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2017年11月

2017年11月30日 (木)

ポルトガル⑳さよならリスボン



呼ばれて飛び出てあくびちゃん。
ハクション大魔王をご存じのあなた様は。お若いでごじゃるよ。

本日二回めの更新でぃ!
今月中にかたをつけたいアタクシ。生真面目な未亡人。

消臭力の丘から坂道電車(グロリア線)に乗りました。
乗車時間約3分。運賃は確か3.85€(≒500円)だったと思う。
タッカ乗客はほぼ観光客でしょうね。
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券売機かなあ。
よくわからんので。
Img_1744運転手のおばさんから購入。おつりをガサゴソ。
観光客は大体大きなお金で払うのよね。
キッチリ払ったアタクシ。グッジョブ!て言われちゃった。
(我がメンバー。コートにストール。この後大きな間違いに気が付く)

Img_1746電車は走るよ3分間

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ほぼ観光客を載せて

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落書きなんてへっちゃらだー!

アチラの方って全く消す気が無いようです。

着いたところは
ロッシオ駅。
きれいな駅構内の売店でアマリア・ドロリゲスのCDとイワシの柄のソックスをお買い上げ。

ここからアウグスタの歩行者天国(おさげの三人組出没注意)をぶらぶらと、コメルシオ広場へ向かいます。

Img_1784敷石の白と黒のもようはリスボンのシンボルだそう。

Img_1764_2この美しいエレベーターはサンタジェスタのリフトと呼ばれるリスボン名物です。

結構お高いらしい。
実は無料で上(見晴らしがよい)まで行ける方法を教わったけど営業妨害になるのでナイショ。観光客は正しく。エレベーターの美しさを味わって下さい。

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可愛い路面電車

Img_1768広場につきました。

この道まっすぐが歩行者天国です。
このお天気!

コートを脱いでストール外して・・
不思議な厚着のJapanese

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10月下旬のことであります。この日28℃~30℃

ながながながながとポルトガル旅行記を読んで下さってありがとうございました。
この後は何とも言えんレストランのサヨナラパーティでおしまい。
茹で海老が滅茶苦茶美味しかった。

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翌朝早くリスボン空港へと向かい(寒い)大阪へ帰って来たのであります。

ポルトガル。良かったです。
(私はヘタだけど)どこを切り取っても写真になる街

何となく懐かしく、優しく、人恋しい気分にさせてくれるポルトガル。
オブリガーダざんす。
これでおたまの最後(ほんまか?)の海外旅行記を終わります。


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ポルトガル⑲彼らは世界の果てのプリンスと紹介された



ロカ岬。シントラの半日遠足からリスボンへ戻ってランチです。
写真、もうええか・・。タラのコロッケとタコのリゾットでした。

そして、この日の夜にファドの二件目「Clueb de Fade」へ行ったのでした。

夜までの時間を利用してスーパーへ社会見学兼買い出し。
真綿嬢へお菓子を山盛りお買い上げ
「あのう・・ザックザクしたクッキーとさくらんぼのチョコ。お願いします」って注文が細かい。
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ええなあ。リシュボア!
都会の街角にこんな路地。
生活感

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落書きもここまで来れば「圧巻」



ホテルへ帰る道すがら可愛いブティックを覗く。
ワゴン(ハンガー)セールのコーナーがショウウインドウからチラリとみえた。
アレ~~。吸い寄せられる悲しいサガ。Img_1695

20€(≒2700円)でいいわよ
え~ほんまでっか?すっごく質がよろしいです。60€(≒8100円)の札がついてる。たぶんそれくらいの商品だと思うわ。hand made。(イタリー製だったけどね)
マダムとおしゃべり(どちらも3歳児程度の英語)
お世辞かもしれないけれど、出会った人たちは口をそろえて日本人が好き!って言ってくれた。
繊細でシャイで穏やかで・・・ってアタシの事見抜いてはるわ。このマダム。
貴女の事忘れないわって。ほんまかいな。アタシは写真が残るけどね。
「オブリガード」(ありがとう)と言ったら、貴女はミセスだから「オブリガー」よ。と教えてくれた。
と、いうことで、この夜のファドレストランへ、早速着て行ったのでありました。

そして、翌日。いよいよ最終日です。おまたへしました。
長かったわ。旅行記。
一気に行くわよ。最後の一日。何してあそぼ。

Img_1869(スリで)悪名高き㉘番電車に是が非でも乗りたい人は乗りに行く。
お金持ちの私設美術館グアルベンキアンでお宝を見たい人はそちらへ・・
アタシは長州力消臭力のミゲル少年の丘で高らかに歌いあげたい。歌手だから。(ただのミーハー)
という事でサン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台へ行く。残念ながら修復中で一部フェンスがしてあったけど、一応歌ってきました。

サン・ロケ教会へも行きましたよ。
あの!遣欧使節団の四人の少年たちが一時宿舎としていた教会です。
今回の旅で一番感動しました。(どんだけ戦国鍋テレビの影響を受けてるんやろ)
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演奏会が開かれるようです。

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16世紀の少年が見たものを、見ていいるのね。今。

Img_1735この日はどうも特別らしく
祭壇の裏の箪笥のあるお部屋も見学することが出来ました。
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この旅行最後の教会でのお祈りタイム

伊東マンショも千々石(ちぢわ)ミゲルも13歳だったというではありませんか!

つい、一週間ほど前の新聞に「ミゲルは棄教していなかった」という記事が出ました。
私もぜったいにそうだと思います。ひたむきな信仰心は終生変わらなかったと信じます。子孫の方が私財を投じて研究してはるそうですよ。

長崎を出て二年掛かってポルトガルへ。スペインを経由して三年後にはローマ法王に謁見しています。世界の最も遠い国から来た来賓として最大級のもてなしを受けるのです。
長崎出発から8年後、少年たちは美しいものだけを見て日本へ帰って来るのですが、時代は秀吉の天下となっていたのです。四人の少年(青年)を待っていたのは悲劇的な末路でした。

書きながら、涙がでるわ
ひでよしのあほ~~~。

と、怒っていたら今回で終りそうにないわ。
明日へつづく・・。またはもう一回更新

ヒマかっ!


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2017年11月29日 (水)

ポルトガル⑱女の子なら憧れる。誰が女の子やねん。



(シントラ王宮)

そらもう姉さん。何ですわ。
今回の旅行では、アズレージョ。アズレージョ。ってようけタイルを見せてもらいましたが
まあ。飽きることはありませんわ。可愛い・綺麗・温かい。
(写真はクリックで拡大できます)
Img_1670Img_1643Img_1672
右は王宮が建てられた14世紀のオリジナルです。

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Img_1666

シントラももちろん世界遺産の街です。王宮を中心にした街の景色や王室・貴族にまつわるどろどろのお話は、老若女女の心をとらえて離さないことでありましょう。
エゲツナイでっせ

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Img_1653料理の器。
ウシには牛の料理を。
カモには鴨料理を。

 

たまに猪に魚を入れたり
(ナイナイ!)

 

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それを、こんなところで調理して

 

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こ~んなところで召し上がるのかしらね。



Img_1654 Img_1657
旅箪笥。航海の時に運んだのかなあ。

 

Img_1665天井絵の一つ一つに物語があり

 

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Img_1675華麗すぎて言葉が出ない。
キラッキラしてたんやなあ。
ゴールドラッシュのブラジルから金を一杯運んできてたんやなあ。違うかなあ。

 

 

 


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ポルトガル記。明日最終回(たぶん)です。

 

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2017年11月28日 (火)

ポルトガル⑰やってきました岬のはてへ



リスボンではシェラトン・リシュボアに3連泊しました。
機能的で近代的なデザインの快適空間のはず・・が
なんか、ようわからん・・デザインがお洒落過ぎる
以前どこかのお洒落なホテルでお洒落過ぎる電話を使えなかった悪夢がよみがえる。

なに?このボタン・・と押したらウィ~ンと巨大なブラインドが上がる。
バスルームにはいっぱい栓やボタンがあってやたら固い!(たぶん使い方間違ってる)
おまけにシャワーヘッドがアタシの顔よりデカイ。

いやや!こんな部屋!とツレが叫びました。
何を言うか!天下のシェラトン・五つ星やで。
ポルトガルでは最近国際フォーラムがよく開かれるようになったそうです。
9月10月はそのシーズンで、すぐに部屋が埋まるのにKちゃんが頑張ってとってくれたのです。

ポサーダ(覚えてはる?)泊まりが続いて可愛いお部屋にウットリしていたのでこの、ビッグサイズ感に馴染めない。
とか、言いながら帰る頃には、すっかり居心地が良くなっていました。
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ルームメイクのお姉さんたちと。
コートジボワールから来ているのですって。

Img_1616これはなんでせう?
ホテルであたしが一番ビックリしたものです。

Img_1614アルファロメオではございません。

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ピアノざんす。
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多分。たぶんやで・・
スピーカー?

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リスボン二日目はミニバスを借りて遠足に行きました。

ユーラシア大陸最西端のロカ岬シントラという街です。
シントラは詩人バイロンが「この世のエデン」とうたった王族や貴族の避暑地。
↑写真は宮殿から見た街の様子。この日も快晴なり
Img_1620_2この際、ロカ岬の写真もいっとく。

風が強くて必死で立っています。
on うばゆりさんメイドの帽子。
碑には
「ここに地終わり海始まる」
と書かれています。

これが大西洋ぜよ!
ここに来た証明書を(公務員が)11€(≒1500円)で発行しています。いらねえ。
トイレは50cent(≒70円)チケットを入れる機械があるのに公務員が三人がかりでさばいていました(別に文句言ってません)

ロカ岬への道が細いので10人乗りのミニバスになったのです。
お蔭で最先端近くまで歩かずに入れました。

写真が逆になりましたが、これからシントラ王宮の見学です。
内部は明日(パハップス)失われた時代の輝きを十分感じ取れる素敵な場所でしたよ。

あと、最終日のリスボン市内街歩きで終わりです。
もうちょっと辛抱してお付き合い下さいませね。


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2017年11月27日 (月)

ポルトガル⑯リスボンの世界遺産



11月も最終週。
旅行から帰って、もう一か月もたつのに旅行記が終わらない。
11月。楽しいことがいっぱいあったのに、ここに書いておかなきゃ忘れちゃう。
いやん!早よ、終わらそ。
リスボンでの最後の三日。


いっこちゃんへ
ナザレ幼稚園のナザレはイスラエルのナザレの事だと思う。
アタシもナザレってこんなところ(ポルトガル)にあったのか!って一瞬思ったけど違ったみたいです。ポルトガルのナザレはリゾート地だそうです(行かなかったけどね)
以上。業務連絡おわり。


旅の最終地リスボンにやって来ました。
先ずはリスボンのハイライトというべきジェロニモス修道院へ行きました。
入場券の要らないほうね、スリが多いから気を付けて!
Img_1525Img_1524

神様の前でそんな悪いことをする人がいるのです。きっとあの人だわ・・と怪しげなおばさんをチェック。
だって、お祈りするでもなく、マリア様の像を見るでなく人のリュックばかり見てるゾ。あやしい。それを追っかけて見ているワタクシもアヤシイ人

願いが叶うという柱に触ってお祈りタイム
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↑次は入場料のいるお隣の建物へ・・
ここにはスリはいないでしょ。いや。わかんないよ。
神様の前で人を疑ってばかりですわ^^。
Img_154012世紀の教会の残るリスボンですが
1755年の大地震で壊滅状態になります。
其のリスボンを立て直したのがポンパル公と言う方で幅80mもあるデ・フェルターデ大通りに大きな像があります。
我々観光客には良い目印になります。

そして。
なんと!28℃だよ。いや30℃はあるな。
しつこいけど大阪でるとき12℃だった。
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リスボンのお嬢さんはノースリーブのワンピース。

リスボンで絶対に食べて来てと世間様に言われていた、ベレンというお店(ここでなきゃいかんらしい)のパスデス・デ・ナタを食しました。
日本ではエッグタルトといって一時大流行したらしい。知らんかった。
Img_1554一度夕食のデザートで出されて、それも美味しかったんやけど。じぇんじぇん違うで~。とそのスジの人がいう。

こんなサイズ。
一個1.5€
6個入りで左のBOX に入ってる
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おちょぼ口で齧ったところ。
おいちい。
シナモン&シュガーを振りかけても良い。

Img_1556
国境を越え民族を超え、おばさんの思いはひとつ。
甘いもんには目がない。
皆で立ち食いエッグタルト。


心も胃袋も晴れ晴れと、ちょっと移動して
ベレンの塔&発見のモニュメントへ行きました。
ポルトガルの観光パンフレットに必ず載ってるアレですわ。
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な~がい旅路の航海終えてふ~ねが港に泊まる夜
おかいり~~。海の苦労はグラスの酒で忘れるんだよ~
と、船を見守る要塞です。

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発見のモニュメント。日本にも関係の深い方々も
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陽が当たっているからこちらが西側ね。
先頭はエンリケ航海王子。下のほうに彼のママンも居る
ずっと遠くにヴァスコ・ダ・ガマ橋。18㎞もあるんですって。

Img_15761541年に日本へいらっしゃったのね。
すごいぞ。ポルトガル!
1549年にザビエル来航って習ったわよね。
信長は理解を示したのだけど・・

Img_1584

テージョ川沿いの観光客たち。そろそろ夕方だけど
殆ど「夏」の雰囲気。10月終わりだというのに・・

この日の夜。一夜目のファドレストランに行ったのでした。


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2017年11月23日 (木)

ポルトガル⑮二夜連続でファド三昧



Img_1753
リスボンは7つの丘の街といわれます。
石畳の道を上るか下るかのどちらかです。
電車も浮いて(?)おります。

アルファマ地区は最も下町の味わいを残す旧市街であり、
ぶっちゃけ柄が悪い(ごめん)石畳の上に犬の雲古が落ちてるし、ゴミ箱の隣にオジサンが座っていたりする。
そして、ここにファドを聴かせてくれる素敵なレストランが固まっているのです。

ファドの演奏は大体20時ころから始まり翌日の2時(深夜!)くらいまで続きます。
観光客の夜のお出掛けだいじょうぶ?
大丈夫なんです
テロやデモなど政治的なことも含め治安の心配はいりません。
なぜなら、国に体力がないから(ごめん2回目)
・・・などと勝手な理由をつけGO
一応タクシーで行きました。根性ないんかいっ!

Img_1700オーナーが世界的に有名なポルトガルギターの名手であることを、知っている人は知ってる(アタシは知らない)このお店。
名だたる方が訪ねているようです

Img_1702

若き日のRyuichi Sakamoto
ウッディ・アレンとか・・あと
顔は分かるが名前が出てこないお年頃でごめん3回目。

お店はアットホームで良い雰囲気です。
Img_1704
おたまちゃんは左の手前(いわなくてもわかる?写真は中央で写りたいタイプ)
で。このセーター。ちょっと覚えておいてね。この日のお昼に買いましたの。

そんなことよりファドです
Img_1710

中央の男性はギタリスト。女性(ファディスタ)は柱に背を凭れて歌います。
ええぞ~。このやさぐれ感。
2・3曲歌っては休憩が繰り返されます。登場するファディスタの力量もだんだんと上がってきます。このオネイサンのあとに腹話術の人形みたいな男性が登場し、次に出てきた女性ともなると聴かせる。聴かせる
ポルトガルには コインブラで学んで、ブラガで祈って、リスボンで遊ぶ。という言葉があるそうです。遊ぶぞ~。
とは言え、旅人の悲しい宿命。明日は明日で色んな所へ行く予定があるのです。
もう帰らなきゃ!午前零時のシンデレラは

Img_1717お店を出たところをパチリ。

お値段ですが。
料理によって変わる。
コースで頼むと70€。それにワインを頼むので1万円以上になります。
我々は、ここが友人旅行の良さなのですが、お料理を単品でとって、ワインもシェアしてチップもタクシー代も含めて@40€(≒5400円)でした。
結構、お腹いっぱい。大満足です。

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リスボンはまだまだ。宵の口。
路面電車は夜中の1時2時まで走っているそうですよ。


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2017年11月22日 (水)

ポルトガル⑭ファドの夜



一年前
「次はポルトガル!」と手を挙げたのはアタシとシマちゃんでした。
目的は「ファド」
本場で本場のファドを生で聴きたい。
(とはいえ、その時はアマリア・ドロリゲスの「暗いはしけ」一曲しか知らなかった)

で。来ちゃいましたよ。リスボンに。
三日滞在で二晩、ファドを演奏している店へ行きました。

一夜目はとても綺麗なお店で(たぶん旅行者向けかな)食事も美味しくファディスタ(歌手)も垢抜けしている。彼女の歌唱はすばらしかったけど、もっと大衆的な店で聞きたいよねと二夜目は下町へ繰り出しました。

最初のお店の紹介です。

Img_1598⇐店内。
食事は全てberry good
固めのポルトガルのパンは癖になりそう。
「質実剛健」^^なこのデザート、よく出て来ました。
タップリ。

Img_1604Img_1609Img_1612


ファドは三人で演奏されます。
歌手と二本のギター(丸い形のすすり泣く音色・ポルトガルギターと、こちらではヴィオラと呼ばれるスチール弦のクラシックギター)です。女性歌手はショールを肩に掛けます。

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15分ほど歌うと20分休憩(食事タイム)が繰り返されます。
この日、もう一人のファディスタがのどの調子が悪いとかで彼女一人で頑張ってくれました。後ろにはアマリア・ドロリゲスの写真が・・

うちのメンバーがリクエストをしました。
日本では「難船」と訳されていますがそれではわからず「漁に出て帰らぬ人を思う歌だ」と口遊むと判ってもらえました。NAUFRAGIOという歌だそうです。
難しい歌なのでしばらく歌っていない。といって裏で盛んに練習してから歌ってくれました。

部屋中に響き渡る声量で心に沁みる歌声でした。

ファド。なぜか人を懐かしい気分にさせるファド。
切なく強く心に沁みるこの民族歌謡は
ポルトガルの「サウダージ(Saudade)」と切り離すことができません。
サウダージは普通「郷愁」と訳されますが、
あたしよくわからないので聞いたんです。現地の方に。
それは、イスラムからの国土奪還の歴史の宿命なのか
未知の世界へ漕ぎだした船乗りの故郷を思う気持ちなのか
移民政策でブラジルへ渡った人たちの運命の歌なのか
とりあえず井沢八郎の「ああ。上野駅」みたいな気分なのか。
三橋美智也の「りんご村から」でいいのか。

どうも、それは一週間や10日前にやって来た日本人に説明するのは難しいらしい。
ポルトガルが持っていた使命感と勇気。
キリストの教えを広めたい(それがたとえ免罪符売りに堕落した教会の思惑でも)
其の一点で七つの海にこぎ出した水夫さん達。
そりゃあ二度と故郷へ帰ってこられない・・という覚悟ですわね。
だって大西洋の向こうなんて誰も行ったことないんでっせ。
(そうそう。バスコ・ダ・ガマの生誕500年祭が数年前に盛大に行われたそうです)
500年もむかし。偉大なる発見の時代ですわ。
彼らのお蔭で世界中の人達がお互いの存在を知ることになるのです。
命知らずの海の男たち・・・「サウダージ(Saudade)」の原点かもね・・という個人的な意見でした。

ファドが日本の人に知られるようになったのは1970年大阪万博へアマリア・ドロリゲスが初来日したことが大きいそうです。
リスボンの波止場でオレンジを売っていた女の子は
聖アントニオ祭(イワシ祭)で優勝し、1954年に「暗いはしけ」で世界デビューを果たします。
心にストレートに響く哀愁の歌声でファドの女王と呼ばれ
彼女の死去に際しては学校や官公庁が3日間休み喪に服したそうです。

Img_1709
ファドを演奏するお店には彼女のコーナーがあります。

マリア・リシュボア(リスボン)は我が町賛歌みたいな歌です。
私たちも大きな声でリシュボア!リシュボア!って歌いました。

この日は一日、現地ガイドさん(ポルトガル人)についてもらっていたのですが
何年もツアーガイドやってるけどビックリした。こんな楽しいグループ初めてです。だって。
あたし達、よほどうれしそうだったのね。リシュボア!

二夜目の店のお話は明日(パハップス)


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2017年11月21日 (火)

ポルトガル⑬高いところに登るのが好きなんだけど



旅の初日にポルトで絵葉書を買いました。
その夜、お友達に前日の、フランクフルトでの悲しい出来事を書きました。
「こんな事で旅が続けられるかしら・・」と書きました。

今どき(たまたまなのか)ホテルに切手を置いていないのね。
フロントで聞くと一キロ先のショッピングモールで買え!と言われました。
そんな事で悲しい葉書を持って旅を続けることに。
なかなか郵便局がみつけられません。あっても日曜日だったり・・。

Img_1480やっと。めっけ!
「谷間の真珠」」この街で見つけたよ。

Img_1478張り切って、おばさんに
To じゃぱん&パラグアイと言いました。
オバサン呆れて、「同じ値段だよ」と言いました。
切手0.85€(≒110円)
思えば、フランクフルトでトイレにこもって電車を一台遅らせたなんてことは屁でもない悲しみで、あとの99.8%は楽しかったのに、なんでそんなことを書いたのか。でも、もう絵葉書買っていないから、まあいいや!と思い「インターナショナル」と書いてあるポストに投函しました。関係者の二名様。ご心配おかけしました。


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朝食を済ませて
さあ。街歩きです。とってもいいお天気
Img_1449小さな出入り口。
城壁の中と外を出入りできます。

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可愛い土産物屋さん。
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Img_1457よかちゃんに右から4ッつ目のカーディガン。
ハンドメイドだって。

サイズを探してくれたお店の人と恒例の記念ショット
オブリガーダ

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城壁を歩いてみようと思いました。
たにもっちゃんが「やめとき~。お転婆やなあ」といいました。
転がるババア 上等だよ!
Img_1460
上へ行ってみると意外な高さ!
そりゃそうだ。城壁だもん。
通路の幅は50㎝ほど

たまたま反対から人が来たので
きっと、あたしはこの人を突き落としてしまう。と思ったので。
「今日はこれくらいにしとくわ」と降りてきました。

Img_1459勇気ある。父子獅子。







Img_1486 Img_1489
ジンジャをいたるところで飲ませてくれます。
チョコ(ホワイトチョコもある)のカップへさくらんぼのリキュールを注いで一口で飲みます。一個1€

Img_1481
CDショップをのぞいたり

Img_1484名物イワシの絵のトレー
30秒迷って買わなかった。

Img_1474
素晴らしい声のミュージシャンに拍手を送ったりして

そろそろ、最後の街リスボンに向けて出発です。


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2017年11月20日 (月)

ポルトガル⑫プレゼントは愛の証しだ



昨年の旅行は風邪をひいて咳で咳で、チュラかった。
その前は帰り(で良かったわ)の飛行機で発熱。帰宅後寝込む。
その前は水あたりで大騒ぎ・・・

そんなこんなで、ちょっとナーバスになっていたワタクシ。
人はアタシの事をええかげんな奴っちゃ。大雑把だというけど人並みにデリケートな神経をもっていますのよ。

Img_1422オビドスのディナーで、ついに出ました!イワシちゃん。
with ポテトが感激のおいしさ。
これが良いんですって
何に?って

特に旅先で心が弱ってる時に

そのわけをお教えしませう。
(それにしてもアチラの盛り付けって頭の左右なんて気にしてないのね。)

ほら。焼き魚って日本人には親しい食べ物でしょう。
イワシなんて、お馴染み中のおなじみ。これが良いんです。
海外などで普段食べなれない食事が続くとき「自分の知ってる味」に出会うことは「情緒の安定」に抜群の効果をもたらすそうです。
人間の脳って不思議ですね。
だから留学でホームシックにかかっているお坊ちゃんにせっせと、日本の食べ物を送ってあげてください。どんなお薬よりも効きますよ。

な~んかホッとするわね。お食事も街も・・
と言いながら夜の石畳を歩いてホテルに戻ります。

この街がこんなに可愛いのにはわけがあります。
12世紀初めの事です。王様がハネムーンを過ごしたこの街が気に入り、お妃さまにプレゼントしたのです。何を?って。「街」をですがな!
王様って凄いのね。あたしなんかひっちゃん(夫)に初めて貰ったプレゼントは「蚊取り線香」だったわ。比べるのが間違ってますがね。


お部屋の話でしたね。

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バスルームが可愛いタイル。アズレージョ。
そして・・・

Img_1401洗面台に本。

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デスクの小窓に

本。

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Img_1411ベッドサイドにもちろん
本。

置いてもらっても読めません。

そう言えば大概キョロキョロしたけれど日本語の本は一冊もなかったわ。

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ミステリー嫌いじゃないけど・・・

Img_1410修道女さん達はこの灯りで静かに本を読んだのね。

ミステリーなんか読まないわよ
しかもこのランプ最近のやし・・

Img_1404
この鏡の縁取りも陶器(タイル?)なんですよ。

Img_1438
朝食風景。そそ。お向かいのキッチンでパンを焼いてきた。
モデルはメンバー。

彼女、厚着です。朝はこれくらいでいいの。
そして一枚・二枚・三枚・・と脱いでゆく


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2017年11月19日 (日)

ポルトガル⑪元は女子修道院のホテル



オビドスは中世の面影を残す小さな街です。
その美しさは「谷間の真珠」と呼ばれます。
うまいこといいますね。「リマの女王」に「谷間の真珠」って。
1・2時間で観光出来てしまいそうなところです。実際そんなツアーが多いようですが、オビドス泊まりをしてみると、その良さが格段に味わえます。
街を囲む城壁のところどころにある入り口を出たり入ったり。
レコンキスタで奪い取ったカトリックの街ですがイスラム時代の面影もたっぷり
夜の石畳はロマンティックで幻想的です。

Img_1424


こういう街が大好き!と言ったら息子たちは「ドラクエのやり過ぎや!」といいます。
はい。あの人達が学校に行っている間にどんだけやったか
仕舞にはゲーム機を隠されましたがこっちは大人やもん。すぐに見つけてまたやりました。
あ。それは置いといて・・・


我々の大型専用車は町には入れません。
街の入り口から本日のホテルまで徒歩。可愛いものがいっぱいです。
Img_1375
チーズのワゴンがちょこっと出てたり
Img_1431

Img_1381ホテルです。(☆4個)
ポサーダです
ポサーダ・・もう忘れはったん?悲しいわ。もう一度いう。耳の穴をカッポジッてくださいね。
貴族の館や修道院や教会をホテルに改修したところです。
ここは元々女子修道会だったそうです。
入り口にbook and cook とあります。
中に入ってビックリ本だらけの本まみれの本尽くし。

Img_1382
フロントというか入り口で

Img_1383_2
部屋のカギをもらい。

Img_1441
明日の朝はこちらで朝食を・・
何やら本がいっぱいです。

お向かいがキッチンになっていますので
Img_1391

Img_1393
ご自由に

Img_1392
お使いくださいね。

って。これどうやって使いますの?
(無視かいっ!)

Img_1442_2
お部屋へご案内しませう。階段の壁も本

Img_1395_2
元。礼拝堂かしらね。

Img_1433

本に飽きたら気分転換。
チェスでも如何?

はい。お部屋につきました

ガチャリ 

長くなったので続きは明日(パハップス)


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2017年11月18日 (土)

ポルトガル⑩世界遺産で学ぶ学生



大阪でるとき12℃でしてん。
大西洋沿いは風がきついし、ソフトダウンくらいは持っていこか。セーターも入れとこか。
荷物になるから着ていこか。と着ぶくれておったのでございます。
Img_1319
ほらね。
他所のお国の観光客も脱ぎ始めた。

Img_1329図書館の入場を待つ人も日影を求めて。

(大学そのものが「世界文化遺産」でして、中でも図書館は目玉。
入場制限がありました。)

Img_1353
真夏やがな!
Img_1350_2
TYO(天気読めないおたま)
これでも仲間うちでは「薄着」だぜ。

ポルトガルはざっくり言うと縦長の長方形。
左辺が大西洋です。
左上から出発して今(コインブラ)真ん中あたりにいます。
もっと下(南)のリスボンでは市民はほぼ半裸でした。
(ごめんなさい。盛りました)
でも、そんな感じだったですよ。

Img_1338
実際に貸出カードが挟んであるのに(@_@)ビックリ。

Img_1346
実際に講義が行われているのに(@_@)ビックリ。

当たり前と言えば当たり前だけど世界遺産で学べるって凄い。
図書館の蔵書は、ほとんどオリジナル。複製作業に励んでいるけれど、兎に角膨大な量なので・・ということでした。

Img_1347Img_1344Img_1327


美しいアズレージョの数々。タイル好きにはたまらない。
って。いつからタイル好きになったの?
ここに来てからだけどね。でへっ。

Img_1325もう一つの見どころ
礼拝堂へ行き、お祈りタイム

Img_1326_2
Img_1358
お父さん。暑い?暑いよね・・・ガンバレ。
この、ラテン回廊のある建物は学位の授与をしたりするところ。元は宮廷の一部だったそうです。
Img_1359裏側。ここから見ると宮廷の面影がありますね。

市内散策を楽しんだ後
今夜のホテル、オビドスの街へ向けて出発
オビドス、楽しみにしていたところなんです。


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2017年11月17日 (金)

ポルトガル⑨学びの街コインブラ



ちっちゃな海外(四国)旅行から戻りました。
素敵な舞台を観られたし、温かいお宿に泊まれたし、懐かしい人達にも会えたし、うまいことスマホが使えたし・・良い旅でした。
持ち切れない位、お土産を持たされました
思い出しても泣けるわ。最近涙もろいワタクシ・・(ウソ)

さて。ポルトガルの続きを書いておこう~っと。

今更だけど、私たちのグループは本来は遺跡探検隊のはずなのです。もう、すっかり忘れちゃっています。ヴィアナ・ド・カステロの海と街を一望するポサーダ(貴族の館ホテル)近辺にも遺跡はありました。
ポルトガルもヤル気がないのでしょう。おおらかな放置プレイ
遺跡に目をつむり・・

さ。次、行ってみよ~~~
目指すはポルトガル第3の都市コインブラです。
Img_1299昼食のレストラン
⇐あ・あれは何だ?

Img_1300_2近づいてみませう。
何かぶら下がっています。

Img_1306
素敵な店内の天井にも・・

Img_1305

これは、コインブラ大学の学生の象徴である、「マント」です。
うん。ハリーポッターっぽい。
カッコイイですね
マントの裾に切れ目が沢山はいっています。
彼女が「切る」習わしだとか。

Img_1309
鴨ご飯をサービスしてもらいながら教えていただく。

Img_1303左上はパンケース
ちょっと!奥様!
これ、お家でも作れますわよ。
参考にしよ~っと。

コインブラにはヨーロッパで最も古い大学の一つと言われるコインブラ大学があります。
初日に到着したポルトは商業の街でしたがここは学生の街。
ポルトガルに私学が出来たのが1974年のことです。それまでは13校の国立大学しかなく、と、いう事は、日本のように大学間にレベルの格差がなく、ここで学ぶ人は精鋭のみという事を意味します。
大学に行くと
Img_1313
学生さんがアルバイトでボールペンを売っていました。

Img_1311
若者の居る場所っていいですよね。

Img_1312今から校内の見学をします。
げ。半袖の人がいる。ノースリーブの人がいる。

確かにウチラ、南下してきたけど、なんか変?
ヒートテックの重ね着って。


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2017年11月13日 (月)

ポルトガル⑧何を食べても美味しいねん



ヴィアナ・ド・カステロのレストランで美味しいランチをいただきました。
Img_1265こじんまりとした素敵なお店です。
写真の手前。明るい半円形のコーナーに案内してもらいました。
Img_1266
ひゃっ!
こんな器、100均で売ってるやん!
こういう風にアレンジしたらええねんな。
帰ったらやろう!
と。絶対に食卓に花を置きそうもない誰かさんがのたまふ。

Img_1267干しダラのコロッケ
(干しダラはポルトガル名物です。後日行ったスーパーでは材木のように売られていました)
ズッキーニ添え
こんな美味しいズッキーニ初めて!

Img_1269野菜と豆のスープ
このスープよく出ました。縮れキャベツ(と勝手に命名)がたっぷり入っています。
味付けのクオリティ高いっす。

Img_1271_2メインはローストチキンwithポテトを大皿で。
お店の方はとりあえず個々の体格をみてお給仕(ハハハ)
ジャガイモがどこのレストランに行っても美味しいんです。
何なんだ?という美味しさ。

Img_1272最後にフルーツのサラダが出ました。
生フルーツ!おいちい。

ワインは「赤」をみんなでシェア。
あまりに美味しいので買って帰ろう!とφ(..)メモメモしたけど、結局その内忘れる・・そんなことだろうよ

ポルトでバカリャウ・ア・ブラス(干しだらの卵とじ)
カルディラーダ(魚介スープ)・・と押さえておいたぞ。
あとはイワシだな


Img_1279ホテルの部屋から夕陽が見えました。
リマの女王と言われる美しい街と海が絶景のハーモニー。
大人気のこのホテルしかも全員、三階(三階建て)の部屋がよく取れたね。とその筋の人に言われました。

おしゃべりをしてお腹が空きました。
さあ。ホテルのレストランでディナーです。

Img_1288 Img_1290

トロピカルサラダにヨーグルトソースがかかっています。
このソースが旨し!コレが☆4・5のお味かぁ。洗練されています。
メインはオクトパスのグリル。盛り付けは無骨だけどお味は繊細。
Img_1287

デザートテーブル
好きなものを自分でチョイスします。
あれもこれも食べたいよ。
胃袋が四つ欲しい。
真綿嬢だったら発狂して喜ぶだろうな。
でも、連れて来てやんない。
自分の力でやって来るんだ。
(話が横道)





Img_1286
静かな夜のロビールーム

Img_1284貴族の館で
いい夢みて・・

明日はコインブラという街へ移動です。


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明日から2~3日海外旅行(四国)に出かけます。
ポルトガル記。お休みします。(律儀なおたまより)

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2017年11月12日 (日)

ポルトガル⑦憧れのポサーダ泊まり



きっとあなた様も大いに関心がおありでせう
(あんただけだよ!おたまさん)
男前・28歳・独身・マウロ氏の結婚問題に触れておきます。

恋人がいますが彼女はリスボンに住んでいます。
マウロは仕事の都合で、ここポルト在住。
東京と大阪の遠距離恋愛みたいなもんやね。でも新幹線はないからもっと距離感あるわね。
ポルトガルは徴兵制がなくなったので、時期の問題はクリア
彼女は子どもが欲しいと言っているが、マウロはお金を貯めてから結婚したいと思っています。彼はマディラ島の出身。ご両親は典型的な田舎の保守的な考えやから、親の為にもキチンと結婚式を教会で挙げたい。(と半分は本音)
我々の鋭い突込みに「カトリックはなかなか別れられないので簡単に結婚しない」という一般論(一般論です)が返ってきました。
青年の心は揺れるのね。楽しいわね。
結婚なんて「ハズミ」でいいのにね。


(ヴィアナ・ド・カストロ)
マウロとお別れして次に目指すはヴィアナ・ド・カステロという街です。
ポルトにはドウロ川という大きな川が流れていましたが、この町にも大きなリマ川が大西洋にそそいでいます。美しいこの街を「リマの女王」と呼ぶそうです。

ここでの最大の楽しみは宿泊するホテルです。
ポサーダとはお城や貴族の館や修道院などをホテルに改修したものでポサーダ泊まりはポルトガル旅行の魅力の一つになっています。

Img_1203
モンテ・デ・サンタ・ルジアにたたずむ教会
Img_1207建物自体は新しいのでなんとなく内部もモダン。
ここでお祈りタイム

Img_1210
我々のバスです。これに9人乗り放題。
遠くに海と街がみえます。
今日のお宿はこの教会の真上。丘のてっぺんにあります。

ホテルに到着。庭から↑の教会の裏側が見えました。

Img_1217
う~~ん。バックシャン美しいシルエット
ホテルは元は貴族の館。☆4.5です
Img_1218_2
テラスもロビーも素敵

Img_1216

思いっきり早いチェックインにも対応してもらえて、早速市内観光へ。
ケーブルカーで丘を下ります。

Img_1232_2チケットが陽に透けてよく見えない。
往復3€(400円)
消費税23%と書いてある(但し内税)

Img_1235
小さな待合室にも可愛いアズレージョが。


のんびりした街。大きい川があるとゆったりした気分になりますね。
レプリカ広場を中心に街歩きにはちょうど良いサイズ。

Img_1249
建物の壁もアズレージョ
Img_1251
ミデリコルディア教会でお祈り。聖歌も聞けました。
教会内部もアズレージョが。

Img_1255お天気もいいし
のんびりとした時間

Img_125750肩も治り、女優ポーズ
(どこがや!)

Img_1260
川を見に行きました。

淀川と大和川しか知らないあたしには感動的な大きさ。

Img_1261
見ず知らずの人に手を振って。

さあ。ランチレストランへ参りましょう
(ランチがすごく美味しかったのでこの日のホテルのディナーと合わせてご紹介します。パハップス)


ショッピングモールをのぞいたり、駅前の華麗な銅像と踊ったりしながらホテルへ戻りました。
あちこち、欲張って名所観光をするのもいいけど、こんなゆ~るいスケジュールもエエなあ。と思ふオ・ト・シ・ゴ・ロ。
午後はホテルの部屋で同衾者とおしゃべり三昧。
ええハナシ聞かせてもろたわ・・とお互いさまに・・
これだったら町でワイン買って来たら良かったにゃ。
何しろ水ほどの値段1.5€(200円)くらいから売っています。そこそこ美味しいらしい。


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2017年11月11日 (土)

ポルトガル⑥その手を離して・・



旅行前から日本でも報道されていたポルトガルの山火事
現地でも連日テレビで流れていました。人家まで火が迫っています。焼け出された方が本当にお気の毒でした。
なかなか鎮火がむつかしいのです。

Img_1132
この景色が信じられない位続きます。
なぜ山火事が多いのかを教えてもらいました。

オーストラリアと同様にポルトガルでも紙パルプの材料となるユーカリが多く植えられています。
ユーカリは成長が早い⇒よく水を吸い上げる⇒土地が乾燥する⇒自然発火
Img_1624
このため、森には火を止める下草として爪切り草が植えられるそうです。

Img_1173
長いクルーズ終了。やっと下船です。
ここはピニャオン駅。アズレージョが可愛い
我々がチケットをGETできなかった蒸気機関車が悲鳴のような声を上げて入ってきましたよ。

見渡す限りのワイン畑葡萄畑(ドウロ川上流は世界遺産)を見ながら、ワイナリー見学に行きました。
Img_1181 Img_1196

やる気のない楽隊とワンコに出迎えられ・・

Img_1182
されど日は又沈む・・ワイナリーからの景色。ス・テ・キ

夕陽にみとれているわけにはいかない
Img_1183 Img_1188
Img_1187 Img_1185

試飲だ。試飲だ。
日没は近いよ~~~

実はこれが本日の我々の夜ご飯
だってここからホテルに戻るのにバスでけっこうかかるし。

Img_1189
試飲テーブルに行きたいのにおじさんがアタシの手を握って離さない。
他メンバーは素敵なワイン蔵の中で有意義な説明を受けている間、あたしはおじさんの相手と試飲でタイムアウト。


食べてばかりで動いていないのに結構疲れたクルーズ
これでポルト最終日が終わりました。

ワイン樽を積んだ木製ボート。
カラフルな建物。
ゆったりとした人たちの笑顔。
旅人をゆっくりと穏やかな気持ちにさせる街オ・ポルト
大変、よろしうございました。


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2017年11月10日 (金)

ポルトガル⑤50分でええやんクルーズを6時間乗る



ポルトガルの人口は1000万人。面積は日本の四分の一。
12世紀半ばには世界最古の国家として確立しスペインとの国境線は「世界最古の国境線」と言われます。
日本との関係は1543年鉄砲伝来。1549年フランシスコザビエルの来日とこれまた中学校で習いました。
日本に初めてヨーロッパをもたらした国、ポルトガル
大航海時代の成金王国はブラジルから東の日本までを(そう言うてはりますねん)支配した。
・・・なのに・・

ゴールドラッシュのブラジルに数多の移民を送り込むもブラジルが独立。
帝国主義の向かった先はアフリカだったが第二次世界大戦後植民地解放を迫られボロボロに。
(この後の政治の話。カーネーション革命やら、地味キャラ哲学者。カバコシルバの登場など興味は尽きません)
海外領土を失くし、出稼ぎの送金に頼り、所得がECの半分となった国家は、社会主義の理想を手放しECに入るしか道はなかったといえます。1986年EC加盟。
2006年ごろにチェコとスロバキアが入るまでは最もECの恩恵を受けた国だと言えるでしょう。
競争・成功・成長する国に変わり始めたポルトガルは今基礎体力をつけているところです。
(なんちゃって。付け焼刃でした)

今回は9人での旅です。みんな毎年、歳とってます。
(平均年齢を下げていたHちゃんは大学受験のため不参加)
腰が痛いやら、ひざが痛いやら・・・ウルチャイ!
なので昨日のポルト市内でも、普通のツアーなら半日で回るところを一日かけますねん。
さらに、本日は6時間クルーズです。6時間!要らんやろ!
ポルトの街を流れるドェロ川を上流に向かってドンブラコ
長かった。はっきり言って。

昨日の最後の写真で樽ボートが見えていた辺り。Img_1100
ここで船に乗ります
川霧が幻想的な風景を生み出す。
遠くに見えるのはポルトガル軍の建物。
あれは・・そう。旅仲間のMr、H

Img_1103いつも同衾のたにもっちゃんとおたまちゃん。
後ろの船に乗船します。





乗船客の8割がポルトガル人・ジモティの国内観光。後の2割がヨーロッパの物好きな観光客。アジア系はうちらJapaneseだけみたい。しかも全員中高年でい!


ホテルで朝ご飯をたらふく食べてきたのに
Img_1104Img_1149Img_1119
朝食が出ました
ワインサービスがありました
ランチが出ました。意識朦朧で写真忘れた。美味しかった。

やることないので、食べて飲んでおしゃべり。
同じテーブルのオランダ人夫妻。日本びいきは社交辞令かと思っていたら
実際に奥様は巻きずしを巻き、旦那様はお刺身を造られるとか
(日本人でも自分で作らないゾとは言えなかった)
この方たちが最近日本で一番ショックだったことは
「若い女性の過労死」
「いったい何があったのですか?信じられない!」と。

確か世界経済フォーラムの男女格差ランキングでは日本は114位。
女性が仕事を続ける大変さはどの分野でも世界水準から遙かに後れを取っているわけだけど、過労死は女性だけじゃないんだ日本は。
「若い女性までもが・・」ということでこの夫妻は驚かれたのだろうか。
こういう時、ちゃんと語学ができたらいいのにね。オランダ語はムリでもね。
悲しい・・・

やることないので甲板に上がる
Img_1133
←景色を見たり

Img_1112
水門を見たり→

Img_1137

←橋を見たり

Img_1170

→水門を通過する時、上からの水に慌てふためく前の船の人を大笑いしたり。
3分後に同じ目に遭ったり・・

Img_1162
←また、橋を見たり

Img_1140

船上・・飽きた
と思った頃、華やかなバンドネオン演奏が聞こえてきました。
この方たち船で雇われた人ではなく、たまたまだと思う。
Img_1142
ダンス人が自然発生
アタシはこの水色おばさんに「マダ~ム」と誘われ三人の輪を作る、なかなか息の合ったオリジナルダンス。
ハグしてお別れして・・

Img_1148

ダンスはまだまだ続く・・
ちょっとこの船。載せ過ぎやわ。

喋り疲れて甲板に出てきた仲間に「おたまちゃん。どこでも馴染むな~」と言われる。
そうかい?


本当はレグアと言うところで下船してピニャオンまで蒸気機関車でいくはずだったのです。
ところがところが、皆の思いは同じなのね。
大人気のこの乗車チケットが取れなかったのです。
で。このままピャニオンまでクルーズは続く・・

でも、よく考えたら船から見る蒸気機関車の方が楽しかったかも←負け惜しみ。


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2017年11月 9日 (木)

ポルトガル④言うたもん勝ち世界二位



昨日紹介したボルサ宮ですが「紋章の間」と言うところで徳川家の葵の御紋が見つかっています。助さんor格さんが「頭が高い!」と見せびらかすアレです。
やっぱり、日本国とポルトガルって行き来があったのね。
今、学校では「鎖国」とは教えないそうです。おたまが勉強ちうの朝鮮通信使(11月にユネスコ遺産に登録申請されました)を考えても、日本は決して鎖国をしていなかった。
ユーラシアの西端の国と東の果ての国はお付き合いがあったのです。

Img_1084
レロ・エ・イルマオン書店
昨日、世界一って書いたけど、今φ(..)メモメモを見たらマウロ君は美しい書店2位っていっていました。(ポルトガル語なまりの英語で)
2位のほうが信ぴょう性があります

建設は1869年。元々はフツーの本屋さんだったのですが。
たまたま、ハリーポッター(アタシはUSJしか知らないけど)のプロデューサーの一人がポルトに住んでいた方で、ローリーンさんって言うんだけど、この書店のイメージが映画に使われたというわけです。
それからというもの、てんやわんやの大騒ぎ
数日後にコインブラという街へ行くのですがそこの学生のマントもハリーポッターっぽいんですよ(知らんけど←関西Ladyの口癖)

Img_1076 Img_1073

Img_1087 Img_1074
↑階段の裏側.。二階の奥がお土産コーナーに)
Img_1075 Img_1089
↑天井も階段もすごいでしょ!

今年のお誕生日に明星氏がカメラを送ってきたんです。
「これであちこち出掛けて、綺麗な物いっぱい撮りや」
って言ってね。

ありがとね。明星君
アタシね
重たい・・とか、もう思い出なんかいらん・・とか
そんな罰当たりな考えが頭をよぎったことを次の教会で懺悔しようとおもいます。

Img_1030
あの橋!渡ってみたい・・と思って

Img_1060
やってきたら・・
(エッフェルのお弟子さんの設計・ドン・ルイス一世橋

Img_1043
素敵な景色!左下はワインの醸造所。ワインの樽を載せた木船がドウロ川に並びます。

Img_1058橋の上にはメトロも通る

Img_1054陽気なお兄さんも通る

この方。
ただの「通りすがり」なのよ
オブリガーダ!

私たちが立っている真下は自動車と人が通れます。


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2017年11月 8日 (水)

ポルトガル③世界一美しい本屋さん



ホテルで十分に睡眠をとり、美味しい朝食を済ませていざ!出発です。

(ポルト市内)
先ずは駅を見学。構内のアズレージョ(タイル)が素晴らしいのです。
Img_0988

Img_0990_2 Img_1001_2
サン・ペント駅
旅の先々でこの美しい装飾タイルを見ました。

Img_1002小雨模様
フランシスコ教会でお祈りをして、ポルト観光の目玉。ボルサ宮へ向かいます。
イスラム教VSキリスト教の戦い。中学校で習いましたね。
レコンキスタ
覚えていない?そらあきませんね。
1492年、キリスト教徒はアルハンブラを奪回し長いことかかったイベリア半島征服にピリオドを打ちます。
色々な文化や様式が入り混じって旅人おたまの脳内はカオスなのであります。
Img_1010Img_1011
ボルサ宮の内部
アタシの趣味でマウロ君を画面の隅に取り込む
勿論ツーショットはあるが、こっそり楽しむことにする。
YOUは何しにポルトガルへ?

Img_1022
圧巻のアラブの間
Img_1019⇐ ⇐
見てちょんまげ!象嵌の床!
Img_1020
言語により見学が振り分けられているようです。
勿論日本語案内はありましぇん。

Img_1064やっと「入場料を取る本屋さん」へ来ました。

マウロ君が「おお。ミラクル!」と叫びます。
いつもは物凄い行列らしいのです。
我々は並ぶ事無くスッと入場(?)店

Img_1867 Img_1868
チケット4€(540円)
写真の人はフェルナンド・フッソーワという、日本で言うたら夏目漱石みたいな超有名な作家だそうです。
書くことは難解
日本人で有名なのはやはりハルキ・ムラカミだって言ってました。

私、紀伊國屋さんの入り口でお金取られたら大暴れするよ。
ここも普通の本屋さんだったのにあることで有名になり、入場料を取り始め、1€から始まり、3€になった時、二階にお土産品を置きだし、今4€ですねん。
そして、このふつーの本屋さんに全世界から人がやって来るのです。

そのわけと、内部は明日ね(パハップス)


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2017年11月 7日 (火)

ポルトガル②ポートワインは甘かった



(フランクフルトの続きです)
公共の乗り物のシステムね。凄く合理的。
オーストリアのトラムでも経験しましたが、乗車券は券売機あるいは煙草屋さんで買うんだけどあとは、改札が無いんです。
やってきた乗り物にパッと乗って好きなところでパッと降りる。
日本の鉄道業。自動改札機で鼻を鳴らしてたらアカンよ。
まず、自動改札機の設備・メンテナンスにお金かからない。駅員さん要らない。
そんなんじゃ、薩摩守(忠度タダノリ公)が殖えるでしょ?って
やだ!心の汚れた考えですこと。
時々「検札」が入ってチケットを持っていなければ大目玉(スゴイ罰則金)だそうですよ

予定通りポルト空港へ到着。
男前のガイド・マウロ(28歳独身)が迎えに来てくれていました。
今日から三日間ポルト観光に同行してくれます。
ほんと、男前で嬉しいっす
明日の(といってもほとんど今日)天気は雨。気温15~17℃の予報です。
大阪でるとき12℃やったんです。まあそんなところでしょと予想通りだったのはこの日だけ、あと我々は一枚二枚三枚とヒートテックを脱いでゆくのでございます。

Img_0986いままでヨーロッパで目にしたポストは黄色でした。
郵便屋が来たよ~と知らせる角笛の絵やマークが描かれていました。
ポルトガルと(たぶん)イギリスは赤
(日本の)郵便ポストはなぜ赤い?
それは、ポルトガルに郵政事業を学んだからなのですって。

Img_1035 Img_1036
↑ここのランチで出してもらった「パン・デ・ロー」
ちょっと、奥様!これがカステラの元祖でございますわよ。

ポルトガルに大航海時代が無かったら、ウチラ、カステラの味を知らずに一生を終えるところやったわ。


ポルトはポルトガル二番目の都市で商工業の街です。
ゆうても、あたしはポルトガルはリスボンしか知らなかったわけやから、ジョゼ(って誰や!)に「え~~。大阪しらんの?嘘やん。覚えといてな!」なんて言ったことを反省しています。

ポルトガルの事でアタシが知っているのは
サッカー選手のロナウドの顔と名前
マラソンの金メダリスト。ロサ・モタ選手
フランシスコ・ザビエルがここから来はった。
天正少年遣欧使節団(戦国鍋テレビネタ)
ポルトワインと赤玉ポートワインがもめた。
ボタン・キャラメル・てんぷら・パン・かるた・コロッケ・・・

・・・・・なんて、しょぼい知識なんだ・・・

でも、徳島のモラエスさんのことは知っていた(ちょっと自慢)
日本を初めてポルトガルに紹介した(現地新聞に日本レポートを発信した)方です。
なぜ小泉八雲の方が有名になったかは、英語とポルトガル語の差だったかもしれないと、今回初めて知りました。

で。ポルトですがね。
ポルトとは「港」と言う意味。ローマ帝国時代に「カレの港」ポルトスカレと呼ばれ
ポルトガルの語源になったそうですよ(ちょっとした聞きかじり)
雨が多く日照時間が少ない。これがワインの産地の絶対条件。
北スペインに接するこのミーニョ(ミニヨン)地方が、ヨーロッパの庭園といわれる、もっともポルトガルらしいのどかで美しい景色が見られるそうです。

Img_1095
早朝の港。ワインの樽を載せた木船が並んでいます
岸の反対側はワインの醸造所がびっしり建ち並んでいます。

ポルトガルの西北。大西洋に面したこの町から旅がスタートしました。
ここから最終地リスボンへ向けて大西洋沿いを南下していくんだお~


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2017年11月 6日 (月)

ポルトガル①まずはスリの洗礼



関空はもはや、ビジネス空港ではなく主にアジアからのお客様を迎える便のみがフル稼働する観光空港になっています。

JALはヨーロパへの長距離路線からとうに撤退していて(JALがです!)今回のポルトガル行きはルフトハンザドイツ航空でフランクフルト経由で参りました。
ええなLH(ルフトハンザ航空)
CAさんは質実剛健。機内の白ワインが旨いよ~。
ロンドンもイタリアも直行便が無くなったいま、頑張っていただきたい。

関空からフランクフルトまで11時間50分(時差7時間)
フランクフルトからポルト空港まで2時間40分(時差1時間)
(サマータイム)
それでもって、フランクフルトで6時間程度の乗り継ぎ時間がありますねん。
このトランジットタイムを利用して空港外へ出ました。

Img_0963の中心へ行くには
列車のチケットを買わなくっちゃ。

券売機。ようわからん。
案内所で聞くと
親切な、どや顔のおじさんが
「貴方達にとって最も良い買い方を教えよう」と言って
五枚つづりのチケットを二冊くれた。
このチケットで列車も地下鉄も乗り放題。多分、一人500円もしなかったと思う(忘れた)
あ。今回の旅仲間は9名です
ささ。列車で五つ目。フランクフルトの中心レーマー広場へ行きました。
その前に

は~い!お待たせしました。ハプニングです。
待ってましたわよ。スリです。遭遇しちまいましたよ。
ヨーロッパ上陸早々です。

五つ目の駅で降りたら目の前に地上に上がるエレベーターがあったので我々は躊躇することなく乗りました。
先にヨーロッパ人のご夫妻が乗っておられ、我々が乗り込み、扉が閉まりかけたとき30代くらいのカップルが遠慮がちに乗ろうかどうしようかという風情でしたの。
うちら、Japaneseって親切ですやん?「どうぞどうぞ乗れますよ」ってなもんで奥に少し詰めました。しばらくすると、一番扉側にいたS子ちゃんが「よっこらしょ」と言ってショルダーを自分のお腹の前に持ってきました。
同時に扉が開き30代カップルは煙と消え。
S子ちゃんのショルダーのファスナーが開いていてお財布が5センチほどつまみ出された状態になっていました。

はい。未遂です。

良く、気が付いたね。さすが旅のベテランのS子ちゃんです。
まず。若くて元気そうな30代がムリクリにエレベーターに乗り込んできたのがおかしいと思った。との事。
女性は美人でキチンとした服装で男性もキチンとした身なり。
何処から見てもスリには見えません。ただ、やけにニコニコしていたのが不自然だったわね。

あたし、三つ編みの三人組ばかり注意してたけど人って見かけによらないと思いました。
(三つ編みには後日、本当に会った。という話はまたね)

Img_0979_2
Xmasマーケットのときは大賑わいだというレーマー広場

Img_0978何かお祝い事でもあったのかな。
広場を横切る人達。

美しい広場の午後をゆっくりと楽しみました。

Img_0981⇒帰りは地下鉄にも乗ってみました。自転車ごと乗車できるのね。ビックリ。

Img_0982

はあ。やっと搭乗だよ。時刻は21時10分
ではポルト空港を目指してキ~ン


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2017年11月 5日 (日)

アタマに虫湧いてます



は~い!1億3500万のJAPANの皆様おげんこ?
こんな小さな島の上によくもまあ、これだけの人が乗っかってるものだと思いますわね。
少子化を心配する意味がわからん。
産めよ殖やせよと、鉄砲玉の数が国の体力だと思っている人たちのいう事、皆は、ほんまに「そうだそうだ」っておもってるわけ?
なんてね。
旅行から帰って来て、な~んかニュース見てませんねん
日前投票してから旅行に行ったんですけどね、結果なんてハナからわかってますやん。
それでもBBCのトップニュースで取り上げられていたから向こうでテレビみましたよ。
安倍ちゃんが舌っ足らずで「感謝申し上げます」って言ってました。
英語やからようわからんけど、キャスターのお姉さんが「彼は自分の名前を冠したアベノミクスで景気を回復し北朝鮮のミサイル攻撃に的確な対処をした。」てなことを言ってました。
ちょっと、待ったり~な。
選挙前に株価が上がるのはいつもの事ですねんよこの国。
民主党政権の時、日経平均おっそろしく低かったでしょ?なんぼでもいらえますねん。経済なんて。(独り言です)
情勢の切迫を利用し国民の危機感をあおりたてた、その名も「国難突破」
正直者の副総理は「(選挙の勝利は)明らかに北朝鮮のおかげでもありましょうし・・」と言うたはります。馬鹿かカシコかどっちなんやろこのシト。
だから、あたしは妄想するわけ。
誰か裏から刈上げ坊やに頼んだんじゃね?
トランプさんだって露西亜に手を回したって噂だし。
もう、こうなったら小池さんだって最初っから安倍ちゃんと繋がっていたのかよって思う。
改憲ありきの大前提を前にしてね。(もう、完璧に虫湧いてます)
まあ、おたまの妄想の暴走は置いといても

自民有利の結果しか出ようがない日本の選挙制度。
有権者の半分しか選挙権を行使しない投票率の低さ。
そこらあたりも言うて欲しいよBBCさん。

ああ。こんなこと書くつもりや無かったのに書いてしもた。

こんにちわ

と、いうことで旅行の記録をボチボチ始めませう。

Img_1044
ポルトの街/ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイヤからの眺望


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