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2018年5月

2018年5月31日 (木)

懐かしい人



私たち夫婦を可愛がってくれたWさんがよく言っていました。

「おたまちゃん。鉄砲玉っちゅうもんほど惨めなものはないで
鉄砲玉だけにはなるもんやない。
親分が”あのカラスは白い”ていうたら”あのカラスは白いです”っていわなアカンのや。
”蝉になれ”と言われたら、”ヤメ”と言われるまで柱にしがみついてみ~んみ~んって鳴くんや。
あんな情けなくてアホらしいことはない」

・・・・・・

私、鉄砲玉になるつもりも予定も無かったので
その時はなんとなく聞いていただけだったけれど、最近になって、Wさんはこのことをいうてたんやなと合点がいきます。

あの、アメフトの監督が親分で、コーチが若頭。当該選手が鉄砲玉。
そう置き換えたら解せる。

こんなことも言ってたわ。
「おたまちゃん。893の必須条件ってわかるか?それはな”狂気”や」って

そっかあ。そかそか・・と連日のニュースを見ながら思い出す。
小指がないから指切りが出来ないと言っていたWさんを。

Wさん!ひっちゃん亡くなったんやで。知らんやろ。
平凡がもうお父さんやで知らんやろ。

懐かしいWさん。ほんに今頃どこの空の下で暮らしておじゃるやら・・

旅行中に時間を持て余すとき
例えば6時間も船から降りられないとき
そう言うとき、皆で「とっておきの話」大会をします。
結構なかなかの「とっておき」がでてきたりするんです。

親戚にゲーノー人がいたりして^^
そんな中、私は「ネタの宝庫」と言われている。
殆どがWさんネタです。面白すぎるハナシ。

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自治体の健康診断を受けてきました。

バリウムのせいか、行く川の流れなんかをしみじみ考えながら帰宅したらテレビで「狂気」の話題だったから。Wさんのことを思い出したのです。

五分刈りをリーゼントにするねん。と言って胸のポケットに櫛を入れてたWさん。
あの時、好きな人がいたんやね。確か看護婦さんやった。
長年連れ添った、あんないい奥さんがいたのにね。
トラックにひかれそうになった子どもを助けて、警察から表彰されることになって
「何の因果か」と言いながら嬉しそうやったね。

私らが夫婦喧嘩したら飛んできてひっちゃんに説教してくれた。
平凡が生まれたときは天井からつるすガラガラのメリーゴーランドを持って来てくれた。
あたし、もう少しで親分の弟と見合いをさせられそうになったけど、

ホントに掛け値なしに可愛がってもらいました。ありがと。

お仏壇の前でひっちゃんとしばし語らってみよう。
ひょんなことから、Wさんを思い出したよ。って
缶ビール開けながら。


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2018年5月27日 (日)

ブロ友と対面するの巻



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ヤクルトレディに貰ったカレンダー
△家族以外の訪問者。
○外出
◎は二つの用事で外出
これを、一日二回は必ず立つ洗面所の鏡の隣にぶら下げる。
え~っと。これは・・何の○だったっけ・・・と頭の体操。

無印の日は銀行や郵便局にスーパーの買い出し・・
そして月末は7年ぶりの自治体の健康診断を受けることになっている。

5月は出ずっぱり!だった。
4月、体調が悪くてどこにも出なかったのを取り戻しておつりがくる。
「正負の法則」 かの美輪明宏さんもいうてはる。
プラスとマイナス。どこかで採算が取れるようになってるって。

あの方、おたまが子どもの頃はシスターボーイっていわれてはった。
私らはメケメケの人て言ってた。
あたしと、たー坊とスミちゃんはメケメケばっかやろ~情なしの けちんぼ~」と大声で歌った。
じょうなしは上等な梨でそれを呉れないからけちん坊なんだと思っていた。
あれは娼婦の歌だったんですって!それで親に叱られたのか~。


丸山明宏改め美輪明宏さんは長崎県のご出身だそうだ。

五月の半ば、同じ長崎産のヘルブラウさんにお目に掛かった。
ヘルブラウさんはこのおたま日記を始めた頃から読んで下っている。
聞けばイチローさん⇒ごんべさん⇒のつながりで2009年頃からのお付き合いだ。
おおきに。

初対面なのに、でへ!ランチをご馳走してもらっちゃった
だって。郷に入れば郷に従えっていうじゃない?(使い方間違っている)
今度、ウチの地元でイノシシ鍋ご馳走するからねえ。
椎茸採り放題・食べ放題にもご案内するわね。

彼女は実は長崎生まれではなくアタクシ・おたまが長崎うまれであること。
お互いご先祖は海賊だったんじゃね?ってこと(アタシのほうは間違いなく)
姐さんと言えば姉さんと律儀に言い返しながら
あと、あんなこと、こんなこと楽しい時間があっという間に過ぎて・・・

まあ、webの付き合い。出会いって本当に不思議で面白い。
早速、いっこちゃんに「ヘルさんって、すごくエレガントな女性だったよ」ちくる。報告する。

え!え・・・えれがんと!?

大丈夫。いっこちゃんだって え~っ!エレガントだわよ。

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私は気功師である。
言ってなかったと思うけど。

「気が合う」といふこと
「気場を美しくする」といふこと

また一つ大いに学んだ一日でありました。


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2018年5月23日 (水)

そして巡り合い。於・空港



うちら。安寿と厨子王みたいやな
いや。真知子と春樹か、はたまた母を訪ねて三千里・・

全て、間違ってはいるがニュアンスは分からなくはない。

ベベちゃんとおたまは遂に巡り合ったのだ。
実に一年と二か月ぶりの再会でありました。

どちらかが元気な時はどちらかがノロウィルスにやられていたり、風邪を引いたり、・・・さういふことが5~6回。
もう会えないかと思っていたよ。と号泣。

前に会ったのは、そうそう、道頓堀の今井で90近い男性にご馳走していただいたんだっけ。
「あの方、まだ生きてはる?」
「たぶんな。」

伊丹空港がリニューアルしたというので飛行機見ながらお食事しましょうと、再会の場を決定。
空港は別に変わってなかった。
床、張り替えてあった。飲食店が増えたんやろか。
ヨシモトのエリアが出来ていた。もうちょっと力入れてね。やっつけ感アリアリのショップ。

昔から「伊丹空港」と言ってますが正式には「大阪国際空港」というらしい。
もう、国際便なんか飛んでないのにね。
何時か、返ってきておくれの期待を込めて「国際」の名前をのこしているそうな。

最寄りの○駅発何時何分に乗って、乗り換えて、また乗り換えたら11時59分に到着するからね。
アタシは11時50分に到着するから改札口で待ってるね。
と親切にもアナログベベちゃんにお手紙を送っておいた。

あの人ね。アタシが10分前から待っているの知ってるわけですよ。
なのに、電車を降りてからトイレに行ったんですよ。どう思います?
ダラダラと改札口にやってきたベベ子に
「お○っこ してたん!?」と語気荒く、世間様に聞こえるよう言ってやりました。

  「空港行き蛍ヶ池てふ駅涼し」 おたま

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「もう。次に会う日、きめとこ。大阪歩きでも京都歩きでもええし」
しめしめ。彼女、鎌倉方面一泊旅行と盛んに言っていたのに1年2か月経つとすっかり忘れているらしい。
7月に御堂筋歩き。ガスビル食堂のカレーライスに決定。


帰宅してしばらくすると電話があった。
「私は無事に家につきました、おたまちゃんも無事に帰ったかなと思って」
「ありがとう」

そして、今日は葉書が到着
「今日、会ったばかりなのにもう葉書を書いています。ストーカーも脱帽!」
あの日、あの場所(伊丹空港)で某アメフト部の監督が会見をしていたらしい。
「3:30!3:30!私、お替わり自由のコーヒー二杯目やったんやわ。
残念。」

何が残念なのかよくわからんが。
「連絡待ってます」とあるので返信(もちろん葉書)しないわけにはいかないだろう。

ちなみに彼女の葉書にはいつも何かが貼ってあるのだが
今回は菜の花畑の写真(雑誌か何かの切り抜き)だった。

本当によくわからん。


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2018年5月22日 (火)

ハンカチ



汽車の窓からハンケチを振る。
そんな奴 おらんやろ。

あの子がそっと涙を拭いた
赤いハンカチ、持っていない。

ハンカチの端をかんでキーッ!口惜しい!って人
見たことない。

一投ごとに尻ポケットからハンカチ出しておでこを拭いていた彼
頑張ってはるのかしら。

「お嬢さん。ハンカチが落ちましたよ」とナンパされたこともない。
この場合落とすのは白いレースのハンカチですわ。パハップス。
美しいお嬢さんは真っ白なハンカチを小さくたたんで小さなバッグに忍ばせておくべきだと思います。。
今どきのお嬢さんが持っているハンドタオルでは恋は生まれないだらう。

小学校の時、持ち物検査ってありました。
ハンカチ・チリ紙・名札・・ついでに爪が伸びていないかも検査。

グッ坊に「チリ紙」といってもわからないでしょね。
ハナ紙とも言った。昔の子、はなたらしてたもん。
今そんな子いないわね。
名札もつけると危険 個人情報を自ら発信してたんだ。

「あっ!今日は持ち物検査だった
学校の行きがけにS子さん(今75歳)が泣きそうな声を上げると
K姉さん(今78歳)が「ちょっと、待っとり!」と言って自分のハンカチを糸切り歯でキーッと二枚に裂いて小さくたたみ「こうやって先生にお見せ」と言って渡してくれたそうだ。

いいわねえ。姉妹って。ハンカチ一枚でこんな思い出があるんだものねえ。
そしてそれは涙ふく「木綿のハンカチ」だったわけだ。
あれって、ちっとも水分を吸収しない。役立たずだったけど。

実用とお洒落と二枚を使い分けると素敵だけど汕頭のハンカチの使いどころがわからない。
いつが出番なのかわからない。

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ハンカチは夏の季語です。
一年中使うものでも夏の季語。

先日神戸で見かけた結婚式。で一つ作った。
句の出来不出来は別にして実景は類想類句を避けるためにもよろしうございます。記憶にも残るし。
   「ライスシャワー新郎ハンカチ握りしむ」

ハンカチを振ったこともない人間がハンカチの句難しいわ。

   「ハンケチを咥えて手水京マチ子」

映画で見たのは山田五十鈴さんだったけど、そこは字数の関係で京マチ子さんにご登場願う。この場合は「カ」ではなくハン「ケ」チでなければいかんのです。
ああ。苦しい・・あと一句。
 

仕方ない、使い回しでい!
ただうつむいていただけなのに・・・
   「泣くつもりなくてハンカチ渡さるる」

こんな時こそ泣きたい気分。ハンカチどこどこ?

出せるものなら鳩でも句でも出してほしい。

 


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2018年5月21日 (月)

ロマンティックなオープンガーデン



(昨日のつづき)

大正モダンの華やかな雰囲気を残すお屋敷のお庭訪問です。

 

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外からでもお花の様子がわかる
市松模様のタイル壁。お洒落ですね。
では、中にいれていただきませう。

 

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200種類の(個人のお家です!)薔薇が満開です。
お一人で手入れをされているそうですよ。

 

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中庭です。右手、眼下に遠く大阪平野を見渡せます。
左手の奥はロックガーデンになっています。湧き水はお茶席用。
(もいっぺん言う。個人のお家です)

 

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中庭にシンボルツリーの
ヒマラヤスギ
見上げてたら首が痛くなった。

 

このお家の設計者は宝塚ホテルを設計された方だそうです。
(個人のお家です。三回目)

 

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薔薇のアーチのずっと奥まで薔薇。
お洒落な窓柵をごらんあそばせ!

 

アイアン格子っていうのかな、この装飾!大正ロマンやね。
窓から光が差すと大理石(たぶん)の床に美しい陰影を作るのですわよ。奥様!

 

Img_2493てなことで、
夢見心地のハート目でお庭訪問はおしまいです

おたまちゃん
もう帰っちゃうの?
僕寂しい・・

 

 


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2018年5月20日 (日)

ガーデニング愛好家でもなんでもないのにオープンガーデンへ行って来た



ちょと奥様!オープンガーデンってご存知?
多くが住宅街にございますのよ。
生活の中でお花を楽しむってんですか。まるでお庭がアウトドアリビングってんですか。
そういうお宅のお庭をのぞき見見学させていただくのです。

ウチのご近所でもなさってらっしゃいますの。
年々規模が大きくなって、今では街づくりの一環として自治体がバックアップ
数件のお宅をめぐるコースの看板なんか出来ちゃっています。

あたくし。ひねくれ者でしょ(大きくうなづいたのはどなた?)
メチャ苦手なんです。こういうの
何がアカンかと言うと・・・・・オーナー様ね。
(行ったことないから想像です)
絶対に、にこやかやねん。
見事な薔薇に負けんくらいの笑顔でお出迎えやねん。

友だちでもなんでもない人を受け入れる心の広い人やねん。
ヘタしたら手作りクッキーとハーブティでおもてなししてくれはるねん。
見ず知らずの人にやで。
あ~たね。こんな人信じられます?

え~え~アタクシとて海外旅行で、たまあに素人さん(?)のお家の中庭を見せていただいたり、厚かましくもお家に入れて貰ったりしたことはありますよ。
あの方たちが広~い心で、異国の旅行者に好意を向けて下さったのはとても嬉しいことでしたの。

でも。⇑  オープンガーデンね。なんか苦手でしてん(過去形)
だから、ガチャピンに誘われても一度も行ったことありませんでした(過去形)

頑固な年寄は嫌われる。ってよくおばあちゃんが言うてました。
今からでも生き方は変えられる!あたくしそう思いました。
人生楽ありゃ苦もあるさ。涙のあとには虹も出る。
歩いてゆくんだしっかりと。

といふことで、よそ様のお庭に行って参りました。
あとから聞くところによると、見学初心者がしょっぱなからそんなとこに行ったらアカン!
もう。よそのお庭が「屁」に見えるし!とのことです。
薔薇をこよなく愛するマダムが「屁」だなんて・・おたま怖い

そなの?
二軒行ったのよね。
たしか一軒はお庭が500坪だったけ?あ。お家はたったの100坪だけどね
お家?ヴォーリズの設計っておっしゃってたかしら。おほほ。

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⇑左が玄関
靴を脱いで室内に入る日本人のために、ヴォーリズはこのベンチを設えたらしい。
対面に同じベンチ。シンメトリーの構図が美しい。

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薔薇は左から「アンドレ」「アントワネット」「オスカル」と名前がついていました。
「フェルゼン」はいずこ~~と探したけどわからなかった。

さういえば阪急宝塚線の最近のラッピング電車、
池田理代子さんの絵なんだけど「ベルサイユのばら」ではないんです。
なんか・・・大人の事情かしら

(もしかしたら。つづく・・)


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2018年5月18日 (金)

母の日のコンサートで泣く



 そんなわけだったのですが「母の日」

ブースカばかり言っていたわけでは御座いません。
素晴らしいプレゼントをいただいたのです。
おっとこまえの美声です。

アタクシが歌手として発展途上であることを皆さま本当にわかってんの!ご承知おき下さっていることと存じます。
拠点としておりますところでアニバーサリーコンサートがありました。

だから平凡一家にはサンドイッチを持って、とっとと、帰宅をお願いしたのですが
あいにくの雨
ピクニックを楽しみにしていたあどけない幼子が
ココ(おたま御殿)でピクニックをやる!と面倒くさい素敵なご提案。

リビングで車座(わざわざ)の「なんちゃってピクニック」を終え
ハイハイ。サヨナラと一掃し
濃い目のメイクアップになんちゃってドレスで向かったのはいつもレッスンを受けているト・コ・ロ。

クラシックを中心のアットホームなコンサートでした。
しかし、なんやねえ。
男前はそれだけで存在理由が御座いますわね。
本日のお目当て)

男は見た目。男の値打ちは「顔」につきますわ。
しかも。若い!
アタクシ以外の皆様は彼の美声にうっとりしています。目をつぶって!

バッカじゃない?

入手困難チケットをコネでGETしてくれたKさんに感謝です。

それにしてもKさん。どないしたん?その格好。
ミラノでもスカラ座でもないんやからちょっと荘厳過ぎひん?
さういふワタクシもちょっと張り切ってます。
出かける前にバタバタしすぎて間違いだらけのコーディネート。
ちょっとしたコスプレ大会やわ。

( ̄∇ ̄;)ハッハッハハハハハ・・・

( ̄∇ ̄;)ハッハッハハハハ

ハハ・はは・母・・・

そう。今日は母の日だったです。

我が母の教え給いし歌(ヴァイオリン)

沁みましたしたわ。
泣きました。藁蹴る。笑える格好で大泣きしました。

K


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2018年5月11日 (金)

母の誕生日



結婚一年目で私たちは「持ち家」を持った。
中古の公団の分譲住宅だったけど、物を持つことがキラキラと輝いていた高度経済成長時代の申し子たちには、ただただうれしかった。

当時、母は50代に入ったころで仕事を持っていた。
新しい家を見に若い友人とやって来た。
その人はP化粧品のセールスをしていて、母は共働きで忙しくしている私に化粧品を買ってやろうというつもりだったようだ。

その人Aさんは当時30代。子どもの頃から不思議な体験が多く、10代の頃から占いに興味を持つようになり、九州のある方に弟子入りをしたのだそうだ。
「Aさん。よくみはるから、ここの家相をみてもらったら」と母は可笑しそうにいった。
家相がどうであったのかはすっかり忘れたのだが、この時いつまでも記憶に残ることを言われた。
その場面では彼女は私の手を握っていたのだから私の手相を見ていたのに違いないのだが、なぜか私の夫の事を
「52歳で死ぬ」と言った。
言ってなにかあわてて、「何か大きなことがある」と言い換えた。
その場に夫はいなかった。

占い師は分かってしまっても「言ってはいけない」ことがあるらしいのだがAさんは「言ってしまった」ぽかった。

夫が亡くなったとき真っ先に思い出したのはその事だった。
母もそうだったらしい。
夫は53歳で亡くなった。

夫の葬儀からほどなくして、不思議な偶然に偶然が重なりAさんに再会することになる。
この時、たまたま長男が一緒に居て彼はAさんにおおいに励まされちょっとしたアドバイスをもらった。それから10数年経ったが、今その方向に進んでいるのが不思議である。

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去年のGWのある日私は長男一家と神戸の大型家具店にいた。
数日前に次男に買い替えて貰ったスマホが鳴った。
Aさんからだった。母の友人として登録が残っていたのだろうか、先に出逢ってから10年以上。Aさんとは何のコンタクトもなかった。

「Aですが、お電話いただいたようですがどちら様でしょう」

ということだった。
名乗ると非常に驚かれた。間違いで掛ったようだと失礼を詫びて切った。
Aさんに電話をした覚えはない。

30分ほどすると再びAさんから「お電話いただいたでしょうか」とのこと

掛けてはいない。再び詫びる。
そのとき、「M先生(母の事)はお元気ですか?」と尋ねられた。

一回目の電話の時には母の話はしなかった。葬式するな。遺骨を拾うな。と言っていた母の事は敢て言わなかった。

5年前に亡くなっていることを伝えると絶句された。

更に30分後。もういったいどうなっているのか訳がわからない。
また、私のスマホからAさんあてに着信があったというのだ。

私は、Aさんに「母がAさんに知らせて欲しいんだと思います」といった。
Aさんも「そう思います。私はM先生に本当にお世話になりました。良くしていただきました。感謝の気持ちでいっぱいです」と言われた。

数日後にAさんから電話があった。
本日、高野山へ行って自分なりの供養をさせてもらってきたと。

私は、母が喜んでいると深くお礼を言った。
電話を切ってから気が付いた。
その日は母の誕生日だったのだ。

私は自分のスマホからAさんの登録を抹消した。

一年前の出来事である。
ほんまはどないやったん?お母ちゃん。
と、聞いてみたい気持ちでいっぱいである。


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2018年5月10日 (木)

神戸散歩・パワースポット



バスの停留所を下りたらお向かいがレストラン。
どうやらウェディングがあったようです

幸せのおすそ分けを我々も頂戴することにしませう。

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Img_2400_2新郎新婦が出ていらっしゃいました。
パチパチパチ
画像処理しています

美しい五月の空の下
きゃっ!
おっ洒落だよ神戸!

「ライスシャワーへ
 新郎ハンカチ握りしむ」
 おたま

へへ。今月の兼題「ハンカチ」(夏の季語)ですねん。

写真展をみたあと、小さなイタリアンレストランへ入りました。
シェフが一人で右往左往切り盛りしているような
こんなお店が美味しいんですよ。

Img_2412スタータ
写真はこれだけですが出てくる器がどれも美しかったです。
このお皿32センチサイズで、縁高です。
シェフの運命を変えたカルボナーラといふものをワタクシ、しみじみといただきました。美味しうございました。
この小顔がすっぽりと入りそうなグラスでワインもいただきましたのよ。
たぶん客にあわせてセレクトしてくれるんやろね。豊潤でまろやかでちょっぴりスィートざましたわ。お~ほほほ。
バラの花びらの添えてあるデザートも、(なぜか)ドイツのコーヒーもグ~ッドでした。

食後は異人館通りをブラブラ。観光の主だったところはあえて避けました。
行き尽くした感あり。長いこと生きてるからね。

エミリーって見たものが欲しい人なの。
小さなお店でボストン型のカバンをお買い上げ。桁を一つ間違っていませんかと言うくらいお安かった。
なんでやろ。うちら世間知らずになってしまって物の価値がわからへん。
「これだったら一泊旅行に使えるね」
ってあ~た。どこに一泊するん?
彼女最近、80オーバーのセレブリティな麻雀友達ができて、その方所有の別荘へ行くんだそうな。「一人で平均年齢下げてるねん」とご満悦。

婆様たちに精気を吸い取られぬようにとパワースポットへいきました。
知っている人は知っている。(特にアートや建築に興味のある方)
知らない人は素通りする。

北野アレイ

1977年・建築家・安藤忠雄の手になる建物です。
小さな三角形のビル。
若き日の安藤忠雄・ミヤケイッセイ・高田賢三というのちに世界的に活躍する方々がまさにここから飛び立ったといわれるその場所です。

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ここでパワースポットにまつわる面白い話をきいてきました。
またの機会にポロリとお話しませう。


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2018年5月 9日 (水)

神戸散歩・小さな写真展



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神戸市中央区

 

 

初めてのブラジル移民船「笠戸丸」が神戸港を出港したのが今から110年前
そのころ、高知県の農家に生まれた大原治雄は17歳で新天地ブラジルに渡ります。
1927(昭和2年)の事でした。
奥地の密林を切り開きコーヒー園を作り上げていきます。
・・・・・
開拓農民でありアマチュア写真家であった彼の作品はブラジル国内で高い評価を受けますが日本人がその存在を知るのは今から3年前。NHKのドキュメンタリーと日曜美術館に取り上げられてからのことです。大原治雄の死去から15年の歳月が流れていました。


知人宅へ遊びに行き、沢山のチラシやパンフを眺めていて「おっ!」と目に留まりました。
二科の会員であるその人に「是非みていらっしゃい」とすすめられました。

 

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30数点の展示でした。
どれも温かく豊かでキラキラしていました。
ゲージュツや写真は全く知らないわたしでも
「写真っていいなあ」と思わせてもらいました。

興味のある方はコチラで数点の作品が見られます

大地に生きた人のどっしりた生活感。強さとやさしさ
この作品をみて「懐かしい」と感じる方ならきっと好きになられると思います。
ブラジルはサウダーヂの国だったと、そうそう去年の旅行で習ったんだわね。

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会場の海外移住と文化の交流センターの建物は戦前からのもので、以前は看護婦さんになるための学校だったそうです。
外観はもちろん。内部のむき出しの配管などレトロ感いっぱいでした。


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2018年5月 8日 (火)

神戸散歩・山本通を北へ



神戸へ行ってきました。
目的は小さな写真展でした(明日にでもご紹介したいと思っています)

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しかし、何やね。
神戸ってやっぱり違いますね。
何が?って。例えば市バスです。
三の宮そごうの前から⑦番のバスに乗ってねと教わっていました。
前の扉が開いたので運転士さんに「PiTaPa」使えますか?とヒラヒラさせながらおたずねしました。
ものすご~く優しく微笑んで 「はい。使えますよ」


これが○○市バスやってみなはれ。
「あったりまえやんけ!」みたいな顔を絶対にきっと間違いなくされるに決まっています。
やんけ!でっせ。ひどいでしょ?
アタシのこの思い込み断定はひとえにあそこの府知事のチンピラ顔によるものだと思います。
人を見た眼で判断する心の狭い未亡人です。ごめんやす。(心にも思っていないのにごめんと書いた自分に自己嫌悪)

で。バス中ほどから乗車致しまして、読み取り機にPiTaPaを当てますと。
うんともすんとも言いませんの。
あれえ~~??
もう一度当てました。さらにもう一度。

微笑み運転士さんバックミラーで見てはったんやろか
「触れるだけでいいですよ」と優しく(ちょっとイラッ)マイクを通して全乗客に聞こえるように教えて下さいました。
へ~~~。そうやったんか。

これが○○市バスやってみなはれ。
触れてもいないのに「ピッ!」って大きな音がしますねん。
触れてもいないというのは大げさでした。
「わかっとるわい!はよ乗らんかい!」みたいなふうです。
(最近あたし心が汚れています。最近?)

目的の停留所のアナウンスがありエミリーが降車ボタンを押しました
「? ? 鳴らへんわ」もう一度押しました。更に押しました。
「赤いランプついてるし。もうええんとちゃう」とわたくしは落ち着いて教えてあげました。
「聞っこえへんがな!」○○府民エミリー怒っています。

これが○○市バスやってみなはれ(三回目ですが別に恨みがあるわけではない)
ココが世界の中心やみたいな音でピンポンと鳴り響くんです。

Img_2418

さすが神戸やな。
わたくし達はただ市バスに乗ったそれだけでもう外国に行ったような気分でありました。


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2018年5月 7日 (月)

春宵のライブ



小さなライブに行ってきました。
GWのある日の夕刻です。言うたら大人の時間やね。

ヴィブラフォーン奏者と彼のグループです。
ピアノ。ベース。フルート。パーカッション

サンバ・ボサノバ・ジャズ・ラテン・・・楽しい音楽の世界を繰り広げてくれました。

ヴィブラホーンって、まあ「てっきん」ですわ(ど素人の説明)
コンクリートと違いますよ。鉄琴です。
フォンフォンフォンと音が震えますねん。ヴィブラートって言いますでしょ。

ちなみに興味ないやろうけど申しますと
ワタクシ。ノンヴァイブレーションですねん。今でこそ歌手生活も長いからヴィブラートをかけるなんて屁の河童ですが、本来は素直な棒読みで幅のないほっといてくれ歌声です。
こういう声はコーラスには必要なんやでと昔、兄に慰められたことがあります。
まあ。そんな事は良いんです。

黒いオルフェ~オルフェのサンバ
きれいな曲ですね。
鈴懸の径をお洒落なジャズバージョンで懐かしのメロディ。
客層がナニですので皆さん小さく口遊んでおられました。
マイアミビーチルンバ・エルクンバンチェロ・・
ラテンは乗りがよくて楽しいです。

終演と同時に飛び出さないといけない事情があったので一番出口に近いところに居たのですが、知り合いがアチラとコチラで「おたまちゃんここ。ここ。」と席を取ってくれていました。
申し訳ないやら有難いやら。
本当はコッソリ生きていきたいのに有難いことです。

40人も入ればいっぱいの小さなお店でのコンサートでした。
すっごく良かったです。

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2018年5月 4日 (金)

おじいさんについて語り合う



ガチャピンとおじいさんについて語り合った。
おじいさんは大体において「良い人」だ。
花さかじいさんにも、小太りこぶとりじいさんにも意地悪なおじいさんは出てくるが、あくまでも良いおじいさんを際立たせるためのバーター(抱き合わせ)である。

そして、おじいさんといふものは「摩訶不思議」である。
あのひと一体どこのどなただったんだろう・・と、今にして思ふ。

(ガチャピンの場合)

彼女の実家は中国地方のとある神社。
写真を見せてもらったことがあるが、大きなお宮さんである。
子どもだったので事情は分からないが、お宮の離れのようなところにおじいさんが住んでいた。どうも病気だったらしい。おじいさんに三度の食事を運ぶのが子どもたちの仕事で、彼女はそのおじいさんが好きだったので他の兄弟よりたびたび運んだそうだ。
たまにはおじいさんと一緒に竹ぼうきで境内を掃除した。
掃いても掃いても木の葉がひらひら落ちてきた。
ある朝、おじいさんが亡くなっていた。
今思うと、あのおじいさんは今で言う、ホームレスの人だったような気がする。
身寄りのない人の世話をするお父さんだったので、そんな風に思うのだそうだ。

どこからかやってきてしばらく一緒に暮らして、自分にとても優しくしてくれたおじいさん。
ガチャピンにとっての不思議な不思議なおじいさん。

(おたまの場合)

一つ年上のスミちゃんの家は八百屋さんだった。お兄ちゃんが一人いて、弟が二人いた。
兄弟の居ない私はいつもスミちゃんちの二階で遊んだ。近所の子どもたちが大勢出入りしていた。あのころ子どもが沢山いたんだな。
店の奥に部屋がありそこがスミちゃん一家の居間である。
居間の店に近いところに一人用の小さな座卓と座布団が置いてあり、いつも決まった時間にそこに座っているおじいさんがいた。
お酒を出していたようだ。おじいさんは決まって蟹の足をしゃぶっていた。
そして、私はなんと決まっておじいさんの胡坐のまんなかにすっぽりとおさまり、おじいさんが箸でつくつくとほじくりだした蟹の身を口に入れてもらったり、時々はこっそりとコップ酒をなめさせてもらったりした。幼稚園に行く前だったのでたぶん4歳?

スガのおじいちゃん。と呼んでいたのでそれが名前だったのか。畳屋さんだったのかふすま屋さんだったのか。どこのどなただったのか。
自分に優しくしてくれたスガのおじいちゃん。

縁もゆかりも血のつながりもない赤の他人のよその小さな子に
優しくするなんて、きょうびの時代。まずないだろうな。

だから「おじいさんって不思議な存在だ」とおもう人間ももういないだろうな。

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2018年5月 3日 (木)

温かい愛のカタチ



一雨あって、GWの丁度良い中休みになりました。

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昨日は
脱線ばかりで南宋時代からこの3ヵ月足踏みしている中国史の先生からとても良いことを教えていただきました。

「温」という漢字のなりたちです。

温故知新・・古きをたずねて新しきを知る。の「温」です。
この「温」ですが、どうしてたずねるという意味なのでしょう。

「温」 古い字では 「溫」 と書きます

バラバラにしますと

サンズイ・・・ 氵
クニガマエの中に人でシュウ・とらわれる・・・囚
サラ・・・・皿

になります。

サンズイは「水」。皿は「食べ物」です。

囚人の前に水と食べ物を差し出し
どうしたんだい。なぜおまえは悪いことをしたのだ?
温かく訊ねてやることが「温」と言う漢字の成り立ちなのですって。

おたま感激!
ああ。そうやったんや~と知ることは35歳いくつになってもうれしいことです。

テレビドラマで、取り調べ室でかつ丼をたべる。アレね。
実際にはなんでも注文していいんですって。
天ぷらそばでもいいわけよ。

でも、請求書は犯人(容疑者)=取り調べられてる人のところに行くそうですのでご用心くださいね。
あそこに温かい愛はなさそうですので、覚えておかれるとよいかと思います。

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キンギョソウはこぼれ種から咲きました。


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2018年5月 2日 (水)

和菓子騒動



むかしむかし
平凡氏が社会人になって間もない、ある昼下がりのことでございました。
家に電話をかけてきました。

暗~い声で「オレオレ。オレオレ」(とは言わなかったけど)
今から(顧客or取引先だったかな)お詫びにいくんやけど、こういう時の菓子折りはどこの何がいいんかなあ」
といふ相談だった。

やらかしおったな愚息!
まあ。上司が出張るほどのミスではないらしいけどね
そうやで。大阪あきんどは頭下げてナンボや。
客に逆ろうたらあかん。負けて実をとるんや~~~。

「洋菓子は軽いしな。果物は日持ちしないから気がきかん!と思われるしな。百楽か雲龍かなあ^^。あ。雲龍はお目出度感があるから火に油かもしれんなあ。鶴屋さんの最中やったら間違いないと思うよ」

年長者らしく(いや。親やっちゅうねん)答えましたのよ。

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あの日から幾星霜。
彼はどんだけ「鶴屋八幡の最中」を買ったのでせう。

ガンバレ!サラリーマン。

ご近所の和菓子屋さんが店じまいをされました。
お使い物などに重宝していたのですが・・。

ちょうど二日後がおじいちゃんの祥月命日でした
お寺さんにお出しするお茶菓子ね。
ちょっと気の利いたのなんてご近所にないのです。
我が家に来ることになっていた平凡氏に街で買ってきてもらいました。

はははは。

鶴屋さんの百楽でした。


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