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2016年12月14日 (水)

しぐれきて・・・別れるということ



時雨と言う季語が好きだ。
秋から冬にかけて時分良く、ぱらと来る雨。冷たい風。
傘の柄を持つ手も次第に冷たくなってくる。

「年を重ねるにしたがって冬の俳句が多くなってきたわ」
と、のりこ先生が言っておられた。

   渡月橋とげつ小橋としぐれけり 

   しぐれきて廂借りたる直指庵

北山時雨をはじめ、時雨は京都という場所によく似合う。

もうずいぶん前だが吟行で嵐山を訪ねた。
時雨がまるで私たちを追いかけるように渡月橋から渡月小橋へついてきた。
川辺にじっとしている鷺を橋の上から見た。誰もが無言だった。

   末枯の野の端に鷺とまりをり

「貴女は、お若いのにご立派でしたね」

のりこ先生がぽつりとおっしゃった。
立派などというものではなかった。が、
私が夫を亡くしたころの事を言っておられるのだ。

先生はそのころご主人が大きな手術をされていた。
今年の春、のりこ先生は医師であるそのご主人に看取られて旅立たれた。

 

Noha_159


今年はスタートから冴えない年明けだった。
なにがどうという事ではないのに心が晴れない。

仲良くしている人の突然の病気と手術。
心が折れて戻ってきた友人。
のりこ先生との別れ・・
ぼんやりとした不安感が現実のものになっていく。

故人の遺志で葬儀一切を執り行われなかった。
お別れの出来なかった我々はただオロオロと自分の中でけじめをつけるしかない。

きらきらきらと光る冷たい通り雨にあの日の言葉を思い出す。
やさしく温かいのりこ先生を思い出す。

    母の踏む三角点や花の山

母もそうだった。「一片の骨も拾うなの」言葉通りにした。
戒名も位牌も遺骨も遺影も何もない。
しかし母は機嫌よくきれいな山のてっぺんに行ったと思っている。

身内に関しては100%納得できているのに

のりこ先生はどうしても現実のような気がしない。

・・・・・大切な人とはきちんと告別をしたい
などと身勝手なことを思ったりする。

    臨終の話聞きをり白障子


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コメント

>お別れの出来なかった我々はただオロオロと自分の中でけじめをつけるしかない。

おたまさん、これ、とてもよくわかります。
私の父は献体をしました。
献体をしてもお別れはできるのですが、父の意思か姉の都合かわかりませんが、病院からそのまま大学に運ばれ・・・危篤の連絡もなかったので、私はその1カ月ほど前に父に会ったのが最後になりました。
それゆえ、オロオロと自分の中でけじめをつけるしかなく・・・お通夜や葬儀は見送る側のためにあるのではと考えさせられました。

投稿: 風のすみかです | 2016年12月18日 (日) 23時55分

風のすみかさんへ
全くそうですよね。
「納得」を自分の胸の中に落とし込むには私には「母の意思」という明確なものがありましたが、すみかさんのお父様の場合ははっきりしないのですね。
ましてご臨終も見届けることができなかったのでは「現実」ととらえるのは難しいものがおありでしょう。
「この世からいなくなった」という現実を自分に言い聞かせるのは時間をかける作業だとおもいます。

葬儀は残る人のためにある。
そうですよね。
まず自分が楽になる。これが最優先

投稿: おたま | 2016年12月19日 (月) 10時53分

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