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2016年9月22日 (木)

私のともだち・K子


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K子は子どもの頃、九州から一家で大阪にやって来た。

中学を出るとすぐに働いた。二年目から夜間高校へ通った。
家族のために懸命に働き気が付くと30歳も半ばを過ぎていた。

其のころ昼の仕事以外に夜、知人の居酒屋を手伝っていた。
K子には夢があり、お金を貯めたかった。

そこで知り合ったのが、のちに夫となる男性である。
正業ギリギリの仕事をしてをり羽振りが良かった。
別れた妻子が遠くに暮していた。K子とは20歳近い年齢の開きがあった。

妊娠したのは40歳のとき。周囲は猛反対をした。
まず年齢的に無茶だということ。今から少し前の40歳の初産と言うのは今では考えられない位、無謀に思われたのだ。
そして、相手が高齢であり、その稼業が危ういものであり、その酒癖の悪さも周囲の人ならみんな知っていた。

彼女はキチンと籍を入れ産むことを決意する。

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私が彼女と知り合ったのは、たぶん彼女が最も大変な頃だったと思う。
夫の暴力に加え、子どもの不登校は小学校の中学年から始まっていた。
自分自身は持病のリウマチを抱えていた。

時々、目の周りに真っ黒なあざを作っていた。
服から出た体のあちこちもあざで黒ずんでいた。
夫のみならず、中学生になると息子からも暴力を受けた

良いと思われることは何でも試してみた。
寺参り。お祓い。怪しげな団体。宗教・・・・

「研究所で集団カウンセリングを受けてるねん」

それが最近話題になっているアドラー心理学であった。
彼女は日本アドラー協会が設立された30年近く前からそこに通っている。
おかげ(?)で私もアドラーについてはかなり以前から結構聞かされてきた。
カウンセリングに納得し気持ちはスッキリしても、家に帰ると現実が変わるわけではない。
相変わらず夫からの息子からの暴力は続いた。

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事態が突然の終わりを告げる。
それは夫の死によってもたらされた。
我儘で見得張りでええカッコしいの暴力夫だったけど、住んでいたマンションもサイドビジネスの為に持っていた二棟の文化住宅も。商売上の登記もすべて彼女の名義に書き換えられていた。
こんなもの食えるか!と食卓ごとひっくり返していた息子がたまに一緒に食事をとるようになった。子どもの頃からずーっと引きこもりを続けていたのが外に出るようになった。息子は父の葬儀で親子ほど年の離れた「兄」に会った。その出会いが大きかったと彼女は言っている。
息子が付き合っている人や、やろうとしている「ビジネス」については、(私としては)甚だ疑問があるのだが・・・K子は勝手にやってくれたらいいと言っている。外に出られるようになっただけで嬉しいという。本音は息子に逆らえない恐怖心があるのかもしれない。息子と距離を置きたいという気持ちはわからないでもない。深く考えたくないようだ。

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友だち歴27年。一時は歩けなくなるかも知れないと言っていた病が驚くほど改善した。
女性のための社会的な活動・ボランティア・と忙しそうに自転車で走り回っている。
こんなに変われるのかと思うほど「顔」が変わった。
はつらつと生き生きした目。出会った頃の暗さは全くない。
なんで、そんなにきれいになったん?とよく言ってひやかす。


獄を見てきた人の優しさは半端ないと思わせてくれる人だ。

 


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