました。

Img_2965
村の教会。ここでバスク風教会(バルコニーのある)の写真が撮れました。
この、バルコニー面白い説明文をどこかで読んだけど忘れた。
教会の周りには可愛く飾られたお墓があり
Img_2967⇐これは何だ?
駐車場やで。と勝手に決めつけたココ。
後日。ああ。そうだったのかと判ります。

Img_2956嬉しそうなおたまちゃん。(モザイク二度掛けしてやったぜ)
この村でバスク織のテーブルクロスを買いました。
バスク婦人に「ハイ・YES」は「バイ」と言うと教わる。

そして我々の専用車はオンダビリア
今夜は元々お城だったホテル(パラドールといいます)泊まりです。
実はアイノアより、こちらの方が中世テイストがバリバリで、テンションアゲアゲ
どんなに非難されようが石を投げられようが、たっぷりとご紹介しますわ。
たぶん。明日。

Img_3043_2
(オンダビリアの朝)古い石畳。バスク風窓枠のある建物。
我々が宿泊したパラドール(古城/要塞)はこの道と広場を挟んで右側。
夜は写真左。ブルーの扉の一つ手前(赤い扉でした)のレストランへ行きました。

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2018年11月 7日 (水)

ボルドー&異郷バスク⑥いちいち可愛い



(つづきです)

お天気兄さんが、バスクは14℃~22℃といっています。
ヒートテックとセーター持ってきたんやけど・・いつ着るねん

今日はボルドーを出て、いよいよバスク地方へ向かいます。
では オニバー 
鬼ババアと違います。let's go!という意味です。

仲間内で「オニバー」と、特にこの日は「いちいち可愛い」が大流行り。
そうそう。「知らんけど」は通年使用の関西人です。


ささ。フレンチバスク領へ入ってまいりました。
いちいち可愛い「サン・ジャン・ド・リュス」という港町を見学しました。
かつてのフランスの首都だそうです(知らんけど)
Img_2928街の入り口で開かれていた市場。
パン・花・ワイン・ハム・野菜・・どの店も。裏から見ても。お客様も。
いちいち可愛い

Img_2932
いちいち可愛い街角。右手にマカロンって看板があります。
Img_2933勿論、はいる。
マカロンの発祥は諸説ありますが、この店は元祖?すご~く古い。
ルイ14世とマリアテレジアが1660年6月9日に世紀の披露宴をしたときに配られたのが、この店のマカロンであると。(知らんけどキッパリ)

Img_2934
だって、ココに書いてあるもん。

で。そのマカロンがコレです。

Img_2935ちょっと、我ら女のが気取って食べてる「マカロン」とは形態が違うね。
Img_2940
こんな、いちいち可愛いお店の前を通って海をみとこか!と行きました。気持ちいい~。
ここはラヴェルが生まれたところです。
ビール瓶に貼ってあるアレではなく、大作曲家のほうです。
ほら・・ボレロやったかいなあ。知らんけど

バスク風の教会がありました。パロック形式で内部にバルコニーがあるのが特徴的。写真を撮っていないの。みなさんお祈りしてはったから・・・残念。

Img_2946 Img_2945
ランチレストランはこのお店。小さいけれど明るくて、とても味が良かったです。
バルセロナやマドリッドのような大都会ではバスク料理はスペイン料理の中でも高級シェフが腕を振るうことで知られます。

Img_2942Img_2943Img_2944

前菜・タラ入りオムレツ
手長えびトロワインソース
アップルパイ
(タラ・・今後南下するにしたがって増える予感

Img_2941見てみて!
いちいち可愛いワインクーラー

ビニール袋に氷水を入れて・・
真似っこしよ~っと。

モザイク美人は最年長のM子さま。
ホントにきれいなお方なんですよ。

(写真はクリックで拡大できます)
では、次のいちいち可愛い村
「オニバー」


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2018年11月 6日 (火)

秋の日のお出掛け



(旅日記。ちょっと一休みです)

久しぶりに電車に乗りました。
電車は楽しいな。色んな人が乗っている。

私の前に4人のお嬢さん。4人は他人同士。
なのに。似てる・・・・・なんでやろ。
全員、スマホをいじっているからか?

前髪を眉のあたりで整えて、髪の長さは鎖骨よりちょっと下のロング。
で、ふんわり。
ひざ下丈のフレアースカート。4人お揃いです。

いいわね。お嬢さんのスカート姿は。
誰でも彼でも何でもかんでも「パンツ」時代があった。
女の子のフレアースカートは可愛い。

日曜のお昼前。電車に乗って。
これからデートかな?友達とお買い物かな?
ニッポンのおじょーさんはイエイエイエイイエ~
みんながうらやむ。ウォ~ウォ~ウォ~

さて。
上着は大きめセーターもしくはカットソーの上に薄手のカーデガン
しかも。全員。袖が長め
袖口が手の甲の半分のところまできてる。

そんな事で、米が研げるのか??

アタシは、疑問に思います。米が無洗米かどうかではなく、
それって、昔でいうたら「裕木奈江」じゃん。
今の言葉で「萌え系」?

真っ赤な他人の4名がなぜにこんなにそっくりさんなのか。
恥ずかしくはないか?
同じテイストでいいんか?あ~たたち!

・・・・・・・・・・・・

大きなことは言えないわ。
様々な顔の様々なプロポーションのあたし達も
みんながみんな。ダウンベルト(ローウェスト)のミニスカートをはいていたんだからね。
眉毛を細くして。ウルフカットでで、こっぽりみたいなコルクのサンダル履いて。
あな。おそろしや。

Dsc06636


そんなわけで、アタシは百貨店に行きました。
日本の百貨店は置いてあるものがやっぱりきれいです。
夢いっぱい。目の正月や~~~

色んな人も見られる。
あ。
あの人・・・彼女に似てる。髪型。柔らかな肩から胸のライン。色白の横顔。
胸がつまった。
その人がこちらを見た。やっぱり雰囲気が似ている。
怪訝そうに私を見る。ごめんなさい。失礼しました。
この夏に永遠にお別れした友だち・・・

やっぱり街に出ると色んなことにであうのね。
楽しいことも。思いがけないことも。

・・・・・・・・・・

鶴屋さんで最中ふたつ。即席おしるこ二袋。ちいさなお干菓子。
マザーグースのちいさなベンジャミン君をご一体。購入。
以上はお三味線の師匠のお誕生日のプレゼントです。
89回目です。確か。

そそくさと用事だけ済ませて帰ってきました。
秋の日は3ミリグラムくらい物悲しいけど
きれいな空気。高い空。穏やかな陽射し。

やっぱり良い一日でした。


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2018年11月 5日 (月)

ボルドー&異郷バスク⑤ゆったりランチクルーズ



Img_2852聖アンドレ大聖堂
これが素人写真の悲しさ。
肝心の尖塔が入っていないぞ
構図はいいと思ったんだけどなあ。

司教様の椅子をカテドラルと言います。
此のカテドラルのある教会は都市にひとつづつ。
これを「大聖堂」と言います(受け売り)

塩やワインの取引。貿易で栄えた18・19世紀をほうふつとさせる重厚な石造建物がボルドーの街のいたるところで見られます。
マスカロン彫刻と言われる顔(マスク)の彫刻を施した壁に思わず見入ってしまいました。

Img_2883
行列の出来る大人気のステーキ屋さん。ボルドーの人も行列しはるんや!吉野家みたいなもんかな?ちょっとちがうやろ。
Img_2885Img_2912

老舗の高級チョコレート屋さんやワイン屋さんを覗いてはチョコチョコと(洒落でっせ)お買い物。
ワイン店のご主人は多分身長が3メートルくらいある。いやほんま。
チョコレート屋さんではヌガー(キャラメル)を買った
なんでやねん!

私たちも、そろそろお昼ご飯。
ランチクルーズでした。
げげっ!クルーズ!ポルトの恐怖の6時間ぎゅうぎゅう詰め体験がよみがえる。あれはあれで面白かったけど・・・

Img_2889今回はこんなお船で
二時間半(ちょうどいい)

中もゆったりとしていました。

Img_2903
ここのお料理が予想外にとっても美味しかったのでUPしておきませう。ワインは白も赤もロゼもみんなでシェア。

Img_2919まず、リキュールみたいな食前酒が出ました。
思わず顔を見合わせるほどオイチ

Img_2895赤ピーマンのブレッセ

Img_2896ホロホロどりのきのこソース
味付けgood

Img_2897お皿に取り分ける。きのこもたっぷりとね。
Img_2900_2

デザートはチョコレートタルト。

チョコムースって赤ワインによく合うのです。って、いつまで飲んでるんや・・ということね。

夜はコチラのレストランへ

Img_2918牛肉のボルドー風といふものも美味しかったけど
お昼を現地習慣に合わせて1時半。夜をJapanese晩ごはんの時間に合わせるからお腹が空いていないのよね(お昼。美味しくて完食したし)

胸の谷間がつい気になるお姉さんがワインのオーダーを取りに来た。
精算が遅い。貴女!日本のキオスクでは勤まらないわよ。と日本語で注意してさしあげる。(もちろん笑顔で)
一応記録して置く。

明日は美しい小さな村々を訪ねながらいよいよスペインバスクへ入ります。




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2018年11月 4日 (日)

ボルドー&異郷バスク④元気な街ボルドー



さすが世界遺産の街。
ボルドーの路面電車は地上に架線がないのです。
地表集電方式と言って線路に電気が通ってる。
ビリビリ来るのか線路を踏んでみたけど大丈夫だった。馬鹿だねえ自分。

Img_2879ほらね。すっきりしてるでしょ。
遠くに電車がみえます。

Img_2881_2カッコイイ路面電車があちらからとコチラからと。
架線が無いので景色がきれい。

Img_2856
こういうので移動する人をよく見かけました。
あちらでトロチネットというそうです。
ウチラはセグウェイ(2輪自動)とかキックボードとかスクーターとか言ったかな。
Img_2882 Img_2923
こういう風に街角に放置?(うしろは路面電車に乗り込む人達)
どうも、貸出しされているみたい。右は定位置に戻されたスクーター
電気自動車のカーシェアリングスタンドもいくつか見かけました。

フランスの人口は6000万人。日本の約半分です。
そして、ボルドーは9番目に大きな都市。
これを日本に置き換えると9番目に大きな都市は「神戸」
そして町の雰囲気もフランスにおける「神戸」みたいなもの。

この説明。物凄くよくわかる。ボルドーをざっくり理解できます。
お洒落な店があり、大きすぎず小さすぎず、総合大学があり、雇用も安定、治安もいい。
フランスで暮らしやすい都市。トップ3。
今、パリから移り住む人がうなぎ上りだそうです。住・教育環境がいいからね。
アクセスはパリから新幹線で2時間。
私らはヒコーキで1時間15分で来た。昨日言うた。

Img_2837(後ろは朝霧のポンヌ・ピエール橋。流れておりまするのは。ガロンヌ川。
おたまちゃん嬉しそう。モザイクでわからん?それが世のためじゃ。後ろのバスが邪魔です。我々の専用バス。たった9人やのに申し訳ない)

大きな通りには、まだ紅葉はしていないけど優しい葉陰の西洋トネリコの街路樹。
他に日本原産のもみじ、八重桜も。プラタナス・菩提樹・・様々な木を植えるのは一時に病害に遭わないためです。
ボルドーのキーワードは「環境にやさしいクリーン都市」
バリアフリーの街づくりが進められています。
↑上のピエール橋も一般の車は通れないのよ。(私たちの専用バスは通られた)

「眠れる森の美女」といわれたこの街に喝を入れたのが
アラン・ジュペという政治家です。
元フランス首相でシラク大統領の下で長らく働いたお方。
(シラクさんと言えば核実験ヤッタよな。あたし彼に抗議の手紙出したのよ。返事は無かったけど・・遠い過去)
力のある政治家は街を変えることが出来る。
う~ん。すごいね。ジュペさん。

政治力はあるが、ある不正問題で大統領にはなれなかったジュペさん。
真っ白な人なんていないわな。


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2018年11月 3日 (土)

ボルドー&異郷バスク③ボルドーは新旧融合の街



大阪出るときボルドーは6℃~15℃ってOKグーグルのお姉さんがおっしゃる。
「ろくど~~~?」真冬かっ!
実際。現地の気温は15℃~22℃だった。嘘や~ん
誰に責任取って貰ったらいいのか。何処でヒートテックを脱げばいいのか。

ボルドーと言えばワイン。古いワイン蔵を改造したホテルで2泊です。
水道の栓をひねってもワインがで・・・・・・ません。
シャワーヘッドからワインがで・・・・・・ません。
嘘や~~~ん

Img_2827 Img_2824
さすが元ワイン蔵。やたら広いエントランスとワイン色の部屋



今回の旅仲間は9人。
オーガナイザーのUちゃんがまさかの欠席!ドクターストップらしい。
諸般の事情で私が旅の間「一人寝」をすることになりました。
(結果的にすべてツインだったので贅沢させてもらいました
我々の旅はツアー会社の基本コースにはないような、日本人が訪ねない観光地を回ることが多いです(もともと遺跡探検隊?だしね)
今回のようなフランス南西部や北スペインの西海岸沿いは15年くらい前までは日本人観光客はほとんど見かけなかったと聞きました。
しかし今や、日本におけるワイン&美食ブームです。
初日。ボルドーではJapaneseの団体旅行様(30名様くらい)にお会いしました。
さすが大都会ですね。
その後の旅はJapaneseを含むアジアのお客様ともほとんど会わず、ウチラ9名でふ~らふ~ら。
それどころか帰りのエールフランスはほぼヨーロッパのお方
えっ!このヒコーキ、大阪に帰るんやんなあ。と確かめずにはおれない。それ程日本への旅行者が多いという事です。紅葉にはまだ少し早いわよとわざわざ教えてあげた。
大きなお世話だ。

ボルドーは人口25万人(周りを入れると75万人という説明がよくわからん)
町全体が世界文化遺産になっています。
元々沼地だったところを17世紀ころから干拓開発(まるで江戸=東京や)
ワイン商社の取引の場として発展。
サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道中地でもあります。
世界遺産となった理由は古い建物から現代建築までヨーロッパの発展を見ることが出来るということで、(珍しく)新しい建物も含めて世界遺産になっているそうです。

Img_2876
美しいカンコイス広場。ダイアナ妃が最後の夜を過ごしたのがこの辺り(知らんけど)

Img_2859
裁判所。ポコポコ見えてる、きのこの山みたいなの(ガラス張りの中にもある)一つずつが「法廷」です。
外に出てタバコを吸ってるのは裁判官の男子(知らんけど)

Img_2857サンティアゴへの巡礼の道には目印のホタテ貝のモチーフ
これは、大聖堂聖アンドレの前にありました。
巡礼路のルートは幾つもあり、特にこのルートは人気だそうです。
言うたら熊野古道みたいなものなんかな。
大体一般ピープル【中高年】で一日20キロくらい歩き、車が伴走して途中でミートしてくれて弱ってたら乗っけてくれる。泊まりはホテル!みたいなやわな巡礼も人気だそう。
それならアタシも行けるかな・・。
アカンアカン。先ず信仰心がないとね。


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2018年11月 2日 (金)

ボルドー&異郷バスク②機上



関西空港からパリ・シャルルドゴール空港まで12時間35分
ここで乗り換えてボルドー・メリニャック空港まで1時間15分のフライト。いずれもエールフランス国営航空を利用します。
時差は7時間。ヨーロッパはまだ夏時間です。
昨年までは確か10月半ばで切り替わっていたと思うのだけれど、ことしは10月28日(第4日曜日)で夏時間が終わるのだそうです。
我々はサマータイムの最後の季節感を大いに味わいました。


ちょっとぉ!奥さん。知ってはる?
2018年。EUはサマータイムの廃止を提案したらしいですよ。
これって、サマーターム導入のメリットが少ない?面倒くさいことの方が多かったってことかしら。
クソ暑いさなかにオリンピックかいっ!と言われ、ほぼ思い付きで「サマータームを!」と言ったセンセ。世界に逆行してまっせ。

Img_2820
夕暮れの
シャルルドゴール空港に到着
ここからボルドーへは大阪から東京くらいの距離かな。

エールフランスでは最初シャンパンが出るのね(って要求するんだけど)
おいち
機内では「ロング・ロングバケーション」(2017/伊)
アルツハイマーの夫と末期がんの妻が最後の旅に出る話
夫はたまに正気に戻り昔の浮気を告白したりするので始末が悪い。深刻な旅だけどユーモアにあふれ、「死に方を自分で決める」(と言っても妻が決めるんだけど)のはカッコイイなと思いました。ジャニスジョプリンやキャロルキングの曲が流れるのも心地よかったです。

もうひとつ。名作「ショーシャンクの空に」(1994/米)をみました。
スティーブン・キングってほんまに面白いです。
最重要アイテムである壁のポスターですが3枚出てくるのね。
最初がリタ・ヘイワードで3枚目がマリリンモンロー。
で、この2枚目が誰だったか思い出せません。ジュリーガーランドかジーナ・ロロブリジータだったかなあ。ご存じの方教えてください。

・・・
あとはゲームをしたり音楽を聴いたりして過ごしました。
デイヴィッド・ギャレット
ヴァイオリン持っただけであの色気!同じもの持っても葉加瀬太郎氏とえらい違いや。あかんやろ神様!

ウィ~。シャンパンでちょっと酔っぱらっとります。

Img_3879
乗り継ぎの時、インフィニーシャインのO・P・Iネイルを買いました
ベージュは友だち、レッドは自分用
@13.8€ ≒ 1800円  

 アマゾンで買った方が安い?それを言わんといて!


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2018年11月 1日 (木)

ボルドー&異郷バスク①出発です



南西フランスの中心都市。月の港ボルドー
世界で最も美しいと言われる小さな村村を訪れながらフランスバスクから国境を越えスペインバスクへ・・・

ヨーロッパの異郷と言われる謎に満ちた「バスク地方」へ行ってきました。

Basque_country_location_map

(↑)バスクとは国の名前ではありません。
フランス側に3州。スペイン側に4州。合わせて7つの州をバスク地方と呼びます。
国境を越えているが一つの国として多くのヨーロッパ人が考えています。
そこでは
ヨーロッパのどの言葉の影響も受けていない独自の言語が使われます。
バスク語は世界で最も習得が難しいと言われています。
バスク人の血液型ですが、80%がRHマイナスのO型。
(wikkipedhiaでは60%となっていますが現地の方は80%と言っていました。ちなみに日本人のRH⁻⁻型は0.5%です)

絶滅した古代言語を操り、不思議な遺伝型。ミステリアスすぎて異星人の子孫かもなどと言う人がいるほど。古代ヨーロッパの種族であることは間違いないです。もう人種が違う!
お顔立ちの特徴も何となくわかるようになってきました。
チェ・ゲバラがバスク系だと聞きましたが、う~ん。彼はヨーロッパ風味が強い。


と、いふことで出来るだけ飽きないよう(私がね)記録を書きます。

Img_2816では、しゅぱ~つ! 嬉しそうだよ、おたまちゃん。

関空ね、出国ブースが毎年拡張されてる気がします。
で、身体検査も両手をあげて、透かして映すみたいな機械になってた。

もっと、驚いたのは、帰国の際の入国は顔認証が導入されていました。
パスポートにスタンプを押して欲しい人は申し出て下さい。だって!
もしもやで、あたしが韓国で整形して帰って来たとせんかいな。それで認証されたら整形は失敗!ってことになるのかな。
ドバイでなかなか機械(顔認証)のOKが出なかったSちゃんはスイスイと通過。
ドバイと日本どちらの機械が優秀なんだろ。

入浴剤…それはバスクリンや。
ほれ、売れ残りのパンで作る・・それはラスクや。
しょうもないこと言うてんと、ささ始めまっせ旅日記。


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