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2015年10月12日 (月)

純愛物語/1957年


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今井正監督作品。二本目は

「純愛物語」 (1957年・東映・シネマスコープ・総天然色)

1957年という時代は
敗戦。ヒロシマ/ナガサキ原爆投下から12年目ということになります。
1953年3月。ビキニ環礁で第五福竜丸が「死の灰」を浴び、この米国・キャッスルブラボーによる被曝により、日本全土で原水爆問題が改めて大きく取り上げられていた時期だと思います。

今井監督の「純愛物語」は、焼跡社会に懸命に生きる少年少女を通して、あらがう事の出来ない原爆後遺症に対する強い怒りを描きだし、我々の前に静かに問題を提議するのです。

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ミツ子(中原ひとみ)を不良仲間から助け出した貫太郎(江原真二郎
どちらも戦争孤児である。
二人はアベックスリを働くが警察に捕まりそれぞれの更生施設に送られる。
監察官(岡田英次)の親身な世話で更生の道を歩み出す貫太郎
かたや、ミツ子は日増しに体調が悪化してゆく。祖母に背負われ、原爆投下から三日後の広島にはいっていたというのだ。医師の診断を受けた後、彼女は姿を消す・・・

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「貧困層」とは赤ん坊も含める国民全員の総収入を人口で割った金額の半分が、その半分に満たない層を言い、その割合は国民の3割に達している(素人の聞きかじりで書いていますので、間違ってたらご指摘ください)という現代日本ですが、
戦後の混乱の時代、天涯孤独の原爆症に苦しむ少女のポケットに「あと、五円玉一枚っきりしかない」という状況を想像するにはなんと今の社会は豊かで贅沢になったことでしょう。
それは、全ての人が「貧困」ではないから・・・。言い換えれば貧困の格差が大きくなったからともいえるんだけど・・・

青春の最も輝く時代に板敷の一泊50円のドヤで死を見つめる少女。
決して声高ではない「反戦」というテーマを重くかみしめる映画でした。

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1957年は被爆者援護法がようやく制定された年です
原爆投下から12年経過しています。
映画の中にも出てくる「原子爆弾により体調に不安を感じている人のための無料相談」ができるのもそのときです。

ヒロイン・ミツ子以外にも大勢の人が詰めかけています。
目にはみえない原爆の影響とその治療法。
ようやく落ち着きを取り戻したかに見える市民生活に原爆は大きな黒い影を落としています。

1957年。米・ソに続いて英国が水爆実験を成功させました。
同じく1957年8月。日本では茨城県原子力研究所において原子炉が臨界点に達し、国内初の原子の灯がともりました。

小学校では「原子爆弾はいけないけど、平和のために使うのはいいことです」と教わりました。

この映画から半世紀以上も経って、我々は「フクシマ」という現実に直面することになりました。


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