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2017年5月29日 (月)

恋は乙女の命なの・野崎村



3ヵ月が経ちますが、ずっと考えています。
そして、やはりこう思うのです。
「あれは事故だった」と。
あれって二月花形の「知盛最期」ね。
んなわけない!碇にしがみついてポッチャンなんて!
真実はどうなのかわからないけど、そう結論づけておく。
あたしの、精神衛生の為に・・・。

あ。さて。当月の観劇記録を書いておきます。

 

大阪松竹座・五月花形歌舞伎/夜の部
(新版歌祭文 野崎村)シンバンウタザイモンノザキムラ

関西に住む者にとって上方物は格別の親しみがあります。
それは舞台となる場所の地理関係、土地の空気感が頭に入っているからです。

野崎村・・
今ならJR片町線(学研都市線といふらしい)一本で行けるけど、江戸時代なら、田舎も田舎。東には生駒の山並み。西は琵琶湖より京を経て大坂の海へ流れ込む淀川。(大和川の付け替え工事前の淀川です)そんな山裾ののどかな村。ここに悪い人なんて絶対に居るわけがない!って断言するもんね。そんなきれいな村。
野崎の観音様へは大坂の町からは船で上る人や川沿いの土手を行く人の往来で賑やかな様子まで想像できます。

あらすじ

 

お互いに、フィアンセのある者同士が恋をしたら、そりゃ面倒なハナシになるわね。
大坂は質屋の社長令嬢・お染ちゃん(児太郎)には親の決めた相手が。
・・・・・・・
そこに若手社員・久松(歌昇)が入社してきます。
そして二人はFall in Love
ところが久松のほうにも田舎にお光ちゃん(七之助)というフィアンセがいるわけ。
お光は久松にとって大恩ある育ての親・久作(彌十郎)の娘です。

まあ。ここで思うんやけどね。
久松!節操ないやろ
純朴だけが取り柄の、しかも子どものころから知ってる田舎娘お光に比べたらお染は都会派センスの漂うシチーガール・・頭にもかんざしいっぱいつけてるし・・そりゃあ目を奪われるでしょ。エエ匂いもするでしょう。
しかも、こんなこと言いたくないけど「逆玉」やしね。
ええ。わかってますよ、純愛だって事は。でもカネモ娘であることには間違いない。
世間の人はこんな格差婚をやっかむものよ。

それより、あたしが問題にしているのは
好きになった相手にフィアンセがいた。のか
フィアンセがいると知ってて好きになった。のか

ということよ!
恋は道徳の埒外だって、あたしも成人式を何回も済ませてるのでわかっていますよ。
トラブルを承知で果敢にアタック!もいいけれど。
飛び込む前にちょっと待て(東尋坊の看板)と言いたい。
人類がすべて「おきて破りの恋」ばっかりしていたら地球上の誰が幸せになれるのよ。
ああ。話がおおきくなったわね。ごめんなさい。

・・・・
と。あたしの主張はまあ置いといて・・・
あらすじね。

 

久松。お金関連でドジを踏み(濡れ衣なんだけど)実家へ帰されてる。自宅謹慎だわね。
お染ちゃんには「ボク、もうアカン。フィアンセとしあわせになって・・」なんて書置きをしてね。
方や、久松が帰って来たのでお光は心ウキウキワクワク。晴れて今宵は祝言か!
いやん。どないしょ。眉を落としたらアタシこんな感じかしら。ウプ。大根切る手元が狂っちゃう。ウプ。あ。祝言用の紅白なますを作ってるざんす。ウプ。

そこへ、お染が追いかけてくる。やだやだやだ。久松さんじゃなきゃやだ~~~
お光はお光で垢抜けした町娘にたじろぎながらも「あんたなんか嫌いびびびのび~~」
お光のおとっつあんが出て来て泣き落としに掛かる。

三角関係+お父さん。入り乱れての修羅場ですわ。
よっ!色男!

そして、涙なしには語れない結末にお話が動くのであります
(そこんとこは省略)

中村七之助はわたくし期待の若手花形の一人であります。
姿・口跡の良さ。踊りの巧さ。そして品がある。
今回の「お光」。敢て苦言を申し上げればその「品」が邪魔になったかと・・。
邪魔になる「品」などどこに御座いましょう。どんな役、たとえ娼婦の役をやっても「品」のある役者が一流です。
が。が。が。
ハッキリいいませう。スマート過ぎる「お光」なんです。
世間知らずの田舎娘。野暮ったいまでにひたすら久松だけを恋慕う。
純朴でおきゃんな野育ちに七之助が成りきれているかというと???どうなんだろ。
ハートが伝わってこない。お光のもっさりだけど純粋なマインドがいじらしさが観客の胸を打つはずでしょ。そこのところがね・・響かない。
時として、え?どっちがお染?くらいの洗練されたスマートさ。それでは児太郎・お染との差別化が図られへん。お染やっとけば・・って思っちゃった。

はっちゃけた田舎娘とまるで解脱したかのような尼の姿。
そのギャップに客は泣くはず。
特に尼の姿となってからのお光はう~~ん。

お光とはどういう女の子なのか。
愛する人の幸せを願い尼になるという行為。
お光は野崎の観音さんになっちゃったのか、もとのもっさりした女の子のままなのか・・
彼女の人間像に役者が同化しなければ見る方も彼女の哀れさを受け取ることができない。といふ感想を持ちました。

晴れて久松・お染は結ばれることになったわけ。
迎えに来たお染の母・お常(竹三郎)に伴われたお染は船で、久松は駕籠で別々に大阪に帰って行きます。
昔みた「野崎村」では川に見立てた花道を小舟が進んでいきましたが今回は下手から上手への移動でした。
見送るお光っちゃんにもう少し肩入れ出来たらよかったんだけどね。

彌十郎・竹三郎で安心してみる事が出来ました。
児太郎。素顔はいいのに顔作ったら貧相やわなんで?甲高い声は父親ゆずり^^
歌昇。ふう~。

 

   

 

もう一本は
(怪談乳房榎)カイダンチブサノエノキ

 

平成に入ってから先代勘九郎の再演で評判をとった出し物で
ケレンの基本であるダブル(どころかトリプル)キャストの面白さと
本水使いも迫力がありました。
良く練られた脚本にスピード感。いやあ・・歌舞伎って面白いと
歌舞伎ビギナーの方に是非見ていただきたい演目です。

猿之助の色悪に笑ってしまうのはなぜ?
野崎村⇑が長くなったのでこれはこの辺で・・

 

 


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