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2014年8月14日 (木)

魂は口から出ていく



ローレン・バコールが亡くならはったんやね。
カッコイイ人やった。大好きでした。 合掌。

      

お盆には、いつも「不思議体験」を書いています。
どこに?ってここにですわ。

大切な人を失くすと「魂」の存在をうっかり、すっかり信じてみたくなるものです。
信じた方が幸せだから・・・かもしれません。

おたまの見解は
「自分が知らないことを否定するのは愚かな事である」
ということです。

ですから、これはそんなもの「ある」というお話です。

070


ひっちゃん(夫)の通夜葬儀を仕切りまくって済ませたおたまでございました。
夫の喜ぶようにやってあげたいと。そればかりでした。

おたまの友人には一切知らせませんでした。
なぜなら友人は「おたまのために」泣いてくれることがわかっていたからです。

通夜・葬儀には「ひっちゃんのためだけに泣いてくれる人」に来てもらいたいと思いました。

顔を合わせたことのない自治会の役員さんには知らせず、ご近所は仲良くしてもらったガチャピン夫妻と、お隣のご夫妻だけに来ていただきました。
既に就職していた長男の会社関係にも伏せました。

夫を愛して下さった方ばかりが来てくださいました。

人に好かれる人でした。

測ったように会場が埋まりました。
かねてから
「自分が死んだら○○と△△に連絡してくれたらアンジョウやってくれるわ」と言っていました。彼らはおたまとも知り合いでした。
間違いなく「あんじょう」やってくれました。

司会進行は喪主・おたまがやりました。

弔辞は15歳の時からの親友が「おまえ、何死んでんねん!」という言葉から始まりました。
友人たちは息子を物陰に連れてゆき「男は泣くな。」と言ってきかせていたようです。

「可笑しいやろ、自分は泣いてるのに・・」と息子は言ってましたが。

通夜振る舞いも精進落としも盛大にやりました。それが彼の希望でしたから。

一人っ子でしたので兄弟の味は知りませんがその代わりの人に恵まれました。
みんな火葬場まで行ってくれマイクロバスに乗り切れませんでした。

さて。

魂のはなしです。

宮付きの霊柩車があいにく出払っていてベンツの霊柩車になりました。
妻も乗せてもらえるかと思いきや、後続のマイクロバスへということでした。

(その前に)
火葬場は、葬儀会館のご指定の〇〇で。とのことでしたが、
「いや、ウチの亭主は我が町の煙になります!」と言って押し通しました。
たかが、5㎞の違いです。諸々のお付き合いがあろうことは判っていますが、それは、あちらの事情です。施主はわたくし・おたまでやんす。

で。希望の火葬場に向かう車の座席にすわったとき

・・・・・・・・・・

ひっちゃんが、おたまの口の中から出て行きました。

 

それは、喉仏のところから、出て行きました。
ピンポン玉より小ぶりのふわふわした、マリモのようなものでした。
完全な球体でした。
色は白かったです。

それは、軽い咳払いと同時にぽこんと、ほんとうにぽこんとゆっくり、出てゆきました。

ははは。信じていただかなくて結構ですが、ひっちゃんでした。
「今、ひっちゃんが出て行ったわ」というと、長男が「そうか・・」といいました。

何もかも終わって葬儀社の方がみえて

「今まで長い間、この仕事にたずさわってきましたが、初めての経験でした。こんな、ご葬儀のやり方があるのかと・・
     勉強させてもらいました!!
と平伏されました。

「スタッフ皆で話ました。あの時の奥様のご挨拶・・もう一度聞きたいです」
それは、無理やろ。

ひっちゃんに喜んでもらいたい。
それだけでした。

(葬儀の取り仕切り、何をどうしたいかは業者任せにしたら、もったいないです。自分の大切な人の旅立ちですから・・)

「おたまちゃん。完璧やったわ・・・」
「でも。可愛くない?」
「しゃあないな・・・・」 
(以上、。当時の長男との会話)

それからしばらく色々な「体験」をしました。
それは六根(眼耳鼻舌身意)の世界ですので、説明がしにくいものです。

49日の前日。面白い夢をみました。
ひっちゃんは、行くべきところに行った・・・と思いました。
同じ日。長男がまったく同じ夢を見ていました。

なんと、夢の中で話しかけた「セリフ」が「同じ」で驚きました。

「ひっちゃん、よく似合ってるね・・」
「お父さん。それよく似合ってるわ・・・」

ひっちゃんは、真っ白の服を着て、白いまぶしいところへ入っていきました。

お盆なので、今まで書いたことのなかった「お葬式」の事を書いてみました。
読んでくださってありがとう。


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コメント

ご無沙汰しております。
こっそりいつも読み逃げばかりしておりました。


本日は
「読ませて頂きまして」
ありがとうございました。

投稿: 菜菜 | 2014年8月14日 (木) 07時49分

おたまさんって偉いね、いやすごい人ですね。
なかなか思い通りには出来ないものですが、きちんと仕切りプロの葬儀屋さんにも感心されたなんって素晴らしいです。
大好きだった母が亡くなり3年がたちました。この頃私をいつも母が見守ってくれていると感じる事ができます。
母の好物を見つけて思い出し、芝居のパンフレットが届くと一緒に観に行きたいなと母を想うお盆です。

投稿: スマイル | 2014年8月14日 (木) 09時42分

「見えないものでもあるんだよ。」は今では有名なことばですね。

 亡くなった方の動かない、物体となったからだを見て、生前動かしていたのは魂の他にないように思います。

 そしてそれは、とても平穏なところに行くんだと。

 お子さん(高校生)をなくした方のところにお参りに行くつもりですが、そうでも思わないとつらいと思います。

 自分の葬式のお礼のビデオを撮っておこうと思いつつまだ実行していません。
 
 連絡網つくるのが先かもですね。

 

投稿: campus cat 55 | 2014年8月14日 (木) 10時10分

・・・・・・・・・・・・・

投稿: いっこ | 2014年8月14日 (木) 10時27分

おはようございます。
ご主人様のご葬儀の様子、とても感銘しました。
そしておたまさんが喪主で、なにもかも取り仕切ったこと、何よりです。
ご主人様のことを一番よく理解してますものね。

私にはまだ連れ合いが健在ですので想像するしかありませんが
人生これからと言うときにパートナーを失う衝撃は言葉にならないでしょう。
もしも私のその時は誰かに頼りたいと、弱虫の私は脱力して泣くかも。
どちらが先かはわかりませんけどね。

美人薄命?
憎まれっ子世にはばかる??

でもやるべき仕事が終わったとき
「お疲れさん!」といってお迎えがくるのだと信じてます。

ご主人様のお話しをどうもありがとうございます。

投稿: こごろう | 2014年8月14日 (木) 11時00分

お盆に大変良いお話を、ありがとうございます。
ひっちゃんさまとは突然のお別れだったようですが、きっとひっちゃんさまは一日一日を大切に生きておられたから、何の悔いもなかったのでしょうね。見事なお弔いだし、見事な往生だと思います。そんな風に生きいたいですね。

ひっちゃん様のご友人たちも素敵です。

生まれたときに息してなかったわりにヴェルデは何も見えないタイプですが何度も死にかけた母はTVの心霊番組で解説が入る前に、「あの窓に髪の長い女の人がみえる」みたいなことを言う(日本だけでなく英国の幽霊屋敷の中継でもそんなことをいう。クロムウェル時代の服飾情報は持ってないはずなのに。最近はさすがに見なくなったみたい)人なので、
そういう世界もあるかな、あってもいいかな、と思います。

あったほうがいいですよね。

投稿: ヴェルデ | 2014年8月15日 (金) 00時46分

仰天の連続。

おたまさんみたい人、存在するんですね。

珍しい、強烈な、意志を通すお人柄です。

私にとって、理想の葬儀でも、実現は不可能。

おたまさんって、稀有な方です。

ただ、ただ仰天の連続です。

尊敬します。  合掌

投稿: やまあらし | 2014年8月15日 (金) 07時46分

菜菜さん
「読んでいただき」ありがとうございました。
夫は「仕切りや」でした。みんなの先頭に立つのが好きでした。
「彼ならこう気遣い、こう進めるだろう」と思ってやりました。
「やらされていた」のかもしれません。

さん
ありがとうございます^^
葬式をあげるおつもりなら、「こんなふうに」と細かく奥様に言っておかれた方がいいですよ^^
後が楽だから。

スマイルさん
お母様によくしておられましたものね。
「思えば傍にいる」と感じることで、遺った人は安らぎます。
もう、いない。ではなく。「居る」
それは、魂の存在を信じるか信じないかより
自分を楽にする方便かもしれません。
これからもお母様と観劇なさってください。

campus cat 55さん
連絡網。だいじです。はい。
ウチの場合。、葬儀場で喪主が初対面と言う人もわずかにおられましたが、でも、名前とかどんな付き合いとかは把握できていました。
核になってくれる人がいたので、大阪担当、東京担当みたいに動いてくれました。

あとから息子に「母もちゃんと誰に連絡したらいいか教えておけ」といいました。
おちおち生きていられないわ。

ビデオ。いいですね。
使用後どうするかも言っておいてあげた方が残る人が困らないと思います。

いっこちゃん
・・・・・・・・
そうなんだよ。

こごろうさん
じぶんなりの死生観を持っていることは、何かの時(こんな時)指針になります。
こごろうさんは、そういう意味ではキチンとされている(と、思う)ので
しっかり治められると思いますよ。

姑は「周り(兄弟にも)に知らせず、家族のみで」と遺言がありましたので、それに従いました。
夫に「ひっちゃんの時もそうする?」と聞いたら、セレモニー好きの彼は「友達全部よんで、にぎやかに送ってほしい」といいました。
ピンピンしている頃から、そんな会話をよくしていたのを思い出します。

mitoさん
ご報告ありがとうございました。
mitoさんのお父様とおたまの母の旅立ちが同時期でしたね。一周忌のころにいただいたコメントはよく覚えています。
お骨や墓や供養については様々な思いがおありでしょうが、
(第三者の意見です)お父様は納まるところに行かれて良かったとおもいます。逆縁だったご子息にも会うことができ、お母様もお参りできる距離ですもの。
常時、お線香の絶えることのない心休まる場所だとおもいます。

私の母は、墓・遺骨・位牌・遺影・戒名・・
一切ありません。
夫の親の墓・仏壇を守りながら、自分自身の親に手を合わせる何もないのです。
それも、彼女の彼女らしい選択で、私の中では穏やかな気持ちでいられます。

供養ってそういうことかな・・と思います。

どうぞ、お母様を大切に。死んだひとより「生き仏だ!」と子ども達にいつも言っています^^

ヴェルデさん
死ぬまで元気者だった夫はあのままのイメージで皆さんの中にあり、それは幸せなことだと思います。

夫の友人たちにはよくして貰いました。色々書けないけど夫は本当に幸せ者でした。
参列者の9割が男性でした
「男だけの葬式」ってかっこいいですね。って葬儀社の人が言ってましたっけ。

あるかないかの話はまた、来年のお盆にいたしませう

やまあらしさん
「葬儀関係にお勤めだったのですか?」って葬儀社の人に言われましたよ。ははは。

物事は単純です。
自分がどうしたいか・・だけ。

葬儀社の人、営業上かもらい泣きはしてくれていましたけど
どうしても他人様に任せたくなかったんです。
晴れの門出ですから・・・

投稿: おたま | 2014年8月15日 (金) 08時29分

おたまさんは男前ですね。
私も見習いたい・・・
カッコイイです。

投稿: kimi | 2014年8月15日 (金) 12時53分

流石です。感服いたしました。
私の法衣の師匠は、仕事に因んで天衣美縫ちゅう戒名を貰いました。
天衣無縫に思えましたが。
私は自分で付けると云ってます
安衣陽縫か安衣縫陽で。
ヨウホウは、蜂蜜 ホウヨウは抱きしめてやなぁと法衣屋に云ったら 
ヤスイは、当て付けか?云われました。 
そこか!! お寺にこれに決まってるとか告げんと
当たり障りの無いのにされそうで。
神輿会には、担いでや!と頼んでますが  振るの禁止で。

投稿: youko | 2014年8月15日 (金) 16時30分

おたまさんとひっちゃんの深い愛情が成した稀有なお葬儀だったのですね。おたまさんの体験は信じられないような話ですが皆信じます。不思議な体験を伺い3度読み返しました。おたまさんはすごい人なのですね。
色々考えるお盆です。ありがとうございました。

投稿: おけい | 2014年8月15日 (金) 20時39分

kimiさん
子どものころから「しっかり者」といわれてきました。
このシッカリしたところが、最大の弱点でもあります

youkoさん
山田養蜂場とまぎらわしいかと存じます。
死装束にみなしごハッチの格好させられたらどないしますねん。
泣くに泣けません・・・

俳句の先生は「俳号」そのままでしたわ。
ウチ。別に俳句に生きているわけやないし・・その前に俳号もってないし・・
何か考えんとあきませんね。

おけいさん
人間って色々な積み重ねがあって「今」があるでしょう?
あの時のタイミングは「それまでの自分」が行ったことでした。
もし、それより10年早く夫の死に直面していたら、パニックになっていたかもしれません。
自分が経験してきたことは、こういう意味をもっていたと感じることが多いです。

言っている意味がわかりませんね
読んで下さってありがとうございました。

投稿: おたま | 2014年8月16日 (土) 07時18分

mitoさん
ご丁寧にありがとうございました。
現在地球の人口は70億人。
この世に生まれ死んでゆく間に、その中のどれほどの人と出会うのでしょうね。

どのようなご縁を結ぶかは偶然ではなく「意志」だとおもうので大切にしたいです
これからも、仲良くしてくださいね。

ぺこちゃん
コメントの内容が「プライベート」なことでしたので、おたまの胸だけにとどめさせていただきます。

理不尽な人って絶対に存在します。
そう言う人に限って自分の理不尽さに気づかないものです。

自分が、そういう側(人を苦しめたり、傷つけたりする)の人間でないことに誇りをもちましょうよ。
まして、そのことで体を悪くするなんて理屈に合わないと思いませんか?

口惜しいから、元気になって下さい。

ペコちゃんは、するべきことをキチンとやって来られた。そのことに胸を張ればいいし、見ている人は見ているものです。

投稿: おたま | 2014年8月17日 (日) 07時34分

私たち夫婦、どちらが先に逝くか分かりませんがおたまさんがご主人を送られたご葬儀を心にとめて行きたいと思います。
この1年身近な友人を2人失くしいろいろ思う事の多い年でしたので殊のほか身に沁みました。

投稿: kazu | 2014年8月17日 (日) 16時25分

おたまさんの回転の速さ、行動力、ウィット、その全てが憧れです。尊敬します。
こんな人が世の中にはいるんだなあ。


>私の母は、墓・遺骨・位牌・遺影・戒名・・
一切ありません。

そして、この最終形がワタシの理想です。
この世に何も遺したくない、誰の記憶にも留まらなくてよい。
誰も気付かぬ間にこの世からフェイドアウトしたい、と願っています。

これからも毎晩の読み逃げ、続けさせて頂きます。
でもって一番好きなネタは、真綿嬢絡みです(笑)

投稿: さくらえび | 2014年8月17日 (日) 16時47分

ペコちゃん
読ませていただきました。
fight
ご丁寧にありがとうございました。


kazuさん
おたまは100歳まで生きるつもりなので、これから先、様々な別れが待ち受けていることと思います。
「長寿とは遺さるること根深汁」S
87歳で亡くなった俳句の先生の句です。
長生きするのには、けっこうな覚悟がいるものらしいです。
「死」は日常にある。ということを夫の「死」から学びました。

さくらえびさん
お久しぶりです。読んで下さっていたのですね。ありがたうございます。

母は「骨は拾うな」ということでした。
形を残さなかったので
母の記憶を持つ人がすべてなくなった時点で母は完全に消滅するのでしょうね。

もう、既に淡く淡くなってきています(コラコラ)それでいいような気もしますね。

真綿嬢はお墓を守る気まんまんです
せわしないです。

投稿: おたま | 2014年8月18日 (月) 07時35分

口からご主人が出て行くって、何だろうと思いました。夫婦一体だったのですねえ。私はこれほどまでの深い愛情を今まで感ぜず、この先も誰にも感じないままだろうと思います。<無慈悲の慈悲>という表現を聞いたのですが、私の様な凡人には理解できない。見える物しか実感できないのですが、霊的な物は有るようですね。
私も49日に母が今まで見た事の無い満面の笑みで、白に若竹色の大柄な矢羽模様のド派手な着物を着ておりました。それが良く似合ってましたが、”大正柄?笑っている場合かヨ!”と思いました。色々と有りましたので。。。

投稿: アンヘラ | 2014年8月21日 (木) 23時28分

アンヘラさん
お母様が笑っておられて良かったですね。
辛そうだったら心配じゃないですか。

今思えば、何をあんなに張り切っていたんだろうと思います。うちも色々とありましたので・・。
葬儀が終わって、次男坊が「おたまちゃんってお父さんのことがホンマに好きやってんな」と言いました。
そうかなあ・・・・。

投稿: おたま | 2014年8月22日 (金) 06時50分

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