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2017年6月

2017年6月29日 (木)

大人の遠足・夜version



ボーカルレッスンの夜の遠足にいってきました
オールディズを生演奏するお店です。

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お店の前にイベント情報。


楽しかったですよおおおお。

歳を忘れました
人にウソをついてるから本当に忘れたの・・
一体、何歳なのか自分でもわからなくなっています。
相当に危険な状態です。

お店は1階がステージと踊るフロアと後方がテーブル席です
吹き抜けの2階席は。1階を見下ろす形のカギ型です。
ドンジャラホイご一行様は2階のステージ正面を確保して貸し切り状態です。
テーブル三つ、使って良いとのことでレイアウトしなおして下さいました。
少しぎゅうぎゅうだけど後ろにスペースを作りました。もちろん踊るためです。
どんだけやる気やねん。

お断りしますがお店や他のお客様には迷惑はかけておりません。

4ステージあり、1回30分、7~8曲。
事前のリクエストカードでのウチラの「組織票」を沢山演奏してくれました。
休憩時間にはバンドのメンバーがわざわざ二階まで来てくれて我々の質問に答えたり愛想を振りまいたり(お互いさま)

1階のお客様はほぼ常連さんのようで、ダンスステップが揃っているのでびっくりしました。
この お爺さん おっちゃん。若い頃相当踊ってはったんやろな・・みたいな方もおられました。
年齢層は我々とチョボチョボ。うつかつ。どっこいどっこいさん達。
若い方も若干名。ご夫婦連れも多かったです。

2ステージ目。早々とチークタイム。
ハーレムノクターンから始まりましたよ。
わお。ベタすぎる・・・

何しろ遠方から出てきているので、泣く泣く3ステージ終了で店をでました。
家にたどり着いたらそろそろ日付が替わる時刻でした。

イヤイヤ。楽しかったです。
ドンジャラホイのメンバーは、そこそこ仲がいい(嫌な奴はアタシがすぐにやめさせるから?)のですが
プライベートは全く知らないのです。

今回知った、意外な事実。
Sさんは元西野バレエ団に居た
Yさんはここによく出入りしている
Kさんは東京にビルを二つ持っている

電車の中で「ねえねえ。どうしてKさんはワインをご馳走してくれたのかしら・・」って
誰かが聞くから。

「現役の男の子だからじゃない?」

他に「男の子」もいるんだけどその人たちも嬉しそうに
「やったー」

と。まあ非常に機嫌よく帰路につきました。
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ちょっと暗いけど雰囲気はこんな感じでしたわ。


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2017年6月28日 (水)

高原のお嬢さん



青春はスローモーションでやって来る。

きゃはは・・待って~アキラさ~ん・・・
はははは。こっち、こっちだよマサコちゃ~ん。

牧場の柵までやってきた二人
ゼーゼーハーハー互いの顔を見合わせてニッコリ。

走って来たお嬢さんは冒険家になる前の和泉雅子ちゃん
白いセーターにつぶらな瞳・・

今じゃ走ろうと思っても簡単には走れない。きっと。
人の事は笑えないわ。

・・・・

「高原のお嬢さん」
この映画を見たわけではないけど
澄んだ空気・白樺・白い柵・自転車・ボート・・。

そして幸せな二人の影で泣く男カズオ(舟木一夫)

僕の恋は消えてしまった~リーフリーフ
(あ。リーフって葉っぱのことよね)

「高原」・・・・懐かしい響きだわ。
そう思うのは昭和歌謡青春映画のせいかもしれない。

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去年行った森の中の美術館

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那須高原にある
藤城清治美術館です

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玄関までのアプローチ
色んな動物が案内してくれます

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メルヘンやわ。
高原のお嬢さん。こういうところがお好きね。きっと。

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ここが玄関の自動扉です。

あとは入場料を払って、各自でご覧になってね。

そんなわけで、今年の夏も「高原」へ行きたいと思っちょるわけです。

那須高原か・・・ちょっと遠い・・

「ほととぎす合宿一日目のカレー」 おたま

こんな昔もあったっけ。

・・・・・・・・・

合宿ではお嬢さん気分は味わえないな。
やはりベッソーだわね。

だれかプレゼントしてくれないかな・・高原の別荘一棟。


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2017年6月27日 (火)

私が95歳になっても・・



「おたまさんって40代だと思っていたわ

とおっしゃるこの方はお誕生日が来たら数え年で95歳。
「私ね。自分が70代のような気がしてるの」

ならば、おたま=40代 計算は合っている

「少しでも若く見られたいから絶対に満年齢で言うの」と、幾つになっても乙女のK子さんである。

二つの句会のひとつのほう。こちらは14・5人のグループで、90代であろうが40代であろうが平等にお当番が廻って来る。
出句をまとめたり、清記したり。コピーをしたり、用紙を配ったり、次の兼題を考えたり・・

いつも、K子さんをフォローされているTさんがお休みだったので、わたしが成り行きでお手伝いをすることになった。
「私ね、女学校の頃は149.5㎝あったのが、この前の検診で136㎝です。って言われたのよ。3回測り直していただいたけど、”正確です”っておっしゃるの」

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庭のアジサイの剪定をしました。

136がピッタリと私にくっついてコピー機のそばのお姉さんやお支払いのところのお姉さんに
「今日はワタクシがお当番なんですけどね、この方に手伝っていただいてますの。うふふ」と説明して下さる。

一通り段取りが終わって席に戻ると、熱心にノートを見ておられた。
ノートにはTさんの大きな字で「お当番の手順」が書いてあった。

いつもニコニコしておられるのでお顔がニコニコと

     「固まっている」

「私ねすご~く怒ってるのよ」と言いながらお顔はニコニコ。
人は鏡っていうけど、この方の前では自分もニコニコ顔になる。

当時30代であった娘さんを亡くされた。
Tさんは娘さんの友人であり教師仲間だそうだ。
偶然にこの句会で再会された。
Tさんはその頃(闘病中)のことを「お母さん(K子さん)のおかげで病室が明るかった」と言っておられる。

一人暮らしで生活の事はすべて自分でやり、句会場にも電車でやって来られる。
前にこのブログで書いたが
「生まれ変わったら私、オートバイ乗りになりたいの」
とおっしゃる、あの方です。

お手本にしたい人って身近におられるものです。

Img_0623


捨てるのが忍びなくて
バケツに突っ込んでいます。
今月中にもう半分、剪定します。

・・


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2017年6月26日 (月)

妻は告白する



貴女はザイルに括られ絶壁をゆらゆらと揺れています。
上には密かに思いを寄せる若い男性。岩場に着地しています。
そして、下では年の離れた夫が岩場につかまろうと、右に左に大きく体を揺らしています。そのために貴女の胸は苦しく締め付けられてゆきます。

今この三人は一本のザイルで繋がる運命共同体なのです。
若い男性が二人を引き上げるのは不可能です。

さて貴女なら、どうしますか?

結び目の上を切れば自分と夫は真っ逆さまに谷底へ転落します。
結び目の下を切れば夫が谷底へ・・・自分一人なら上の男性が引き上げてくれることは可能です。
このままの状況が続くと遅かれ早かれ自分と夫の命は尽きてしまいます。

「自分はいいからおたまちゃんだけでも助かって!早く下を切りなさい!」
ってひっちゃんやったら言うんやろな・・・
と、エミリーは言いました。
あーた。人の夫をそんなに良く思ってくれてたん?

で。お宅やったら?
うちのお父さんやったら私が苦しくなっても、締め付けられて血が止まりそうになってもブルンブルン揺れて助かろうとするわな。
私、助かる可能性があったのに、あの人のせいで道連れにされるねん。
腹立つわ
あ。その前に一緒に山になんか行かないけどね。

「妻は告白する」
監督・増村保造  1961/大映 モノクロ

大学教授(小沢栄太郎)に手籠め(古っ!)にされ妻となった女(若尾文子)は忍従の日々を送っている。教授の元へ出入りする製薬会社の営業マン(川口浩)は彼女に同情はしているが婚約者(馬渕晴子)もおり、(この時点では)プラトニックな関係である。
そして、↑↑山の事故になる。実は教授は嫉妬心から山の経験の浅い営業マンを懲らしめてやろうという魂胆なのであった。

まあね。小沢栄太郎が絵に描いたような横暴無比なエロ親父で
これやったら、「ザイル切ったれ!」って。観客は思う(たぶん)

妻は皆さまのご期待通りザイルを切って夫を落下させる

それは殺人であったのか。自己防衛であったのか・
事故前に妻は若い男性の勧めで保険に加入していた。
あまりものタイミングの良さに疑惑は膨れる一方である。
敏腕弁護士(根上淳)のおかげで裁判に「シロ」判決が下るのだが・・

P

社会モラルって時代で変わるんですね。
1961年ですからね。半世紀前ですわ。

傷者(古っ!)にされて泣き寝入り。ヨメになって隷属。って。
貞淑な妻なら夫の死に殉ずるべきやろ。って。
勝負に出たあややに本物の愛を見た(馬渕晴子)って。

みんなまとめて・・どうよ? 

映画の見どころは事故後の若尾文子の変貌。

元々、好意を抱いていた隊長・川口浩に果敢にアタック!
その執着ぶりが半端ないのでございます。

ずぶ濡れになった和服のあややがオフィスを訪ねるくだり・・
濡れた髪からは雨のしずく・・ロッカーの影から彼を見つめる
ジト~~~。どんなホラーよりも、ここ・怖いよ~。

増村監督の最高傑作ともいわれるこの作品で若尾文子はお嬢さんスターから演技派女優としての道を歩くことになる。

今の世の中
もっともっとエゲツナイ事件が起きてるし、我々はそんなニュースを目にしてる。
「悪」に慣れちゃったのねあたし・・・。

結局あややは男の会社で服毒(いや~ん。彼のあとのこと考えなさいよ。)
保険金は「婚約者との新生活に使って!」という遺書
あ・あほなこと言いなさんな。そんなお金使えますか?

あやや。「悪」なら「悪」になり切れたら幸せだったかも。
でも、結局「男の愛」にすがる貴女が可哀想。

平成も30年も経って、そんな純情な女っていないわよ。
って、汚れた感想をもちました。

????

でも。この感想ってもしかして、全くのトンチンカンかもしれない。
全てが計算された、あややの復讐劇だったとしたなら・・

こ・怖いよお~~


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2017年6月20日 (火)

夫の最後の言葉



夫・ひっちゃんの命日なので墓へ行って来た。
墓は車で15分のところにある。

今年はGWに夫と舅の法事をしたので、本命日はすっかり忘れちゃった感がある。
それは、子どもたちが・・ってことね。
ワタクシ?そりゃあ「妻」ですもの忘れるわけありませんわ

GWにきれいにしておいたのに雑草が生えまくっていた。
おまけにお天気続きで土の固いこと!
この釘は引き抜きにくい釘だ」と呪文を唱えながら抜いた。
ああ。さっぱり。

よくぞ。おばあちゃんはこの霊園に墓を移しておいてくれたものだ。
元の「泉州」なら、今朝みたいにゴミ当番を済ませた後、日焼け止めクリームだけ塗って、車でぴゃ~っとやって来て、「徹子の部屋」までに家にぴゃ~っと帰るなどという技は無理だ。

ひっちゃん。あたしは元気に暮してるよ。
「なにも心配せんでエエで」とひっちゃんが言ってたとおりだよ。
まあ。ザックリ言えばひっちゃんはあたしを幸せにしてくれたよ。

と。墓石にしゃべりかける。

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 「なにも心配せんでエエで」


亡くなる前日。
ピンピンしていた彼は突然そう言ったのだ。
なんの前フリも脈絡もなく突然に。
立ったまま庭を見ながら、ひとりごとのように、だが確かに私に向かって・・・。

土曜日の夕方だった。レースのカーテンが風にそよいでいた。

そして

翌日を迎えることになる。


あれは何だったのだろう。
別れが来ることを知っているもう一人の自分が、何も知らない自分自身に言わせたのだろうか。

自分は遠いところに行くけれど、とっても素敵なところだから「何も心配しなくていいよ」
なのか。
自分がいなくなっても守ってあげるから「何も心配しなくていいよ」なのか。

私は前者だと思っている。
ああ。ひっちゃんはあっちで機嫌よくやってるんだ。となぜか思ってる。「元気に死んでる」って。
だから、悲しくない。

実はその時、心のこもった別の一言を私に言った。
しみじみジ~ンとした。
それは私の宝物なのでここには書かないよ。

そして、「おたまちゃん。なにも心配せんでエエで。」と言ったのだ。

その言葉に支えられて未亡人生活を
清く正しく美しく。強く楽しくたくましく過ごせているのかもしれない。

テンキュひっちゃん。

ああ。子どもたちね。「命日やで!」って一斉送信しておくわね。
ほんまに・・もう。


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2017年6月19日 (月)

年を取ると寂しくなる



 

夜中・夜明けにホトトギスが鳴いている。
忍び音漏らす夏は来ぬの、「忍び音」はその年の初音である。

ホトトギスにまつわる話はことごとく悲劇性があり、それを踏まえて聞く音色は物悲しい。
「時鳥」と書いてホトトギスと読ませる。
時を分かたず鳴く習性さえも哀れを感じる。

 「時鳥鳴くやみどりご寝付きしに」 おたま

まだ、ゆりかごに入っていたグッ坊。
枇杷の実が揺れこの子に幸あれと鈴を鳴らすのだ(妄想)
このゆりかごも処分しなきゃ・・

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/

良い時間を共有した良い人たち。
みんな元気だった。
この句もずいぶん前の事。

 「時鳥投句の時刻迫りくる」 おたま

静かな境内に風が吹き抜け夏の木の葉の揺れる音だけが聞こえる。あの時の境内の妙な明るさが印象に残っている。

この二・三日。
ホトトギスの声に交ざって悲しげな声が聞こえる。
決まって、寝入りばなと明け方である。

道を隔てたお隣の飼い犬。
ミニチュアのジャーマンピンシャーである。
ドーベルマンを小型にしたような姿は完璧に美しい。
もう、結構なお年寄りのはずだ。

・・・・・・・・・

うちの愛犬ふくちゃん(純粋な雑種)が亡くなる前によく似ている。
クーンクーンと甘えるように切なく声を出した。
無駄吠えをしないおりこうさんだったのに。

「ふくちゃん、どないしたんやろ。老人ボケかな」と言ったら

「寂しいのよ。年を取ったら人も犬も寂しくなるのよ」
おばあちゃん(姑)は言った。

ふくちゃんは10日間だけ寝たきりになって、最後に尻尾を振って、みんなに看取られて天国へ行った。

「年を取ったら寂しくなる」

おばあちゃんもきっとそうだったんだ・・
今頃気づいても遅いな・・・

もうすぐ姑の命日がやって来る。


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2017年6月15日 (木)

会いたいなあ。あの人に



昨日のつづきですが。サーカスに売られた(という噂の)Kちゃんも思い出しました。
Kちゃん。キヨコちゃんだったかキヨミちゃんだったかうろ覚えですので、ここではKちゃんにしておきませう。

Kちゃんも4年生のときのクラスメイトです。
2年生のとき転入してきて、4年の終わりにサーカス転出していきました。

髪を三つ編みにしてそれをお団子にして頭のてっぺんに乗っけたり
ポニーテールやツインテールにしてはたまたそれをお団子にしたりして・・・
長い髪がご自慢でした。
毎朝、お母さんにやってもらうんだ。と言っていました。

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お母さんは病気でした。
元は中州の女給さん(ホステスさん)だったそうです。
そんな事を子ども(おたま)がなぜ知っていたのか不思議です。
暗いアパートのドアを開けるとそこがもう畳のお部屋でお母さんが寝ておられるのが見えました。
Kちゃんは卓袱台から沢庵を二タ切れ取って来て丸い方を私に呉れ、尻尾は自分が食べました。「沢庵のシッポば食べると髪のなごう(長く)なるとよ」と言いました。

お父さんは本当のお父さんではありませんでした。
お母さんより若いお父さんであるというのは私が大きくなってからイメージしたのかもしれませんが、たぶんそうだったのだと思います。
髭を生やした優しそうな人でした。

お父さんは「画家」だとKちゃんは言いました。
クラスの男の子らは「映画館の看板描きばい」と言っていました。
4年生で初めて絵の具を使うのですが、Kちゃんは「絵の具はこうやって使うったい」と言って
チューブのお尻に鉛筆を押し当て中身を口の方に寄せ、チューブの裾をクルクルと巻いてみせてくれました。

お母さんが亡くなられました。
なんだかバタバタとした流れの中でKちゃんは転校していきました
熊本に行くと聞きました。
長いコートを来たお父さんとおさげのKちゃんの後ろ姿のシルエットがなぜか浮かびます。
転校の挨拶に来た時に実際に目にしたのでしょうか。

しばらくしてから、(五年生になってから)一度Kちゃんが我が家に来ました。
私はその時、庭で鉄棒(と言っても、木の柵ですが)の練習をしていました。

Kちゃんはお人形さんのような洋服を着ていました。
くるっと回ればふわっと広がるスカートをはいていました。
髪にリボンも付けていました。
バレエを習っているととても嬉しそうに言いました。
何度もクルクル回るのをみせてくれました。
少し遊んだけど(たぶん)お父さんが呼びに来られて帰って行きました。

それっきり逢っていません。

次の日学校に行って、「サーカスに売られた」と言った子に
Kちゃんはお人形のような服を着てリボンもつけて、バレエを習っている。
と言ってやりました。

(昨日の)ガンコちゃんにも会いたいけど
Kちゃんの方がもっと会いたいかも知れません。


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2017年6月14日 (水)

あいつ今何してる?



学生時代のちょっと気になる彼や彼女は、いったいどんな大人になって、今なにをしているのかを調べる。というテレビ番組を何度か見たことがあるんやけどね、
ゲストの興味深いエピソードや意外な一面が見られたりして面白いんですよ。

誰にもいるわよね。「あいつ今何してる?」って思う人。

テレビ局に探してもらえるわけにはいかない一般人。
同窓会に行かなくてもフェイスブックで知ることもあるし。
その人が著名人になっていてPC検索で見つかることもある。


アナログ・エミリーに教えてあげた。
彼女が知りたいのは

「小学校の夏休みの自由研究で総理大臣賞だか何だかを取ったA君」
そんなものを取ったばっかりに9月の暑い体育館に全員が集められ、彼の研究発表を聞かされた。拝聴した。

蝉の呼吸やで!そんなものに興味があるっておかしいやろ!
ふつー、そんな事しらべる?蝉やで!

だから・・フツーじゃないから総理大臣賞じゃないの?

一発で出てきた。検索ワードは「蝉」ではなく彼の名前。
しかも、出てくる。出てくる結構なボリウムであります。
更にでっかい顔写真もあり。エミリー絶句した。
6年生から全然変わっていない

某国立大学の先生になっていらっしゃいました。
何の研究をされているか、難しすぎてわかんない。
「蝉」でないことだけは確かです。


おたまもねえ、「どんな大人になったのかなあ」って思う人が何人かいます。
小さい頃から手癖の悪かったSちゃん。
サーカスに売られたと噂されたKちゃん
(ただの転校だったと思うけど)

でも、エミリーの手前、あたしにも賢い友達がいてるねん
と言うところを見せておかねばならない。

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ガンコちゃん。
元旦の元と書いてモトコが本名。
福岡の小学4年生のクラスメートです。

彼女は威風堂々・容貌魁偉(って4年生の女の子に使うか?)
たぶん学年で一番大きかったんじゃないかな。
優れているのはルックスだけではなく。
頭脳が「尋常」ではなかった。

ガンコちゃんはお勉強がよくできて・・というレベルではない。
という事はうちらも子ども心によくわかっていた。
担任が自腹で買った本をガンコちゃんに渡しても、誰一人うらやむでもなく妬むでもなく、
「よくやってくれたよ!センセ」という気持ちだったわねえ。


学級会では議会の運営っていうのかな民主主義みたいなのを教えたかったのかな、いろんな意見を出し合って多数決で決めましょう。という事を習った。
大きくなって(特に最近)多数決で決める暴挙に驚くわけだけど、当時はとってもいいことだと思っていました。

で、ガンコちゃんがもちろん「議長」です。
スムーズな議事の進行ばかりではない。ガンコちゃん自身は議長だから発言できない。
そんなときです。
必ず。おたまのほうを見る。「分かってるわね」と目に力を込めて。
そこでアチクシの出番です。それが自分の意見なのかどうかはわからないけど、ガンコちゃん導き出したかっただろう結論にもっていく。(精神的なパシリやな)

おたまちゃんがああ言ってくれて良かった
ってあとで、よく言われました。

5年生になりガンコちゃんはお父さんの転勤で東京の世田谷というところに引っ越しました。
お手紙を出したけど住所が間違っていたらしく戻ってきました。
そして、おたまは、中学1年生のとき大阪へ越してきます。

ところが、なんということでしょう。
その大阪の住所へガンコちゃんから手紙が来たのです。
ガンコちゃんはまた博多へ帰ってきていました。
どういういきさつで私の引っ越し先がわかったのか・・
手紙には「いつも思い出しています。」と書かれていました(クスン)
そして、「この前の県の統一実力テストは一番でした」
どっぴゃあ・・。
福岡県で一番です。全然驚きませんでした。

その後、手紙のやり取りがあったのか無かったのか、もう覚えていません。
ガンコちゃん。
どんな大人になって、どこでどんな風に活躍しているのかな。
検索で出てこない。「姓」が変わったのかな。

どなたかご存じであれば教えて下さい。


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2017年6月13日 (火)

ゆりかごのうえに揺れる



似ているけれど・・・

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ではない・・・。

コチラ・・・(以下画像はウィッキペディアよりお借りしました

Photo    
(大好き)   イチジク                               
でもない・・

Photo_2

さいな!
「枇杷(ビワ」

枇杷のは仲冬の季語で、どことなく寂しげなたたずまいが魅力です。
おたま作、昔の句。

 「開け閉ての難き雨戸や枇杷の花」

 「花枇杷や慰めに行き励まさる」

ひっそりとつつましく冬に咲く花が「実」になるのが今の時期なのです。
ちょっと!奥様。
実になるまで、時間がかかり過ぎってお思いになりません?

そうそう。「花」ではなくて「実」の方を今は考えなければいけません。
来週の兼題ですねん
俳句では「枇杷」だけだと「実」の事になるようです。

例句を抽いて「枇杷」を考えてみる。
そして、チャート化してみる。
事実を論理で結びつけると新たな発見がある。
俳句は発見だよ。科学だよ。(ああ。訳ワカラン)

黄色い実・明るい。可愛い。甘い。瑞々しい。
種・大きい。黒い。思いがけない。
皮・薄い。剥き方。剥いた後。
そして・・・懐かしさ。寂しさ。つつましやか。

「枇杷」の本意が見えてくる(ような気がする)

 「癒えて旅せんと枇杷をすする兄」 鈴木公二

 「遠き日の屋根に兄をり枇杷青実」 小檜山繁子

 「枇杷並ぶ店の庇の雨雫」 ※

 「びわすする妻をみてをり共に生きん」 ※

 「びわ熟れて釘とか父とかぼろぼろに」 ※

(※は作者不明です)

あたし?おたまちゃん?はい。作りましたよふたつみつ。
ちょっと出す勇気はないけど(いまさら何を!)

   「枇杷熟るる犬とゐた日々遠かりし」 おたま

はらほろひれはれ。
いいもん。時間はまだある。がんばるもん。


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2017年6月12日 (月)

父親参観日



幼稚園の「父親参観」に参加した平凡氏がカルチャーショックを受けたらしい。
きょうびのお父さんってすっごく子どもに優しくて、マメで、子どもへの関心度が高くて熱心。
意識高い系(使い方合ってます?使ってみたかったの)ばっかり。

これではイカンと、目覚めたそうで

とりあえず、「グッ坊への緊急課題30項目」を作成。
⇓ ⇓ ⇓

「手のひらで水をすくって顔を洗う」
オイオイ。出来てなかったんかい!

「住所が言えるようになる」
え?それも?

「コマなし自転車に乗る」
自転車はおたまんちに置きっぱ。

「お風呂で一人で体を洗う」
「100まで数える」
「卵を割る」
「蝶々結びを覚える」


・・・・・・・・・・・あと、23個ある。ふ~ぅ。

クラスのお友達があれもこれも出来ると聞いてきた
教育に目覚めた平凡氏は

「小さな成功体験。達成感の積み重ねが大事やねん」
と、園長先生の受け売りに、口角泡を飛ばす勢いであります。

単純な男だ・・・
こういうのが怪しげな宗教にはまるんじゃないの?

Img_0479
お父ちゃんに説教されるも、目をつむって聞こえないふりをする。
の図

ハッキリ言うけど、貴方のお父さん(ひっちゃん)なんて、子どもに全く関心がなかったんやで。
子どもが何年生かも知らんかった。
「ええ?。もう五年生か。すごいな!」なんて言ってた。

兎に角、そんな感じだったよ。

厳しく育てていい子が出来るのかもしれないけど
ウチラ(ひっちゃん&おたま)に教育方針なんか、あるわけもなく、
それでも、大きくなった我が子を
ウチは二人しか子どもがいないけど、二人ともエエ子や
平凡も明星も、ほんまにエエ子や・・・

と言っていました(親ばか)

心からそう思っていたみたいだから、幸せな人だったのね。

だから、親がそんなに気合を入れなくても
勝手にそこそこ、成長するかもよ・・・

妹に優しいし
ヒロシ(ガチャピン・夫)さんに「おじちゃん。カッコイイお顔してる」と人心掌握ができるし、
残ったお惣菜を「タッパに入れて貰って帰ろうね。お母ちゃん」って気が利くし。
前のめりに生きてるし・・

出来た5歳児やん!

とは言ったものの、
グッ坊には「蝶々結び」ではなく

イアンノット を特訓してやろう。

他所の5歳児を3馬身くらい引き離せるぞ!


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2017年6月 9日 (金)

鳴いて血を吐くホトトギス



久しぶりに「ドンジャラホイ」の話題です。

ドンジャラホイって知ってもらっていますかしらね。
うちらボーカルグループの名前です。
いえいえ。ほんまはもっと《》A カッコエエ名前ですねんよ。

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十月にちょっと大きな(( ̄m ̄〃)ぷぷっ!
舞台にでますねん。
思えば胸騒ぎ大騒ぎの初舞台から3年近くが経ちます。
もう人様に「レッスン生」とは言わせません!キリッ!

メンバーは森の木陰で歌っていた7名から現在13名になっています。
今回の曲目は

「夢のカリフォルニア」「げっ!なかなかやるやん」とかましておいて
「オールマイラビング」「やめて!涙がチョチョ切れるわ」とビートルズエイジを揺さぶり
「ロコモーション」「この人ら、歌って踊れるんや!エンターテイナーや~~」とびびらせ
「愛と青春の旅立ち」「大人や・・ナイスや。ワンダフルや。グレイトや。ファンタスティックやブラボーや!」と泣かせる

    そんな段取りです 

初期メンバーであるおたまちゃんは歌い込んでいる曲ばかりなので楽勝です。
と、言いたいところやけどそんなわけない。
英語、忘れてます。
でも、誰かが出だしをちゃんと歌ってくれたらついて行けますねん。
あなた任せで参加中!そこがグループの良さだよ

しかしながらメンバー全員がそんな心持ちでは困るのね。
全員がこけるときも多々、しばしば、おーふん、あります。
アカンがな。

で。信用第一で生きているわけないのに
先生は初期メンバーは歌えてると思ってはるから
とつぜん

「はい。キャサリン(おたまの事ね)。そこ3度下げて!」

とか、おっしゃいます。

エアコンの温度とちゃいますよ。「音」を3度下げるんです。
あたし、そんな事ができるならプロで活躍してるわ。

でも、たまたま、上手く歌えることがあったりするので、先生、調子に乗って色んなこと要求しはるんです。辛いわ・・見極めてくれ!あたしの実力。

家で猛練習ですわ。
鍵盤ハーモニカのお話しましたかしらね。
あんな原始的な事やってません。
あたしは、進化し続けるホモサピエンスです。

スマホにピアノの音が出せるアプリをいれてますねん
ど~よ。すごいでそ~~~。
ま。入れてくれたのは息子やけどね。

今、ホトトギスがうるさいわね。
ホトトギスって絶対に頭悪いとおもうわ。
世間が寝静まったら鳴くでしょ。
いっぺん、面と向かって説教してやろうと思っています。
(自分のことではありません)

あ。忘れてた。
今度、ドンジャラホイの課外授業がありますねん。
校外学習ってんですか?まあ学習遠足やね。
大阪のオールディズの演奏をやってるクラブに行きますの。
年寄男女入り乱れて。

また。潜入レポートあげときますわ。
いらんか?そらそやな。

Img_0605(今日のお花)

シャクヤク/はにかみ

8本と・・

Img_06122本で・・

合計10本も入っていました。


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2017年6月 8日 (木)

雷さまに大弱り



そんなわけで(昨日から困ってる)

今月の兼題は「雷」です。
「夏」の季語です。


春の雷は「春雷」といいます。

 

 春の雷厨にうどん茹でをれば

  春雷に焼香の列乱れけり

Mちゃんのお葬式は葉桜も終わりの頃だったっけ・・

・・・・・・・・・

いなづま・稲光は秋の季語

 

 稲びかり巻尺音をたて縮む

 

家のリフォームは秋だったわ・・・

突然話が変わるけど・・・

「冬の稲妻」はアリス。

あたしね。昔っから谷村新司が恥ずかしいねん。(正しい日本語になっていない)
顔と歌が合うてへんから。
いや、人の顔をどうこう言うのはほんまに失礼なハナシやとおもってるんでっせ。

でもね・・・小川知子の胸元に手を差し込むレコードジャケット見たとき
関係者 だれも反対しなかったのか!って憤りました。
犯罪者の顔やろ?絶対に。

「今はもうだれも」はウッディウーの曲です。ロックキャンデーズではありません。
(あたし高校生の頃、MBSヤングタウンの収録スタジオに通い詰めてたからよう知ってます)
アリスには歌ってほしくない。

「チャンピオン」はサイモン&ガーファンクルの「ボクサー」やん。
もう・・びっくりやわ。
僕さー、オマージュとパクリの違いが判らない。
ライラライラライ~~
正々堂々過ぎて、口あんぐり。

・・・・・・谷村新司の悪口書いてるから・・・

きゃはっ!出来ないよ。「稲妻」じゃなかった。

 

Dsc06524
陸上部・頑張れ!

そして悪口書くヒマがあったら頑張れ!おたま。

(犬鳴山)
     雷鳴や鉄鎖の垂るる行者岩

(黙想の家)
     雷鳴や木立の中のイエス像

(夏越の祓)
     日雷木陰に神事待ちをれば

 

な~んか、宗教がらみが多いわ。私の「雷」

 

 

 雷鳴や近づいて来るオノマトペ

   裏山に朽ちたる祠はたた神

  遠雷やカーナビの先道の無く

 

一番最後はこの間のお昼の「呑み会」。
あんな山奥に「英吉利」村

 

ぎゃ~できません~~


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2017年6月 7日 (水)

人間万事・・・



昭和28・9年(1954・1955年)といえば、
ちょうど戦後の学制改革による新制大学の卒業生が入社してきたころである。
彼は父親を早くに亡くしたため大学へは進めなかった。実利第一という事で工業高校を卒業し、この会社に就職していた。
自分の中にはホワイトカラーへのあこがれがあり「事務所で働きたい」という思いがあった。学校で学んだ図面を引く仕事がしたかった。
しかし配属されたのは検品の流れ作業であり、自分と同年代の「大学卒」が入社後すぐに「事務所つとめ」になるのがうらやましかった。
Dsc06720


当時、電気事情はまだ安定しておらず
雷が鳴ると工場では度々停電となり、作業を中断した。
工員たちは手持無沙汰に作業台の前に座り込んだり、ひじ枕で居眠りをして電気のつくのを待った。
彼は、その時間が惜しいと思った。

当時、工場の床は土を固めた文字通りの土間であった。
家から小ぶりの平鍬を持って来て、でこぼこを均(なら)した。
停電の度にそれをやるものだから、初めは自分の机まわりだけであったのが、結構な範囲が平らな土間になってきた。

それを見ていたのが其処の社長であった。
「アレは誰か」という事になり、翌日から社長付きの事務所勤務となる。

Dsc06694_2



会社はその後、発展をとげ、大証の一部上場企業となる。
彼は取締役にまでのぼりつめ現在は、退職後の趣味三昧の生活をしている。

自分は二人の師に恵まれたという。
叩き上げから、厳しく育ててくれた今は亡き社長と、
工業高校への道を選んだとき惜しいと言って泣いてくれた中学時代の恩師だ。
恩師の「持ち場で力を尽くせ」「常に工夫せよ」の言葉通りに生きてきた。
現在、95歳でご存命の恩師には年に一度の帰省の折に必ず会う事にしている。

それともう一つ感謝しなければならないのは「雷」だ。
あの、停電を度々起こした「雷」がなければ人生がかわっていたでしょうね・・・・・
と笑われる。

Dsc06723・・・・・・・・・

この春に出会った、ある男性の話である。

(今月の兼題「雷」なの・・
できていません。)

写真はかつてどの家にもあった
「駒繋」


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2017年6月 4日 (日)

アナログで生きていくもんね。



固定電話が鳴り、受話器を取ると📠ファックスでした。
送信終了のピー音のあと確認したら「まっしろけ」

Img_0590

送信者アイちゃんにスマホから電話をしました。
アイちゃんは今月の吟行幹事で、そのお知らせなのです。

「今、送ってくれたん、真っ白けやわ~」
「あれ、おかしいな。もいぺん送るね」

(待つこと数分)

「やっぱり、真っ白けやわ~」
「おかしいな。Sちゃんのとこにはちゃんと行ってるみたい・・・。もいっぺん送ってみるわ。」

(しばし待機)


たまたま、我が家に来ていた平凡氏がやり取りを聞いていて
「スマホで写真撮ってメールしてもらったらエエやん」

 なんと素晴らしい!ブラボーな息子よ!
これが小学生の頃、初めて我が家にファックスが来た日
「お母さん!いたずら電話や!受話器の向こうで誰かが笛吹いてる!」
と言って、自分もランドセルから縦笛を取り出し応酬した
同じ子とは思えないよ。
涙が出そうなくらいの成長ぶりだよ。


アイちゃんに「スマホで写メして」と電話する。

 そんなことできるわけないやん!
(そのような能力は自分には備わっていない。という意味)

既に封筒に入れて82円切手も貼った。
今から出かける孫息子にポストに投函してもらう。
との事。

平凡氏は両手を広げて首をすぼめて見せた。
トランプ氏の真似だそうだ。似てねえ。

無駄な通信費も要らないし、スピーディにことは運ぶし
折角、スマホがあるのに・・・使いこなさないと勿体ないで。

と、いうことで二日後、封書が着ました。

京都府から大阪府を経由して兵庫県の我が家にやって来たのです。
その間には風の強い日もありました。日照り雨に遭ったかもしれません。
何人の郵便局員さんにお世話になったことでしょう。
たったの82円で。

ベネチア土産のペーパーナイフで封を切ります。スパッ!

Img_0576



可愛い一筆箋にアイちゃんの達筆でしょうもないことが書いてあり

ファックスで送るはずだった「お知らせ」と
赤いリボンのついた、お手製の可愛い栞(しおり)が同封されていました。

ね。やっぱりお手紙がいいでしょ。平凡氏よ。


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