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2015年10月 9日 (金)

また逢う日まで


baseballbaseball


今井正監督(1912~1991)は社会派の巨匠として戦後の日本映画に優れた作品の数々を残しています。

社会派⇒苦手・・・という先入観がありましたが今回観た二本の作品は情感豊かな心に残る映画でした。ほんのちょっと前の日本・・・戦争末期から戦後の・・・懐かしいけどはるか遠くになった近代日本を描き出します。 

では一本目

また逢う日まで (1950年・東宝・白黒)

何といっても語り継がれるのは「ガラス越しのキスシーン」です。
Mata_au_hi_made_2(画像・ウィキペディア)

ウィキペディアには
「日本映画史において最高の名シーン」と記載されています。

確かに雪の降りしきる屋外の岡田英次と部屋で見送る久我美子の窓を隔てたキスシーンは、切なく美しい。

それまでの日本映画では、かようなアップのキスシーンはなかったそうです。

と。このあたりの予備知識はありましたので、
ああ。これがそのシーンか。と胸キュンheart02

ところが、ところが、ところがでっせ!
なんてことでしょ!あーた。

その後の映画の中で、なんぼでも(って2・3回やけど)
    接吻しはりますねん。
硝子なしで! な~~んや。あほらし。
いやいや。あほらしいことはありません。それぞれに素晴らしいキスシーンです。

clover
接吻の話ばかりであらすじ忘れてました。でへ。

戦時下に青春を過ごさなければならなかった若者たちの出会いと別れ。
閉塞状況に置かれた恋人たちの運命は・・・
当時はいたるところでこのような話があったのでしょう。
戦争で引き裂かれる男女の純愛物語です。

・・・・・・・・

冒頭で空襲警報の中、防空壕となっているビルの地下のようなところへ逃げ込むシーンがあるのですが、ちょっと鳥肌が立ってしまいました。
なぜって、「既視感」があるのです。
この映画。小さい頃「観てる」と思いました。
後半で、蛍子が三郎(岡田英次)を待ち続ける駅の構内の場面で確信を持ちました。
急な長い階段。大理石の円柱。凭れる女性。
更に蛍子の母(杉村春子)が狂ったように娘を探し求めて走るシーン。このトンネルのような駅の通路の場面も知ってるような気がします。

1950年。実はおたま、まだ生まれておりやせん。
しかし、田舎の映画館で、それから何年かたって上映されたのではないでしょうか。
留守番の出来ない小さな子どもも映画に連れて行かれたはずです。
思い違いかもしれませんが・・・もう母に訊くこともできませんが・・

clover

この映画すごく美しいんです。上記の防空壕も駅舎もそれから洋館である三郎の家、画家のアトリエである蛍子母娘の住まい。
そして、おたまこだわりの「接吻シーン」の風景。路面電車の走る街。公園・・どれをとっても美しい。
久我美子の服装も髪型もたたずまいもどこか、古いヨーロッパの映画をを観ているような気がしました。

原作はロマン・ロランの「ピエールとリュイス」という小説だそうです。
だから、どこか異国風なのかしら?

作品は全体が静謐で、格調の高さに包まれている。
「静かな映画」という印象を持ちました。
それゆえに悲劇性がしみじみと胸に伝わってきます。

Dsc05179


明日の見えない日々の中でヒロイン蛍子(久我美子)のセリフ
「私には望みがあるの。それは”生きる”ということ。生きたいの、生きていましょう。私たち」
clover

「生きる」という人間としての根源的な権利(ここでいう権利とは生存権ではなく生命権です)が保障されなかった時代があったこと。
国家によってその権利を奪われていたこと
そして、そういう時代が再び来ないとは言い切れないこと。

今の時代だからこそ、若い方に観てもらいたい映画です。


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コメント

生命権が保証されたこの70年でしたがなにやら此の先怪しくなりつつあります。何方かが書いておられました、あの時私ら女性がもっと賢くそしてもっと反対してたら哀しい思いをせずに済んだものを、だからこれからの女性には賢く強くなってもらいたいと。まさしくその言葉今こそしっかりと噛締めたいものですね。

投稿: パコ | 2015年10月 9日 (金) 11時03分

毎日、毎日楽しみに勝手に覗いています
幅広く奥深く今日こ内容はマンゴも丁度産声を上げたての昭和女子です。抱腹絶倒の表現には毎回関西のおばちゃんでは無いですが
思わず「そやそや」なんてね♪マンゴは沖縄在住の今年はくたびれかけのプチばぁさん
ヨロシクでーす。

投稿: 南のマンゴー | 2015年10月 9日 (金) 12時21分

baseballパコちゃんへ
う~~ん。特別に女性だけが愚かであったという事は無いでしょうが、特に当時は子どもを育てるという仕事が女性に任されているのだとしたら役割は大きかったでしょう。
どのような社会を形成してゆくか、全ての源は教育ににあると思うからです。

当時を生きられた女性が反省を込めてそのようにおっしゃっているのですね。

賢くならなきゃいけないのは、男も女もおなじだとおもいますね。
男が〇〇だから女が賢くならなきゃっていうことでもないでしょうからhappy02
↑少し言葉足らずになっています。ごめんなさい。

baseball南のマンゴーさんへ
初めまして。コメントありがとうございます。
沖縄にお住まいなのですね。いいなあ。
八重山諸島へは行ったことがありますが、沖縄へ一度行ってみたいと思っています。

これと言ってど~ってことない事をダラダラ書いています。お気軽にお付き合いくださいませ。またコメントお待ちしてます^^

投稿: おたま | 2015年10月 9日 (金) 21時32分

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