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2016年9月

2016年9月26日 (月)

しばらくブログ更新を休みます。



「私のともだち」はこれで終わります。

自分の目の前で母親に飛び降りられたS子は、ある集団生活に入ってしまい今は連絡がとれません。
父子喧嘩で「お前なんか死んでしまえ」と言った2時間後に息子に死なれた男友達U
・・・・・・・

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この宇宙で奇跡的な偶然で出会った「私のともだち」
色んなことを背負いながら生きている一人一人が大切な「私のともだち」

人恋しい秋の夜長。
友人たちの事を書いてみました。

最近よく利用するパーキングのおじさんの顔が凄くいいんです。
真綿嬢に「年をとったとき、ああいう顔というのは、いいよね」と言いました。

「えっ?あんな顔になりたいんですかぁ・・・」

あかん。このヨメは 言ってる意味が判っておらぬ。

ま。おたまも含めて、みんなでいい顔の年寄になれたらいいなと思います。

しばらく忙しくなるので、ブログの更新はお休みします。
元気にしておりますので皆さまもお健やかにお暮しくださいませ。

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もう一つのブログの「フクシマレポート」(限定記事)は予定通り10月末に「下書き」へ移行します。予想以上に大勢の方が読んで下さったこと、関心を寄せてくださったことがとても嬉しかったです。お礼を申し上げます。

 ありがとうございました。

 皆さんに「ありがとう」と言われたのが思いがけないことであり、発信して良かったのだと考えるようになりました。
2016夏の記録がどのように進展しどう変わるのか。
来春には震災5年の目途を何としても着けたがっている国と東電です。
現実との隔たりをどうするのか・・・
見届けたいと思います。

・・・・・・・・

それでは、ひとまずバイチャ!でございます。


        


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2016年9月17日 (土)

・・そんな恐ろしいこと・・



検査というものを滅多にやったことがございません。
特に
お尻からカメラ内視鏡を入れるなんてそんな怖ろしいこと想像しただけで気絶しそうです。

 

入浴中の呼び出しで慌てて行ったぐっ坊の病院ですが
待合室をなんとなく見渡していると
「3D-CTによる大腸検査」というお知らせが貼ってありました。
CT室で撮影してもらうだけの最新レベルの検査だそうです。

 


まだ夫・ひっちゃんが居た頃、盲腸になりかけたのを点滴で散らしたことがあります(結局3年後に手術したんだけどね)
あの時、夜間救急病院へ連れて行ってくれるのはくれたんだけど、巨人VS阪神が気になって車の中でラジオを聴いていた夫。サイテーや。今思い出したわ。
で。点滴に数日通ったんです。
その時の点滴室がどうも大腸検査をやるお部屋だったようで、カーテンの向こうから、不穏な気配が漂うわけですわ。
やたら励ます医師と看護婦・・
「ダメダメ、力を抜いて・・そうそう上手上手・・」
お産ではなさそう・・・
きゃ!何か恐ろしいことをされているんだわ患者!

 

それがあるのでね。大腸検査はビビりまくりですわ。

家に帰ってPCで調べたら費用は¥35.000位らしい。
(内視鏡検査の場合は保険適用で¥3.000~10,000以内)

そりゃそうよね。絶対に怖ろしくお高い機械なのでしょうね。
元を取らなきゃね。
友人の息子が医療機器販売の営業をフルコミッションでやっていて凄い年収なの。
きっとアイツが売りつけたんだ・・決まってる。
と、勝手に妄想。

 

金の力で恐怖から逃れるか。
金を出さずに怖ろしい目に遭うか。

 

あ。検査なんて受けないぞ。という選択肢もあるのよね。
ふ~む。

 

ガチャピンに話をすると・・
ガチャピンったら一年に二回もやったのよ。
どうしますか?と言われてやるやると二つ返事。
変な嗜好があるんじゃない?アノひと!
自ら進んでやるなんてアンビリーバボ~。
(結果は何の問題もなかったっす)

 

・・・とっても大変だった。という人と。
すごくスムーズだったという人とがいて
もう・・・それは「出たとこ勝負よ!」と言われました。

 

は~あっ
あの病院の「お知らせ」
見なかったことにしようと・・いま9割方考えています。

 


        


 

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2016年9月16日 (金)

森を行く



先週。久しぶりに森へ行きました。
毒りんごを売りに・・・・・じゃねえよ

ここへは、春も来ました。とてもいいところです。
うちから車で30分くらいかな。
森に入る裾野に県の農場(試験場)があります。
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Dsc07008試験場の稲
分蘖(ブンケツ)していないから株が張っていません。

 

シュッとしてます^^

 

 

グッ坊が生まれた時、赤飯を炊いて持って来てくれたS子さん。
「赤ちゃんが生まれたよ」と言うととても喜んでくれるのですが
「平凡の子だよ」と言っても「平凡さんっておたまちゃんの旦那さん?」っていいます。

いいねん。いいねん。前後の事は別にいいねん。忘れても。
今、この瞬間を喜んでくれて、「可愛いね。可愛いね。」と言ってくれるんだから・・

S子さんは森が大好き。畦に咲く花が大好き。
露草・萩・えのころ・水引草・みぞそば・彼岸花・げんのしょうこ

試験用のビオトープがありガガブタという水草が茂っていました。
初めて見る珍しい花。ここが南限らしいです。

 

「露むぐら近道戻るに戻られず」

 

ちいさな小川には川トンボ「とおすみ」が飛んでいました。糸とんぼも見かけました。

青柿がびっしり生っていました。

Dsc07011農具舎のそばに・・
「唐箕」といいます。

 

風を起こして豆などを実と殻に選別します。

 

それ以前は「箕」を使って手と目で選別していました。

 

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農具舎の周りには職員さんやボランティアさんが植えられた秋の花が沢山咲いていました。

 

紫式部
千日紅
サルビア
鳳仙花

 

鶏頭は「かまつか」ともいいます。

 

 

 

それでは森の中に
行ってきます。

 


        


 

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2016年9月11日 (日)

真田丸・Separate ways 親子の別れ



君は常々、金が大事と思い、人に金さえ与えればなるようになると思っているでしょ?
それは間違っているよ。家来には実意(誠意)をもってしなければ心服しないし役にもたってくれないよ。貧しくても常に辛苦を分かち合い、こころざしが深ければ困難の中でも命を惜しまず主人の前途を見届けてくれるものだよ

こんなふうに、石田三成(山本耕史)を諄々と諭したのは大谷吉隆(吉継)(片岡愛之助)でした。ええお友達やね。
金で人をを動かそうとしてきて大変なこと(佐和山蟄居)になった三成さんです。
あれから一年。復活の機会を伺っていた彼にチャンスが訪れます。


三成VS七武将を決着させ人気上昇中の徳川家康(内野聖陽)。会津に帰っている上杉景勝(遠藤憲一)の不穏な動きが気になります。
「いっぺん出てこいや~」と上洛を促すも返ってきたのは
「あんたはアホか。そんなトンチンカンなことができるか。うちは今、稲刈りシーズンや!そんな時に行けるわけない。そのうち雪が積もるんやで、行けるわけないやろ!このオタンコナス」

はい。有名な直江状です。
直江兼次(村上信五)さん度胸ありますね。ヒュ~ヒュ~


上昇気流の家康は「こらあかん。あんな気の強い男。潰しとかなあかん」と上杉討伐に出かけます。
そこで、↑の大谷吉継(NHKは吉継になってます)・ラブリンですが、彼は病の身を押してこの上杉討伐軍に加わる途上でした。
なぜ、加わったのか・・これは家康の戦いぶりを見届けるためではなかったかと思われます。本当に豊臣軍ととして戦うのかどうか・・・

ここに三成決起の知らせが入り(テレビでは三成が行ったことになってるけど、それはない)佐和山へ立ち寄ります。
彼の本心は「決起反対」なのです。まだ早い!と考えています。
お前は金で人が動くと思っているだろう。心で動く。それが人だ。それ(人心掌握)ができていない時点で家康と戦うのは無謀だ。
と思っています。
三成はどうしても彼を必要としています。
陣立て・攻撃・作戦・・・参謀としてどうしても彼の知恵が要るのです。

そして、ここが涙なくしては語れない(byおたま)男の友情ですわ。
「こいつ。あかん。やる気や・・もう反対しても無駄や・・」
大谷刑部殿は決心します。
「わしがおぬしを勝たせて見せる」
ラブリン。キリッとおっしゃっていましたね。
佐和山へ立ち寄った時点で彼の気持ちは決まっていたはずなんです(涙)

さ。それからは・・呼びかけ合戦ですわ。諸国にお手紙発送。
徹夜で書いてはりましたね。すごい迫力でした。

真田丸の見どころのひとつであった「犬伏(いぬぶせ)の別れ」
もうちょっとしみじみと描かれるかとおもってハンカチ用意して待っていたんですが意外とサラリでした。

家康軍として進軍中の真田親子のもとに三成の使者が書状を持ってきます。
さあ。どうしましょう。東軍(家康)、西軍(三成)どちらにつくか・・

この時代父子で袂を分かつということはものすごい決断だったでしょう。
小説では「真田は知恵者だ。分散させて血統を継いだ」と書かれていますがう~ん。それが100%ではないでしょ。そんな事考えてる余裕すらない状況だったと思いますよ。

兄・信幸(大泉洋)は徳川一のつわもの本多忠勝(藤岡弘)の娘を娶っています。
ただの娘ではありません。一旦、家康の養女となって嫁いでいるのです。いわば家康は舅さんです。

かたや弟・信繁(堺雅人)は豊臣の重臣・大谷刑部が舅です。

ここで、おとうちゃん昌幸(草刈正雄)ですが、普通やったら跡取りの長男につきません?
なぜ西軍と決めたのか。かつては戦敵であったとはいえ今は徳川の元にいるのですから・・。

昌幸は小田原合戦のあと、豊臣が上田領を安堵してくれたことにものすごく感動していたのだと思います。信濃の与力大名はことごとく関東へ移されたのに真田だけが留まることをゆるされました。(徳川を見張る意味があったんだけどね)
さらに父・二人の息子それぞれに三万八千石・二万七千石・一万九千石が与えられたのでした。
昌幸さん。ドラマの初めのころ・・「大名・・なってみたいなあ」とつぶやいていましたね。
それに、なれたのです。しかも息子二人までもが・・・

トヨトミにはものすごく感謝していたのだと思いますね。

表の関ケ原に裏の真田合戦。楽しみやわ今晩のテレビ。

 


        


 

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2016年9月10日 (土)

真田丸・Sekigahara eve 嵐の前



いよいよ天下分け目の関ケ原の合戦にはいりますね。

ところが、どっこい。明日の放送では「関ヶ原」あまりやらないらしい。
らしい・・って某筋からの情報です。(某筋ってだれやねん!)
合戦シーン。ここにお金かけるのもなアということかしら。
CGで済ませちゃったら視聴者がウルサイやろうしね
まさかの有働さんのナレーションやったりしてウヒョウヒョ。
明日になれば判ることだから、とりあえず楽しみにしておきましょう。

だってよく考えれば「真田丸」ってお話ですものね。
関が原でさほど活躍していない真田信繁(堺雅人)の出番はないわね。

出番は「大坂の陣」だけなのにこれだけ引っ張る脚本家はエライと思います。
あちこちに顔を出させて、存在を盛り上げてくれる。
はいはい。
歴史ドキュメンタリーではないので・・よがすよ。それで。
んな。アホな!というところも楽しませていただいております。

それにしても秀吉の死後、三成(山本耕史VS家康(内野聖陽に至るところをも少し分かりやすく描いて貰いたかったです。
あ。そうか!このドラマ「真田丸」やったわ
無理なお願いというものですね。

そこらへんを少し整理しておきませう。

 

前々回の三成襲撃事件を覚えておいででしょうか
あそこがドラマではぐちゃぐちゃとわかりにくかったのではないでしょうか。
七将襲撃事件サラリと描いていました。でもこれがとても大事なところなの。
関が原の遠因はここらへんやねんから・・・
加藤清正(新井浩文)をはじめとする浅野幸長・蜂須賀家政・福島正則・藤堂高虎・黒田長政・細川忠興。
この人達は武功派なのね。現場(朝鮮)で血みどろになって戦ってきた。
彼らの鬱積した怨念が吏僚派の石田三成に向けられることになります。
いわゆるブルーカラーVSホワイトカラーですわ。
おまえは机に座って字を書いてただけやないか!なんで戦線を縮小したんや!おかげで臆病者って言われたやんけ!(やんけ・・とは言わなかったと思うけど)それをおまえは弁護してくれるどころか身内(娘婿)をスパイ(戦目付)に送りこんだりして、もう信じられへんわ。俺ら竹馬の友やったやんけ!(やんけと言ったかどうか?)俺らの苦労が判るか?朝鮮水軍にコテンパンにやられてんぞ。泥にまみれて草や木の根を食べて闘ってきたんやぞ(難しい言葉でいうたら塗炭の苦しみって言うんやぞ)
以下、清正の愚痴は続く・・くやしかったんやね。わかるわ。
も~~!やっちゃる!と
秀吉の親友であり、豊臣の大番頭。五大老のナンバーワンであった前田利家が亡くなった翌日に襲撃事件は勃発しています。利家は古臭くて律儀な人。唯一彼らの「押さえ」となれる人でした。

 

恨みを買われるような態度をとっちゃう三成君に問題はあります。だから友達少ないねん(ほっといてくれ!by三成)
其の少ないお友達の佐竹義宣の知らせと知恵で三成は自分の屋敷に逃げ込むことが出来ました。

なぜ自分の家に逃げ込んだら助かるのか・・

逃げ込んだところは「治部少曲輪(じぶしょうくるわ)」伏見城内にある自分の屋敷です。
秀吉の遺言により、この伏見にあって天下の政をつかさどるのは家康(内野聖陽)です。七将がここで勝手に暴れ回ることはできないのです。
そこらへん、NHK説明したげなアカンと思います。

一説によるとこの時治部殿は七将の動きを察知していた佐竹義宣の機転で女装をして大坂から脱出したと言われています。

ここでオイシイお仕事が家康に回ってきます。
「伏見を預かるものとして、ここはひとつ自分にまかせてくれないか。うんうん。諸君の気持ちは、よう判ってまっせ。悪いようにはしまへんがな・・」と七将の矛を納めさせるのです。
やっぱ。家康さんや武人の気持ちは武人がよう判ってる。家康の株価急上昇
家康の仲裁を受けるしかなかった三成は役職を解かれ佐和山に蟄居の身となるのです。

この場は家康の面子をたてた三成。
しかし、そんなもん・・収まりますかいな。遺恨は残ります。

そして一年後・・・

(なんかメチャ長くなったので続きは今度ね)

明日の関ケ原・・楽しみ

 


        


 

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2016年9月 7日 (水)

この夏の俳句



数日間、家を空けたおたまに、今日会った人が開口一番。
町の最新ニュースを教えてくれました。

「気をつけてくださいね。出ましたよ

イノシシと熊

熊は驚きですわね。
猪はちょっと住宅街を外れたら時々見かけます。

  「ウリ坊が川に出てゐる熱帯夜」 
  「ウリ坊も横向きに寝る月夜かな」

なんてのを作ったことがあります。


そのイノシシですが、福島でこんな話を聞きました。
元々、会津地方にイノシシはほとんどいない。それが急速に増えた。
みな、東の浜通り(原発被災地域)からやって来ているのだが被曝しているので狩猟も捕獲も出来ない・・・・・・・・。

ファミマ の看板を フクシマ と読み違えた今年の夏。
それくらいフクシマの印象は強かったです。

俳句で時事を詠むのはとても難しいと言われます。
テレビや新聞のニュースで句を読んでも所詮、自分の経験ではありません。
震災後、俳句雑誌でも「震災を詠むこと」をテーマに取り上げられていました。

「俳句は日記」その立場から、あくまでも自分の経験を詠んでおこうと思います。

 「炎天下低線量を歩きけり」

 「夏草へ線量計を近づける」

 「除染物茂りの中に積まれたる」

 「慟哭の海岸線背に大夏野」

 「空港にウルトラマン立つ梅雨の雷」

人間は町から出ましたが動物たちは可哀想です。
イノシシと豚が交配して増えています。帰還困難区域に荷物を取りに帰ったら炬燵の中にハクビシンが居たそうです。
ああそうか。炬燵を出していた季節だったんだな。と思いました
カラスが全くいなくなりました。雀も見かけません。ツバメはもちろんやって来ませんでした。
みんな人と共生していたのですね。

あとねえ。出雲にも境港にも行ったのよねえ。
なんだか遠い昔のような気がします。
ちょっと時間の流れについて行けてない感じ・・・・。

 「梅雨に入る森の匂ひを濃ゆくして」

 「猪早やも出たと回覧芋の露」

 「緑陰に外す釦と腕時計」

 

 


        


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