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2013年10月10日 (木)

花言葉は乙女の純真です


   


秋の爽やかな風に揺れるコスモス。
白やピンクの可憐な色。

特に女性に「コスモスが好き」という人は多いのではないでしょうか。
1608

ところが、このコスモス俳句になりにくいのです。

明治以降、日本に入ってきた外来種であるため、日本の風土(抒情)に十分に馴染めていないのかもしれません。

つい。青い空や爽やかな風を詠んでしまうのです。
コスモスが風に揺れるのは当然のことであり、面白くないそうです

 

「コスモスの押し寄せてゐる厨口」 清崎敏郎

 

コスモスを詩人ならではの切り口で読んだ句です。
台所の裏に一株だけ植えたコスモスが、いつの間にか

  「押し寄せてゐる」

弱弱しく風に吹かれているように見えて、

コスモスは「強靭」です。

風に倒され、地に着いたそこから根を張り、増え続ける。

強い繁殖力。その勢いに驚く作者。
コスモスにある意味「獰猛(どうもう)性」を感じるのは男性の視点だからでしょうか。

 

「コスモスや彼女意外にしたたかよ」 小河美沙子

 

これはもう、ストレートな・・・つぶやきが「俳句」になるのです。

可憐(と思われている)で、例えれば少女のようなコスモス
同性だからこそ、コスモスの本質が見えてしまう。

この句は多くの歳時記に取り上げられています。

著名俳人の後に続けるのは気が引けるが
最後に句をば・・

平易明快でさらりと肩肘はらずに自然に日常を掬い取って
そのままを自分の言葉で

詠みなさいと教わってきた

 

⇑なんてね・・。

言い訳がましく前置きするのが「したたか」かもねでへ。

 

 「吾を待つ母コスモスの畦に立つ」 おたま
   (ワレヲマツハハコスモスノアゼニタツ)

彼女に「したたかさ」があれば違う人生を歩んでいただろう
賢くはないが、人は好かったかもしれない。
母が亡くなって2年になります。

 

 


;2009/9~2013/8 の記事はコチラです⇒http://nurebumi.cocolog-nifty.com/


 

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俳句・吟行」カテゴリの記事

コメント

お今晩は!

コスモスすか?

百恵ちゃんを思い出します。
純情で、清らかなイメージですが、その裏には、強かさが隠れている。

群生する秋桜も良いですが、風に揺られ河原に一本のみ咲く姿も風情があって好きです。

秋桜全般的に、乙女の純潔のイメージが多いですが、黒い花びらは、また違ったイメージを持っています。

『秋桜の 黒き花びら 君去りし』
              御仁

投稿: OJIN | 2013年10月10日 (木) 20時26分

OJINさん
百恵ちゃん。どことなく寂しげなビジュアルの少女でしたね。
キチンと自分を持ってるような・・

おお。花にたとえられる女性になりたいものですわ。
おたま、さしずめ「クチナシ」だわね。
無口だから・・・

コスモスに「黒色」があるのですか?

投稿: おたま | 2013年10月11日 (金) 09時37分

また一つ、勉強しました。というかモヤモヤが解消しました。ダンボ50代後半で入院した折、見舞いのコスモスに「秋桜を!」のカードが添えられ⁇⁇ 。
昭和一桁生まれのダンボは、昭和52年の山口百恵ヒット曲が発端で秋桜→コスモスになったなどつゆ知らず、己の常識無さがしこりになっていました。(忘れてましたが)
コスモスは明治以来コスモスなんだ!それで、いいのだ。開き直れました。
彼岸みて詠んだ、おたまさんの句の方が他より好きです。素人ダンボの直感。視覚化できるリアルでなく。

投稿: OSダンボ | 2013年10月11日 (金) 13時52分

ダンボさん
コスモスを別名、秋桜(アキザクラ)というのは明治以降うんと最近のことでしょうね。
俳人、飯田龍太は「コスモス」は「コスモス」として詠むようにと言っています。
アキザクラにはやはり無理があります。後年の人の下手な考えのような気が私もします。

そして百恵ちゃんの秋桜(コスモス)ですがもうこれは論外やと思います。
当て字でイメージを手軽に膨らませる方法は漫画チックでナンセンスだと思います。

投稿: おたま | 2013年10月11日 (金) 15時17分

おたまさんの言が嬉しくてコメントを書いてしまいます。
僕はとうぜんその歌(秋桜)を好きじゃない。
それに、その歌の作者も好きじゃない(彼は優れたミュージシャン。ギターも上手い。でも僕の趣味でない)。

昨夜、テレビでアラビアのロレンスの映画を見てましたが、砂漠のどこが好きかとの質問にロレンスは、クリーン(日本語吹き替えでは潔癖)と答えてました。
おおげさに書くと、ポエジーはどこにあるのか? という話です。

僕はよく知らないけど、俳句ってのは日本の風土のなかで、叙情というものから如何に余計なものを削ぎ取ってその本質に迫るか、みたいなことをしてきたわけでしょう?
だからコスモスをしたたかと詠う俳人ってのは、俳人としてとうぜんの感覚だと思う。

でも俳句の世界と、秋桜(コスモス)的中高年御用達70年代フォークソング風の世界とではそもそもジャンルが違うわけですから比較するのが間違っているかもしれない。
それに、僕もこの季節、道ばたに咲いているコスモスを眺めて癒されています。それはホントの気持ち。

投稿: ふぁらんくす | 2013年10月12日 (土) 08時32分

初めまして。。
最近、ブログ村に参加しました。
コスモスの畔に立つ。の句好きです。
これからもおつきあいのほど。宜しくお願い致します。

投稿: アンヘラ | 2013年10月12日 (土) 22時19分

ふぁらんくすさん
ふぁらんくすさんとコスモスの採り合わせ(貴方が眺めているという景色)
どうなんでしょ・・。無理に想像しておきます。
あたしも、言葉を丁寧に扱ってるほうではないけど、人のことならなんでもいいます
あれ?っと違和感を覚えたものはやっぱり気持ち悪い。その感覚は持っていたいなと思います。

URLが抜けてるで。

アンヘラさん
コメントありがとうございます。
最近ブログ村への参加とか・・
私も昔「団塊の世代」のカテゴリーに参加していたことがあるのですよ?
「シニア」になりたくないささやかな抵抗
ブログ読ませていただきました。
パンチがあって、面白いです。
さすが現役の方はイキイキされているなと思いました。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします

投稿: おたま | 2013年10月13日 (日) 08時48分

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