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2017年12月 6日 (水)

あれが一期の別れだった



先月半ば勘九郎。七之助兄弟の舞台を観に四国へ行った。
舞台の始まるまでの時間。懐かしいK子さんとお茶を飲みながら、その場からMちゃんへ電話をする。

「今、どこに居るとおもう?明日、ちょっと寄るから・・」
「いやじゃあ。アタシ、おばあさんになっとるんよ」

早くから「行く」と知らせると色々と世話をかけてしまうと思ったからだ。
K子さんにも1週間前に手紙を出したのだった。


翌日。
小学校の全校生徒が30人という集落へタクシーで20分。タクシーしか手段がないのだ。
Img_1913


初めて来たのはもう20年近く前。
それから何度来たことだろう。懐かしい場所。

夫のSさんは病を得て酸素の吸入器具を装着していた。
妻のMちゃんは大たい骨の手術を2回やり、家の中でも4・5日前までキャスターで移動してたんよといった。
Sさんに「しんどい?」と聞いたらニコニコと「しんどい」と言った。
「なにが一番つらい?」と聞いたら
「(Mちゃんに)世話を掛けさせるのが辛い」といった。
キッチンから戻ったMちゃんに「何が辛い?」と聞いたら
「そう思うてるんじゃろ。と思うのが辛い」と言った。

私は「ハイハイ。ごちそうさん」と言った。


あれを持って帰れ、これを持って帰れというのは相変わらずで
柿。ゆず。ぎんなん・・・。
又、同じタクシーに来てもらって帰るとき
Sさんの手を握り「元気でおってよ」と言った
「俳句ができんと言わんと、この龍角散やテレビのリモコンを詠んでよ」と炬燵の上を叩いた。

おたまちゃんが来てくれて嬉しかった
お父さんが喜んで喜んで、嬉しかった

そう言って見送られた。
タクシーの運転手さんが、私を送って営業所に帰る途中で実家に寄って来たといっておおきな「梨」の入った袋を用意してくれていた。何なんだ。四国の人って!


数日後、手紙を書こうと思ったけど声が聴けるから
と、電話があった。
Mちゃんと話をしてSさんに代わった。
「アタシは早くに夫を亡くしたからSさん夫婦がうらやましい。夫が生きていたらお手本にしたかった」と言った。

「おたまちゃんが、そう言ってくれるなら元気を出してもうちょっと長生きしようかな」というSさんの相変わらず優しく温かいイントネーションだった。

それが11月20日ごろのこと。

昨日。Sさんの訃を受けた。K子さんからだった。
いつも通りの暮しの中で、Mちゃんの作ったお昼ご飯をキチンと召し上がった。そして
静かに穏やかに・・

85歳の同い年夫婦。
Mちゃんにどんな言葉をかければいいのだろう。

 

    「春寒や使はぬ鍬の捨てきれず」 S

    「海峡の渦を雨打つ十一月」 おたま

 


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コメント

11月にお会いしておいて良かったですね!
Sさんのご冥福をお祈りしています。
俳句繋がりだったのでしょうか・・・。
Sさんの句もおたまちゃんの句もなかなか良いですね。

投稿: 風のフェリシア | 2017年12月 7日 (木) 22時59分

風のフェリシアさんへ
ありがとうございます。
Sさんのお人柄通りの穏やかで良い葬儀だったそうです。参列したK子さんは「穏やかな死というのは遺された人たちへの最大のプレゼントだ」といいました。
私、最近まで大騒ぎして死ぬつもりでしたが改めようと思います。
逢いたい人に逢っておいて良かったです。
尊敬する方でした。

投稿: おたま | 2017年12月 8日 (金) 09時23分

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