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2015年11月

2015年11月30日 (月)

それではみなさまごきげんよう



先だってより告知(大層な!)しておりますように
12月は
歌手としてのコンサートからの
という一大イベントが控えている未亡人でございます。

よって、今年のブ活動は本日にて打ち止め
という事に致します。

たぶん時差ボケで「ここはどこ~~」状態だと思いますがクリスマスはJAPONで迎える予定です。

あ。お餞別は良いです。気を遣わないでね。
旅日記は(たぶんきっと)年明けから書く予定だよ。
また読んでやってください。

    

では恒例の今年の締めの俳句です。
今年も楽しい事。素敵なことが沢山ありました。

ボーカルレッスン。年明けの練習曲は
「You've Got a Friend」 (君の友達)です。

この曲については後日、ブログに書きたいと思っています。

「友情」を信じない人。友達なんていらない。って言う人。
それはそれでいいと思うの。
きっと、その人には必要がないのでしょう。

でもこの歌を聴いて、しみじみ思うのは
自分は人に支えられている・・ということ。

それは夫が居ようが居まいが関係ない。

上手く行かないとき落ち込んでいるとき苦しい状況にあるとき
You'll be there

てなことで、今年の締めくくりは

  「振れば鳴る南米の音種袋」 おたま

にしました。

お達者で良いお年をお迎えくださいませ。
あなた様の幸せをいつも祈っております。


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2015年11月28日 (土)

芸術作品と言われる部屋・大阪市中央公会堂



女のって、大体において古い西洋建築が好きだと思う。
なんでやろ・・。

Dsc05349_2昔の女の・おたまもその一人です。

大阪市内にはポツリポツリと古い名建築が残っています。

Dsc05350_2でも、たくさん取り壊されましたね。特にキタは・・

中之島の裁判所。第一ホテル・・・・・

無名な小さなビルに教会、小学校・・

(↑写真はどちらも大阪市中央区)

先日ブログにUPした大阪市中央公会堂を紹介します。

Dsc05318あまりにも古い記憶なのでおぼろげなのですが・・・

その昔、この2階の大ホールのダンスパーティに来たような・・・
当時「フロアの底が抜けないか」と心配した覚えがあるようなないような。

重要文化財に指定されてからはしっかり補修されたとおもいますが、あの頃はボロボロで「取り壊し」の話もでていたのではと思います。

以下の「特別室」は事前予約で見学ができます。
昨日使った⇓コノ写真もここのものです。

Dsc05326Dsc05324

カーテン・タッセルは当時のものが正確に復元されています。図柄は法隆寺宝物。
ステンドガラスの四隅には市章の澪標(みおつくし)

Dsc05331Dsc05334


天井画や壁画は日本神話にちなんでいます

Dsc05339

Dsc05338
↑床や壁の大理石は現在ではほとんど採掘が出来ない日本産だそうです。

この床タイルの細工や
←扉の木工象嵌は

現在では技術を伝承する人が誰もいないとのことで大変に貴重なものだそうです。

(いやはや。写真がへたっぴで申し訳ない。関心のある方は、きっとどこかに美しい画像があると思うので自力で探してね)


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2015年11月26日 (木)

通夜の客



子どものころに見たテレビドラマのワンシーンが強く印象に残っています。

親族の集まる座敷に喪服の女性が入って来る。
彼女は招かれざる「通夜の客」
白障子を背に立つ美しい女性・・・

その人は「司葉子」さんだとばかり思っていましたがPCで調べてみたら、どうも「有馬稲子」さんだったようです。(シオノギ劇場/フジテレビ系列)

井上靖の原作は「男目線」であり「んな。あほなことあるかい!」と、大人になったおたまなら言うかもしれないけど、子どもだったので話の筋は全くわかってはいない。
判っていたのは彼女=「通夜の客」の出現により「混乱」が始まるということ。

Dsc05331


誰かが亡くなって突然「真実」を突き付けられることがあります。

高校の同級だったアイちゃんのお父さんのお通夜がそう。
きれいな女性が現れたのです。
しかも小さな男の子の手を引いて・・
降ってわいたような「年の離れた弟」です。

アイちゃんには兄さんが二人いて、少し年が空いての末っ子だから父親に溺愛されていた。と、思っていたのだからショックが大きかったようです。

ハンサムなお父さんでした。
一度、進学相談で学校にこられたついでに1時限の授業を参観して帰られました。
出張がちであることの罪滅ぼしだとはいえ、娘の進路相談に学校に赴く父親はそう多くなかったので、アイちゃんはお父さんに愛されているのだと思ったものです。そして彼女はお父さんが自慢だった・・。

Dsc05326


突然こんな古い話を思い出したのは・・・

先日亡くなられた、エミリーの独身だったお姉さん。
相続関係を司法書士にお願いしていたところ、誰もその存在を知らなかった「姉妹」が現れたからです。

エミリーとお姉さんとは父親が違ったので「知らなかった姉妹」との血縁関係はないことになります。
ただ「お姉ちゃんによく似た人が他に居る」という事が不思議なんだそうです。
そして突然遺産が入ることになったその人たちはどんな感想を持たれるのでしょう。

もしも立場が逆ならどうだろう・・遺産。
エミリーは「頂戴しておく」とのこと。
おたまも・・「右に同じく」であります。


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2015年11月24日 (火)

フルメイク続行中



怒涛の3連休が終わった。
平凡一家に精気をを吸い取られ抜け殻のやうな身なれど
厚化粧はしている。
目指すはナチュラルメイクの厚化粧!
これで佐川男子がやってきても準備万端である。

エミリーの姉さんの遺品の化粧品をどっさり貰っちゃった。
全て新品。
旅行のお土産に買ってきては使わなかったらしい。

頑張って顔に塗ろう!!
(顔以外のどこに塗るねん・・)

姑さんに「おたまちゃん化粧をしなさい。しなさい」ってよく言われた。「化粧したら綺麗やねんから・・」

それって、やらなきゃ「ヒドイ」ということか?
それはさておき、特別の時だけ嫌々化粧するヨメ・おたまと違い、姑は朝いちばんにルーティンメイクをし、髪も綺麗に整えた。

女性のたしなみを忘れなかった姑を尊敬する。

おばあちゃん!言いつけを守り不肖の嫁は今更では御座いますが「厚化粧」をしておりますですよ~~~
死ぬまでに「使いきる」という壮大な計画の元・・

そういえば、旅行中ってお肌の調子がいいんです。
つらつら思うに、化粧をするからや・・との結論に至る。

なんか、みんな朝起きて化粧するからあたしもマネする。
夜はキレイに落として栄養クリームなんか塗っちゃう。
同行者が「これ貼ってみ」と美容マスクシート何かをくれる。

やっぱり、顔は洗いっぱなしじゃいかんのだね。

夫・ひっちゃんにも「化粧しなさい」ってよく言われた。
それで、たまにすると「きれいやきれいや」といいました。

「あんまり綺麗で家の中に置いておくのはもったいない。町内を一周してきなさい」といいました

あほやろ・・

「87班で一番きれい」・・って範囲狭っ!
10戸しかないんやけど・・

そんなわけで、姑や夫の事を考えながらしみじみ化粧をしておりますのよ。
塗って塗って塗って塗って・・・

とりあえず1週間は続きました。

あ。クレオパトラをはじめとする王妃たちのメイクだけど、金属などからとった顔料が使われたらしいですね。目の周りの青色とか男性も使ったそうです。
こわいね・・


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2015年11月20日 (金)

王妃ではないけれど



エミリーから美術館に誘われました。

私ら、別にゲージュツに関心が高いわけではないです。
招待券貰ったから

「クレオパトラとエジプトの王妃展」
世界中から「関連したもの」が集められ見ごたえがありました。
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美術館に行く前に「旅券事務所」にお立ち寄り。
パスポートの切り替え申請中だったのです。

海外旅行は今年でおしまいや!
といいながら10年用にしておきました。
どういうこっちゃ。

10年経てば10年の劣化は否めない。
写真を見比べていたエミリーいわく。「これくらい(10年前)やったら、まだ再婚できたのになあ・・」
それって、もう・・無理・・ってことやね。かめへんけどね。
Dsc05376

顔の変遷が楽しめる。パスポート^^
昔のは「数次旅券」って書いてある。

3年前に、これまたエミリーとこれまた無料券で、高島屋の美術館に行ったとき、入り口の特設バーゲン会場で、エミリーが薄手のコートを買いました。
バーゲンにしてはエライ(すごく)高かったんです。
でも、上品で個性的で彼女によく似合っていました。

それを、「お初」と言って着てきました。
三年間タンスに眠っていたわけです。

「だって、着ていくところあらへんもん・・」

主婦ってつつましやかです。
頑張って、ワクワクして買ったコートを着る機会がない・・

犬の散歩には勿体ない。
公民館の麻雀教室にはすっぴんで参加。
書道教室は徒歩5分。

そう言えば25年前、バブル絶頂期に二人して色違いの皮のコートを買いました。
茶色と黒。
今では恐ろしくて買えないお値段です。
あれも指で数えられるほどしか着ていません(二人とも)

もちろん、まだ持っていますが
バブルを象徴する「肩パッド入り」今更着られないでしょう

美術館の中のレストランでカツレツランチを食べながら
「私らの幸せ」について語り合いました。

結論は、「家の中でも、お洒落しとこう。」
ということです。
「温い」「軽い」「動きやすい」でチョイスするのではなく。
「もう・・こんなん汚したらかなんわ~」というのを着る。
タンスの肥やしになるよりましです。

今から塗り始めても一生使いきれない中途半端に残っている口紅も全部塗ってしまおう。
「奥さん。どないしはったん?」と言われてもめげずに頑張ろうと誓いました。

クレオパトラの影響ってすごいです。


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2015年11月19日 (木)

妄想も幻想も・・・



本日は「不燃ごみ」の日でした。

正しい市民生活を送るワタクシ・おたまは
決められた日に決められたごみを決められた場所に出します。

えらいでしょ

ですから、細分に細分を重ねた分別方法は脳みそに叩き込んであります。

燃えるゴミ・プラスチック製容器包装・びん
缶・不燃ゴミ・大型ゴミ(粗大ゴミ)
ペットボトル・有害ゴミ


ざっと、こういう感じで8つ に分別。
ほとんど毎日ゴミ収集車がやってきます。
さて、ここで問題です。

CD/MD/DVDなどは ナニゴミでしょうか?
フロッピーディスクは ナニゴミでしょうか?
ぐっ坊のおもちゃは  ナニゴミでしょうか?
お弁当箱・計量カップは ナニゴミでしょうか?

なかなか難しうございます。

本日出したのは、電球天体遠鏡です。
電球は厚紙に包んで「割れ物」と表示しておきます。

ちなみに、蛍光灯は今日は出せません。
「有害ゴミの日」に同じく厚紙に「割れ物」と書いてだします。

・・・・・・・・・・・

天体望遠鏡。日曜日に来ていた平凡氏に
もう・・これほかしてもええな? (ほかす=捨てる)
と尋ねました。

え~~~!置いといてくれへんかなあ・・
も~~~!こんなん。ゴミやん!

それ小学一年のクリスマスにサンタさんが持って来てくれてんで・・・

サンタさんと違う! ワ・タ・シ 

今頃カミングアウトされてもなあ・・

なぜか、「星」のすきな子どもでした。

天文学者にでもなってくれるんかと思ったら、平凡な月給取りになりました。
期待したアタシがAFOやった。

ほかそ。ほかそ。こんな場所ふさぎ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「種蒔くやみんなみんな燃えるゴミ」 おたま

初学のころに作った句です。「諦念の軽さ」

お隣にこんな句もありました。

 「妄想ぽん幻想ぽんと紙風船」

軽っ!
生まれてきたときゃみな裸。捨てちゃえ。捨てちゃえ。

 Go back to basics !


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2015年11月18日 (水)

朝顔



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このまま 手折らずに 素通りはできない。

今朝の 美しい あさがほよ

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

何、寝ぼけてんだか!
光源氏。

画像はプロカメラマンの妻ケセラちゃんよりお借りしました

光源氏。何か腹立つ
といいながら源氏物語を読む初冬。

朝顔は「秋」の花。
今の時期まで咲き継ぐ・・・


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2015年11月17日 (火)

86歳



86歳・・・・おたまの事ではない。

お三味線の師匠のお誕生日にお宅訪問しました。
お稽古をやめてずいぶん経つ・・・。しみじみ。
まあ・・モノにはならなかったわね。15年通ったけど
何をやらせても中途半端な女だったよ(まだ終わってないけど)

先生。おいくつになられましたか?と聞くと「85歳」と言い張るんだけど、「86歳」でしょ?というと、ペロリと舌を出される。

「これ、大好きやねんよ」と言って
以前にプレゼントした海外旅行のお土産のペンダントを、さりげなくつけてはります。こういうところの細やかさはさすがです。

相変わらず、池の見えるご自宅にお友達を招いて週二回の麻雀。
週一回は「健康保険の使える」訪問マッサージ。
食事を初め身の周り一切を独居でこなしておられる。

そう言えば、我が母も死ぬまで元気に一人暮らしをしていたっけ。

自分の親が「年をとった」ということにはピンとこなかったけど
先生の所作の一つ一つにお年を感じるようになった。

Dsc05370
お友達主催の70歳を祝う会
Dsc05371
同じく80歳を祝う会

話し上手で聞き上手。その人柄に惹かれて大勢の人が集まる。
朗らかな声。前向きな姿勢。
お手本にしたいような、したくないような・・
あ。先生のことは好きなんだけどね。

あたしゃ、これくらいの年齢になったらお蚕さんになる。
布団かぶって息だけしておく。
しかも、絶対に羽化なんかしてやらないゾ。

じゃ、なかったらものすごく我儘なばあさんになる。
(すでに、そうなのか??)
暴走ばあちゃん。
優先座席なんて、横になって独占。

ああ。夢が広がるわ

先生!今度は90歳の会ですよー。
にぎやかにやりましょうね。


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2015年11月14日 (土)

わかって貰えなくてもいい。



朝刊のコラム「折々のことば」
たまに「ほんまや。ほんまや」と思うことがあります。

「今様のことどもの珍しきを、言いひろめ、もてなすこそ、またうけられね。世にことふりたるまで知らぬ人は、心にくし。」 (徒然草)

(おたま訳)
はやりものをいかにも「知ってるわよ」と言いふらし、もてはやすのはみっともないわ。もう流行らなくなって皆が次のはやりものに我勝ちに飛びついてるころ、あらま。そうだったのなんて、ほうが奥ゆかしくて素敵」

さすが、けんちゃん(兼好法師)。

哲学者・鷲田清一さんは次のように思索されています。
「世に散らばることばをさらにまき散らすことばは、宙を舞う塵のようなもの。「空語」とでも言いたいところだ。それを口にする人は、塵のように軽い。空しい。」


それですがな!

この前、外でお食事しましょ。ということになりました。

「おばんざいの店」 ってなんですのん。

おばんざいで、お金を取る気?そんなん、お家でちゃかちゃかと作るものやわ。
人様にお出しするもんとちゃうのんちゃう?

鴨川の水で産湯を使ったyoukoはんも前にコメントで書いてはったわ
「おばんざい」って言葉はお商売人が内々でしか使わなんだ。

    看板蹴ったろか! って。

しかもメニューに「カボチャのたいたんって??
カンボジア料理ですか?
「かぼちゃの煮つけ」でええがな。どうしても「たいたん」って言いたかったら、せめて「なんきん」って言って欲しい。

おたまの母は関西人やから、ふつうに
「今日のおかず何?」
「シロナとお揚げさんの炊いたんやで」と言ってました。

でも、それって、「話し言葉」やし・・・
「炊いたん」って。お洒落なメニューに書かれてもねえ・・
なんかゾワゾワっとする。

ついでに、書いとこ。
最近「白菜(しろな)」って見ませんね。
こないだ大原野の農家の人がテレビに映ってはったけど、ご近所の農家でシロナ作ってるのそこの一軒だけになってしまったんですって。

「今様のことども」の恐ろしきかな。ですわ。
水菜も壬生菜も知らんまに全国区になったのに、なんでシロナが廃るねん

ウチラ「水菜」といえば鯨のコロと炊く位しか知らなかったのに、品種改良されて柔らかくて苦みがなくなって、今ではサラダなんかにも使われてる。
それはそれでいいんやけど、「昔の水菜」も残してほしい。
お菜っぱは炊かなあかん。サラダより仰山、摂取できます!

シロナがオサレな「ホワイトなんたら・・」になったら・・泣く。

さっきの続きです。
それで、怒り心頭は。そのメニュー

   「塩サバの焼いたん」

それって、「サバの塩焼き」でええやん

いっぺん整理しとこ。
1)あ。ここのお店、お家で食べるようなさりげないものを出してくれはるんや。嬉しいわ。ヘルシーやし、おいしいわ。というのは一向にかまわない。しかし、あんた(店)が言うな!おばんざいって。

2)無理やり料理に名前を付けるのはかめへん。だからと言って、「っぽくなる」からといって正々堂々とメニューに書く気が知れない。「たいたん」でっか?は~そうでっか。

おたまが、こんだけゾワゾワっとして、嫌がってるなんて

   誰もわかってくれないと思います。
ええねん。一人で腹立てておくから。

あかん。なんかごっつ腹立ってる
野菜不足やな。

 シロナ食べてへんからやわきっと。

Dsc05345
(うち。おばんざい置いてまへんがな)
本日の内容とは無関係です。


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2015年11月12日 (木)

50歳



「50歳」・・・おたまの事ではない。

最近、50歳の女性とお話をすることがあり、自分の50歳はどうであったかは置いといて、
「50歳ってこんな感じなんや・・」と感じ入った次第であります。

ほぼ一人っ子として育ったので、母はどこへ行くのにも子どもを連れて行きました。
一人で留守番をさせて置けなかったのでしょう。

その代り、約束させられていたことがありました。
「大人の話には入ってこない」という事でございます。

人の100倍くらいマセていたので話の内容はよく理解できます。
しかも、興味深い話ともなると、お菓子を食べたり本を読んでいるフリをしながら、黙って全神経を耳に集中していたものです。

ある人の引っ越し先に、母ともう一人のおばさんがお祝いを持っていくのにくっついて行きました。市電に乗って、住所を書いたメモ書きを見ながらずいぶん探し回りようやく家が判りました。
一息ついて落ち着くと女性三人のおしゃべりがはじまりました。

「私、来月で50歳よ!もうおばあさん。自分が50歳になるなんて考えもしなかった」

これは、その引越し先の方のセリフ。
当時、おたまは7歳くらいだったので母は30代前半。もう一人のおばさんも母と似たような年齢だからこの方は少し年の離れたお友達だったのでしょう。

50歳のおばさんは和服を着て上品な、とてもきれいな人でした。
丹阿弥谷津子さんに似ていた。そんなことまで覚えています。

話は佳境に入り、50歳マダムのご主人様が浮気をしていらっしゃり(敬語を使う事もないか)お相手が「娘と同い年なのよ!」ということでありました。

こらいかん。子どもに聞かせる話じゃない。
それくらいの事、マセた子どもにはすぐわかりまする。
眠たくなったフリをする・・・・。
「お座布団の上に横にならさせておもらい・・」ということで
大人たちは安心しておしゃべりを続けるのです。

薄目を開けると母はもらい泣きなんかをしています。
大人って・・めんどくせー。

Dsc05315

50歳。50歳。50歳ってそんなにおばあさんなんだ・・
だから、だんなさんは浮気をしたのか・・
そして男の人というのは若い女性が好きなんだ・・・

という事を学習する。

母は何かにつけて、我が子がしっかりした子で、子どもながらに「口が堅い」のを自慢にしていました。
「人に言ったら駄目よ」と言われたことは絶対に言いませんでした。

って、こんな話。7歳の同級生に言えますかいな!

Dsc05342

という事で

何十年も経ってこんなところに書いてます。


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2015年11月11日 (水)

小糠雨にぬれながら御堂筋



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淀屋橋ってこんなに短かかったっけ・・
娘時代(アタシにもあったよ。ふ。)毎日通勤していたのに・・記憶があいまい

正面に見える緑の屋根がポンギンこと(日本銀行)。
御堂筋を挟んだお向かいに大阪市役所があります。
夜8時かな?9時かな?市役所の澪標(みおつくし)の鐘が聞こえてくるんです。娘っ子なのに遅くまで残業してたわ(遠い目)
写真右が三菱ビル。
このビルが建った時は何て高層!!!とおもったものでした。
今ではおチビさんね。
そのお隣にはフィルムビルが見えます。


年に一度は旅行しようね。と言っていたベベちゃんが心臓の手術をしてからはもっぱら「大阪歩き」「京都歩き」「神戸歩き」をしています。

「天王寺七坂」「京都三条・延長東海道」「北浜レトロ街」「京都島原巡り」・・・・
京阪神。うちらのテリトリー
と、おお威張りしていましたが、いえいえ街は奥深い。変化もしてるし「知ってるつもり」になってるだけかもしれません。

今回は中之島・中央公会堂の特別室見学を目玉に御堂筋を歩くことにしました。

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相場師として財をなした「岩本栄之助」は現在の価値にして100億とも200億ともいわれるお金を大阪市に寄付をし、この中央公会堂を建設します。
今から100年ほど前の事です。

その後、多額の損失を出したとき
「あんさん。大阪市からちょっと返してもらいなはれ」と勧められもしますが、

「そんな事をすれば大阪あきんどの名が廃る」

と頑なに拒否。
38歳の若さで自死の道を選んでしまいます。

そういえば淀屋橋も個人が作ったものです。

通天閣や大阪城も大阪商人によって再建されています。
お金儲けだけではなく社会に還元する気概と気風が大阪の人にはあったのでしょうね。
(公会堂の素敵な写真は又UPしませう)

さて、御堂筋歩きです。

御堂筋が南行き一方通行になった時、この淀屋橋全体に横断歩道の白線が引かれたのですよ。そう言えば今は無いわね。

坂本スミ子「たそがれの御堂筋」はミナミからキタに向かい、この「淀屋橋」が終点になっています。
この曲の数年後にヒットした欧陽菲菲(オウヤン・フイフイ)の「雨の御堂筋」は本町や心斎橋をさまよって南下している?
前回(3年前)の御堂筋歩きは銀杏並木が美しく色づいていましたが、今年はまだまだ。
そのかわり、小糠雨の歓迎を受けなかなか趣がありました。
この日は淀屋橋からミナミに向かって歩きました。

かつてはどの町にもあった喫茶店。コーヒー店。
どこに入っても「雨の御堂筋」が流れていたっけ。
今では「喫茶店」を探すのも一苦労。大容量のカフェばかり。

そう言えば、ミズノのお隣、石原時計店?のお隣に美味しいコーヒー店がありましたね。(おたまもベベちゃんも)名前がどうしても思い出せないのです。どなたかご存知の方がありましたら、教えてください。


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2015年11月10日 (火)

ブログでつながる不思議



大学の先生って、いろんなことを研究してはるんやね。

ちょっと前、こんなお馬鹿ブログに連絡があって、どうも先生の研究テーマに、「ナニか」がhitしたらしく、「使わせて下さい」とご依頼がありました。

何の異存もございますかいな。
煮るなと焼くなと・・とお返事させていただいたら

この度、ご本が送られてくることになりました。
今月末までには出来上がるそうなので楽しみにしています。

Dsc05301

基本的に性善説で生きてます。
あまり人を疑わない。
厳しく言えば無防備?

本を贈っていただくにあたり住所・氏名・年齢(それは聞かれていない)をペラペラ教えちゃって良かったのかしら・・なんてね。
ネット世界のやり取りだからね。
大学もわかっているし研究室のHPもちゃんと見ているのでモウマンタイなんですけど。

・・・・・・・・・・

ブログなんてもので、会ったこともない人とお友達になったりしてしまう。

親の血を引く兄弟よりも 固い契の義兄弟
こんな小さな盃だけど~~男命を賭けて飲む  

北島のさぶちゃんも歌ってるしね。
縁というのは不思議・・

「貴女は友達に恵まれてる」って母や夫にずっと言われてた。

長い人生だから、そりゃあ、いけ好かないのにも出会ったし、〆てやろうかというのもいたけど大体そういうのは「友達」じゃないから、どうでもいいの。

母や夫が言ったように「恵まれている」のだとしたら、自分の好きな人とはしつこく付き合ってきたということでしょうか。
友達って自分が選べばいいんだものね。
好きな人と付き合う。好きな人が結構いる。
そして長い付き合いになる・・

一番の親友(夫・ひっちゃん)は早くに亡くしたけれど、何だかんだと寄り添ってくれる人達がいる。

あれ?何の話だっけ?
そうそう。見ず知らずの人に住所と名前を教えてダイジョ~ブ?ってこと。

ネット社会で殺伐とした話も聞くけど
基本、人って善だと思う。素敵に繋がれる。

ブログを通してこれからも未知なる人との出会いがあり、それを大事にしたいと思っている。

だって、この星の73億人の中の誰かと繋がるって 奇跡かもしれないから・・。


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2015年11月 9日 (月)

冬の始まり・俳句



昨日の「立冬」「冬来たる」「今朝の冬」「冬に入る」という季語
これらは、立冬(黄経225度に太陽がある日)の一日だけに通用すると申しました。

それとは別に、今の時期ならではの季語があります。
「初冬」(はつふゆ)「冬はじめ」「冬兆す」「冬浅し」

其々が、微妙なニュアンスの違いを持っています。

やはり冬が来たんだな・・という思い。気配。
立冬は過ぎたけど、まだまだ冬ではない気分。

どっひゃあ~。面倒くさいね 日本人って 季感って

ちなみに「冬隣り」「冬近し」は今よりちょっと前の気配です。
ぼやぼやしてたら、「季語」が目の前を素通りしてしまいます。

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冬はじめ息吹きかけて拭く眼鏡

冬めくやもの蹴り帰る小学生

岸壁に船寄り添へる冬はじめ

冬はじめ接岸の船揺れてゐし

初冬や旅の荷物に星座盤

冬めくや付箋食み出す広辞苑

芯の出ぬシャープペンシル冬はじめ

寄り合うて惑星二つ冬めけり

割きて買ふ白菜キムチ冬はじめ

初冬の三の三針輝けり

冬めきて戸毎雨戸を閉める音

だだだ~っと作る.。
捨ててしまいたいと赤面したくなる
推敲したいのもある。

感覚的に「どこかにあったな・・」「読んだな・・」と感じたものは
類想類句。誰でもが作れる、発想する句ということになる。
自分でも消化できていない(わかりにくい)言葉は100%人にわかってもらえない。独りよがりの句。

やはり、実際に自分が体験したものは強い。

Dsc05284

俳句マラソン(って勝手に名前をつけてる)をすると自分なりに勉強になります。
そして、今の時期・・冬の初めって意外と好きということに気が付きました。

(へへへ。この頃「俳句カテゴリー」ばっかです
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2015年11月 8日 (日)

立冬・マラソン俳句



一つの季語で短時間に10句。20句と作ってみる。

時間の制限は脳に考える余地を与えない。
大体、グッチャグッチャと考えるからダメなのであって
感覚に素直に・・理屈を入れずに作る。

俳聖芭蕉翁も「俳諧は三尺の童にさせよ」とおっしゃっているではありませんか。
99センチのこどもになって素直なアタシに戻るんだ~~

本日は「立冬」です。

立冬・今朝の冬・冬立つ・冬に入る・冬来たる
これらの季語は今日一日だけのことを言います。

大学の梢抜き出て冬に入る

青信号足踏みて待ち冬に入る

田に響くモーターの音冬に入る

立冬や四角に日入る虫籠窓

原発の話などして今朝の冬

庭石に鳥影頻り冬に入る

冬に入る手芸の店に長居して

冬立つ日海空頒かつ波白く

天球儀くるくる廻し冬に入る

丁寧に段畑鋤かれ冬に入る

Dsc05298

どういう事に、どういうものに「今日」=「立冬」を感じるか・・
は~~あ。
おたまロイド君(三尺のコナン君になったつもり)もうちょっと頑張る。


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2015年11月 7日 (土)

菊花展へ



菊の花が聞いたら気を悪くするかもしれないけど
菊ってな~んとなく年寄臭い

年寄のあんたが言うな!・・・そりゃそうだけど。

「菊作りが趣味でしてねえ・・」などという若者をみたことない!
お葬式とかパチンコ屋の開店の花輪のイメージが強い。
(あくまでもアタクシの感性だす)

菊の花はあまりにも美しすぎて、堂々としすぎている。
絢爛豪華で格調高く、あんたホント、立派だよ「菊」みたいなのは俳句に詠みにくいのかもしれない。

真正面から菊を詠んだ名句って思い出せない。

・・・・・・・・・・

晩秋の庭の隅にひっそり残る、「残菊」「晩菊」
畑に忘れられたように植わっている「乱菊」「痩菊」「枯れ菊」

そんなものばかりに惹かれてどうする!自分。
そうなんだけど調べてみたら
「倒れてた晩菊を括った」とか「枯れてパリパリだよ」とか

   「嵩高く菊焚かれをり供養塔」 おたま

うわ。燃やしちゃったよ。
これは会津藩士の墓参りをしたときの句です。


そうもいってはおられません。
だけど僕らはくじけない。泣くのはいやだ笑っちゃおう。

ススメ~~~菊花展へ行ってまいりました

Dsc05285
見事です。
「菊花展」も晩秋の季語になっています。
・・・・・

Dsc05288

「後ろ手に巡る菊花展日和」 
「県知事賞真ん中にあり菊花展」

は~~あ。むちゅかしい。


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2015年11月 6日 (金)

小春日和に蕎麦を食ぶ



一週間前の急な冷え込みで山々が色づき始めています。

Dsc05296

昨日は薄手のセーター一枚でも汗ばむ陽気。

またまた、この町にやってきました。
⇑ここはギャラリーのようです。

お昼はお蕎麦を食べる予定
が。
心づもりのお店が定休日でした。

それで、いつも前は通るんだけど入ったことのないお店に入りました。

体の大きな大将と、それよりももっと大きい男の人が厨房におられました。
壁には今を時めく人気力士の手形が3枚ありました。
番付表も額に入れて飾られています。

はっは~~ん うっふ~ん

元、お相撲さんなんだ・・こちらのお兄ちゃん。


Dsc05295


子どものころテレビでよく見た市村俊幸さんは「ブーちゃん」の愛称で親しまれていた方です。
ウィキペディアを見ると「俳優」となっていますがジャズピアニスト・ボードビリアンとしても大変活躍されました。
あの「アップダウンクイズ」の初代司会者も市村ブーちゃんだったのですね。

ブーちゃんは、今の巨漢?タレントさんのハシリだったかもしれません。
今の方は「食べる」のが「芸」のようになってしまっていますが・・

洗い場でやけに小さく見えるお茶碗を洗っている(たぶん)元お相撲さんを見ていて、市村ブーちゃんの事を思い出しました。

あんなに大きな手、太い指でピアノの鍵盤を二つ同時に押さないのが不思議・・ずっとそう思っていました・・。

Dsc05294_2


ご当地特産の自然薯のかかったお蕎麦。とっても美味しかったです。

   「小春日や力士手形に手を重ね」 おたま

小春日・小春日和は冬の季語です。
自分の感覚としては、今年は、もうちょっと先・・
一度冬の寒さを感じた後で・・などと思っています。


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2015年11月 3日 (火)

高山右近の郷へ



先月は忙しくて、なかなかブログにUP出来なかった
のですが・・

10月半ば

高山祭に行ってきました。と申しましても、
飛騨高山の絢爛豪華なあのお祭りではありません

大阪府豊能(とよの)郡豊能町は大阪府の最北部に位置し、兵庫県と京都府に隣接しています。
Dsc05221棚田の様子からもわかるように、山間部にあり「大阪のシベリア」などと言われるくらいの寒冷地です。



ここに、「高山」という地域があります。
キリシタン大名高山右近の生誕地です。

Dsc05197碑が建立されていました。
大きさが判るよう、人物(私らの歴史勉強会の先生)を入れてみました。

20数年前に一度訪れたことがありますが、その時は無かったですし、ここが右近の生誕地であることも「知ってる人はしってるいるけど・・」という感じでした。

右近は日本国内より、海外での評価が高い人物といえます。

その理由は、大名という体制側の人間でありながら上に屈せずキリシタンの道を選んだという事。
大名という立場でキリシタンの教えを広め国づくりを進めたということでしょうか。

足利の配下から戦国時代信長・秀吉の時代さらに江戸幕府になってからも一貫して改宗に応じなかった高山家と右近。

1615年。家康により追放されたマニラ(ルソン)で生涯を終えています。

数年前にはバチカンから国のお使いの方が来られ上の写真の碑にお花を捧げられたそうですよ。
右近をキリスト教の聖人に・・という関係者の運動が実を結び今年の夏にはその調査に入られました。

来春にはローマ教皇庁から認定を受ける見通しだいうことです。


右近の没後400年に当たる今年。
この日はにぎやかに「右近の郷フェスタ」(第3回)が行われていました。
自衛隊音楽隊の演奏や「世界一」の梅花女子中高等部によるチアリーディングなどなど・・

田畑を風に乗って渡って来る楽しそうな音楽をききながら、ボランティアガイドさんに周辺を案内していただきました。

北摂・高槻藩の領主となった右近は領民の3分の2をキリシタンに改宗させたそうですが。この高山地区。キリシタンの末裔の方を特定するのは難しいようです。
右近の離任により、また元の宗教に戻っちゃったのかしら・・

ただし、(現)高槻市には「隠れキリシタン」であったことがはっきりしている地区があり、我々が教科書で見た・・誰でも一度はあのポーズをとってみたことのある・・フランシスコザビエルの肖像画が発見されたのも、そこのお家であるということです。

右近の魅力。人物像についてはまた、ゆっくりお勉強したいなあと思っています。
もひとつ。高山氏と飛騨高山の関係。
右近のお父さんは、ここ高山荘の在地領主だったということなのですが、なまえが高山飛騨守(ひだのかみ)っていうんですよね
カンケーあるのかないのか気になります。どなたか詳しい方があったらおせーてね。


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2015年11月 1日 (日)

キレる男



年寄とばっかり付き合っています。
しかもそれが、ここいら辺の牧歌的な年寄ばかりなので
比較的穏やかな人間に囲まれて生活していると言えるわけでして・・・。

ところがたまに半径10キロ圏内から外に出ると
珍しい人種にぶち当たることがあります。

横断歩道を渡っていたら、前を歩いていたニイチャン。(といっても40代だと思う)が突然大声を出しまして、横断歩道にはみ出していた自動車のボディを思いっくそ(オット。失礼)足で蹴りました。

「邪魔じゃあ!どかんかいコラァ!」
「なにさらしとんねん。こんなとこ突っ込んできやがって!」

⇑ ⇑ ⇑

そう、おっしゃったかどうかは定かではないのです。
だいたい、さような乱暴な言葉づかい知らない河内女やし・・
が、ま、そのようなニュアンス。

ふつう。蹴る?
そこまでする?

この人、絶対に野菜不足やわ。
食品添加物の摂取し過ぎやわ。
何が彼をここまで怒らせるのかねえ。不思議。

停止線オーバーして横断歩道に突っ込んじゃうって、ドライバーなら多くの人が経験してるでしょ。
渋滞とか前の車両との関係とかで。

運転席の人は女性でした。女だからってこともあるのね。
ヒドイ。女だと思って甘くみてるのね。
彼女、きっと、はみ出した時「しまった!」って思ったはず。申し訳なさそうな顔してたもの。

   自分は「正義」だと思ってるんだこの男。

こういうのに限って路駐の車を写メで撮って交番に通報するんだよ!
そんな、面倒な事せずに警官になれ!器。小っちゃすぎるぞ。
サイテ~や!

切れ者。切れる人。って頭の回転の速いやり手。敏腕家。という意味だと思っていたんだけど。
いつからこっちの意味のキレ男が増えたのかしら。

最近ね、おたま、男の人が大っ嫌いなの
何かあった?ううん。何もないけどね。

・・・・・・・・・・。

実はこの後、バスに乗ったんだけど、途中で乗ってきた40歳くらいの男性が連れの女性(たぶん彼女)をず~~っと、なじってるの。
どうも彼女が待ち合わせ時間に遅れたらしい。
そんなことでは、将来やっていけないみたいな話になって・・
だから、あの時・・。考えて動け・・。と彼女を全否定。
ぶちぶちぶちぶち・・・30分間。降車までつづく。

おいおい。バスは公共機関です。いろんな人が乗ってます。
みんな、それとなく耳ダンボ。

ホント。ちっせー野郎だ。

こんなに男性に失望することが多いなら、おたまもう半径10キロから外に出るのをやめようと思います。

Photo


でも、アチクシ基本、世界中の殿方の味方です。
あの、キレ男さんのおみ足・・腫れてないかしら・・
とても心配しています。


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