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2016年9月23日 (金)

私のともだち・E子


baseballbaseball


男性が戦争から戻ってきたら妻は見知らぬ男と暮らしていた。
幼い二人の我が子はその男を「お父ちゃん」と呼び妻は男の子どもを身ごもっていた。
男性は田舎へ帰り、妻はそのまま男との暮らしを続けた。

男との間に3人の子ができたが男の親・親戚が二人の結婚を認めず、子ども達は私生児(非嫡出子)として育つ。
その一番末の子がE子だ。

5人兄弟。一番上と末が女。中の3人が男である。
父親違いの姉とは一回り、同じく長兄とは10歳の年の開きがあった。
両親の出会いは、戦時中、小さな食堂を営んでいた母に憲兵であった父が物資の流通に目こぼしをしたとか段取りをしたとかで親しくなっていったと聞いている。

その父は彼女が1歳になる直前に当時としてはまだ珍しかった交通事故で亡くなっている。

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姉は霊感の強い子どもであった。生まれつき視力が弱かった。
成長するにつれ視力が弱まるにつれ特殊な能力は開かれていった。
10代の頃から評判を呼び、大勢の人が家に出入りした。特に商売関係者が多く、中には名前の知られている会社の社長や、老舗の店主などが相談に訪れていた。
母はよく、姉を遠くの寺や滝修業に連れて行った。
まだ幼かったE子は広い寺の本堂で火鉢に当たりながら二人を待った。その時の心細い記憶が鮮明に残っている。

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姉に付き添うことに没頭していた母だったが、生きてゆくすべだったのか、本来奔放な人だったのか男性との付き合いが多かった。
E子が中学生のころには特定のおじさんが家にやってきていた。
アパートを一棟建ててもらい家賃収入が入るようにしてくれた(させた)
その人とは、のちに別れたがE子が結婚するときお祝いをくれた。
母は「美味しものを作ったら男は帰って来る」と言っていた。「胃袋を掴め!」実体験に基づいた言葉だったのだろうか。

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そんな母に猛烈に反発したのが長男だった。
4歳下の父親違いの弟を苛め抜いた。
あまりのひどさに危険を感じた母は次男を北陸の知り合いの寺に預けた。
次男はまだ、10歳だった。
幼かった三男や末っ子のE子に危害が及ぶことはなかったが、矛先は母そのものに向けられ家庭内暴力が始まる。それはすさまじかった。
無抵抗でじっと耐える母を見て、まだ5・6歳だったE子は「お兄ちゃん。死ねばいい。大きくなったら私が殺してやる」と考えていたそうだ。

長男は10代で家を出た。紆余曲折があり、離婚し、結局自分の二人の子ども(母にとっては孫)を幼いころから母親に預けている。
長女の世話ばかりで手を掛けなかった長男。長男の暴力から引き離すという名目で結局育てなかった次男。
長男と次男に対する贖罪の気持ちがあったのかどうか・・母は淡々と孫を育てた。

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E子は明るくしっかりした賢い女性に育った。

高校では生徒会長をやり、地元の金融機関に就職した。
(学校推薦で大手の都市銀行も受験したのだが不採用だった)
金融機関を結婚退職する時、上司から言われた。
「私生児」であることがネックになり採用に反対の声が多かった。ウチとしても初めての事例だった。しかし、よく勤めてくれた。貴女を採用して良かったと思っています・・と。

そういう時代だったのだ。
(「私生児」という言葉が使われていた)

結婚生活は大なり小なりの波風はあったものの、乗り越えてきた。
夫の両親を看取り、自分の母親を引き取り最後を看た。

知らぬ間に末っ子の自分が兄弟の要になっていた。
あれ程憎んでいた長兄も、母の死後、心が落ち着いたのか他の兄弟たちに優しい言葉を掛けてくれるようになった。

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友だち歴30年 彼女からは「柔軟性」を学んだ。
これはこう。こうあらねばならないとする、自分の傾向に目から鱗の視点を与えてくれた。
本人に言ったことは無いが、感謝している。

姉の「筋」を引いているのか感性が鋭く、時々「不思議な」ことを言う。
彼女の娘も同様。
姉の霊感に関してはあまりに身近すぎてあえて関わらなかったそうだ。
僧でもあった姉・兄に勧められ自分も得度している。
自称。生臭坊主。


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コメント

私のすぐ上の姉も波瀾万丈の人生を
歩んできてました。
おたまさんのような かたには
恵まれなかったようで
今は長姉ただ一人が相談相手です。
   ↑
この長姉は 私にJ、バエズのレコード
くれた元カレの 例の姉です。

書いていてこの姉もかなり苦労した
ことにきがつきました。(遅いって)

私もおたまさんを 描いたご友人達の
おたまさんを拝見したい気がします。

投稿: ひとみ | 2016年11月 1日 (火) 18時22分

baseballひとみさんへ
一人一人に歴史があり、何事もなく過ごした人なんていませんよね。
私の好きな言葉は「終わったことは済んだこと」前進の無い振り返りは必要のない事のような気がします。

投稿: おたま | 2016年11月 2日 (水) 09時18分

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