« かなかなかな | トップページ | 寒村の恋・「老いを照らす」瀬戸内寂聴より »

2017年8月12日 (土)

夏子さんの夏


baseballbaseball


母ほども年の離れたその人を
「なっちゃん」と親しく呼ばさせていただいた。

初めて会ったのはもう20年前、なっちゃんはすでに少し背が丸くなっていて、ちんまりした方だった。茶道と華道の先生をしておられた。
結社誌の誌上でしか知らない私にとても親しげに接してくださった。
大勢で神戸に遊びに行き神戸港から四国へ帰る一行を見送った。

なっちゃんの住むまちへはもう、何回行ったことだろう。
そのたびに私たちは仲良くなった。
「遠くに離れていても私たちはお友達です」と夫が亡くなった時貰った手紙に書いてあった。
なっちゃんのご主人が亡くなられた直後再会した時は、遠くから駆け寄って来られ抱き合って泣いたり笑ったりした。

そんななっちゃんが体を悪くして入院したと聞いた。
なっちゃんの近所に住む古くからの俳句仲間は都会に住む息子さんと交流がなく、「お見舞いにも行きようがないのよ」と言っておられた。
年末に、その息子さんから喪中欠礼の葉書が届いた。
家の処分が始まったことで初めてなっちゃんの死去を知った仲間たちも呆然としていた。

clover

なっちゃん。この秋ね、またそちらへ行きますよ。
俳句じゃなくて、歌舞伎。
○○座にお芝居が掛かるんだよ。
行ってもなっちゃんはもう居ないのね。
なっちゃんが作ってくれたラベンダーのブーケね
今でも箪笥の中でいい香りがしていますよ。
夏子だから、夏に強いのよ。と言っていたなっちゃん。
今年はとっても暑いですよ。

Dsc03417

女学生の時、教師に恋をした。
子を身ごもり、そのことを何もかも呑み込んでくれた人の元へ嫁いだ。

私の知る、おとなしくて恥ずかしがり屋のなっちゃんにそんな情熱的な人生ドラマがあったことは、なっちゃんの生前に他の人から聞いていた。
「おたまちゃんがね、泥んこの坂のところで手をつないでくれたのよ」
四国に帰るたびになっちゃんがいつも同じことを話す。と愛ちゃんが笑っていたっけ。
楽しい吟行の思い出だ。

なっちゃん。夏のなっちゃん。
今年はとっても暑いですよ。

会えるかどうかわからないけれど、兎に角、秋には会いに行きます。

      「思ひきり鳴らす月夜のタンバリン」 夏子


tulipサイドバーのバックナンバーをクリックすると全記事がご覧になれます。
baseball2009/9~2013/8 の記事はコチラです⇒http://nurebumi.cocolog-nifty.


|

« かなかなかな | トップページ | 寒村の恋・「老いを照らす」瀬戸内寂聴より »

家族・友だち」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« かなかなかな | トップページ | 寒村の恋・「老いを照らす」瀬戸内寂聴より »